成人がんサバイバーで心血管疾患リスクが増加

がんサバイバー人口の増加に対し、心血管疾患リスクを最小限に抑え、管理する戦略が必要

2019年8月20日号のLancet誌に掲載された集団ベースコホート研究において、研究者らは、英国Clinical Practice Research Datalinkからプライマリケア、病院、がん登録、のリンクされたデータを用いて、一般的な20種のがんについて診断後12カ月時点で生存している成人のがんサバイバー群と、がんの既往歴がない対照群とを同定した。ほとんどのがん種のサバイバーは、一般集団に比べて、一つまたはそれ以上の心血管疾患の中長期的なリスクがあり、腫瘍のタイプによって、かなりの差があることがわかった。

ここ数年、がん生存率の向上によって、長期がんサバイバーの人口は多くなり、また増えて続けている。特に、高所得者層において、がんと診断された患者の約半数の現在生存率は10年以上と見込まれている。しかしがん診断後、治療の心毒性の影響、がん生物学に直接関連する作用、喫煙や肥満度指数の増大など共通のリスク要因により、心血管疾患リスクが増加する可能性があるという重大な問題が存在する。

この研究の背景として著者らは、次のように述べている。ランダム化比較試験では、あるがん種の治療で、短中期の心血管有害事象が示されてきたが、それらの研究では、がんサバイバー群とがんの既往歴がない群とのリスクに関して、広範な差を数値化することができなかった。思春期および若年成人発症(AYA)のがんのサバイバーと、がんの既往歴がない年齢を一致させた対照群および一般集団の対照群とを比較したいくつかの研究では、がんサバイバーは、がん診断後に心血管疾患リスクが大幅に増えたことがわかった。しかし、結果は年齢によってばらつきがあり、これらの研究による推定は、成人発症のがんサバイバーには一般化できない可能性を示している。

この研究チームは、PubMedおよびOVID MEDLINEを用いて、2008年1月~2018年12月までの期間、英語で掲載された疫学的研究、レビュー、ガイドラインを検索した。検索語は、『心血管疾患における転帰(アウトカム)』と『がん』とした。この解析には全部で21件の研究が組み込まれた。8件は乳がん患者の心血管疾患リスク、7件は多様ながん種の心血管疾患リスクであったが、6件は思春期、若年成人発症(AYA)のがんに限定された。最も多く研究された心血管疾患の転帰は、冠動脈疾患と脳卒中であった。非ホジキンリンパ腫の患者では、冠動脈疾患と脳卒中どちらの転帰についてもリスク上昇が確認されたが、CNS腫瘍(中枢神経系腫瘍)のサバイバーでは脳卒中リスクの著しい上昇がみられた。いくつかのがん種においては、心不全や心筋症のリスクが増加した。特に血液腫瘍では顕著であった。心血管疾患の転帰のほとんどの研究では静脈血栓塞栓症のリスクの増加がみられたが、がんによっては予測が難しいものもあった。その他の転帰については、今までエビデンスはほとんどなかった。

リンクされた電子医療記録データベースを通じて、がん罹患後の長期間のフォローアップが可能になってきた。エビデンスの空白に対応するために、研究者らはリンクされた複数の英国データベースからの大規模な電子医療記録データを用いて、最も一般的な20種のがんの成人サバイバーにおける心血管疾患の範囲の絶対リスクおよび相対リスクを定量化、すべてのがん診断の90%以上をカバーした。また、年齢、性別、および一般診療のデータを、健康な一般集団の対照群と一致させて比較した。研究者らは、共通のリスク要因、人口統計学的特性、および化学療法と放射線療法による、相対的なリスクの差の調査も行った。

1990年1月1日から2015年12月31日までの間、調査対象となるがんと診断され、1年以上経過した時点でフォローアップを受けている12万6120人が同定され、63万144人の対照群と一致させた。除外後、10万8215人のがんサバイバー群と52万3541人の対照群が主要な解析に組み込まれた。

