新型コロナの感染やワクチンに関する免疫応答の解明:SeroNet研究

2020年4月以降、NCIはCOVID-19に関する多数の研究や臨床試験を主導し、資金を提供してきました。その取り組みの一つにはNCIの血清学ネットワーク(SeroNet)があり、COVID-19の原因ウイルス(SARS-CoV-2)およびCOVID-19ワクチンに対する免疫応答への理解を深める研究を主導しています。このQ&Aでは、SeroNetのリーダーであるSamantha Finstad医学博士およびJuli Klemm医学博士が新しく得られた研究結果について説明します。ここに紹介する研究の多くは、査読前の「プレプリント」であることにご注意ください。

COVID-19抗体とは何で、どのような人が持っているのでしょうか?

Klemm博士:抗体とは、病気の原因となるウイルスや細菌などを認識して結合する、血液中の小さなタンパク質です。抗体のうち、ウイルスに結合して細胞への感染を妨害するものを中和抗体とよび、COVID-19を理解する上で非常に重要です。
SeroNetの研究から、COVID-19から回復した人やCOVID-19に対するワクチンを接種した人のほとんどが、このウイルスに対する中和抗体を獲得することがわかっています。ある小規模な試験では、ヤンセンファーマ/ジョンソンエンドジョンソン のワクチンを1回接種した参加者25人全員から、57日後に中和抗体が検出されました。

COVID-19を接種後、抗体はどのくらい持続するのでしょうか?

Finstad博士:SARS-CoV-2に対する抗体は、数カ月以上持続するようです。SeroNetのある試験では、軽症から中等症のCOVID-19を発症した人は、5カ月間以上にわたって中和抗体を維持していることがわかりました。別の試験でも同様の結果が得られ、COVID-19から回復した人は6カ月間中和抗体を維持していました。

また、別の試験で、COVID-19から回復した参加者のほぼ全員が、SARS-CoV-2に対するメモリーB細胞を保持していることが分かりました。メモリーB細胞とは、体内に何年間も維持される免疫細胞で、ウイルスに再び遭遇したときに速やかに大量の抗体を産生できます。つまり、ほとんどの人でCOVID-19に対する免疫応答が持続することが発見されたのです。

将来の感染を予防するためには、一定のレベルのCOVID-19抗体が必要なのですか?最終的にはCOVID-19ワクチンの追加(ブースター)接種が必要になるのでしょうか?

Finstad博士:感染防御効果が得られる抗体量はまだわかっていません。しかし、これまでの研究結果から、公衆衛生の専門家がCOVID-19ワクチンのブースター接種を推奨しています。そのガイダンスは現在CDCとFDAの承認を待っているところです。

COVID-19感染防御効果が得られる抗体量を決定するためにはさらに研究が必要で、これはSeroNetが力を入れている分野です。例えば麻疹では、将来の感染を予防できるかどうか判断する代替指標として抗体検査が使用されています。これはワクチン接種後の感染防御能と相関する免疫学的指標(correlate of protection)とよばれ、一定レベル以上の抗体量があれば予防できる可能性が高く、逆に下回った場合は、医師から抗体量を上げるためのブースター接種を推奨されるでしょう。

SeroNetの試験では個々の人を経時的に追跡し、感染防御能が得られる抗体量を調べようとしています。COVID-19ワクチンの場合、防御とは重症化しないことを意味し、感染しないことを意味するわけではありません。実際に、あるSeroNetのグループが、ワクチンにより発症を防ぐことはできても、感染を完全に防ぐことはできないことを説明する非常に有用な論文を発表しています。

SARS-CoV-2に対して感染防御能と相関する免疫学的指標を見つける上での大きな課題は、試験間で抗体測定値を比較する方法が確立されていなかったことです。NCIではSARS-CoV-2の血清学的標準値の確立に取り組み、この大きな欠落を埋めるよう努めています。この標準値は、COVID-19抗体陽性のドナー4人から採取した血漿をプールしたものから求められており、異なる抗体検査を使用した場合でも、標準値を用いて研究間で抗体量を比較できるようになります。

Klemm博士:Frederick国立がん研究所の研究者たちは最近、この標準値を世界保健機関(WHO)が承認した単位に補正しました。そして今、私たちは、国際的な研究間で抗体量の測定結果を比較できるよう、すべての研究結果をこの単位で報告することを提唱しています。

[編集部注:SeroNetを構成するFrederick National Labの血清学研究室には、HPVおよびCOVID-19研究用の血清検査の開発、妥当性の確認、標準化に関する専門知識とリーダーシップがあります。]

がん患者に対するCOVID-19ワクチンの影響について、SeroNetは何を学んだのでしょうか?

