2008/05/13号◆癌研究ハイライト

同号原文

NCI Cancer Bulletin2008年05月13日号(Volume 5 / Number 10)

~日経「癌Experts」にもPDF掲載中~

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癌研究ハイライト

マンモグラフィと乳房超音波検査の併用に複雑な結果

乳癌リスクが高い女性に対し、マンモグラフィ単独と、乳房超音波検査を追加した場合を比較した研究の1年目のスクリーニングデータから、両検査法の併用には利点と欠点の両面があることが示された。

通常のマンモグラフィに乳房超音波検査によるスクリーニングを追加したところ、マンモグラフィ単独に比べ癌の検出率が28%上昇した。一方、乳房超音波検査の追加により偽陽性となる―すなわち、スクリーニングの結果をもとに生検を行い、癌がないと判明する場合が4倍に増えた。

本結果は米国放射線医学会画像ネットワーク(ACRIN)が、約2,800人の女性を対象に行った3年間の試験結果で、5月14日付けJournal of American Medical Association誌に掲載された。このACRIN6666試験はNCIおよびエイボン財団の資金援助を受け、21の医療機関が参加している。

最初のスクリーニング検査から12ヶ月以内に癌と診断された40人のうち、8人はどちらかの検査法単独、または併用による検査によっても癌が発見されず、その後12ヶ月の間に癌が発見された。スクリーニングを受けた1,000人あたり3人の癌が見過ごされていた計算になる。全体として、マンモグラフィ単独では20人の癌が発見され(発見された癌全体の50%)、スクリーニングを受けた1,000人あたりの発見率は7.6人であった。一方マンモグラフィと乳房超音波検査を併用した場合は31人の癌が発見され(発見された癌全体の78%)、癌発見率は1,000人あたり11.8人であった。

「マンモグラフィに超音波検査を1回加えることで、乳癌発症リスクの高い女性1,000人あたり1.1人から7.2人の癌患者がさらに発見されたが、偽陽性の数も大きく増加した」と本試験の責任医師であるDr.Wendie Berg氏らは記述している。

この結果により数多くの問題が出てくるだろう、とドイツ、ボン大学のDr. Christiana K. Kuhl氏は記事に関連した論説で述べている。その中で、マンモグラフィに乳房超音波検査を追加したことに関連する偽陽性率の上昇は、癌発見率の向上によるベネフィットを上回ってしまうとも述べている。また、最終的には最近の研究で強く示されているとおり、MRIがもっとも有効な選択肢ということになるかもしれないとも述べている。「各個人のリスクと適正に見合った個別化されたスクリーニング計画こそが、乳癌のスクリーニングをどのように施行すればよいかを考察する方法となる可能性があります」とDr. Kuhl氏は結論づけている。

ACRIN6666試験の追跡調査は今後も継続され、研究開始後24ヶ月時点でマンモグラフィと乳房超音波検査が行われ、その8週間以内にMRIによるスクリーニングが実施される。最終結果の報告は2009年に予定されている。

糖とシグナル:癌におけるEGFR(上皮増殖因子受容体)の2つの役割

上皮増殖因子受容体(EGFR)は多くの癌細胞にみられる表面タンパク質で、薬物の標的として一般的となっており、シグナルを細胞内に伝達して増殖を促進することがよく知られている。今回、研究者らはEGFRの別の役割を発見した。5月6日のCancer Cell誌に掲載された研究によると、EGFRが必須栄養素である適量のブドウ糖の細胞への供給維持を助けているという。

テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターのDr. Isaiah Fidler氏らは、EGFRが細胞表面にあるナトリウム/ブドウ糖共輸送体1(SGLT1)と呼ばれる別のタンパク質の安定に関連していることを発見した。このタンパク質は癌細胞に対し絶えずブドウ糖が流入するようにチャンネルの役割を果たしている。長期にわたりブドウ糖が供給されない場合、自食作用とよばれる自らの細胞を食べる作用を通じて細胞が破壊される。

EGFRの第2の重要な細胞における機能が発見されたことにより、EGFRのシグナル伝達を標的とするエルロチニブ(タルセバ)やゲフィチニブ(イレッサ)などの薬剤が、EGFRを高レベルで発現している少数の癌に対してしか効果がないことの説明となりそうだ、と研究者らは言う。

