乳がん患者で化学療法の開始が遅れると全生存が低下―トリプルネガティブ乳がんで顕著に

社会人口学的要素が治療開始の遅延の原因となることがMDアンダーソンがんセンターの研究で明らかに

MDアンダーソンがんセンター

術後化学療法の開始が手術後91日以降まで遅れた場合、乳がん患者の中でも特にトリプルネガティブ乳がん(TNBC)患者で死亡リスクが著しく上昇する可能性のあることが、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの新たな研究によって明らかにされた。さらに、社会経済的背景および医療保険の加入状況、民族性などの要因が治療開始の遅延に影響を与えていることも明らかになった。

JAMA Oncology誌で発表された今回の研究では、手術から91日以降に化学療法を開始した場合、5年以内に死亡する可能性が34%上昇した。TNBC患者にかぎれば53%の上昇だった。

術後化学療法は、初回手術後に行われる化学療法で、再発リスクと死亡リスクを低下させることで患者に利益をもたらすことがすでに明らかにされている。こう説明するのは、Health Services Research部門およびBreast Medical Oncology部門の助教であるMariana Chavez Mac Gregor医師である。しかし、術後化学療法の開始が遅くなると、わずかに残存した腫瘍が増殖したり、薬剤耐性を獲得したりするおそれがあるのだ。

現在、術後化学療法の最適な開始時期を定めたガイドラインはない。メディケア・メディケイド・サービスセンター(Centers for Medicare and Medicaid Services、CMS)は、一部の患者では、診断後120日以内の術後化学療法開始を医療品質基準としている。現在、MDアンダーソンがんセンターを含めた11のがん病院が、この基準に基づいて報告を行っている。

先行研究では、術後療法の開始が遅れると転帰が不良となる可能性が指摘されている。しかし、これまで、術後治療の最適な開始時期は明らかにされていない。現代の術後治療の最適な開始時期を明らかにし、また治療開始遅延をもたらす要因を特定するため、California Cancer Registryデータの分析が行われた。

今回の集団ベースの研究は、2005年1月1日から2010年12月31日の間にステージ1から3の浸潤性乳がんと診断され、術後化学療法を受けた患者24,823人のデータを検討した。本研究は、現在行われている治療レジメンを用いた化学療法において、治療開始が遅れた場合の影響を検討する研究としては、最も大規模な研究である。

「術後1カ月以内に化学療法を開始した患者と比べ、手術後30日から90日の間に化学療法を開始した患者では転帰が不良となった例は観察されなかった。しかし、手術後91日以降に化学療法を開始した場合は、全体の死亡リスクと乳がんによる死亡リスクが統計学的に有意に上昇した」と、今回の研究の筆頭著者であるChavez Mac Gregor医師は話す。

手術後91日以降に化学療法を開始した患者は、今回の分析対象者の9.8%を占めた。これらの患者は、手術後30日以内に化学療法を開始した患者と比べると、分析を行った時点では、5年以内に死亡する可能性が34%上昇し、乳がんによって死亡する可能性は27%上昇した。

分析を行ったデータには、乳がんのタイプに関する情報も含まれており、化学療法開始の遅延による影響が各タイプによって異なるか否かについても分析された。トリプルネガティブ患者では、治療開始が遅延(術後91日以降に開始)すると死亡リスクが53%上昇した。ホルモン受容体陽性患者あるいはHER2陽性患者では、治療開始遅延による有意な影響はみられなかった。

統括著者のSharon Giordano医師(Health Services Research部門長兼教授、Breast Medical Oncology部門教授)によれば、「今回の研究データによって、トリプルネガティブ乳がん患者の場合、適切な時期に化学療法を開始することが特に重要であると示された」という。

今回の研究では、医療の提供状況を改善すべき患者群を明らかにするため、研究者らは化学療法開始遅延に影響する因子の特定も試みた。ステージが進行した患者やトリプルネガティブ患者では、治療開始の遅延は比較的少なかったが、患者が高齢な場合や再建手術を行った場合、そして一部の社会人口学的要素に関連して治療開始の遅延がみられた。

「予想どおり、治療開始が遅い例の一部に社会人口学的要素が大きく影響していることが観察された。社会経済的背景(SES)が低い患者や民間医療保険に加入していない患者、ヒスパニック系やアフリカ系アメリカ人患者では、治療開始が遅くなる傾向が高かった」とChavez Mac Gregor医師は話す。

生存割合の悪化は、アフリカ系アメリカ人であること、社会経済的背景が低いこと、メディケアおよびメディケイドの対象者であることと関連がみられた。一方で、国立がん研究所指定のがんセンターで治療を受けている患者は、その他の施設で治療を受けている患者と比べ、死亡リスクが34%低下した。

「われわれは、治療を遅らせる要因を特定して対策を講じ、ゆくゆくは弱い立場にある人々に対する医療ケアの提供を改善する必要がある。たいていの臨床状況では、術後3カ月以内に化学療法を開始することは大いに可能だ」とChavez Mac Gregor医師は話す。

今回の研究結果は、化学療法開始までの所要日数を医療品質基準に含める意義を支持するものであり、さらに、治療は手術後90日以内に開始するべきであることが示唆されるとChavez Mac Gregor医師は説明した。

著者らは、今回の研究は後ろ向き研究であり、制約があるであろうことを認めたうえで、乳がん患者が術後化学療法を受ける場合、全患者が手術後90日以内あるいは診断後120日以内に治療を開始するべきであると結論づけた。

Chavez Mac Gregor医師は「化学療法は適切な時期に開始する必要がある。私は、患者が化学療法の開始の遅延を望む場合には、このデータを伝え、治療開始が遅くなった場合、治療効果が低下する可能性があることを伝えている。治療開始は、できるかぎり遅らせるべきではないのだ」と話した。

Chavez Mac Gregor医師およびGiordano医師を筆頭に、他の著者は以下のとおりである:Christina A Clarke, Ph.D, and Daphne Y. Lichtensztajn, M.D., Cancer Prevention Institute of California, Fremont, CA.

本研究は、国立がん研究所(R01-CA121052, HHSN261201000040C, N01-PC-35139, N01-PC-54404, and 2P30 CA016672)および国立環境衛生科学研究所(R01-ES015552)、Cancer Prevention Research Institute of Texas、米国疾病対策予防センターNational Program of Cancer Registries、California Department of Public Health(California Health and Safety Code Section 103885により規定)から助成を受けた。

翻訳担当者 前田愛美

監修 下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立がん研究センター中央病院)

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