Klemm博士:がん患者では、COVID-19ワクチンに対して強い応答を示さない場合があるというエビデンスが得られてきました。SeroNetのいくつかのグループでワクチンを接種したがん患者を追跡調査し、その免疫応答を長期間にわたって測定しています。CDCは現在、mRNAワクチンを接種した中等度から重度の免疫不全者に同じワクチンの追加接種を推奨しています。これには、血液がんの積極的治療を受けている患者、過去2年以内に幹細胞移植を受けた患者、免疫抑制剤を投与されている患者などが含まれます。

Finstad博士:COVID-19ワクチンの効果は、すべてのがん患者で同等ではないことをお伝えしておきます。血液がんの患者や免疫抑制療法を受けている患者の中には、十分な抗体応答が得られない人がいることがわかっています。しかし、がんを克服し、治療を終えて寛解した患者では、ワクチンに対して十分な免疫応答が得られる可能性が高いのです。
もう一つ、今回のパンデミックによって、がん患者がワクチンを接種するのに最適な時期はいつ頃なのか、積極治療を受けている間なのか、それとも治療がある程度終わるまで待つべきなのか、ワクチンに対する応答は治療の種類によって異なるのかなど、COVID-19だけでなく他のワクチンについても多くの不明な点がありました。

これらの不明点は、SeroNetが行っている研究、特に大規模な集団研究の中で明らかになってきています。

SARS-CoV-2への応答には、抗体のほかに、免疫系の他の部分も役割を果たしているのでしょうか?

Klemm博士:抗体についてはよく話題になりますが、SeroNetでは実際にSARS-CoV-2に対する免疫応答をより広範に研究しています。いくつかの証拠から、T細胞がコロナウイルスへの反応に重要な役割を果たしていることが示唆されています。例えば、ある研究では、COVID-19から回復した患者の血液サンプルから、SARS-CoV-2を認識するT細胞が検出されました。
また、少なくとも実験動物では、T細胞に感染防御の働きがあるようです。ある研究では、T細胞が存在しない非ヒト霊長類では、SARS-CoV-2に再感染しやすかったという結果が得られました。
ただし、SARS-CoV-2に対するT細胞の応答については、まだ表面をなぞっているにすぎません。COVID-19との戦いにおけるT細胞の役割については、まだ重要な研究課題が残されています。

Finstad博士:T細胞の研究を大規模集団で行うのが難しい理由の一つには、T細胞の機能性を調べるためには抗体検査よりも多くの時間と費用がかかり、多量の血液サンプルを必要とすることが挙げられます。

COVID-19ワクチンが変異ウイルスを予防できるかどうかについて、SeroNetの研究ではどのようなことがわかっていますか?

Finstad博士:ワクチンを接種した人から分離された抗体は、ほとんどの場合、実験室での検査でSARS-CoV-2の変異体と反応します。例えば、ワクチン接種者やCOVID-19から回復した患者の血漿は、アルファ型の変異ウイルスを中和できました。ジョンソンエンドジョンソンのワクチンを接種した人は、いくつかの異なる変異ウイルスに対する中和抗体を産生しましたが、その量には個人差がありました。

別の研究チームは、SARS-CoV-2のオリジナル株の感染から回復した患者、あるいはワクチン接種者のT細胞が、複数の変異ウイルスに反応することを発見しました。

ただし、今誰もが気になっているのはデルタ型ではないでしょうか。新しいSeroNetの研究では、COVID-19から回復した患者や、モデルナまたはファイザーのワクチンを接種した人は、デルタ型とカッパ型に対する防御能を維持しますが、その防御能はオリジナルのウイルスよりも低いことが示唆されています。

SARS-CoV-2に感染した場合の免疫応答はワクチンとは異なるのでしょうか?

Klemm博士:ウイルスに対する免疫応答は、ワクチン初回接種と似ているのではないかという研究結果が出ています。SeroNetのある研究では、COVID-19に感染した患者へのワクチン1回投与で産生される抗体量は、COVID-19未感染者へのワクチン2回目投与後と同程度であることがわかりました。また、別の研究では、COVID-19感染歴がある高齢者施設入居者は、未感染者と比較して、ワクチンに対する免疫応答が高いことがわかりました。そこでCDCは、COVID-19感染歴があってもワクチン接種を推奨しています。ワクチンはブースター接種のようなもので、ウイルスに対して既に獲得している免疫応答を高めてくれます。

COVID-19の症状が重い人と軽い人がいるのはなぜですか?

