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腫瘍溶解性ウイルス療法ーがん治療への腫瘍標的ウイルスの利用

医師らが、がん治療へのウイルス利用に関心を抱くようになってから1世紀以上が経ち、近年では、この方法による効果が表れ始めた患者が少数ではあるが増加してきている。

 

ウイルスには、腫瘍細胞に感染して死滅させる傾向があるものがある。腫瘍溶解性ウイルスと呼ばれるこうしたウイルス群には、自然界に存在するウイルスだけでなく、健常細胞には害を与えることなく、がん細胞で効率的に増殖するように改変されたウイルスも含まれる。

 

現時点で、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた腫瘍溶解性ウイルスは、メラノーマ(悪性黒色腫)治療用にヘルペスウイルスを遺伝子改変した1種類のみである。ただし、臨床試験では多くのウイルスががん治療法の候補として評価されている。

 

腫瘍溶解性ウイルスは長い間、がん細胞を直接殺す手段とみなされてきた。しかし、一部の腫瘍溶解性ウイルスは、少なくとも部分的には、がんに対して体内の免疫反応を誘発することにより作用している可能性を示唆する研究が増えている。

 

ウイルスは腫瘍細胞に感染すると、その細胞が破裂するまで自己複製を続ける。死に際のがん細胞は腫瘍抗原などの物質を放出するため、免疫系ががんを認識できる、つまり「発見できる」ようになる。

 

「腫瘍溶解性ウイルスは、何か異常があることを免疫系に知らせているのです」と、ルイビル大学ジェームズ・グラハム・ブラウンがんセンター所長Jason Chesney医学博士は説明する。この警告が、近くの腫瘍細胞に対する局所性免疫反応や、身体の他部位の腫瘍細胞に対する全身性免疫反応を引き起こす可能性がある。

 

このような理由で、腫瘍溶解性ウイルスを免疫療法(がんに対して免疫系を利用する治療法)の一種とみなす研究者もいる。しかし、さまざまな腫瘍溶解性ウイルスががんに対してどのように作用するかを知るためにさらに研究が必要であることには、当分野の研究者の多くが同意するであろう。

 

昔からのアイデアへ近代的アプローチで

1800年代後半以降、がん患者の中にはウイルス感染後に一時的とはいえ、寛解に入る患者がいることが医師により確認されてきた。NCIが主催するがん治療法としての微生物利用に関する会議(2017年)での研究発表によれば、現在、数十種類のウイルスと数種類の菌株ががん治療薬の候補として研究されている。

 

「腫瘍溶解性ウイルス療法に対する研究者の興味が高まっている理由は、それが実際に効いているからです」と、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのJuan Fueyo医師は言う。彼は、脳腫瘍患者で試験中のある腫瘍溶解性ウイルスを共同開発した。

 

がん治療にウイルスを利用するという考えは昔からあったが、その技術が前進し始めたのは、遺伝子工学技術が進展した1990年代になってからであったと、デュークがん研究所のMatthias Gromeier医師は話す。同医師は、遺伝子改変型ポリオウイルスの臨床試験を主導している。

 

「もう一つの転換期が2005年頃にあり、それは、がん治療におけるウイルスの真価が免疫療法にあることを人々が認識し始めた頃です」とGromeier医師は言う。「今日ウイルスは、免疫療法を強化し、媒介する潜在的選択肢として評価が確立しています」。

 

さらに「腫瘍溶解性ウイルスの研究はまだ初期段階ですが、どんどん興味深いものになっています」と話した。

 

初めてFDA承認を受けた腫瘍溶解性ウイルス療法

FDAの承認を初めて受けた腫瘍溶解性ウイルスは、talimogene laherparepvec(T-VEC、商品名Imlygic)というメラノーマ治療薬である。この治療薬は腫瘍部位に注射して投与するもので、体内の免疫細胞の産生を刺激するタンパク質を生成するとともに、ヘルペス罹患のリスクを抑えるように設計された。

 

ラトガースがん研究所(Rutgers Cancer Institute of New Jersey)のHoward Kaufman医師によると、この治療を受けた患者の中には、注射できなかった腫瘍が縮小した患者もいることから、T-VECは全身性免疫反応を引き起こす可能性があると示唆される。

 

Kaufman医師はT-VEC承認につながった臨床試験を共同で主導しているが、次のように話す。「この腫瘍溶解性ウイルスは腫瘍細胞を殺すとともに、免疫反応を誘発する危険シグナルを放出させます」。

 

免疫系との相互作用の究明

昨年、NCIのがん治療法としての微生物利用に関する会議には350人以上の研究者が参加し、感染因子と腫瘍、免疫系構成要素との相互作用の仕組みを一層理解する必要性など、数多くのテーマについて議論した。

 

