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シスプラチンが聴力低下を引き起こす原因

ある新しい試験の結果から、化学療法剤シスプラチンによる治療を受けた多くの患者が持続的難聴を起こす理由が明らかになるかもしれない。

 

治療から数カ月から数年後もシスプラチンが蝸牛(かぎゅう:内耳の一部で、聴覚にたずさわる器官)において検出されることを研究者はマウスとヒトの両方で発見した。対照的に、同剤は投与してから数日から数週間で体の大半の臓器から排出される。

 

米国国立衛生研究所の一組織である国立聴覚・ 伝達障害研究所(NIDCD)の研究者が行ったこの試験は、11月21日付け Nature Communicationsで発表された。

 

白金系の化学療法剤であるシスプラチンは膀胱がん、卵巣がん、精巣がんなど多くのがんの治療によく使われている。しかし、シスプラチンや同系統の白金製剤は、蝸牛を損傷する場合があり、成人患者の40%~80%、小児患者の50%以上に著しい聴力低下が永久的に残り、QOL(生活の質)に非常に大きな影響を与える可能性がある。

 

「本試験から、なぜこの薬剤を投与した患者に聴力低下が持続するのかが明らかになってきています。この結果は非常に重要です。シスプラチンに関係した聴力低下がどのようにして起きるのかがわかり始め、いつかはその障害を阻止する方法、少なくともその影響を軽減する方法を見つけ出せる可能性があるからです」と、本試験には関与していないNCIInvestigational Drug Branch次席Percy Ivy,M.D.医師は語った。

 

シスプラチンに誘発される聴力低下に対する新たな研究アプローチ

試験責任者であるNIDCDのAndrew Breglio氏の説明によれば、この新たな試験は従来の研究とは異なり、内耳における同剤の薬物動態、つまり薬物濃度を総合的に見るものである。

 

研究チームは主に誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)という技法を用いて、シスプラチンによる治療後のマウスの内耳組織に残留したプラチナの量を計った。

 

研究チームを率いたNIDCD のLisa Cunningham博士によれば、他の試験のようにマウスに対してシスプラチンを1回高用量で投与するのではなく、同剤を一定周期で投与する日常のケアと同様の治療プロトコルを立てた。

 

各シスプラチン投与サイクル後に試験を行ったところ、マウスの聴力低下は大幅に進行した。研究者はまた同剤のすべての投与サイクルにわたって、さまざまな臓器におけるプラチナ濃度を測定したが、ほかの臓器は同剤を比較的速く排出したのに対して、蝸牛にはシスプラチンが残留し、同剤を最後に投与してから60日後もプラチナが十分に消失することはなかった。

 

研究者はまた、シスプラチンを投与したヒト患者の死亡後に内耳組織の分析を行い、最終治療から少なくとも18カ月後に蝸牛にプラチナが残留していたことを明らかにした。さらに、一人の小児患者(本試験で唯一の小児患者)の蝸牛に成人患者と比べて著しく多量のプラチナが残留していたことをみとめた。これは小児の耳がシスプラチンに誘発される聴力低下を起こしやすいという既知の事実と一致する。

 

マウスモデルおよびヒト組織の試験の両方から、研究者らは、蝸牛の血管条という部分にプラチナが蓄積すると判断した。Breglio氏によれば、血管条は、耳の中の感覚有毛細胞を浸す液体の組成を調整し、「感覚有毛細胞が正常に機能するうえで不可欠である」。

 

この長期にわたる蝸牛での残留が、同剤が内耳を損傷する理由であると考えられるとBreglio氏は語った。さらに、同剤の蓄積を実証し、残留する場所を特定したこれらの知見から、シスプラチンに誘発される聴力低下を説明するにはこれからの試験で「有毛細胞の先を見ること」が必要であるといえると研究者は論文に記載した。

 

聴力低下の治療および予防を可能にする知見

シスプラチンが蝸牛にいつまでも残留しているとの知見は、患者のケアに重要であるとIvy医師は語った。

 

シスプラチンによる聴力低下は「静的損傷ではなく、同じ状態のままではありません。時とともに進行する可能性があり、後になって起きる可能性もあります。それは長期のサバイバーは継続して聴力検査を受ける必要があることを示唆しています」と、同氏は付け加えた。

 

聴力検査を継続するか否か、補聴器などの聴力を補助する機器を速やかに導入するか否かは医師の判断によると、同氏は語った。

 

聴力低下は、特に小児にマイナスの影響を与える可能性があるとも言う。

 

「成人が聴力低下を発症した場合、小児より敏感にそのことに気づき、補助を求める傾向が高い。それに対して、聴力低下を発症した幼い子供はそのことにそれほど気づかないか、その問題を説明することができないことがあります。よく聞こえないため、注意力に問題が生じ、学習障害または行動問題と誤解される可能性もあります。それでもなお、適切な介入を受ければ、プラチナ製剤投与前と同じレベルの聴力を保てます」と、Ivy氏は語った。

 

このために、Cunningham医学博士の研究チームは、内耳にシスプラチンが入らないように阻害する方法を探す努力をしている。シスプラチンを血管条の細胞が取り込む細胞機構に注目して、取り込まないように阻害する方法を探すとともに、シスプラチンが内耳に入り込む前に「シスプラチンそのものを標的として結合するか隔離することができる」薬剤を特定しようとしている、とBreglio氏は語った。

 

「シスプラチンは世界中で最も幅広く使用されている抗がん剤の一つで、たくさんの命を救っています」と、Cunningham博士は語った。しかし、聴力低下は永久的なものである。「だから、これらの患者は残りの人生を難聴のまま過ごすことになります。私たちができればしたいことは、患者がシスプラチンという救命薬を使用しながら聴力も維持できるような治療法を開発することです」と同博士は語った。

翻訳有田香名美

監修東 光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/福島県立医科大学白河総合診療アカデミー)

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