休眠がん細胞にSTING作用薬で転移防止を目指す
治療によってがんの徴候がすべてなくなった後、何年も経ってから再発するがんがあるのはなぜか? その答えには、発病初期に体の他の部位に転移し、その後、眠った状態(休眠状態)に入る厄介ながん細胞が関係している可能性があることが研究でわかった。
こうした休眠状態のがん細胞は、数カ月、数年、あるいは数十年もの間、検出されることなく体内で生存する可能性があることが、この研究で示唆されている。 ある時点で細胞は目覚め、転移性腫瘍を形成するプロセスを開始するかもしれない。
何が原因で、播種性がん細胞が休眠状態に入り、そして休眠状態を脱するのかはわかっていない。
しかし、腫瘍の休眠状態に関する最近の研究から、がんによる死亡の大半を占める転移を予防する方法を見つけるのに役立つ有望な手がかりがみつかった。
NCIがん研究センターで最近まで乳がん転移について研究していたPatricia S. Steeg博士は、「患者は、転移に対する新たな治療法ではわずかな猶予しか得られないので、転移がそもそも起きないようにしてほしいと思っています」と話す。
腫瘍の休眠状態を理解することは、転移予防の研究の一部である、とSteeg博士は続けた。 「しかし、どのようにして休眠が起こり、そして、どのようにして休眠が終わって転移性腫瘍が生成されるのかについては、よくわかっていません」。
それが変わり始めている、と彼女は付け加えた。 例えば、マウスを使った最近の2つの研究では、休眠状態のがん細胞を覚醒させないようにして、転移性腫瘍が形成されないようにする免疫細胞が同定された。
アルベルト・アインシュタイン医学校の研究者たちは、ある研究において、肺に移動していた休眠状態の乳がん細胞が、肺に存在する免疫細胞によって抑止されたと報告した。
もう一つの研究では、ナチュラルキラー細胞と呼ばれる免疫細胞が、骨髄で休眠状態にある乳がん細胞を制御するのに役立っていることが、ミシガン大学ローゲルがんセンターの研究者らによって明らかにされた。
これらの結果や、ナチュラルキラー細胞と休眠を関連づけた先行研究は、がん休眠の生物学的解明において研究が進展していることを示す良い例である、とSteeg博士は述べた。
「休眠とは何なのか、私たちはいつも不思議に思っていました」と彼女は続けた。 「腫瘍細胞の増殖と死滅のバランスなのでしょうか? それとも、腫瘍細胞を取り巻く正常組織によって制御されているのでしょうか? 最近の2つの研究は、後者の例を示しています」。
休眠がん細胞の存在を示す証拠
研究の結果、乳がん、前立腺がん、肺がん、大腸がん、腎臓がん、メラノーマ(悪性黒色腫)、白血病や多発性骨髄腫などの血液腫瘍など、多くの一般的ながんに休眠がん細胞が存在することを裏付ける臨床的証拠がみつかった。
こうした証拠の中には、過去にがんに罹患していたが臓器提供時には寛解状態にあるとみなされたドナーから臓器移植を受けた人ががんを発症した稀な事例もあった。 例えば、乳がんの既往歴があったが、臓器提供時にはがんがないとみなされたドナーから臓器を提供された後、乳がんを発症した人が4人いた。遺伝子検査の結果、レシピエントの腫瘍がドナーのがんと一致することが確認された。
この場合、ドナーの免疫系が休眠状態の腫瘍細胞を抑制し、再発を防いでいた可能性があると研究者たちは考えている。休眠状態の腫瘍細胞は、臓器レシピエントへの移植後16カ月から6年以内に分裂を開始しており、臓器レシピエントの免疫系は、移植された臓器を攻撃しないよう抑制されていた。
休眠がん細胞の特徴を探る
イギリスの病理学者Geoffrey Hadfieldは1954年、治療後のがん再発は、休眠状態にあったがん細胞によって引き起こされる可能性があると提唱した。しかし、播種性腫瘍細胞の特徴を研究者らが説明し始めたのはごく最近のことである。
「播種性がん細胞は、がん細胞の中で特殊なものです」と、がんの休眠状態を研究しているJoan Massagué博士(スローンケタリング記念がんセンター、チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)は言う。 「播種性がん細胞には、健康な組織を生成し、損傷した組織を修復することができる原始前駆細胞という細胞群の特徴があります」。