NCI会議運営に関わったPhillip Daschner氏(NCIがん生物学部門)によれば、ウイルスが腫瘍を殺すためにどの生物学的メカニズムを使うかは、そのウイルス自体、標的組織または標的細胞、さらに、標的とする生物学的経路などさまざまな要因に依存する。

 

主に腫瘍細胞を殺すことによって作用するウイルスもあれば、局所性または全身性免疫反応を誘発することによって作用するウイルスもあると、彼は説明する。それでも、「会議では、直接的に腫瘍崩壊を引き起こす療法であっても、免疫反応に重要な構成要素がおそらく存在するということで意見が一致しました」と彼は付け加えた。

 

Kaufman医師によれば、T-VECは単独で、または他の療法と併用で投与された場合、臨床試験における患者の忍容性はおおむね良好であったとのことである。

 

「これらのアプローチの安全性プロファイルはいつも目を見張るものです。患者の多くは、これらの薬剤による生活の質への影響をほとんど受けていません」と言う。

 

ウイルス利用による身体の免疫反応の増強

現在、研究者が取り組む課題の一つは、腫瘍溶解性ウイルス療法と免疫療法の併用など、多様な方法によって、腫瘍に対する免疫反応を増強することである。

 

上記の併用アプローチの有望性は、ふたつの早期臨床試験で実証されている。T-VECと、免疫療法の一種であるチェックポイント阻害剤を併用で投与されたメラノーマ患者は、チェックポイント阻害剤を単独で投与された患者よりも高い奏効率を示した。

 

ひとつの臨床試験では、200人近い患者に対してイピリムマブ(商品名ヤーボイ)との併用あり、または併用なしでT-VECを投与した。その結果から、この併用療法は免疫反応を誘導する可能性があることが分かった。臨床試験をKaufman医師と共同で主導したChesney医師は、「私にとって、これは本研究における大発見です」と言う。

 

患者21人を対象としたもうひとつの臨床試験では、T-VECをペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)と併用した。研究の結果、腫瘍溶解性ウイルスは、T細胞と呼ばれる免疫細胞の治療前レベルが低い腫瘍へのT細胞浸潤を誘発することが判明した。

 

この研究から、ウイルス療法は、局所的な微小環境を変化させて、免疫学的に「冷たい」腫瘍、すなわちT細胞が不足している腫瘍を炎症性の「熱い」腫瘍にすることができると考えられると、オランダがん研究所John B.A.G. Haanen博士は本研究結果への解説文で述べている。

 

「(T-VEC)注射は、マッチに火をつけるようなもので、その火花が火事を起こすのです」。この試験を主導したUCLAジョンソン総合がんセンターAntoni Ribas医学博士は言う。彼の説明によれば、この治療法はおおむね忍容性に優れているとのことで、最も多い副作用は倦怠感、発熱、悪寒であった。

 

第3相臨床試験では、メラノーマ患者600人に対してペムブロリズマブとの併用あり、または併用なしでT-VECを投与し、大規模ランダム化研究で併用療法の評価を進めているところである。

 

ペムブロリズマブやニボルマブ(商品名:オプジーボ)などのチェックポイント阻害薬による治療後も進行した進行メラノーマ患者を対象とした臨床試験でも、このT-VECとペムブロリズマブ併用を評価中である。

 

NCIが出資するこの臨床試験では、T-VECを接種可能なメラノーマ腫瘍に注射すると、これらの腫瘍、さらに潜在的には他の腫瘍への免疫細胞の浸潤が増大することにより、これらの腫瘍のペムブロリズマブ治療への感受性が高まるという概念を検証している。

 

ウイルス送達の新たな方法

腫瘍溶解性ウイルス療法の大半は、メラノーマまたは脳腫瘍の患者を対象に試験が実施されており、治療薬の多くは腫瘍への注射で投与されてきた。2つの新規研究では、腫瘍溶解性ウイルス療法で治療可能ながんの種類を増やすともに、ウイルス送達方法を拡大する取り組みに主眼を置いている。

 

この新規研究の1つにおいて、静脈内投与した腫瘍溶解性ウイルスは血液脳関門を通過して脳腫瘍に入り、腫瘍細胞を殺す可能性があることが分かった。この治療法にはレオウイルスと呼ばれるウイルスを利用するが、これは、小児において風邪や軽い腹痛といった軽い症状を引き起こすウイルスである。

 

2つ目の研究では、トリプルネガティブ乳がんのマウスモデルにおいて腫瘍の免疫療法への感受性を高める方法として、マラバウイルスを検証した。このウイルスは、ブラジルのサシチョウバエ種から取り出されたものである。

 

上記研究2つともに、手術前に腫瘍溶解性ウイルス療法を実施することで身体の免疫反応が変化し、その後のチェックポイント阻害剤治療の効果が増大する可能性があることが判明した。