EGFRは癌細胞における適量のブドウ糖量を維持してエネルギー欠乏を防ぎ、そのことによって化学療法や細胞内シグナル伝達を阻害する薬剤から生き延びている可能性がある。これらの癌細胞を根絶するには、EGFRが持つブドウ糖に関連した活性と、増殖を促進するシグナル伝達の両方を阻害する必要があるだろう、と研究者らは結論づけている。

前立腺癌細胞を用いた実験で、研究者らがEGFRのシグナル伝達ではなく、このタンパク質そのものを阻害したところ、癌細胞は自食作用により死滅した。付随の論説では「このエキサイティングな新研究」により、増殖促進因子としてのEGFRと「甘味料」としてのEGFRの両方を標的にする研究が広く行われるようになるだろうと予測している。

ほくろの癌化は2つのタンパク質の相互作用による

ペンシルバニア州立医科大学の研究者らはB-RafとAkt3の2つのタンパク質が協力して細胞内シグナル伝達を変え、良性のほくろをメラノーマに変化させることを発見した。この報告は5月1日付けCancer Research誌に掲載された。

ほくろ(または色素性母斑)はメラノサイトと呼ばれる皮膚の色素産生細胞が密集した集合体である。メラノサイトは通常皮膚の上部2層である表皮と真皮に均一に分布している。人体には1人あたり平均10個から40個のほくろがあり、大半は良性である。だが現在明らかになりつつある遺伝子変異によりほくろはメラノーマに変化する可能性がある。メラノーマは皮膚癌全体の10%であるが、皮膚癌による死亡の75%を占めている。

研究チームはほくろの90%およびメラノーマの約60%に見られる変異について調査した。この変異はB-Raf遺伝子のヌクレオチド1個が変化することによる、変異型B-Rafタンパク質の発現によるものである。過去の研究においてB-Rafの変異のみではメラノーマが発生するのに十分ではないことが示されているため、研究チームは別のタンパク質Akt3の発現レベルを制御できるマウスにおいて実験を行った。Akt3はメラノーマにおいて発現が制御されなくなり、細胞シグナル伝達においてB-Rafと相互作用することが知られている。

メラノサイトでは、Akt3および正常B-Rafに関連する細胞シグナル伝達経路(それぞれPI3kおよびMAPK)を互いに阻害しないが、B-Rafが変異していて、Akt3が活性化しているメラノーマでは、相互に調節しあっていることが明らかで、結果としてMAPK活性が減少しPI3k活性が有意に亢進している。これらはどちらもメラノーマの特徴である。またB-Rafが変異しAkt3レベルが正常である場合、細胞が周辺組織に付着することなく成長できるようになり、これはメラノサイトがメラノーマに変化したことを示している。

メラノーマ細胞で2つのタンパク質を同時に阻害すると、腫瘍の増殖は鈍化しアポトーシスが増加した。この結果を受け、研究者らは「これらのシグナル伝達を同時に標的とする治療法が最大の臨床効果をもたらすだろう」と示唆している。

Nutlin-3aがp53遺伝子を通して老化を誘導

腫瘍抑制遺伝子p53は癌全体のうち約半数で突然変異あるいは欠損しているが、残りの半数では機能しつづけており、癌成長を抑制するために利用できる可能性がある。最近の研究によると、MDM2タンパク質がp53タンパク質に結合してこのタンパク質を分解するが、低分子のnutlin-3aはこれを阻害して癌細胞のアポトーシスを誘導することがわかっている。しかし、正常細胞におけるnutlin-3aの作用は完全には解明されていなかった。

NCI癌研究センター(CCR)の日本人を含む研究者らは、nutlin-3aがp53およびp53関連細胞内シグナル経路を活性化して、正常細胞でも細胞の老化(成長および分裂ができない状態)を誘導していると、Cancer Research誌5月1日号に発表した。

報告によると、正常なヒトの皮膚と肺線維芽細胞(結合組織)にnutlin-3aを用いたところ、ほぼ100%の細胞が老化した。しかし、p53欠損細胞株では、nutlin-3aはp53活性の増加や老化を引き起こさなかった。また、細胞の老化に関与するmir-34a, mir-34b, mir-34cという一組のmicroRNAの発現量が増加していることを確認した。さらに、ING2を含むDNA複製、クロマチン再構築や遺伝子発現に関与する多くの遺伝子の発現量が低下していた。

