中咽頭がんにおける治療強度の減弱

喉の中が激しく焼けて、唾を飲みたくないと思うことを想像してみよう。それどころか、何も問題なく飲み込めるはずの唾液を大きなコップに吐き出す。何度も何度も。何週間も。

2014年の一時期、それがJason Mendelsohn氏の日課だった。

「そのコップの中の唾液は非常にドロドロとして粘っこく、洗面台の流しには流れないと思いました。」とMendelsohn氏は物語った。なお、Mendelsohn氏は44歳で 中咽頭がんと診断された。

中咽頭がんは頭頸部がんの一種で、喉の奥に生じる。Mendelsohn氏の腫瘍は、中咽頭がんの好発部位である扁桃に存在した。喉の炎症は、治療の一環として受けた放射線治療が原因であった。

Mendelsohn氏は放射線治療を受ける前に、頸部のリンパ節切除術を受けた。また放射線治療だけでなく化学療法も受けた結果、手足の指にヒリヒリ、チクチクする痛みが残った(末梢神経障害)。7年経った現在でも、軽度とはいえこれらの副作用が残っている。

ある意味、Mendelsohn氏は中咽頭がんの新たな現実を体現している。これまで、中咽頭がんは喫煙や飲酒の量が多い60代や70代の人々で多く診断された。しかし1990年代半ばから、状況は一変し始めた。2010年代初頭には、中咽頭がんと診断された人々の約70%が、白人男性を中心とした40~60歳代の人々であった。その原因は、ヒトパピローマウイルス(HPV)である。

Mendelsohn氏のがんはHPV陽性だったが、51歳になった現在も、受けた治療に関連する問題が一部あるとはいえ、ほぼ健康で元気に過ごしている。Mendelsohn氏は家業を営みながら、がん支援活動にもきわめて積極的に関わっている。

がん診断に光明があるとすれば、多くの中咽頭がんの原因が変化したことで、予後が格段に良くなったことである。

喫煙や飲酒に関連する中咽頭がんと診断された人々のうち、5年以上生存している人々は50%未満である。「しかし、HPV関連中咽頭がんはHPV陰性のものとは別であることが10年以上前に明らかになりました」とSue Yom医学博士(カリフォルニア大学サンフランシスコ校の放射線腫瘍医。主に、頭頸部がんの新規治療法の研究を行っている)は解説した。

「HPV関連中咽頭がん患者は、過去に診ていたHPV非関連患者と生存率が大きく異なり、治療に対する反応が非常に良かったのです」とYom氏は述べた。多くの患者にとって、さまざまな治療法が奏効して、現在では長期生存、さらには治癒が当たり前になっている。

「Mendelsohn氏と同様、HPV関連中咽頭がん患者の大多数は、治療終了後1年以内に比較的良好な健康状態に戻ります。 とはいえ、治療関連副作用は残念ながら、がんに罹ったら避けられません」と述べた。

中咽頭がん患者では、こうした副作用には重度の嚥下障害(栄養チューブを用いた経管栄養を一定期間必要とすることが多い)、長期間持続する口腔乾燥症、う歯や歯周病などの歯科疾患、難聴などがある。一部の患者では、こうした副作用が何年も持続することがある。

「その中に、HPV関連中咽頭がんの問題点があります。予後は良好ですが、一部の症例では治療により患者の生活の質に悪影響が生じる可能性があります」とRobert Ferris医学博士[ピッツバーグ大学医療センター(UPMC)ヒルマンがんセンター(ピッツバーグ市)長で、頭頸部がん治療専門医]は述べた。

「嚥下しにくくなることが、当然のように起こるのです」。

しかし、こうした副作用への妥協は必要か。HPV関連中咽頭がん患者の一部、主にがんが原発巣から転移していない患者では、がんの治療強度を下げることで、短期的および長期的な治療関連の健康問題のリスクを減らし、がん治療後の生活を改善することができないだろうか。

多くの研究で、「低強度治療」とされる治療法の可能性が検討されている。放射線治療での線量減少、化学療法の省略や抗がん薬の量の減少、ロボット手術、さらに最近では免疫療法の役割の可能性が検討されている。

「低強度治療」には多くの種類がある。現在の目標はどの方法が最も安全で有効か、また、どのような患者に適しているかを解明することです」とFerris氏は述べた。

中咽頭がんに対する現在の治療展望

かつて、従来の頸部郭清術が中咽頭がんに対する一般的治療で、その後に放射線治療や化学療法が実施されることが多かった。しかし、この方法は患者の生存期間の延長には大した効果がなく、患者の顎・頸部を切開する必要があるため、審美的にも不良で、治療関連の副作用で死亡するリスクも高かった。

その結果2000年代初頭には、高線量放射線治療+化学療法の併用療法が主流として、外科手術に取って代わっている。この方法はがん治療において頸部郭清術と同様の効果をもたらしたが、審美的な問題や死亡率の上昇は生じなかった。