Klemm博士:SeroNetの研究では、ウイルスに対する免疫系の応答が発症時の重症度と相関することがわかっています。ある研究では、COVID-19の抗体価が高い方が軽症となる傾向にあることがわかりました。小児の場合、ウイルスに対する免疫応答は、COVID-19の軽症者と重症者で異なりました。
また、SARS-CoV-2に感染した小児では、体の複数の部位に炎症が発生する重篤な症状である多系統炎症症候群(MIS-C)を発症した場合としなかった場合でも免疫応答に違いが見られ、ある種の免疫細胞および抗体量には明確な違いがありました。これらの研究から重要な知見が得られていますが、病気の重症化の具体的な原因を完全に解明するためには、まだ多くの課題があります。

昨年のコロナウイルス感染経路や集団免疫について、抗体の研究からどのようなことがわかりますか?

Klemm:抗体検査は、パンデミックの動態把握に役立ちます。抗体検査では、感染時に自覚症状がなくても、過去にウイルスに感染していたかどうかを確認できます。これを大規模に行えば、ある期間の感染者の割合がわかります。例えば、Frederick国立研究所の血清学研究室では、NIHの「All of Us Research Program」に参加した2万4000人の血液サンプルを検査し、2020年1月の時点で5州にSARS-CoV-2感染の兆候があったことがわかりました。同様に、米国で最初のCOVID-19感染者の1人が発見されたニューヨークのSeroNetチームは、2020年2月から4月までに病院を受診した1万人の血液サンプルの血清検査を行った結果、当初の報告よりも早い2020年2月中旬までにSARS-CoV-2がニューヨーク市内で広まっていた証拠を発見しました。血清検査の研究では、COVID-19の蔓延に差があることも確認されています。2020年4月から10月にかけてノースカロライナ州の住民を対象に行った調査では、ラテン系、黒人、健康保険に加入していない人がCOVID-19に感染する確率が最も高いことがわかりました。COVID-19の感染率が人種により異なるのは、住宅や医療アクセスなどの分野における根本的な不平等が原因であると考えられています。

Finstad博士:大規模な集団を対象とした血清検査では、集団免疫が成立しているかどうかを知ることもできます。COVID-19以外では、抗体陽性率が70%以上になると集団免疫が成立する感染症もありますが、COVID-19の場合、その数値がどの程度になるかはまだわかっていません。

SeroNetの研究によって、COVID-19の治療法に関する知見は得られましたか?

Finstad博士:SeroNet自体は、COVID-19の治療法を研究しているわけではありませんが、免疫応答をより深く理解することで、治療戦略や薬剤の標的が明らかになるでしょう。
SeroNetの研究では、実験室で作られた新種の抗体や一部の抗がん剤がCOVID-19の治療薬として有効である可能性を示す予備的なエビデンスがあります。また、免疫抑制状態にある患者では、ワクチンをブースター接種しても十分な免疫応答が得られない人がいることがわかってきました。このような場合は、実験室で製造した抗体や回復期血漿を使った治療が有効であると考えられます。

SeroNetはどのような社会科学的研究を行っていますか?

Klemm博士:SeroNetでは、COVID-19の血清学を中心とした基礎科学研究の支援に加え、ワクチン接種やCOVID-19の研究への参加を躊躇している人たちを対象とした社会科学研究も行っています。
ウースターにあるマサチューセッツ大学医学部のチームは、ストーリーテリングの手法を用いて、COVID-19研究への参加の重要性を伝えています。また、アーカンソー大学の別のチームは、COVID-19ワクチンに不安を感じる人の様々な理由を評価するツールを開発しました。アーカンソー州では、現在、ワクチンの接種率が比較的低い状況にあるため、このツールを使って、さまざまな社会的・民族的グループにおけるワクチンへの躊躇を調査し、この非常に複雑な問題をより包括的に捉えようとしています。

Finstad博士:他のSeroNet研究者の多くが、そのツールを自分たちたちも使ってよいかと言い出したのは素晴らしいことです。アーカンソーのチームは 「もちろん!」と言ってくれました。このように、ネットワークを利用して研究内容やツールが迅速に普及し、他の科学者がすぐに採用できるようになりました。

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SeroNetの説明
SeroNetは、NCIがパンデミックに対応するために、疫学者、がん研究者、感染症専門家など、25以上の大学の科学者を集めた他に類をみないチームです。研究者の中には、これまでNCIから資金提供を受けたことがない者や、お互いに協力したことがない者もいます。このように、このネットワークでは別々の焦点を当てがちな分野の研究者をつなぐことで、類まれな共同研究体制を構築しています。
また、SeroNetには3人の患者アドボケイトが参加しており、それぞれが補完的な視点を持っています。彼らは、患者や患者支援者としての個人的な経験に基づいて、研究者がさまざまな種類の質問をして多種のデータを収集する後押しをしています。このネットワークでは、米国とプエルトリコの広い範囲で、さまざまな地理的・人口的グループを対象に研究を行っています。
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翻訳担当者 石岡優子

監修 小坂泰二郎(乳腺外科・化学療法/医療社会法人石川記念会 HITO病院)

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原文掲載日 

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