対照群と比較すると、20種のうち18種のがんのサバイバーで静脈血栓塞栓症のリスクが増加した。調整ハザード比(HR)は、前立腺がん患者の1.72から膵臓がん患者の9.72までの範囲であった。ハザード比は経時的に低下したが、診断後5年以上でもまだまだ高い状態であった。

研究チームは20種中10種の以下のがん患者で心不全や心筋症のリスク増加を確認した。調整ハザード比は、血液腫瘍では、非ホジキンリンパ腫1.94、白血病1.77、多発性骨髄腫3.29、また、食道がん1.96、肺がん1.82、腎臓がん1.73、卵巣がん1.59などであった。

血液腫瘍などの複数のがんで、不整脈、心膜炎、冠動脈疾患、脳卒中、および心臓弁膜症のリスク増加がみとめられた。

心不全もしくは心筋症、および静脈血栓塞栓症のハザード比は、心血管疾患の既往歴がない患者および若年患者において、より大きかった。しかし一般的に、年齢が上がるにつれ過剰絶対リスクも増加した。これらの転帰のリスク増加は、化学療法を受けた患者で最も顕著であった。

この研究は、広範囲にわたる心血管疾患の転帰について、さまざまな種類のがんの成人サバイバー群と、がんの既往歴がない対照群とを比較し、一貫した方法論的アプローチにより、リスクの詳細なパターンを明らかにした、これまでで最大のものである。

著者らは、がんに罹患した後の心血管疾患リスクを扱う難しさの一つは、長期間のフォローアップが通常がん専門家によって行われてきた結果、潜在的な後遺症である心血管疾患に焦点を充てることが不十分となることだと述べた。腫瘍医、心臓専門医、専門看護師を集めた腫瘍循環器クリニックが登場し始め、深刻化するこの臨床的問題に対する取り組みが始まった。

プライマリケア医も早期予防の鍵であり、がんサバイバーの心血管疾患リスク増加に対する一般開業医の認識を、緊急に高める必要性がある。

また研究チームは最近、がんサバイバー群は、がん既往歴がない対照群よりも心臓保護薬による治療を受けていない傾向にあり、摂取率は両群で低いことを示した。心血管疾患リスクが増加する可能性のある長期間カバーする予防戦略を検討、実行できるように、一般開業医、その他の臨床医、および患者の間で、より良い教育と認識が必要である。

著者らは、臨床医が利用できる情報は不十分であり、がんサバイバーのケアにおいて、心血管疾患を考慮した包括的でエビデンスに基づいたガイダンスの開発を優先することで、がんサバイバー群のケアを最適化できるだろうと、述べた。

結論として、ほとんどのがん種のサバイバーでは、一般集団と比較して、一つまたは複数の心血管疾患の中長期リスクが増加し、リスクのパターンは、がんの種類や心血管疾患の特定の転帰によって異なった。ほとんどのがん種で静脈血栓塞栓症のリスクが大幅に増加し、調査したがん種の半分のサバイバーで心不全または心筋症のリスクが増加した。冠動脈疾患や脳卒中などの他の心血管疾患の転帰のリスクは、血液腫瘍など、ある特定のがんサバイバーで増加した。がんと心血管疾患リスクとの関連性は、共通のリスク要因では説明できないと考えられたが、探索的分析において、化学療法がリスクの重要な要因として強調された。増え続けるがんサバイバーの人口に対して、心血管疾患を最小限にし、管理する戦略が必要とされる。

この研究はウェルカム・トラストと王立協会から資金援助を受けた。

参考文献:Strongman H, Gadd S, Matthews A, et al. Medium and long-term risks of specific cardiovascular diseases in survivors of 20 adult cancers: a population-based cohort study using multiple linked UK electronic health records databases. Lancet; Published online 20 August 2019.DOI: https://doi.org/10.1016/S0140-6736(19)31674-5

翻訳担当者 平沢沙枝

監修 東光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/福島県立医科大学 白河総合診療アカデミー)

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