遺伝子による新しい癌診断法/ハーバード大学GAZETTE

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遺伝子による新しい癌診断法
ーすべての腫瘍に反応ー
By William J. Cromie 2005/7

ハーバード大学 GAZETTE Harvard News Office

最近発見された一連の小分子により、正常細胞から腫瘍細胞を、また種々の癌から特定の癌を簡単に見分けられるという意外な可能性に、科学者らは驚くと同時に喜んだ。上手くいけば、microRNA(miRNA)として知られるこれらの分子から得られる’指紋‘により、医師は迅速かつ低価格で、あらゆる癌種の診断が可能となる。

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細胞は、miRNAの数が不十分な場合に、癌の特徴である制御不能の分裂をすると考えられている。つまり、miRNAは細胞が正常に成長できるように保つ役割をもっているのかもしれない。

「大量の診断情報が比較的少数のmiRNAの中に暗号化されていることは予想外の結果であった。」マサチューセッツ州ケンブリッジにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)のBroad Instituteおよびハーバード大学の研究者であるJun Lu氏はこう報告する。「つまり、すべてのヒトの癌を分類するためには、それほど多くない数(約200個)のmiRNAがあれば十分だということである。」

Lu氏は6月9日の科学雑誌Natureに掲載された論文の筆頭著者である。Broad Institute、ハーバード大学医学部、MIT、Dana-Farber Cancer Institute、そしてHoward Hughes Medical Instituteの研究者らと共同執筆した。同号掲載の他の2つの論文では、miRNAを診断に利用できる可能性が発見されたと述べられている。1つの論文では、特定のmiRNAがB細胞リンパ腫として知られる血液の癌の誘発にかかわっている可能性が報告されている。もう1つの論文では、よく知られている癌促進遺伝子がmiRNAを活性化するというエビデンスが述べられている。

National Human Genome Research InstituteのPaul Meltzer氏によるこの雑誌の注釈にはこう書いてある。「ほとんどの一般的な癌で発現される特有のmiRNAを明らかにすることにより、これら3つの研究が癌遺伝学の見方を変えた。」と。

RNAは遺伝物質であり、ヒト細胞でさまざまな生命維持に必要な働きをしている。例えば、RNAは遺伝子(DNA)が暗号化する指示を変換して、われわれが肉体的、精神的に機能するために必要なタンパク質を作る。過去数年の研究で、miRNAは正常なヒトの成長および発達に重要な影響を与えていることが分かった。特に、miRNAは細胞が正常に成長し、心臓や脳などの臓器を正常に形成できるようにDNAの翻訳を制御しているようである。細胞中のmiRNAが正常な量でない場合、細胞は異常増殖すなわち癌性の増殖をする。

この発見から、腫瘍の発達を助けるmiRNAを妨害するような治療法を開発できるかもしれない、という可能性が出てきた。さらにこれらのmiRNA分子のいくつかは腫瘍成長を抑制するというエビデンスがある。

着色ビーズと夜を徹した作業

Harvard-MIT(ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学)での実験が行われる以前は、「miRNA発現を用いた癌の診断の可能性について、これまで体系的な研究はなされていなかった。」とLu氏は述べている。彼や彼の同僚であるBroad InstituteのGad Getz氏、MITのEric Miska氏、ハーバード大学医学部のTodd Golub氏はそれに着手することとなった。

「研究を始めた当初は、」Lu氏は想い返す。「探そうとしているものの細かいアイデアは持っていなかった。しかし、何かを発見するだろうという信念は持っていた。存在が判明している小さな物質がわずか200個ほどであるとすれば、miRNAの発現が単にでたらめに並んでいるだけという可能性が十二分にあった。実際、研究を始めた当初は仲間の研究者らは興味深いものを発見できるかどうか疑問を抱いていたのである。幸いなことに結果は正反対のものになった。」

