陽子線治療が英国内で可能に―患者にとってその意味とは?

放射線治療シリーズ全2回 第2回目

放射線治療に関する新ブログシリーズの第2回目では、陽子線治療のテーマを掘り下げ、この治療法のメカニズム、言われているほどの価値があるのか、そして英国における陽子線治療の最新動向についてお伝えします。

この数年のメディアの注目のされ方からすると,多くの人々がこの治療法のことについてよく知っていても驚くにあたりません。しかし、実は陽子線治療が放射線治療の一種(比較的新しい類ではありますが)であるということはご存知ない方もいるかもしれません。

話題の背景にあるのは、陽子線治療が極めて正確な治療法であり、例えば小児癌などの治療困難例にも大変適しているという事実があります。そのため、英国にまもなく最先端の施設を備えたセンターが開設され、来年から治療が開始されることは楽しみなことです。

果たして、各誌の見出しで書かれているように、これは英国のがん治療革命の始まりなのでしょうか。それとも、陽子線治療の可能性が実際よりも割増されており、実力以上の誤った期待を抱かせるものなのでしょうか?この種の治療法が英国のがん患者にとってどのような意味を持つのか、この分野の専門家に話を聞きました。

陽子と光子:その違いはなにか

以前の記事でもお伝えしたように、放射線治療は100年以上前からある(やや古い)治療法にもかかわらず、いまだがん治療の要(かなめ)の一つです。この治療法は、癌に対して体内あるいは体外から高線量の放射線を照射し、DNAに損傷を与えることによりがん細胞を死滅させるものです。

様々な放射線治療の方法がありますが,作用の仕方はすべて同じです。小さな光のパッケージ(“光子”と呼ぶ)を、高度に焦点を絞ったビームにして腫瘍に照射します。原体照射法など最新の放射線治療法では画像技術を使用し、X線の形状が腫瘍の形に似るように三次元で慎重に治療計画を立てます。

問題は、ビームがどれほど高精度であっても、身体に入るとX線が潜在的には有害なエネルギーを発散し,標的に打撃を与えたあとも突き進み続けることです。進むにつれてエネルギーは失われていくものの、放射線は健康な細胞とがん細胞の識別をすることができないため、腫瘍周辺の健常な組織を損傷させ、副作用を来す危険があります。

一方、陽子は原子の中心にある小さな粒子で、高エネルギーX線とは体内での振る舞いが異なります。すなわち、がんの放射線治療にとっては大変魅力的なのです。重要な相違点は,慎重に描出された標的(がん)に達すると急停止することです。この部位で局所的に放射線を”爆発”させ,まさにがんの急所を攻撃します。

「これが、陽子線がX線よりも有利であると考えられる主な理由の1つです」と、マンチェスター大学とChristie病院の陽子線治療物理学教授であるKaren Kirkby教授は説明しています。

「陽子線は腫瘍のある場所で非常に高い線量を放出しますが、その後、線量が急激に低下します。この種の放射線療法は、障害されやすい臓器の近くで使用してもそういった臓器を傷つける危険を低減させることができるということです。」

これに加え、陽子線治療によって健康な組織が受ける放射線の総線量が、従来からある放射線治療で被曝する量より低いことも、潜在的なリスクを比較する際に望ましい特徴であるとKirkby教授は述べています。

陽子線は何に効果があるのか

従来からある放射線療法は多くのがんにとって非常に有効な治療法ですが、陽子線療法は,その独特な特徴のためX線よりも明らかに良い選択肢となることがあります。

例えば、子どもたちは成長途上にあり、発育障害や後年に治療に関連したがんを発症するなど、放射線被曝による長期的な潜在的副作用の影響を受けやすい状況にあります。

「小児がんにおいては,腫瘍周辺への高線量被曝を避けることが重要ですが,上記のような理由により,英国では多くの小児がん症例に陽子線治療が認可されています。」と、Oxford Institute for Radiation OncologyのディレクターであるGillies McKenna教授は言います。

「また、成人の場合でも、脊髄や脳幹のそばにある腫瘍の治療に陽子線治療が承認されているのは、多くの場合、主にそのようなことを考慮してのことです。」

陽子線治療が従来の放射線療法よりも明らかに有利な患者に対して、英国健康保険(NHS)は、米国とスイスに開設されているセンターにおける海外治療の費用を負担しており、これを2008年から続けています。これは安くありません。治療費や患者やその家族の交通費や海外におけるお世話の費用を足すと、たちまちNHSへの請求額が跳ね上がってしまいます。それだけでなく、一部の患者は海外渡航するほど元気ではないため、すでに弱っている体にとって大きな負担です。

こうした事情もあり、英国政府は、2009年、患者が自宅から遠くないところで治療できるように国立NHS陽子線治療サービスを開設する決定をしました。政府から2億5,000万ポンドの予算措置を得て、マンチェスターのThe Christie HospitalとUniversity College London 、Hospitalで2つのセンターが建設中です。

これらの新しいセンターはどちらも「高エネルギー」として知られる陽子線治療の一種を提供します。英国は1989年から「低エネルギー」で治療してきました。Clatterbridgeがんセンターで行われているこの治療は、眼の希少がんの治療に使われ、治療のために目を摘出しなくてはいけない状況から人々を救ってきました。

マンチェスターで稼働を開始すると、一番早い患者は来年の夏から高エネルギー治療機で治療を受けられます。ロンドンでの治療は2年後になりそうです。ロンドンでの建築上の重大な物流上の課題が発生したためです。陽子線を発生させる90トンのサイクロトロンを搬入したり、その機器や機器を取り囲む何メートルものコンクリート壁を入れるための32メートルの穴を掘るといった大変な建設作業があるのです。

