がん患者のための救急医療

MDアンダーソン OncoLog 2015年7月号(Volume 60 / Number 7)

 Oncologとは、米国MDアンダーソンがんセンターが発行する最新の癌研究とケアについてのオンラインおよび紙媒体の月刊情報誌です。最新号URL

がん患者のための救急医療

がん以外の患者では日常的な医療上の問題であっても、がん患者にとっては違う意味合いや異なる原因があり、より重篤で緊急の治療を必要とする可能性がある。がん患者全てが直面するこれらの問題に、迅速かつ効果的に対応することが課題となっている 。

テキサス大学MDアンダーソンがんセンターは他にはない解決策を講じた。それはがん患者のための専用救急部(ED)であり、救急センターとしても知られている。「私たちは米国内で唯一、がん患者専用の救急部を持っています」と、救急医療科の助教であり、救急センターの医長であるTerry Rice医師は述べた。

従来のがん救急に加えて、がん患者はがんに関連したさまざまな医療上の問題を経験するかもしれない。「嗜眠、錯乱、悪心や発熱といった非特異的な症状であってもがん患者の場合は特別な注意が必要です」とRice医師は述べた。がん患者においては一般的な問題が緊急事態へとつながることもあり、この問題に気づくことが救急部の医師による迅速で正確な治療の提供を可能にする。

頻度の高いがんの救急医療

典型的ながん救急医療は、がんの治療あるいは基礎疾患によるものなのか、通常はその原因によって分類される。がんそのものに起因する緊急事態には、命を脅かすような代謝異常(重篤な電解質バランスの崩れ、臓器不全など)や、血液学的異常(白血球うっ滞、高粘稠度症候群および症候性血球減少など)などがある。疾患に関連した他のがん救急には固形がんの増悪に伴う合併症で、脳内や脊髄での腫瘍の占拠や、浸潤や閉塞による臓器不全がある。治療関連の救急事象には、化学療法に起因する悪心、嘔吐、下痢、好中球減少症患者の発熱、粘膜炎、移植片対宿主病などがある。

広くとらえれば、がん患者における緊急事態は、一般の患者よりも重篤である可能性があり、全てががん救急医療と考えられる。MDアンダーソンにおいて多くみられる救急医療をまとめたものを次に述べる。

日和見感染症

現在、あるいは以前にがん患者であった人々は、がん未経験者よりも日和見感染症に対してリスクが高い。これは敗血症につながることがある。「がんおよびその治療法の両方が、正常な免疫反応を妨げる可能性があるのです」とRice医師は述べた。「治療中であれ、サバイバーであれ、ほとんどのがん患者は非典型的な感染のリスクが高く、緊急治療の環境においても認識されないまま進行することがあります。現れる症状は発熱や、嗜眠、あるいは息切れといった非定型あるいは非特異的なものとなる可能性があります」。

MDアンダーソンの救急部でみられた患者の多くは発熱性好中球減少症 を有する。これはがんに関連することがあるが、がん治療に関連して生じる場合がより頻繁である。最新のガイドラインでは、がん患者における発熱性好中球減少症は発症から1~2時間以内に抗生物質治療を開始するよう推奨している。しかし、一般的治療環境においては、血液検査の結果が得られるまで好中球減少症と認識できず、このガイドラインが当てはまらないこともしばしばである。また医師は発熱の原因がわからないまま抗生物質治療を行うことに、概して抵抗感があり、推奨通りに行かない要因となっている。どちらの理由であれ、危機的な治療の遅れをもたらす可能性がある。

発熱あるいは他の感染症関連症状を有するがん患者においては、まず好中球減少症を疑うべきである。Rice医師は次のように述べた。「私たちの救急部では、患者の病歴や治療記録から患者が好中球減少症である可能性が判るので、積極的に治療します。血液培養のための採血が直ちに行われ、適した抗生物質治療が遅滞なく開始されます」。

脊髄圧迫

脊髄圧迫による背部痛は、通常の救急部を受診するがん患者でもかなり一般的にみられるが、またMDアンダーソンの救急部でも多い。脊髄圧迫は多発性骨髄腫や骨に転移した他のがんの患者にみられる。

がん患者において脊髄圧迫は、病勢進行および神経学的欠損が切迫している徴候であることが多く、速やかに認識して治療しなければならない医療上の緊急事態である。がん患者で背部痛を呈した患者はすべて脊髄圧迫を疑い、ただちに脊髄のMRI画像を撮らねばならない。迅速なステロイド療法により腫れを改善し、放射線療法や外科手術などとともに脊髄の圧迫をやわらげる。

「脊髄圧迫による神経学的欠損は通常の場合は不可逆性です」とRice医師は述べた。「私たちは、脱力あるいは感覚喪失が始まる前、患者に痛みが生じたその時から治療を開始したいのです」。