初めの仕事は、全てのmiRNAについて成分を迅速に正確にプロファイリングまたは特定するための解析法を開発することであった。miRNAはかなり小さくそれぞれが似ていたので、骨の折れる仕事であった(何十億の“文字”の長さの遺伝子コードのうち、各miRNAはわずか20から25“文字”)。彼らは、特定のmiRNAに付着する色のついたマイクロビーズを用いて上手く解決した。これらのビーズには、新しく見つかったmiRNAに対して別の色を加えることで追加の解析が可能になるという利点がある。

「次にわれわれは、さまざまなヒトの組織および腫瘍タイプを表わす大きなサンプルパネルの中から既知のすべてのmiRNA発現パターンを同定しなければならなかった。」と、Luは説明する。「このことは特に難しかった。なぜならわれわれの扱ったサンプルの質は個々に大きく異なっていたからである。得られたすべての数字の裏に潜む意味を探り当てるには、多くの夜を徹する作業と多大な時間のコンピューター処理を要した。」その努力は充分価値のあるものであった。いろいろなことが判明するにつれ、結腸、肝臓、膵臓、胃の組織からのサンプルの発現パターンは類似性(クラスター)を示し、それは成長して胃や腸になる胚性幹細胞におけるそれらに共通の由来(訳注:内胚葉起源であること)を反映するものであった。「このことは、ヒトの成長の過程でmiRNAのクラスターが形成されてきたことを示唆している。」とLu氏は言う。

次に明らかにすべきことは、miRNAで実際に腫瘍組織と正常組織を見分けることができるかということであった。これらの研究により、miRNAの発現量は細胞分化の状態と関係しているという結論に達した。細胞分化とは、未分化の細胞(組織)が変化してより特殊な細胞(組織)になるプロセスである。例えば、幹細胞は徐々に成長して筋肉や血液、骨細胞になるこのことから、miRNAの変化は、「すべてのヒトの癌の特徴」と称される異常な分化と関連していると容易に連想することができる。

より良い治療法

研究者らは次に取り組んだのは、腫瘍の2%から4%を占め、明確に同定することができない疑わしい癌である。miRNAは、他の診断方法よりもはるかに高い精度で正確な答えを出した。

「miRNAに基づく診断法が、現在癌の診断に用いられている多くの確立された方法に比べて優れていなかったとしても、診断が困難で不確かな症例では、miRNAは大きな可能性を持っていると信じている。」と、Lu氏は述べる。「現在、医師はしばしばこのような腫瘍を推測により特定しなければならないため、患者の予後が良くないのは驚くことではない。われわれのmiRNAでの成功はこの問題を変える可能性がある。また、ある癌のサブタイプを明らかにするのに役立ち、そこからより個人に合う治療法、したがってより良い治療法につながる可能性がある。」

miRNAによる診断法は、その正確性と利用しやすさから世界中の病院や診療所で利用するには理想的な方法である。「現在の癌の診断の多くは専門家の熟練した目に大きく依存している。そして時には、最高の訓練を受けた専門家の間でさえ意見が一致しないことがある。」と、Lu氏は指摘する。「このため、医学の訓練がアメリカほど厳格に行われていないような世界の一部の地域で間違った診断が下される可能性が出てくる。miRNAによりこのような場合の曖昧さを避け、正確性を向上していけるとわれわれは信じている。」

また低価格であることからも、この技術は世界中で適用の候補になっている。「miRNAのプロファイリングに1サンプルあたりかかる費用は、少なくともわれわれの研究所では15ドル以下である。」とLu氏は言う。「現在計画中の実験により、さらに価格が下がるかも知れない。」

それでもやはり、あなたのかかりつけの診療所で癌の検査が今すぐに15ドルで受けられるというわけではない。「われわれの研究はまだ予備的なものなのだ。」と、Lu氏は注意を促す。「われわれの研究結果の頑健性を確立するためには、われわれまたは他の研究グループの手によってさらに多くのサンプルについて試験をする必要がある。試験のプロセスを合理化し、異なる場所で異なる手によって、異なる機器を用いて試験する必要がある。それらの結果がわれわれの研究所での結果と同様に喜ばしいものになることを期待している。」

(South 訳・Dr.榎本 裕(泌尿器科) 監修 )

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