従来認識されていなかった化学療法の影響が明らかに

主にマウスを用いて行った新しい研究により、乳がん術前化学療法の実施は、腫瘍内および腫瘍周囲の細胞を変化させ、がんの転移リスクを増加させることが示唆された。また本研究では、このようなリスクを低減する可能性のある実験的な治療法も明らかにされている。

局所乳がんや進行乳がんの治療に一般的に使用されている複数の化学療法薬が、腫瘍転移微小環境(TMEM)と呼ばれる乳房腫瘍の微細構造および血液中の腫瘍細胞数を増加させることが、乳がんのマウスモデルを用いた研究で示された。

TMEMは、がんの転移における重要な段階である、浸潤性がん細胞の腫瘍(原発巣)からの離脱と血流中への移動を手助けする戸口 としての役割を果たしている。

この新しい知見は、7月5日にScience Translational Medicine誌に発表された。

米国国立がん研究所(NCI)がん研究センター(CCR)のKent Hunter博士とStanley Lipkowitz医学博士は、この知見について、とても興味深いもので、最終的に患者にとって重要になる可能性があると述べている。両博士は、本研究には関与していない。また、さらに研究を行い、TMEMにおける化学療法関連の変化と患者の転帰との間に、より密接な関連性があることを示す必要があると注意を促した。

この知見を取り上げたニュース報道の一部は、患者や患者支援者の間に懸念を引き起こした。しかし、CCRのWomen’s Malignancies 支部の支部長を務めるLipkowitz博士は、「これまでに多くの臨床試験において、手術前あるいは手術後の化学療法が比較されてきましたが、術前化学療法を受けた患者の方が予後不良というエビデンスは得られていません」と、強調した。

本研究の上級著者であり、ニューヨークのアルベルト・アインシュタイン医学校およびMontefiore Health SystemのMaja Oktay医学博士は、さらに研究を行い、これらの知見をどのように患者ケアに適用していくかを検討する必要があることに同意し、乳がん治療において、化学療法は重要な役割を担っていることを強調した。

「化学療法は、局所乳がん患者の治癒や、転移性乳がん患者の延命を可能にすることを示す確かなエビデンスが得られています」と、Oktay博士は述べた。

転移を促進する主な因子

乳がんによる死亡は、原発巣からがん細胞が体内の他の部位に移行して腫瘍を形成する、遠隔転移によるものが主である。

本研究の別の上級著者であるJohn Condeelis博士が率いるアインシュタイン・チームの先行研究では、TMEMの役割など、乳がんがどのようにして広がっていくのかについての洞察が報告された。

各TMEMは、内皮細胞(血管を覆う細胞の一種)、マクロファージと呼ばれる免疫細胞、およびMenaタンパク質の特定の形を高レベルで産生する腫瘍細胞の3種類の細胞から成り、血管壁でこれらの細胞が密接している。Menaタンパク質は、腫瘍細胞が血管に浸潤して広がる能力を増強する。

Condeelis博士が率いた2015年の研究では、生きたマウスのTMEMをリアルタイムで観察した。TMEMに存在するマクロファージは、通常緊密に結合している内皮細胞同士の結合を緩め、血管壁に一時的な隙間を生じさせ、がん細胞がこの隙間を入り込んで血流に乗り、体の他の部位に広がることが明らかになった。

アインシュタインの研究者らは、他の複数の研究において、患者の腫瘍サンプルに存在するTMEM数と、乳がんで最も多くみられるエストロゲン受容体(ER)陽性HER2陰性乳がんの転移リスクとの相関関係を明らかにした。

動物モデルを用いたいくつかの研究で、化学療法薬パクリタキセル(タキソール)は、組織を損傷させて炎症反応を誘導し、その結果2つのTMEM構成要素、特定のマクロファージと内皮細胞前駆体の密度の増加させることが示された。

これらの研究の知見を受け、化学療法が乳房腫瘍でTMEM形成を増加させるかどうかが検討された。

化学療法が誘発するTMEM変化

筆頭著者であるGeorge Karagiannis獣医学博士が率いる研究チームの新しい研究では、乳がんの4種類の異なるマウスモデルを用いて、実験が行われた。局所進行乳がん患者の原発巣を縮小し、近くのリンパ節やそれ以上に広がったがん細胞を殺すために、術前化学療法を行うという臨床シナリオを模倣して、モデルが開発された。