「両方の施設が開設されると、毎年、総数1,500人の患者が治療を受けられる予定です」とKirkby氏は述べています。

「少数に聞こえるかもしれませんが、これらの患者は状況の込み入ったがん症例であり、通常放射線治療による治療が困難です。このような症例では陽子線治療の方がよい結果を出すことがある程度わかっています。

 

陽子線療法は本当に革命的なのか

陽子線治療が従来型放射線治療を上回る利点がありそうであるならば、英国においてなぜより多くの患者に提供されないのしょうか?状況はそんなに単純なものではないのです。

何十年にも渡って様々な研究者が従来型の放射線治療を育て、磨き上げてきたのです。その一方で、陽子線治療はそのような歴史はいまだありません。ということは、陽子線治療がどのがんに有用なのかを示すしっかりしたエビデンスが従来の放射線療法ほど存在せず、晩期副作用を確認するための長期的な臨床試験もそれほど行われていないのです。 

「陽子線治療について、現在明らかになっている長期観察結果は20年前の治療技術を用いて治療した症例からのものです」とKirkby医師は述べます。「したがって、今日利用可能な最先端の技術を表すデータではないため、現在我々が患者に提供できる治療内容を反映するものではありません。」

「英国も非常にエビデンスを重視しますが、現時点において、陽子線が従来から在る放射線治療よりも良い結果をもたらすという膨大なエビデンスがあるわけではありません。」
 

McKenna氏もこの点に同調します。「現時点では、がん治療において陽子線がX線よりも効果的であるというエビデンスはありません。」

専門家は臨床的、科学的データの必要性を訴えています。というのも、従来から在る放射線治療も、陽子線治療も、放射線という同一の治療原理の応用ではあるものの、科学的、治療的アプローチがそのまま流用できる程に同質なものとみなせるわけではないからです。

治療費用についても別途考慮する必要があります。現時点では、陽子線治療はX線治療よりもはるかに高価です。従来から在る放射線療法は多くのがんに対して非常に有効で、治癒できる場合もあることがわかっています。したがって、問題は、陽子線治療が同じくらい効果的か否かではなく、追加の費用を払って受けるほどの利益が患者にあるか否かなのです、とMcKenna医師は主張します。

腫瘍が重要な器官の近くにある場合などでは、この点が明確です。しかし、現時点において、放射線療法が適している他の多くの症例で、効果的であることがわかっているX線よりも陽子線が患者にとって大幅に有利であるという十分なエビデンスがありません。とはいえ、治療を受ける患者数が増えたり、より多くの研究が行われるようになれば、現在NHSの陽子線治療対象リストにないがんに対しても、より良い治療の選択肢として浮上するかもしれません。これが研究の利点です。そしてもちろん、どのような技術でもいえることですが、開発が進めば価格は徐々に下がります。

「過去30年間の放射線治療の進歩と発展の大部分を振り返ると、放射線のより効果的な活用方法の発見より、より安全な活用方法の発見に取り組んできました」とMcKenna氏は言います。

「陽子線治療も次の段階への変革です。」

陽子線治療についてさらなる知識を得て、それについてどうするのか

陽子線治療はまだ歴史が浅いため、重要かつ不明な点があります。これらを研究し、明らかにしなくてはなりません。Kirkby医師によると、その1つは、陽子線が患者の体に入った後に向かう正確な場所の問題です。

「X線は身体を貫通するので、身体を出る時に見つけることができます。つまり、これを用いて、治療中の患者を画像化することが可能です。」

「しかし、陽子は貫通することなく体内で止まってしまいます。そのため、陽子が止まった位置が体内のどこに相当するのかを、個々の症例で正確に推定することができるか否か大いに疑問となるなのです。」これは未確定情報の中でも重要な部分です。というのも、陽子線が止まった場所で大量の放射線が放出されるからです。これはおそらく陽子線の最大の資産でもありますが、これによって複雑さも増しています。患者が動くと健康な組織に多量の放射線を与える危険性があるからです。」

このリスクを軽減するために精緻な検出技術が開発されており、英国の治療センターではその装置が備わることになるとおもわれます。また、Kirkby医師のチームは、治療をより正確にするために、陽子線が患者の体内でどのように進んだか、よりよく予測する方法の研究にも取り組んでいます。

さらに研究が必要な分野を他に挙げると、陽子線を分子標的薬や免疫療法などの他の治療法とどのように組み合わせるのが最善か、という点だとMcKennaは述べています。

「現時点では、これらの状況でX線と陽子線が同じように作用するかどうかはわかりません」と彼は付け加えています。

世界的に有名な学術拠点に2つの新しい英国センターを戦略的に配置することで、このような根本的な分野の研究や臨床試験を患者の治療と並行して行うことができるようになり、この分野の研究と臨床試験の発展を早めることができます。陽子線治療にとって良い方向にエビデンスが重ねられれば、将来的には英国でより多くの患者に陽子線治療が提供されるかもしれません。

結局のところ、陽子線治療が従来から在る放射線療法よりも高い確率で病気を治癒させるということを意味するものではありません。しかし、より安全に治療を施すことができるかもしれません。治療をより効果的かつ、やさしいものにする必要があるため、陽子線はがん患者の見通しを改善するための重要な新しいツールとなる可能性があります。

ジャスティン

翻訳担当者 関口百合

監修 松本 恒(放射線診断・頭頸部インターベンショナルラディオロジー/宮城県立がんセンター 放射線診断科)

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