しかし、休眠状態のがん細胞は、健康な組織を作り出すのではなく、腫瘍を再生する、そして多くの場合、原発腫瘍から離れた場所に再生する可能性がある、とMassagué博士は続ける。
「『転移』という言葉は、この現象を説明するために作られたものです」と同博士は言う。
休眠状態のがん細胞は増殖が遅いか、まったく増殖しないため、化学療法など、活発に分裂する細胞を標的とするがん治療は、これらの細胞には効きにくい。
休眠状態のがん細胞は、免疫系による検出を回避する能力ももっている。 したがって、休眠状態は一種の保護状態なのかもしれない、と研究者たちは言う。
「腫瘍細胞は、休眠細胞が免疫細胞から隠れられるような機序をつくりました。これは、クローキングと呼ばれることもある現象です」と、休眠を研究しているLi Yang博士(NCIがん研究センター)は言う。 「つまり、休眠腫瘍細胞は認識されないので、破壊されることもないということです」。
Yang博士は、休眠状態のがん細胞がどのようにして免疫監視を突破して転移性腫瘍を形成するプロセスを開始するのかを解明するためには、さらなる研究が必要であると付け加えた。
がん細胞と微小環境の相互作用を探る
この目的のために、研究者たちは休眠と再活性化の制御における腫瘍細胞環境の役割を研究してきた。
この研究により、研究者らは免疫系が機能しているマウスモデルを開発するようになった。以前のマウスモデルには免疫系がなかったので、免疫細胞による攻撃を引き起こすことなく、ヒト腫瘍をマウスに移植することができた。 しかし、これらのモデルでは、休眠における免疫系の役割を解明することはできない。
研究者がこの新しいモデルを使用することで、重要な新たな洞察という形で成果が得られた。 例えば、最近の研究では、休眠腫瘍細胞と、間質細胞や細胞外マトリックスの構成要素などの腫瘍微小環境の構成要素との間の伝達によって、休眠状態が部分的に制御されている可能性が示唆されている。
「休眠状態の維持とその後の(休眠がん細胞の)再活性化は、細胞と、微小環境からの合図との間のタンゴのようなものです」と、腫瘍の休眠状態を研究しているコロンビア大学のBenjamin Izar医学博士は言う。
「私たちはこのダンスのステップを学び始めたばかりです」とIzar医師は続けた。 同医師らは最近、休眠状態の腫瘍細胞を覚醒させて免疫系による検出を回避させる働きをするRNA分子を特定した。
「私たちの研究は、休眠細胞の再活性化と免疫監視からの回避が、同じプロセスによって制御される一例を示しています」とIzar医師は語った。
休眠を維持する機序
休眠状態を維持する生物学的機序は数多くあると思われるが、それらは腫瘍細胞の種類や体内の場所によって異なるかもしれない、とNCIがん生物学部門のBrunilde Gril博士は指摘する。
例えば、アルベルト・アインシュタイン医学校の研究によれば、肺胞マクロファージ(肺を保護する免疫細胞)が、早期乳がんから播種されたがん細胞を、人の10年以上に相当する期間、休眠状態に保つとみられる。
これらのマクロファージは、乳がん細胞表面の受容体タンパク質と結合するタンパク質TGF-β2を産生することがこの研究でわかった。 この結合がシグナル伝達の引き金となり、乳がん細胞は休眠状態に置かれる。
「マクロファージを除去すると、乳がん細胞を休眠状態に保つシグナルが消えた」と、モンテフィオーレ・アインシュタイン総合がんセンター(ニューヨーク)がん休眠研究所所長Julio Aguirre-Ghiso博士は語った。 「その結果、転移が目覚めたのです」。
マクロファージは早期腫瘍からの播種性がん細胞を制御したのだが、いくつかの進行乳がんからの播種細胞は制御でき、他のがん種からは制御できなかった。 この発見は、腫瘍の休眠制御に内在する生物学的複雑性を明確に示している、とAguirre-Ghiso博士は指摘した。
「しかし、この分野を前進させるためには、複雑さを受け入れる必要があります」とも述べた。
ミシガン大学の研究では、腫瘍細胞とウイルス感染細胞の両方を攻撃できる免疫細胞の一種であるナチュラルキラー細胞に焦点を当てた。
いくつかのマウスモデルでは、ナチュラルキラー細胞は骨髄に転移した乳がん細胞を長期間休眠状態に保った。 この細胞はマウスの寿命の半分、人間でいえば20年に相当する期間、活動を停止したままであった。
