KRAS/p53変異はCREB1に作用して膵臓がんの転移を促す

前臨床研究で、高頻度にみられる遺伝子変異の下流での新たな治療標的としてCREB1が特定される

アブストラクト #2417

膵臓がんに最も高頻度にみられるKRASおよびp53変異が、CREB1タンパク質を介した相互作用により腫瘍転移や増殖を促進することを、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者らが発見した。CREB1を阻害することで相互作用が消失して転移が抑制されることが前臨床モデルで確認され、この致命的ながんに対する新たな重要な治療標的となる可能性を示唆している。

本研究成果は、2021年4月10日にCancer Discovery誌に掲載され、2021年米国がん学会(AACR)年次総会にて外科腫瘍学および遺伝学助教Michael Kim医師により発表された。

「本研究は、2つの重要な遺伝子変異が腫瘍の増殖および転移の促進に関わる相互作用機序を示した、われわれが知る限り初めての研究です」とKim医師は述べる。「変異したKRASからの下流へのシグナルが、変異したp53を直接活性化することがわかりました。この発見は、新たな治療標的を示唆するだけでなく、KRASおよびp53の下流で活性化される膨大な転写ネットワークを明らかにしていくでしょう」。

KRASおよびTP53遺伝子における変異は、すべてのヒトのがんにおいて最も高頻度にみられ、膵臓がん患者の約70%がこれら2つの遺伝子の共変異を有する。膵臓がんの95%にみられるKRAS変異は、タンパク質を活性化し、下流で多くの異常なシグナル伝達経路を発生させる。TP53変異は、タンパク質のがん抑制機能を喪失させ、変異したタンパク質が転移などのがん化プロセスを亢進する。

「残念ながら、現在、膵臓がんに高頻度でみられる変異型KRASまたはp53を標的にした治療法はありません。そのため、より効果的な膵臓がん治療法の開発にあたり、これらのタンパク質の代わりに、下流にある共通の治療標的を特定する必要があるのです」とKim医師は説明する。

変異型KRAS/p53の相互作用を解明するため、Kim医師の研究チームは、遺伝学部長のGigi Lozano博士と共同で、腫瘍の微小環境を変えず、変異型KRASと変異型p53を腫瘍細胞に特異的に発現させた新しい膵臓がんモデルマウスを開発した。

このマウスモデルでは、p53遺伝子欠損マウスモデルと比べて2倍以上の転移病変が観察されたことから、2つの変異タンパク質の相互作用による転移の促進が示唆された。研究を進めると、変異型KRASが、転写因子であるCREB1を活性化し、CREB1が変異型p53と直接相互作用し、多数の遺伝子の異常な発現を促進することがわかった。

CREB1が活性化するとFOXA1の発現が亢進し、Wnt/β-カテニン経路の活性化を誘導する新たな連鎖反応を引き起こす。どちらもがんの転移を促進する。

このマウスモデルでは、CREB1を標的とする低分子薬を用いることで、FOXA1β-カテニン、および関連標的遺伝子の発現が低下し、転移も減少した。これらの結果は、CREB1を標的とすることが、KRAS/p53変異膵臓がんの転移を阻止する有効な戦略となる可能性を示している。

「この相互作用の発見は、患者の予後改善を目指す上で、治療標的としてCREB1を重視すべきであることを示唆しています。ヒトのがんでは、KRAS/TP53変異が高頻度であることから、今回の発見による影響は、膵臓がんだけではなく、他のがんへも波及する可能性があります」とKim医師は言う。

研究者らは、今後、がん細胞または周辺の腫瘍微小環境に影響を及ぼす可能性のある、p53変異の下流で作用する他の重要な要素を発見したいと考えている。この複雑なネットワークの理解が深めることが、膵臓がん治療向上に向けた、新たな治療標的および併用療法の発見へとつながるだろう。

本研究は、以下の団体から資金提供を受けた。the National Institutes of Health (NIH) (K08CA218690, P01CA117969, R01CA82577, T32 CA 009599, 1S10OD024976-01, P30CA16672), the American College of Surgeons Faculty Research Fellowship, the Cancer Prevention & Research Institute of Texas (CPRIT) (RP17002), the Richard K. Lavine Pancreatic Fund, the Ben and Rose Cole Charitable Pria Foundation, and the Skip Viragh Foundation.

本研究におけるMDアンダーソンの共同研究者は、Kim医師に加えて以下の通りである。Xinqun Li, M.D., Ph.D., Jenying Deng, Ph.D., Bingbing Dai, Ph.D., Tara G. Hughes, M.D., Christian Siangco, Jithesh Augustine, and Yaan Kang, M.D., all of Surgical Oncology; Yun Zhang, Ph.D., Joy M. McDaniel, Ph.D., Shunbin Xiong, Ph.D., Amanda R. Wasylishen, Ph.D., and Guillermina Lozano, Ph,.D., all of Genetics; Kendra Allton, Bin Liu, Ph.D., and Michelle C. Barton, Ph.D., all of Epigenetics and Molecular Carcinogenesis; Eugene Koay, M.D., Ph.D., of Radiation Oncology; Florencia McAllister, M.D., of Gastrointestinal Medical Oncology and Clinical Cancer Prevention; Christopher Bristow, Ph.D., and Timothy P. Heffernan, Ph.D., of the TRACTION platform; and Anirban Maitra, M.B.B.S., of the Sheikh Ahmed Bin Zayed Al Nahyan Center for Pancreatic Cancer Research. Additional co-authors include Jason B. Fleming, M.D., of Moffitt Cancer Center and Research Institute, Tampa, FL. 著者らは、本研究に関して利益相反がないことを開示している。

翻訳担当者 為石万里子

監修 中村能章(消化管悪性腫瘍/国立がん研究センター東病院 消化管内科)

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