遺伝子融合がまれな小児脳腫瘍を誘発

米国国立がん研究所(NCI)/ブログ~がん研究の動向~

原文掲載日 :2016年2月22日

Cerebrum:大脳Ventricles (fluid-filled spaces):脳室(脳脊髄液で満たされている)Hypothalamus:視床下部Optic nerve:視神経Pituitary gland:下垂体Pons:橋Medulla:延髄 Brain stem:脳幹Spinal cord:脊髄Cerebellum:小脳Pineal gland:松果体Choroid plexux:脈絡叢

脳内部の解剖図

今回の研究において、小児のまれな良性脳腫瘍の発生の原因となる可能性のある遺伝子再編成が発見された。この遺伝子再編成により、2つの遺伝子の一部が互いに融合し、3つの異なる生物学的機序が同時に作動することによって腫瘍の増殖が促進されると考えられる。

本研究ではangiocentric glioma(血管中心性膠腫)に焦点が置かれた。この神経膠腫は低悪性度小児腫瘍の中でもまれなタイプであり、10年近く前に最初に発表されて以来、学術文献で報告された症例数は30にも満たない。研究著者らは今回得られた知見にもとづき、angiocentric gliomaは生物学上、特異的な一つの疾患として分類し、遺伝子融合の存在を診断の確定基準とするべきであると述べている。

米国ボストンにあるダナファーバーがん研究所のPratiti Bandopadhayay氏らは、2016年2月1日Nature Genetics誌に本研究結果を報告した。

遺伝子融合の発見

angiocentric gliomaは大脳皮質に発生する。また、他の部位には広がらないため、第一選択治療は手術である。angiocentric gliomaは良性であるが、増殖するにつれて脳が損傷され、失明などの長期的健康問題を来すことが懸念される。

angiocentric gliomaに関連する遺伝子変異を同定するため、19のangiocentric gliomaを含む249の小児低悪性度神経膠腫のゲノムデータが解析された。解析法には、全ゲノムシーケンス、RNAシーケンス、エクソーム(タンパク質をコードするゲノムの領域)シーケンスなどが用いられた。

今回の解析において19のangiocentric gliomaそれぞれにおいてMYB遺伝子の変異が検出されている。MYB遺伝子は転写因子をコードする遺伝子であり、「原がん遺伝子」、つまり特定の変異を起こした場合にがんの発生を促進するおそれのある遺伝子の一つとされる。以前にもangiocentric gliomaの患者においてMYB遺伝子が関与する遺伝子再編成が報告されている。

また、angiocentric gliomaの19のサンプル中、少なくとも7つにおいてMYB遺伝子ともう1つ他の遺伝子との融合がみとめられ、融合相手は1つを除きQKIと呼ばれる遺伝子であったことに研究者らは着目している。QKIは通常、細胞の悪性化を防ぐ。MYB-QKI融合遺伝子は、他の小児低悪性度神経膠腫では検出されなかった。

以上の解析結果を検証するために、新たに12のangiocentric gliomaの解析が行われ、各サンプルにおいてMYB遺伝子の異常が検出された。これにより、MYB変異とangiocentric gliomaとの関連性が確認されたのである。

生物学的機序の探索

次にMYB-QKI融合遺伝子がどのようにangiocentric gliomaの発生を誘導するのかを探索するために細胞と動物モデルを用いた実験が行われ、同時に作動すると考えられる下記3つの機序のエビデンスが得られた。1つ目は、融合遺伝子が、細胞増殖を促す短縮型MYBタンパクをコードする。2つ目は、上記の結果生成された短縮型MYBタンパクが融合遺伝子にフィードバックし、短縮型MYB自身を過剰発現させる。3つ目は、複製された2つのQKI腫瘍抑制遺伝子のうち1つが遺伝子融合により不活性化され、QK1タンパクの腫瘍発生監視機構が阻害される。

以上の研究結果は他の小児脳腫瘍の解明に向けても重要な意味を持つであろうと研究著者らは強調している。

「単一のドライバー変異による単純なゲノムというのが小児腫瘍の特徴である。1つの遺伝子再編成を機に複数の機序が作動し腫瘍原性に至るというわれわれの知見は、多くの小児腫瘍において当てはまるかもしれない」と記す。

他の脳腫瘍との鑑別検査

著者らはダナファーバー/ブリガム&ウィメンズがんセンターのAzra H. Ligon博士と協力し、今回の試験結果にもとづき、最初のangiocentric glioma分子診断検査法の開発に取り組んだ。

この検査法はangiocentric gliomaと、より再発性の高い、あるいは更なる治療を必要とする他の腫瘍との鑑別に役立つかもしれないと彼らは言う。そうなればangiocentric gliomaの患者は再発予防を目的とした放射線療法や化学療法などの追加治療を免れるようになるであろう。

ダナファーバーのRameen Beroukhim医学博士はプレスリリースにおいて次のように述べた。「angiocentric gliomaには特有の生物学的仕組みがあることを我々は突き止めました。そして、この疾患を同定するための的確な方法が得られた以上、患者さんは生涯継続する合併症を伴う追加治療を受けずに済むでしょう」。

原文

翻訳担当者 八木佐和子 

監修 寺島慶太(小児血液・神経腫瘍/国立成育医療研究センター 小児がんセンター)

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