神経線維腫症1型において良性腫瘍のがん化を判定する血液検査法

神経線維腫症1型(NF1)と呼ばれる遺伝性疾患では、神経に沿って成長する非がん性(良性)の腫瘍が高頻度で発現する。 このような腫瘍は進行性のがんに変化することがあるが、これまでがん化したかどうかを判断する方法がなかった。

米国国立衛生研究所(NIH)の一部である米国国立がん研究所(NCI)のがん研究センターおよびワシントン大学医学部(セントルイス)の研究者らは、神経線維腫症1型患者のがんを早期に発見する高感度で安価な手段となりうる血液検査法を開発した。また、この血液検査法は、医師によるがん治療の奏効性の判断に役立つ可能性もある。

この知見は、8月31日発行のPLOS Medicine誌に掲載された。

神経線維腫症1型は、最もよくみられるがん易罹患性の症候群であり、全世界で3000人に1人に発症するとされる。NF1遺伝子の変異によって生じる疾患で、ほとんどの場合は小児期に診断される。神経線維腫症1型を持つ人の約半数に、神経に沿った大きいが良性の腫瘍(神経線維腫)が発現する。

神経線維腫のうち最大15%の患者において、この良性の腫瘍が、悪性末梢神経鞘腫瘍(MPNST)と呼ばれる進行性のがんに変化する。MPNSTは転移が早く、薬物療法と放射線療法双方に耐性を生じることが多いため、その予後は不良である。MPNSTと診断された患者のうち、80%が5年以内に死亡する。

「神経線維腫症1型のようながん易罹患性症候群とともに人生を送ることを想像してみてください。まるで時限爆弾を抱えているようなものです」と、本研究の共著者で、米国国立がん研究所の小児腫瘍部門のラスカー臨床研究員(Lasker Clinical Research Scholar)であるJack F. Shern医師は言う。「医師も患者もがん性腫瘍に常に目を光らせることになりますが、がん化した場合はいち早く発見したいと思うでしょう」。

現在のところ、神経線維腫がMPNSTに悪性転化したかどうかを判断するために医師は画像診断(MRIやPETスキャン)または生検を行う。しかし、生検の結果は常に正確とは限らず、また腫瘍が神経に沿って成長するので、生検は患者に非常な苦痛を与えかねない。一方、画像診断は高額な上、やはり不正確な場合もある。

「今われわれに必要なのは、大きく増大した良性の神経線維腫がMPNSTに変化しつつあることを見極めるツールです」とShern医師は言う。「そこでわれわれは、全身MRIや高価なPETスキャンの代わりに、採血管一本分の血液を採取するだけでMPNST発現の有無がわかる簡単な血液検査法を開発できないだろうか、と考えたのです」。

この目標に向けて、Shern医師と、本研究の共同研究者であるワシントン大学医学部のAadel A. Chaudhuri医学博士、Angela C. Hirbe医学博士らは、良性の神経線維腫を有する患者23人、未治療のMPNST患者14人、および神経線維腫症1型を有さない健康な16人から血液サンプルを採取した。参加者のほとんどは、MPNSTが最もよく発現する年齢層である思春期および若年成人だった。研究者らは、血液サンプルから細胞のないDNA(細胞から血液中に放出されるDNA)を分離し、全ゲノム配列解析技術を用いて3群間における遺伝物質の相違を調べた。

MPNST患者の細胞のないDNAには、他の2群のDNAとは異なるいくつかの特徴があった。例えば、MPNST患者の細胞のないDNAの断片は、神経線維腫患者群および神経線維腫症1型を持たない健康な群の細胞のないDNAよりも短かった。さらに、血液サンプル中の、腫瘍から漏出した細胞のないDNAの割合(「血漿中の腫瘍由来DNA比率(plasma tumor fraction)」)は、MPNST患者群で神経線維腫患者よりもはるかに高かった。これらの相違により、研究者らは、神経線維腫患者とMPNST患者とを86%の精度で区別することができた。

また、MPNST患者では、血漿中の腫瘍由来DNA比率が治療の奏効性と一致していた。つまり、治療後に血漿中の腫瘍由来DNA比率が減少すると、画像診断で測定した腫瘍の大きさや数も減少した。また、血漿中の腫瘍由来DNA比率の増加と転移・再発は関連していた。

「薬物療法で患者を治療する場合を考えてみてください。この血液検査法を用いれば、がんが小さくなっていること、あるいは完全に消えてしまったであろうことが、簡単かつ迅速に判断できるかもしれないのです」とShern医師は言う。「そして、手術でMPNSTを切除し血液検査も陰性だった場合、その後再発するかどうかの経過を観察するために、この血液検査法を利用できるかもしれません」。

Shern医師は、本研究の限界として、2つの大病院の神経線維腫症1型患者を対象としたにもかかわらず、その規模が小さいことを挙げる。研究者らは、より多くの患者を対象とした試験を計画中である。研究チームの目標は本血液検査法の精度を86%から100%に近づけることだとShern医師は言う。その方法のひとつとして、遺伝子解析を改良し、MPNSTへの関与が知られている遺伝子に焦点を当てることが考えられる。

神経線維腫症1型患者のMPNSTを早期に発見するための簡単で安価な血液検査法は、画像診断に必要な機器や専門家へのアクセスが十分でない、発展途上国や資源の乏しい地域において特に有用であるとShern医師は言う。

また、この種の血液検査法は、良性腫瘍ががん化する多発性内分泌腫瘍症や、複数の種類のがんを発症するリスクの高いリ・フラウメニ症候群など、がんに罹患しやすい他の遺伝性疾患患者の早期発見や経過観察にも応用できる。

「リスクのある人々を簡単な血液検査でスクリーニングすることができるこの技術を大いに活用すべきです」とShern医師は言う。「検査で異常が見つかったら、その時から腫瘍を探し始めるのです」。

本研究は、米国国立がん研究所(NCI)、および同じく米国国立衛生研究所(NIH)の一部であるNational Institute of General Medical Sciencesの学内研究プログラムの支援を受けて実施された。

参考文献
Szymanski JJ, Sundby RT, Jones PA, et al. Cell-free DNA ultra-low-pass whole genome sequencing to distinguish malignant peripheral nerve sheath tumor (MPNST) from its benign precursor lesion: A cross-sectional study. PLoS Med 2021;18(8). DOI:10.1371/journal.pmed.1003734

翻訳担当者 奥山浩子

監修 山崎知子(頭頸部・甲状腺・歯科/宮城県立がんセンター 頭頸部内科)

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