「休眠細胞が増殖し始めると、ナチュラルキラー細胞がそれらを認識して、死滅させました」と、主任研究員Max Wicha医師(ミシガン大学ローゲルがんセンター)は言う。
彼のチームは、休眠中の乳がん細胞の中に、ナチュラルキラー細胞ががん細胞に害を及ぼすのを防ぐ働きをするBACH1とSOX2という2種のタンパク質を見出した。
「休眠状態の維持も、細胞が休眠状態を脱するタイミングも、おそらく休眠細胞が免疫系とどのように相互作用するかの変化に関係しているのでしょう」とWicha医師は語った。
カルマノスがん研究所およびウェイン州立大学のFrank Cackowski医学博士によれば、この新しい知見は、がん細胞の休眠制御における免疫系の重要な役割の証拠を追加するものである。
Cackowski博士によると、マウスモデルでは、休眠状態の腫瘍細胞はナチュラルキラー細胞の攻撃をかわすためのタンパク質を産生したという。 「免疫システムから逃げ隠れするのではなく、一部の休眠細胞が反撃する可能性があるのです」。
Yang博士もこの考えに共鳴した。 「播種性腫瘍細胞は、免疫系からの攻撃を防ぐために自ら手を打つ可能性があるようです」。
休眠腫瘍細胞の脅威に対処する戦略
休眠腫瘍細胞がもたらす脅威に対処するために、主に2つの戦略が提案されている。
ひとつのアプローチは、おそらく免疫細胞による攻撃を受けやすくすることで、休眠状態のがん細胞を特定し、死滅させることだろう。 もう一つは、播種性がん細胞を休眠状態に保ち、決して害を及ぼさせないようにすることである。
「私たちの研究の究極の目的は、休眠状態のがん細胞を取り除くことによって、晩期転移のリスクをなくすことです」とWicha医師は言う。 「しかし、もう一つの選択肢は、休眠がん細胞を放置して、それを目覚めさせないようにすることです」。
Aguirre-Ghiso博士は、転移再発を防ぐために早期に介入する方法も模索している。
彼のチームは最近、休眠がん細胞が休眠中に生き続けるために必要なシグナル伝達経路を標的とする実験薬を特定した。 HC-5404と呼ばれるこの薬剤は、マウスの休眠がん細胞が転移するのを防いだ。
その後、この治療薬は進行がん患者を対象に試験され、米国食品医薬品局(FDA)はHC-5404に対して、新規治療薬の審査を早めることができるファスト・トラックに指定した。
Aguirre-Ghiso博士は、「医師や患者が進行がんに対処する必要がなくなることを期待しています。しかし、そのためには休眠を制御する機序を理解する必要があります」と言う。
STING経路を標的とする薬剤の試験
そのような機序のひとつがSTINGシグナル伝達経路であり、ウイルス感染細胞などの脅威に対して免疫系が反応するのを助ける。 STING経路の活性を高める薬剤は、進行がんの治療薬として臨床試験で評価が行われている。
研究者たちはまた、これらの薬剤(STING作用薬)をマウスの休眠細胞で検証している。
Massagué博士の研究チームは、STINGシグナル伝達が、休眠状態のマウスがん細胞の悪性転移性腫瘍への進行を抑制することを発見した。 この研究では、STING作用薬を投与したマウスは、投与しなかったマウスよりも転移腫瘍が少なかった。 Massagué博士は、「転移が起きるまでの時間が延長しました」と語った。
この研究を基に、Wicha医師のチームは、MSA-2と呼ばれるSTING作用薬によって、休眠マウスがん細胞がナチュラルキラー細胞による攻撃を受けやすくなったことを示した。
両グループとも、最終的にはこのアプローチを臨床試験で検証したいと考えている。
Steeg博士は、STING経路に関する研究は有望であると語った。 「休眠維持療法への第一歩が踏み出されたのです」。
- 監修 辻村信一(獣医学・農学博士、メディカルライター)
- 記事担当者 山田登志子
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- 原文掲載日 2025/04/10
【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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