この研究で、パクリタキセルを投与したマウスの腫瘍は、投与しなかったマウスの腫瘍の2~3倍を上回るTMEMを有していた。また、2種類のマウスモデルにおいて、パクリタキセルは、非投与のマウスと比較して、TMEM活性も増加させた。

乳房腫瘍におけるTMEM活性の増加は、TMEM内のマクロファージの密度の増加、腫瘍内の血管透過性の亢進、および浸潤がん細胞内に見られる数種のMenaタンパク質の発現量の増加により示された。

さらに、パクリタキセル投与により、TMEM機能および転移のマーカーである血液中の腫瘍細胞数は約2倍に増加し、パクリタキセルを投与したマウスの肺における微小転移は、非投与のマウスより多かった。

Oktay博士らの報告によると、TMEM形成を促進したのは、パクリタキセルだけではなかった。乳がん手術前の患者に対して一般的に用いられる他の化学療法薬ドキソルビシンおよびシクロホスファミドを投与したマウスにおいても、非投与のマウスと比較して、TMEM数、TMEM活性、および循環中腫瘍細胞数の増加が認められた。

次に研究者らは、パクリタキセル、ドキソルビシン、シクロホスファミドによる術前化学療法を行う前と後に採取したER陽性乳がん患者20人の過去の生検標本を比較した。

ほとんどの患者において、術前化学療法後にTMEM数の増加が認められ、5人では、5倍を上回る増加がみられた。TMEM数が減少した患者はいなかった。

「今後、この知見の臨床的意義を判断していく必要があります」と、Oktay博士は述べた。

化学療法の影響を打ち消す

最後に研究チームは、Rebastinibと呼ばれる治験薬がパクリタキセルのTMEM活性への影響を打ち消すことができるかどうかを検討した。Rebastinibは、TMEM内に存在する特定のマクロファージ表面にあるTIE2という受容体を標的とする。2つの異なるマウスモデルにおいて、Rebastinibは、パクリタキセルが誘発するTMEM活性に関連する血管透過性の亢進およびがん細胞の転移の増加の両方を阻止した。

このRebastinibの知見が、ヒトにおける研究で確認された場合、「現在の術前化学療法に修正を加えて、一部の患者の転帰を改善できるかもしれません。これは、TMEM構造の活性化を阻止することによって達成し得る可能性があります」と、Hunter博士は述べた。

第一段階として、本研究の共著者であり、アインシュタイン医学校およびモンテ・フィオーレ医療センター(Montefiore Medical Center)のJoseph Sparano医師の研究チームが、初期臨床試験にHER2陰性転移性乳がん患者を登録中である。この試験では、Rebastinibをパクリタキセルまたはパクリタキセルと類似した作用を有する薬エリブリン(商品名:ハラヴェン)と併用投与した場合の安全性が検討される。

安全性を確認する試験の終了後、局所乳がんおよび転移性乳がんの患者を対象に、術前化学療法と併用するRebastinib投与の有効性を検討するためのランダム化試験を開始し、TMEM機能に対するRebastinibの効果を検討する予定である。

早期乳がん患者の中で、術前化学療法を行うと予後が悪化する患者集団を、TMEMの変化により特定できるか、またTMEMを標的とする薬がこれらの患者集団の長期転帰を改善できるかを判断するには、さらなる研究が必要であると、Lipkowitz博士は述べた。

TMEMの形成あるいは機能を阻害する薬を術前化学療法に追加することが、患者の転帰改善につながることを立証するには、大規模な前向きランダム化試験と長期のフォローアップを必要とする。しかし、マウスモデルを用いた類似した研究において、再発や転移による死亡などを追跡することにより、短期間に重要な情報が得られる可能性があると、Lipkowitz博士は述べた。

「概してわれわれの知見は、以前認識されていなかった化学療法の影響、またその影響を打ち消すための潜在的な治療戦略を明らかにしています」と、Sparano医師は述べた。

最終的に、「本研究および他の研究におけるわれわれの知見は、がん再発リスクを有する患者を特定するための、TMEM密度など、新たな予後マーカーや予測マーカーのテストにつながります。また、乳がんにおける主要死亡原因である転移を防ぐための、まったく新しい治療方法の開発につながる可能性もあります」と、Oktay博士は述べた。

翻訳担当者 小畑オーエンズ和世

監修 小坂泰二郎(乳腺外科/彩の国東大宮メディカルセンター)

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