その後、ロボット手術が登場した。

低侵襲手術の一種であるロボット手術は通常、わずか数カ所の小さな切開を必要とし、そこに小型カメラと手術器具を巧みに使える手首様付属品を有するロボット・アームを挿入する。外科医は手術室内のコンソールからこれらの器具を操作する。

しかし、他の手術のためのロボット手術とは異なり、頭頸部がんの場合、カメラとアームは経口より挿入する。2009年、米国食品医薬品局(FDA)は、最初の経口的ロボット支援手術(transoral robotic surgery:TORS)用システムを承認した。2015年、2番目のTORSシステムが承認された。

「これらのシステムは、高解像度の両眼視、拡大光学系、および540°可動関節を有する超可動式の手首様の装具を備えています。今日では、外科医は低侵襲手術で、実際に腫瘍全体を切除できます」とFerris氏は述べた。

「現在まで話を進めると、放射線治療と化学療法に加えて、ロボット手術後の放射線治療が現在、HPV関連中咽頭がんに対して、新たな標準治療になっています」とBhisham Chera医師(ノースカロライナ大学(UNC)ラインバーガー総合がんセンター、頭頸部がん専門放射線腫瘍医)は述べた。

「さまざまな要因が、患者に提示される治療選択肢に影響を与える可能性がありますが、最終的には患者が治療を受けている場所、およびその病院や担当医の好みによって決定されることが多いです」とChera氏は解説した。

「この状況は、幸運な現実を反映しています。HPV関連中咽頭がん患者には、手術も放射線治療も奏効します。しかも、効果は同程度です」とChera氏は述べた。

臨床試験で治療強度減弱の可否を検討する

大規模ランダム化臨床試験の結果は科学的根拠の絶対的基準で、患者の治療法を大きく変えるきっかけとなる。しかし、HPV関連中咽頭がん患者を対象とした治療の治療強度減弱に関する大規模ランダム化臨床試験はわずかしか達成されていない。

このうち2件の臨床試験では、シスプラチン(HPV関連中咽頭がんに対する標準的抗がん薬だが、難聴などの長期的な副作用を引き起こす)が、セツキシマブ(アービタックス、進行頭頸部がんの治療薬としてすでに承認されており長期的な副作用を引き起こしにくいとされる分子標的薬)に置き換わった。

いずれの臨床試験でも、セツキシマブ投与患者で副作用の改善が認められなかっただけでなく、シスプラチン投与患者と比較して、がん再発やそれによる死亡の可能性も高くなった。

「これらの臨床試験結果が発表された時点で、多くの医師がすでに早期HPV関連中咽頭がん患者に対して、日常的にセツキシマブを使用し始めていました」とCarole Fakhry医師・公衆衛生学修士(ジョンズ・ホプキンス大学頭頸部がんセンター長)は述べた。

この経験から得られた教訓として、「臨床試験の結果を想定してはいけません」とFakhry氏は述べた。

小規模臨床試験からのいくつかの朗報

しかし、ランダム化されていない小規模臨床試験由来のものとはいえ、治療強度減弱の面でも有望な知らせがいくつか存在する。

実例として、Chera氏が主導した114人の患者を対象とした臨床試験では、低線量放射線治療+低用量化学療法患者で、臨床転帰は標準的な高線量放射線治療+高用量化学療法患者で従来認められたものと差がないこと分かった。しかし、重篤な副作用の頻度や重症度ははるかに低かった。同様の結果が、Yom氏が主導したNRG HN002ランダム化第2相試験でも得られた。

いくつかの臨床試験では、ロボット手術を伴う治療強度低下の治療も検証されている。Ferris氏が主導したECOG 3311試験では、全参加者が最初にTORSを受けた。受けた追加治療は、がんの転移や再発の可能性を予測する原発腫瘍の大きさや頸部リンパ節の転移の範囲などの因子によって治療強度を調節したものである。

全体的に見て、ECOG 3311試験参加患者の約70%が通常の標準治療ではなく低強度治療(例:低線量放射線治療、化学療法の非実施)を受けた。TORS から2年後、ほぼ全ての患者が生存し、がんの再発は認められなかった。

次の段階、免疫療法とバイオマーカー

早期HPV陽性中咽頭がんに対する低強度治療の臨床試験における一貫した主題は、免疫療法の導入である。「これは驚くべきことではありません。いくつかの免疫チェックポイント阻害薬がすでに一部の進行頭頸部がんの治療薬として承認されており、他の種類の免疫療法薬もHPV関連がんに対して有望です」とFakhry氏は解説した。

免疫療法は検出されていないがん細胞を全身規模で攻撃することで、化学療法の用量や放射線治療の線量を安全に低減できると考えられている。「多くの研究が進行中ですが、免疫療法の役割に関する明確な答えはまだ出ていません」とFakhry氏は述べた。

こうした臨床試験の1つが、NRG HN002試験に続く、NRG HN005試験である。大規模臨床試験であるNRG HN005試験は、低線量放射線治療後に、シスプラチンの代わりに免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ)投与を受ける患者を対象とする。