神経学的症状

脳へ転移したがんは、しばしば神経学的な症状を示す。症状は病気に侵された脳の部位によって異なる。けいれん発作はもっとも頻度が高く重篤な神経学的症状である。

がん患者がけいれん発作を起こすと、ただちに画像を撮影し治療にあたらなければならない。脊髄圧迫を有する患者と同様に、通常、ステロイド治療を速やかに開始し翌日に放射線治療が行われる。発作の原因が脳転移である場合、腫瘍を縮小させ、症状を改善する可能性のあるガンマナイフ照射が検討される。

疼痛

MDアンダーソンがんセンターの患者は、新たな疼痛や悪化した疼痛、またはがん性の突出痛のため、MDアンダーソンの救急部を訪れる場合がある。こうした患者は、厳密で定期的な鎮痛薬の投与が必要であることが多い。また、悪心、下痢、脱水症状などの随伴症状に対する別の治療が必要になる場合がある。

MDアンダーソンの救急部において、もっともよく見られる症状のひとつは、腹痛である。腹痛は、外科的合併症によるものや、疾患の進行によるものがある。腹痛の原因を早期に診断し、早期に治療することが不可欠である。便秘など、ささいなことが腹痛の原因である可能性もあるが、腸閉塞症や穿孔の場合も珍しくはない。

「がん患者における腸閉塞症は、対応が通常と異なり、より堅実な治療が行われる場合があります」と、 救急医療科助教で、外科医としてMDアンダーソンで約5年勤めるPatricia Brock医師は述べた。「たとえば、水分補給やオクトレオチドの投与、ステロイド剤の投与によって症状が緩和される患者に対しては、経鼻胃管を使わない場合があります」。

悪心・嘔吐

悪心・嘔吐はさまざまな原因で起こり、また患者が医療機関を受診する一般的な理由でもある。がん患者においては、激しい悪心・嘔吐は、治療や、がん自身のせいで起こる場合がある。悪心・嘔吐は、通常は積極的に、オンダンセトロンやステロイドなどの制吐剤で治療する。

特殊療法関連の救急

特殊療法関連のがん救急は、多種多様である。化学療法剤のなかには、B型肝炎などの慢性感染症を再活性化し、急性肝不全をもたらすものがある。患者を担当するがん専門医と協議し、患者の治療に関する知識を持つことによって、救急部の医師が適切な診断と治療を開始することが容易になる。

さらに、新たながん治療によって、まれな副作用が現れる可能性がある。たとえば、新薬であるイピリムマブは免疫系を刺激し、T細胞の活性化および増殖によって、生命をおびやかす有害作用を起こす可能性がある。それらの有害作用のなかには、脳の下垂体炎や、大腸炎による重症の下痢が含まれる。

「われわれの救急部では、取り入られてきている新しい治療法と、その治療法によって起きるまれな副作用についての認識を高めてきました」 と、Rice医師は述べた。

非腫瘍性疾患の救急

がん患者でみられる救急の多くは、がんに関連するもの、または、がん治療に関連するものであるが、それらに関連しない場合も多い。いかなる病状や、その病状に対する治療も、患者のがんを踏まえて検討されるべきである。たとえば、脳卒中予防として、抗凝固剤による治療を受けているがん患者が、がんまたはがん治療によって血小板減少症になると、出血性障害を来す場合がある。

さらに、がん患者には、非腫瘍性疾患の患者と同じ急病が起きる可能性がある。「がん患者は、心筋梗塞や虫垂炎を発症する可能性もある」と、Brock医師は述べた。「がんセンターの救急部の医師として、わたしたちはより一般的な疾患を簡単に忘れることはできません。わたしたちは、がんやがん治療と同様に、一般的な疾患について留意しなければなりません」。

がん救急の教育

MDアンダーソン救急部の目標の1つは、がん患者において、通常よりも頻度が高かったり、通常と異なって発症する医学的問題について、地域の臨床医を教育することである。MDアンダーソンは、地域の救急部の医師が、自らの救急部でがん救急患者を診断する際の助けになる知識や技能を身につけることを目的とした、11月開催の会議を後援している。

「人口が老齢化するにつれて、がんは、さらに一般的な病気になるでしょう。ますます、救急部の医療者はがん救急患者を目にするようになるでしょう。わたしたちの目標は、がん患者や元がん患者が経験するかもしれない問題に対する医師の認識を高めることです」 と、Rice医師は述べた。

For more information, contact Dr. Patricia Brock at 713-745-9911 or Dr. Terry Rice at 713-563-2098. For information about the November 13–14 conference for ED practitioners, please call 713-745-9911 or visit www.mdanderson.org/conferences.

【上段画像キャプション】
救急センターのCTスキャンの横で話し合うTerry Rice医師とコンピュータ断層撮影(CT)技術者であるAlfred Wimberley Jr氏。Rice医師は救急センターに来る患者の20%以上はCTスキャンを受ける必要があり、装置を増やせば患者を待たせる時間を大幅に減らすことができると語った。

【中段画像キャプション】
Terry Rice医師が、救急センターの処置室で超音波画像検査をしている。

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翻訳担当者 岡田 章代、並木 恵

監修 遠藤 誠(骨軟部腫瘍科/国立がん研究センター中央病院)

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原文掲載日 

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