「われわれは、[nutlin-3a]の作用が正常細胞と癌細胞では異なることに注意する必要があります」と、論文の共著者であるCCRのDr. Izumi Horikawa(堀川泉)氏は説明した。「nutlin-3aが癌細胞ではアポトーシスを誘導することはわかっていました。われわれの研究では、正常細胞ではnutlin-3aが引き起こしたのは主に老化でした。アポトーシスは不可逆的死なわけですが、老化した細胞は生きて機能し続けることができます」癌細胞でアポトーシスを誘導して正常細胞で老化を誘導するnutlin-3aの能力が癌の治療面で関連性があり、応用できるかを知るためには前臨床試験が多く必要であると彼は結んだ。

長期禁煙により癌や死亡リスクが低下

ナース・ヘルス研究(Nurses’ Health Study)から得られた新たなデータにより、長期喫煙が致死的な効果をもつことが確認され、若年のうちに喫煙をはじめると喫煙による癌の死亡リスクが高まることが示された。しかしこの研究では、肺癌、心疾患、脳梗塞や呼吸器系疾患を含む喫煙が原因となる疾病による死亡リスクは、禁煙を継続すると著しく低下することも明らかにしている。

Journal of the American Medical Association(JAMA)誌5月7日号に掲載された分析によると、全体的に見て、過去に喫煙していた人の死亡例のうち、タバコが原因と考えられるのは28%だったのに対し、喫煙を続けた人の死亡例のほぼ3分の2は喫煙が原因であった。

新たに得られたデータは、この長期観察試験に参加した約104,000人の女性を20年以上にわたって追跡調査した結果から得られたものである。また、1993年に発表された同様の報告は、12年間の追跡調査を実施したものであった。新たに得られた試験報告では評価項目が拡大している。喫煙経験の全くない人に比べて、現在喫煙している人では結腸直腸癌のリスクが63%高くなっていたが、卵巣癌リスクには有意な増加はなかった。

「禁煙は、検討した原因別死亡率それぞれについて効果的だった」と、この試験報告の筆頭著者であるハーバード大学公衆衛生学部のDr. Stacey A. Kenfield氏らは述べている。例えば、5年間の禁煙により、喫煙継続者と比較して、肺癌による死亡リスクが21%低下し、冠動脈性心疾患による死亡リスクが50%低下した。

乳癌幹細胞は化学療法に対して抵抗性

新たな研究の結果、乳癌は、疾患を引き起こすだけでなく、通常の化学療法に抵抗性を示す細胞を一部含んでいる可能性があることがわかった。このような細胞は癌幹細胞といい、自己複製能力を備えることが条件のひとつである。癌幹細胞を根絶するには、自己複製に関与する経路を標的とする薬剤を従来の化学療法に併用する必要があるとの可能性を示す試験結果が、Journal of the National Cancer Institute誌の5月7日号に掲載された。

この種の薬剤にラパチニブ[lapatinib](タイケルブ[Tykerb])がある。この薬剤は、自己増殖に寄与している可能性があるHER2および上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)タンパクを標的とする。ベイラー医科大学のDr. Jenny Chang氏らは、乳房腫瘍の癌幹細胞が、従来の化学療法では効果がなかったがラパチニブには反応を示す可能性があることを見いだした。

これまでの研究から、乳癌の幹細胞には表面蛋白CD44を発現しているものがある(しかしCD24タンパク質の発現は少ないかまったく無い)ことがわかっている。そのため、Jenny Chang氏らは治療前、治療中、治療後のそれぞれの腫瘍生検試料中のこの細胞数を測定した。この試験には、従来の化学療法を受けた女性31人と化学療法にラパチニブを併用した女性21人が参加した。

化学療法群では、腫瘍中の癌幹細胞の他の細胞に対する割合が増加しており、化学療法が癌幹細胞には影響せずに他の腫瘍細胞を大量に根絶したことを示唆していた。一方、ラパチニブ併用群では腫瘍中の癌幹細胞と他の細胞の割合が基本的には変化しなかった。これは異なるタイプの細胞がほぼ同率で根絶されたことを示している。

「この結果は希望を与えてくれる。自己増殖につながる重要な制御経路を阻害できれば、従来の化学療法の効果を増強し、臨床結果を改善できる可能性を示している」と研究者らは結んだ。

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橋本 仁、Nogawa 訳
島村 義樹(薬学)、関屋 昇(薬学)  監修 
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