免疫療法を伴用する他の臨床試験のほとんどは小規模である。実例として、ジョンズ・ホプキンス大学では、Fakhry氏は間もなく開始される臨床試験に関与している。この試験では、全ての参加患者が最初に低用量の化学療法と免疫チェックポイント阻害薬の投与を受ける。

この試験では、治療での線量漸減研究のもう1つの動向である、バイオマーカーの使用による治療強度の決定も含まれる。化学療法と免疫療法による初期治療に続く、参加患者が受ける次の治療は、血中のHPV DNA濃度によってある程度決定される。

また、メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターの研究者らは、別の種類のバイオマーカーを研究しており、最近、HPV陽性中咽頭腫瘍の酸素濃度(PET検査で測定)を用いて治療強度を決定するという有望な結果を報告した。この方法に関する大規模臨床試験は現在、患者を登録中である。

治療強度の減弱が一部ですでに実施されている

ただでさえ複雑な治療環境が、すでにある程度、低強度治療が日常的ケアの一部になっているという事実により、さらに複雑になっている。

これはある程度、患者にも原因がある。

「『化学療法は絶対に受けない』、『絶対に手術は嫌です』、『放射線治療は絶対に受けない』と言う患者がいます」とYom氏は解説し、「一部の患者は、受けたい治療とそうでない治療で明確な線引きをしています」と述べた。

それでも、一部の専門医は、こうした決断の根拠となる十分なデータが得られる前に、低強度治療を早急に進めることに関しては、警告を強く迫っている。

実際、治療歴があるさまざまな病期のHPV陽性中咽頭がん患者の転帰を調査した2018年実施のある研究が、その警告を裏付けている。この研究で、単独高線量放射線治療や単独手術などの単独療法による治療歴がある患者は、現在の推奨に沿う併用療法による治療歴がある患者と比較して、生存率が上昇しなかった。

Yom氏とFakhry氏の両氏は、低強度治療を検討する臨床試験に参加しない限り、診療中の患者は現時点では標準治療のいずれかを受けることになると強調した。また、これは患者の要望に沿うものである。

「患者に欲しいものを尋ねると、患者は一様に治癒を求めています」とFakhry氏は述べた。

日常的ケアにおける治療強度の動きは、おそらく、頭頸部がんの病期分類に用いられる米国の基準が2018年に変更されたことに由来するとFerris博士は指摘した。この変更はHPV関連がんの予後良好を反映したもので、これまで3期や4期と診断されていた患者が、現在では1期と診断されることになる。

「こうした変更と治療強度を減弱した治療を検討したさまざまな研究を総合すると、一部の腫瘍医が低強度治療を実施し始めるのは、予想通りのことです」とFerris氏は述べた。

とはいえ、Ferris氏は、少なくとも低強度治療が適している患者なら、治療強度を減弱した治療で治癒できると確信する人の1人で、ECOG 3311試験由来データに基づいて、一部の低リスク患者に対して、ロボット手術単独療法またはロボット手術+低線量放射線治療の併用療法が適していると確信する。しかし、外科医はTORSの使用経験が豊富である必要があることを強調した。

「治療を増やしたいと考えている腫瘍医は、その治療が患者に何らかの生存利益をもたらすことを示す必要があると考えます」とFerris氏は述べた。

Chera氏はこの意見に同意したうえで、同氏は多くの患者に対して、通常は従来の標準線量放射線治療ではなく低線量放射線治療を実施していると述べた。

「これについては、多くの人が賛同できないかもしれません。私は、(臨床試験に参加していない)患者に低線量放射線治療を実施することに抵抗はありません。これに関する結果をすでに確認しました。低線量放射線治療が奏効することはすでにわかっています」とChera氏は述べた。

重要な話し合い

治療強度の減弱に関する臨床試験の重要性に異を唱える必要はないと数人の研究者らは述べた。臨床試験は、放射線量の減量から、治療強度を減弱した治療または集中治療を必要とする患者の予測に最適なバイオマーカーの選択まで、多くの未解決の問題に関して、より明確な答えを出すために不可欠である。

「全てを整理するには時間がかかるでしょう」とYom氏は注意を促した。

「直接比較できない臨床試験由来のデータが数多く存在し、かつ結果がすべて妥当に見え、そのデータの兼ね合いが完全に明確にされていません。今後も非常に曖昧な時期が続くと考えます。患者に対して、個別のカウンセリングを何回も行い、データの透明性を高めていく必要があります」とYom氏は述べた。

「こうした話し合いは患者にとって非常に重要です」とMendelsohn氏は強調した。彼は頭頸部がんの支援活動に参加しているため、新規診断頭頸部がん患者から多くの質問を受ける。

「私は決して医学的な助言はしません。しかし、主治医と相談するよう、また、真剣に主治医の話をよく聴くよう伝えます。腫瘍医は治療強度を減弱した治療を選択できることを話題にする、またはこれらを検証する臨床試験に参加するよう提案することがあります」。

「どの選択肢も、少なくとも話し合いの対象に加えるべきです」とMendelsohn氏は述べた。

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 山崎知子(頭頸部・甲状腺・歯科/宮城県立がんセンター 頭頸部内科)

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