がん初期臨床試験に対する認識を変える―Dr. 武部直子インタビュー

臨床試験とは、新しいがん治療法を、実験室での発見から日常の患者さんの治療へと移行させるために不可欠な段階である。新しいがん治療を最初にヒトで研究する試験を第1相臨床試験と言い、その主な目的は、さらに続く試験のための安全な用量を確認することである。しかし、最近の分析によると、新しいがん治療の第1相臨床試験は、安全性に重点を置いてはいるものの、これまで考えられていた以上に参加者に利益をもたらす可能性があることが明らかになった。

この分析において、NCIのがん治療評価プログラム( Cancer Therapy Evaluation Program:CTEP)の武部直子医学博士とNCI共同研究者は、CTEPが試験依頼者となった過去20年間の固形がんの第1相臨床試験を調査した。すると調査対象期間中に、腫瘍が縮小または消失した試験参加患者数はほぼ2倍になり、腫瘍の増殖が一時的に止まった患者の割合も増加したことが明らかになった。しかし、試験中の新規治療法が原因で死亡するリスクは1%未満と変わらず、非常に低いものであった。

このインタビューで武部は、今回の調査結果と、この結果がこれらの重要な早期臨床試験に対する認識をどのように変える可能性があるかについて語る。

第1相臨床試験に対する誤解があるように感じますか?

はい。患者さんへの潜在的な利益に対する認識が、現代の医薬品開発に追いついていないのです。以前は、第1相試験の参加者は一般的に腫瘍反応率が低く、4〜5%程度でした。また、第1相臨床試験は安全性を評価することが主要目的であるため、患者さんを第1相試験へ紹介することに積極的でない医師もいます。

また、患者さんはまず標準的な治療法を受けていなければならず、通常、それらの治療法を使い終わった患者さんか、あるいは何らかの理由で標準治療を受けられない患者さんだけが、第1相臨床試験に参加する資格を得ます。そのため、病状が重いかもしれない進行したがんの患者さんを早期臨床試験に参加させることに懸念がありました。

しかし、私たちや他の研究者たちは、現在、状況が変わったことを示しました。分子標的薬、免疫療法薬、新しい併用療法など、主に最新の抗がん剤の開発により、第1相試験に参加することは一般に考えられているよりも臨床的利益をもたらす可能性が高いことがわかりました。

したがって、この分析が、医師による第1相試験への患者登録に良い影響を与え、医師がより安心して患者さんを紹介できるようになればと思います。

第1相臨床試験では、高齢者や持病のある患者、あるいは肝機能障害のある患者など、参加者全体と比較して治療関連死のリスクがわずかに高いグループがいくつかあることがわかったそうですね。このような人たちは臨床研究に参加しない方がよいのでしょうか?

いいえ。その試験に参加するための基準をすべて満たし、主治医が安全であると認めている限り、やはり参加することは可能です。そして、「参加できない」という誤解を解かなければならないと考えます。

新しいタイプの薬剤が開発されていることに加え、支持療法も進歩しています。すべての臨床試験において、疼痛コントロールや緩和ケアサービスの提供、副作用に対する注意喚起と適切な管理など、患者さんへのサポートがより積極的に行われるようになっています。

したがって、年齢などの要因によって、必ずしも患者さんの第1相臨床試験への参加を止めるべきではありません。しかし、それらリスク要因は臨床試験チームが注意を払い、患者にリスクを理解してもらい、高齢者や病態の悪い患者をより注意深く観察するための警告となるべきものです。

 第1相臨床試験への参加を検討する際、患者や医師は他にどのような要因を考慮すべきでしょうか?

第1相臨床試験への参加は、治療のさまざまな面に加えて、安全性評価が頻繁に行われるため、時間的にも通院回数的にも負担がかかります。受診のために何度も往復する時間よりも、自宅で家族と過ごす時間を増やしたいと思う患者さんもいるかもしれません。

しかし、患者さんが十分な情報を得た上で決断するために、がんに対してこれ以上標準治療の選択肢がない患者さんには、第1相試験に参加する選択肢を示すべきだと私たちは考えます。

新薬を試す「ヒト初回投与」試験は、第1相試験のうちの一種にすぎません。ヒトに初めて投与する試験に参加することに抵抗がある場合、他にどのような種類の第1相臨床試験があるのか説明して頂けますか?

新薬の安全性と忍容性を初めてヒトに投与して調べる試験は、ほとんどが製薬会社の依頼により実施されます。NCIがヒト初回投与第1相臨床試験の依頼者になることもありますが、それほど一般的ではありません。

NCIは、薬の新しい組み合わせを調査する第1相臨床試験を主導する傾向があります。たとえ併用する薬剤が個別にはヒトで試験され使用されていたとしても、併用した際に安全に使用できる各薬剤の至適用量を決定するために、第1相臨床試験で併用して試験することが要求されるのです。

今回分析した臨床試験のうち、約70%が薬物併用試験でした。

第1相臨床試験への参加拡大が、がん医療全体にどのようなメリットをもたらすのでしょうか?

 第1相臨床試験への患者登録は、非常に時間がかかる傾向にあります。より多くの患者さんをより早く登録することができれば、もっと第1相臨床試験を行うことができます。最終的にはより多くの新薬をより早く患者さんに届けることができるようになるでしょう。  

しかし、より多くの患者さんを登録するために、腫瘍医が今回の知見をパラダイムシフトと捉え、がん研究を進める機会であるとともに、第1相臨床試験に参加することの潜在的なメリットについて患者さんと話し合うことを期待します。

最終的に参加するかどうかを決めるのは患者さんですが、私たち腫瘍医はその選択肢を患者さんに与えなければならないのです。

監訳:川上正敬(肺癌・分子生物学/東京大学医学部附属病院 呼吸器内科)

翻訳担当者 武内優子

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