BTK阻害薬が COVID-19のサイトカインストームを抑え、呼吸困難を改善

ブルトンチロシンキナーゼ(BTK)タンパク質を阻害することは、一部の重症新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者に臨床的有益性があることが臨床試験の初期データから示唆された。研究者らは、いくつかの血液腫瘍の治療に承認されているBTK阻害剤である抗がん剤アカラブルチニブ(販売名:カルクエンス)の適応外使用によって治療を受けた患者の大半で呼吸器症状の軽減と過活動性免疫反応の低下がみられたことを明らかにした。 

この結果は、2020年6月5日、Science Immunology誌に掲載された。この試験は、米国国立がん研究所(NCI)のがん研究センターの研究者が中心となり、米国国立衛生研究所(NIH)の一部である米国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の研究者や、米国国防総省のウォルターリード国立軍事医療センター(Walter Reed National Military Medical Center)の研究者、および米国における他の4つの病院の研究者との共同で行われた。

これらの知見は、臨床に直結する知見と考えるべきではなく、COVID-19に対する公衆衛生上の対応を支援するために共有されたものである。BTK阻害薬は特定のがんの治療薬として承認されているが、COVID-19の治療薬としては承認されていない。重症COVID-19患者に対する最良かつ安全な治療法の選択肢と理解するためには、ランダム化比較臨床試験でこの方法を検証する必要がある。

BTKタンパク質は正常の免疫系において重要な役割を果たしている。正常の免疫系においては、自然免疫系の細胞のひとつであるマクロファージと呼ばれる細胞がサイトカインと呼ばれるタンパク質を放出し炎症反応を引き起こす。サイトカインは、免疫応答を惹起する作用を有する化学的伝達物質である。一部の重症COVID-19患者においては、体内で大量のサイトカインが一斉に放出され、免疫系が感染症を攻撃するだけでなく、肺などの臓器の機能にも損傷を与えてしまう。このような危険な高炎症状態を 「サイトカインストーム(サイトカインの嵐) 」という。現在のところ、サイトカインストームに対する実証された治療法はない。本試験は、アカラブルチニブによってBTKタンパク質を阻害することが、重症COVID-19入院患者の炎症を抑え、臨床転帰を改善できるかどうかを検証するため実施された。

この前向き適応外臨床試験には、入院を必要とするCOVID-19の診断が確定し、血中酸素濃度が低く、炎症が認められた患者19人が含まれた。これらの患者のうち、患者11人は中央値2日間酸素補給を受けていた。残り患者8人は中央値1.5日間(範囲1~22日)人工呼吸器を使用していた。

アカラブルチニブの投与開始後1日から3日以内に、酸素補給群患者の大多数の炎症が大幅に低下し、呼吸が改善した。これら患者11人のうち8人は、酸素投与を中止し退院することができた。アカラブルチニブの効果は人工呼吸器群患者ではそれほど劇的ではなかったが、患者8人のうち4人は人工呼吸器から離脱することができ、そのうち2人は最終的に退院した。研究者らは、人工呼吸器患者群は臨床的にきわめて多様であり、中には人工呼吸器を長期間使用しており、主要な臓器機能障害がある患者も含まれていたと指摘している。この群の患者のうち2人が死亡した。

本試験に参加した患者の血液検体からは、重症COVID-19の高炎症に関連する主要なサイトカインであるインターロイキン-6(IL-6)の値が、アカラブルチニブによる治療後に低下したことが示された。白血球の一種であるリンパ球数も、ほとんどの患者で急速に改善した。重症COVID-19患者においてはリンパ球の数が少ないほど予後不良であった。研究者らは、本試験に登録されていない重症COVID-19患者の血球も解析した。健常ボランティアからの検体と比較して、重症COVID-19患者ではBTKタンパク質の活性が高く、IL-6の産生量が多いことを見出した。これらの知見から、重症COVID-19免疫細胞ではアカラブルチニブの標的であるBTKの機能が亢進しており、そのことでアカラブルチニブが有効であった可能性が示唆された。

本試験の結果は、アストラゼネカ社が資金提供をする臨床試験であるCALAVI(アカラブルチニブ)無作為化比較臨床試験における試験デザインに向け提供された。CALAVI試験で重症COVID-19患者におけるアカラブルチニブの安全性と有効性が検討される。

責任者:NCIのリンパ系悪性腫瘍部門のWyndham Wilson医学博士( M.D., Ph.D.)、およびLouis M. Staudt医学博士( M.D., Ph.D.)が、本試験に関する取材や問い合わせに応じる。

参考文献
M Roschewski et al. Inhibition of Bruton Tyrosine Kinase in Patients with Severe COVID-19Exit Disclaimer. Science Immunology. June 5, 2020. doi/10.1126/sciimmunol.abd0110

翻訳担当者 有田香名美 

監修 佐々木裕哉(白血病/MDアンダーソンがんセンター)

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原文掲載日 

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