『高精度医療(Precision Medicine)イニシアチブ』とがん研究

米国国立がん研究所(NCI)ニュース

がん研究は変遷期を迎えつつある。NCIの議会およびNIH研究の投資により、がんに対する理解を新たにする時期にきている。

私たちは今やがんが基本的にゲノムの疾患であり、がんを理解することはがん発症のリスクとなる異常な遺伝子やタンパク質を同定することから始まると認識している。これらの異常を同定し解析することは、がんの診断法を決定し、がん治療における標的療法の開発方法とその利用法を決定し、ひいてはがん予防の戦略を形作ることとなる。

長年の研究ののち、がんの詳細な遺伝子情報およびその他の分子情報を、効果的かつ個々の患者に適した治療を提供するために日常的に用いるという新たな医療の時代に突入する。precision medicine(プレシジョン・メディシン、高精度医療)時代の幕開けである。

2016年度 『高精度医療イニシアチブ』

大統領予算教書におけるNCIの2016年度予算には、高精度医療分野の前進を図る優先研究への助成金増加が含まれている。この2016年度イニシアチブのもとで、NCIはがん研究に焦点を絞り、助成金が増加した他のNIH研究所では科学の他分野において高精度医療の発展を見込む。

高精度医療イニシアチブ』のもとで、NCIはがんゲノム、および遺伝すると考えられている遺伝子変異との関係への理解を深めるため、ゲノムデータセットをさらに集積、解析する。明らかにされるゲノム情報をもとに、NCIは小児がんおよび一般的な成人のがん数種に対する新たな治療法を試行する。また動物と細胞ベースのより良いがんモデルを開発し、薬剤耐性の仕組みを研究、薬剤耐性を克服する新たな治療法や併用療法を確立していく。NCIはこれまで培ったように新たな発見をさらに加速し、研究で得られた成果を臨床を通して患者に還元する。

『高精度医療イニシアチブ』をもとに、NCIは3つの領域で助成金増加を見込む。競争的資金、共同臨床研究、研究開発契約を通して、イニシアチブのうち優先順位の高い活動を行っていく。

NIH協力によるNCIの高精度医療イニシアチブの詳細は、New England Journal of Medicine誌のA New Initiative on Precision Medicine参照。

高精度医療を進展させるNCIの臨床試験

がんの存在により、高精度医療の根幹をなす本質を見抜き実践を磨く前向きな機会を得た。2016年度予算の追加支援により、NCIは進展する高精度医療に向け、2つの異なるアプローチによる臨床試験への助成金を増加する。一つ目のアプローチは、すべてのがん種の患者を集め、患者の腫瘍に認められる特定の遺伝子異常に基づいて標的薬剤を選択する、という方法である。

NCIはこの研究方法をMolecular Analysis for Therapy Choice(NCI-MATCH)プログラムで行い、標準治療が奏効しない腫瘍のある小児および成人を登録している。二つ目の研究方法はNCIのLung-MAP試験で行われたもので、単一のがん種の患者を集め、集められた患者を腫瘍のゲノム異常に基づいて区分けし、それぞれのグループごとに異なる標的薬剤を投与するという方法である。

両タイプの試験において重要かつ達成可能な以下の目標を設定する

・がんの分子生物学的特性に基づいて正確な診断と治療を行う

・病状をうまく制御するため、腫瘍の分子生物学的特性に適した一連の治療を同定または開発する

これらの臨床試験のもう一つの特徴は、得られたゲノム情報と臨床データ、 喫煙や肥満などの生活習慣リスク、環境変異原、ウイルス感染症とをリンクする機会が設けられていることである。これによりがんの予防、早期診断、そして早期の治療介入を実現するための新しい発見や戦略の立案が可能になると期待される。

がん治療における薬剤耐性の克服

がん治療の成功を妨げる大きな障害は、新たな標的治療、または従来の化学療法に対する耐性である。この挑戦に取り組むために、NCIは耐性の機序を解明するべく、さらに以下の研究を援助する。

・薬剤耐性の機序を解明するために診断時および再発時に採取した組織を利用したがんモデルを開発する

・臨床的にまたは放射線画像診断によりが確認されるより前に再発を予見する方法を確立するために、血液中の腫瘍由来DNAおよび腫瘍細胞を解析する

・薬剤耐性を克服する方法を開発するために臨床試験において分子標的薬の併用を試行する

高精度医療をサポートする知識システム

NCIはまた、腫瘍の遺伝子情報と腫瘍に対する治療効果に関するデータを統合した情報プラットフォームの構築を目指す。これは2011年に米国医学研究所(IOM)が発表した論文Toward Precision Medicineで想定した知識システムである。IOMが奨励しているように、NCIのシステムは研究者と臨床医の両者に有用な方法で分子と臨床の知識を統合するものである。