 

「これらの併用免疫療法を実施する時期としては、腫瘍量が少なく、免疫系が損なわれていない治療早期が最も効果的であると思われます」と、オタワ大学Marie-Claude Bourgeois-Daigneault博士(マラバウイルス研究者)は話す。

 

脳腫瘍に対する改変型ポリオウイルスの試験

デュークがん研究所で、Gromeier医師らは、神経膠芽細胞腫患者において改変ポリオウイルスの一種、PVS-RIPOの試験を実施してきた。

 

研究が始まった1990年代半ば、Gromeier医師は、腫瘍溶解性ウイルスは主にがん細胞を殺す因子とみなしていた。しかし、PVS-RIPOを患者で試験して彼の考えは変わった。彼の研究チームは患者の免疫反応に関連する臨床的変化に気づいたのである。

 

「最初の患者から、ウイルスが抗腫瘍免疫反応を誘発する非常に明瞭な徴候を確認しました」と、Gromeier 医師は当時を振り返って話す。一部の患者には脳内の腫脹と「発現まで数カ月かかる腫瘍の重大な変化がみられ、免疫イベントと一致しています」と彼は説明した。

 

臨床試験の結果に基づいて、FDAは2016年にデュークがん研究所のポリオウイルス療法を「画期的治療」に認定した。この認定により、治療法に対するFDAの承認審査手続きが加速される。

 

「私たちは、PVS-RIPOを何と併用することができるかの探求に興味があります」とGromeier医師は言う。「がんの治療においては、単一の治療法では目的を達成できないことに誰もが同意するでしょう」。

 

化学療法剤ロムスチン(商品名Gleostine)との併用あり、または併用なしでPVS-RIPOを試験する第2相試験が、膠芽細胞腫患者を対象に進行中である。

 

腫瘍溶解性ウイルス療法のメカニズム探究

ポリオウイルス療法が腫瘍細胞を攻撃するメカニズムについて理解を深めるため、デュークがん研究所の研究員らは最近、がん細胞株およびマウスで実験を行った。

 

彼らは、PVS-RIPOに感染したがん細胞から、樹状細胞と呼ばれる免疫細胞を活性化し、がん細胞に対する免疫反応を誘導する腫瘍抗原などの物質が放出されることを発見した。

 

「マウスモデルでの実験で、腫瘍を認識するT細胞反応をポリオウイルスが誘導する可能性があることが分かりました」とデューク大学医学部Smita Nair博士は言う。 この発見により、チェックポイント阻害剤など他の免疫療法との併用による腫瘍溶解性ウイルスの検証が一層支持される、とも言う。

 

デューク研究チームは、トリプルネガティブ乳がん患者6人にPVS-RIPOを試験投与する臨床試験を計画中である。手術の2週間前に、患者の腫瘍部位にPVS-RIPOを注射で投与し、ポリオウイルスが免疫系分子または腫瘍に何らかの変化を引き起こすかどうかを経過観察する予定である。

 

将来の研究課題と、この分野の優先課題

腫瘍溶解性ウイルスが臨床試験で試験されるのに伴い、研究者はそうした療法が奏効しやすい患者の特徴の把握に努めるであろう。Nair博士は、「効果的な併用療法の開発と、特定の併用が最も奏効しやすい患者の選択に役立つバイオマーカーが必要です」と言う。

 

この分野のもう一つの課題は、メラノーマ臨床試験で得た知識を利用して、メラノーマ以外の腫瘍の患者に対する治療法を開発することであると、Chesney医師は言う。

 

研究者にとっては、「がん治療のために腫瘍の感染と死滅がどの程度必要なのか」を理解することも重要となる、とGromeier医師は言う。 「これらは私たちが答えを出さなければならない重要な問題であり、目下取り組んでいるところです」。

 

腫瘍溶解性ウイルスにより免疫療法への理解も深まる可能性

腫瘍溶解性ウイルスに関する研究により、現在の免疫療法の利用についての理解が深まる可能性がある。

 

「ウイルスは、抗腫瘍免疫反応が作用する仕組みの理解に役立つ素晴らしいツールです」とMDアンダーソンのFueyo医師は言う。「私たちがウイルスから学ぶ知見は、免疫療法分野の進展に役立ちます」。

 

Fueyo医師がこの分野で研究を始めた20年前から、腫瘍溶解性ウイルスに関する考え方の進化は、将来の研究に示唆を与える重要な転換を表している。

 

「以前は、ウイルスの腫瘍死滅能力を高める、ウイルスをより強力にすることだけを考えていました」とFueyo医師は言う。 「現在では、ウイルスが免疫反応を増強するのを助ける方法を見つけることが必要です」。

翻訳山田登志子

監修下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立がん研究センター中央病院)

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