NCIの知識システムは、分子生物学的なサブタイプを決定するために必要な患者の遺伝子情報、生化学情報、環境情報および臨床情報を統合し、患者の予後を改善するがん治療法を確立する。この『高精度医療イニシアチブ』の考え方は、高精度医療についての臨床試験から得られる“ビッグデータ”によって、治療効果を正確に予見するモデルが構築されるだろうという期待に基づいている。

高精度医療を支える進行中のNCIプログラム

この2016年度イニシアチブは高精度医療を支援し、発展させるNCIプログラムを基盤にしている。NCIはこの進行中の活動を継続し、2016年度イニシアチブをもとに新たに拡充した高精度医療研究を支援していく。

NCIトランスレーショナルな治療に関する研究
高精度医療の理念をもっとも明確に応用したものとして、National Clinical Trials Network(NCTN)、NCI Community Oncology Research Program(NCORP)、NCI Early Therapeutics Clinical Trials Network (ETCTN)、NCI-MATCH Programなどの、標的治療を確立するための現在進行中のNCIプログラムが挙げられる。これらのプログラムにおいては、最良の治療効果が期待される薬剤を同定するために、分子生物学的方法が用いられている。さらにNCIは、治験薬や従来の化学療法に対して、例外的に強い効果が認められた患者にも焦点を当てている。NCIは何故これらの患者に例外的な治療効果が認められたかについて遺伝子面から評価を行っている。

NCIゲノムおよびがんの生物学的研究
ゲノム研究のために設立されたプログラムにおいて、NCIは、DNAの微細な変異・再構成・化学的修飾を同定しその産物としてのRNAや蛋白質の変化を検出するために、高速処理技術を用いている。がんゲノムアトラス(TCGA)、Therapeutically Applicable Research to Generate Effective Treatments (TARGET) Initiative、Cancer Target Discovery and Development(CTD2)Networkなどのプログラムを通して、NCIは高精度医療の発展に寄与する研究やこれに関連する探索的および臨床科学の活動を進めている。NCIはまたTumor Microenvironment Initiative(TMEN)、Integrative Cancer Biology Program(ICBP)、およびゲノムや染色体生物学に重点をおいたNCI内のプログラムなどを通して高精度医療研究を支えている。

NCI免疫学および免疫療法研究
腫瘍が遺伝子コードを変化して強力な腫瘍抗原を産生する能力を有することをNCIは確認しており、免疫療法は高精度医療において欠く事のできない一部となっている。NCIは免疫療法を用いてがん治療の研究に励む外部の助成金受領者や内部研究員の支援を継続する。

NCIがん画像技術研究
腫瘍の進行や縮退を正確に測定、監視、診断する技術は高精度医療を成功させるために不可欠である。NCIのQuantitative Imaging NetworkCancer Imaging Archiveなどのプログラムを通して、がん専門医が個々の患者に最適な治療法を選択すべく機器を開発、改良している。

また、研究員主導の競争的資金、NCI研究開発契約、およびRAS Initiativeなどのプログラムで構成されている他のNCIの基礎研究プログラムやトランスレーショナル・サイエンス・プログラムは、高精度医療に対し重要な貢献をしており、この分野においてNCIが幅広い取り組みを行っていることを示している。

[画像訳]
高精度医療:患者それぞれのがんにおける腫瘍の特異的異常に基づいた治療法を追究する

原文

翻訳担当者 林さやか 

監修 田中文啓(呼吸器外科/産業医科大学)

原文を見る

原文掲載日 

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

がん医療に関連する記事

抗がん剤不足の危機的状況をASCO副会長が議会で証言の画像

抗がん剤不足の危機的状況をASCO副会長が議会で証言

米国臨床腫瘍学会(ASCO)米国臨床腫瘍学会(ASCO)副会長および最高医学責任者Julie R. Gralow医師(FACP:米国内科学会フェロー、FASCO:ASCOフェロー)は、...
米国がん免疫療法学会 2023(皮膚、大腸、肺がん他):MDA研究ハイライトの画像

米国がん免疫療法学会 2023(皮膚、大腸、肺がん他):MDA研究ハイライト

MDアンダーソンがんセンター特集:微生物叢への介入、皮膚がんや転移性メラノーマ(悪性黒色腫)に対する新しいドラッグデリバリー法、肺がんやリンチ症候群の治療戦略など

アブストラクト:153...
​​​​MDアンダーソン研究ハイライト:ASTRO2023特集の画像

​​​​MDアンダーソン研究ハイライト:ASTRO2023特集

MDアンダーソンがんセンター特集:新しい併用療法や分析法に関する研究テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究ハイライトでは、がんの治療、研究、予防における最新の画期的な発...
がんリスクの遺伝カウンセリングや遺伝子検査を受けやすくする、オンラインでの新規ケア提供モデルの画像

がんリスクの遺伝カウンセリングや遺伝子検査を受けやすくする、オンラインでの新規ケア提供モデル

MDアンダーソンがんセンターがんリスクの遺伝子検査は遺伝性がんの予防や治療の向上に役立つが、複数の研究によれば、遺伝学的ながんリスクの可能性があっても検査を受けない人も多い。Makin...