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がんゲノムデータ利用の拡大―患者自身の経験談を共有

ジェイス・ウォードさんは大学2年の終わりにさしかかった昨年の春、左目で見るものが二重に見えるようになりました。彼は最近の自動車事故のせいではないかと考えていましたが、医師の診察を受けると脳腫瘍が見つかりました。

その後の生検により、ジェイスさんは、びまん性内在性橋グリオーマ(DIPG)と呼ばれる、通常小児に発症する予後不良の脳腫瘍であることがわかりました。

「これは私にとって最低の悪夢でした」と、ジェイスさんは、最近開催された米国国立がん研究所(NCI)が主催する個人のゲノムデータに関するワークショップで発言しました。

ジェイスさんは会議に招待され、彼や彼の家族が腫瘍に関するゲノム情報をどのように使用して、寿命を延ばす可能性のある治療法を見つけようとしたのか、そして彼らが直面した課題についても共有しました。

ジェイスさんの経験の中で転機となったのは、ゲノム検査ができるよう脳腫瘍の追加サンプルを外科医に採取してもらうことを決意したことでした。

ゲノム検査により、ジェイスさんの腫瘍には、H3 K27Mと呼ばれる脳腫瘍に関連する遺伝子変異があることが明らかになりました。そして、ジェイスさんはすぐに、NCIの支援を受けている研究者が、腫瘍にこの変異がある患者を対象に新しい標的療法ONC201の臨床試験を行なっていると知りました。

ジェイスさんは、その治験薬の臨床試験のうちの1つの登録基準を満たしていませんでしたが、放射線治療を受けた後に治験薬の投与を受ける拡大アクセスプログラムに参加することができました。

臨床試験の一環として、ジェイスさんは週に一度ONC201単剤を5錠服用しました。副作用としては、服用した翌日に疲れを感じることのみでした。

9週間の治療後、母親のリサさんによると、ジェイスさんの体調は非常に良好だったとのことです。現在、ジェイスさんはカンザス州立大学で法学とビジネスを学んでおり、来年のDIPGと研究資金に関する議会の公聴会で講演するよう招待されています。

「ジェイスにH3 K27M変異が見つかったことは本当に幸運でしたーー19歳でDIPGを発症した若い男性が幸運だと言えるなら。」と彼の母親は述べました。

プレシジョン医療への移行

ゲノム検査を受けるがん患者は増加しており、ジェイスさんもその1人です。医師はこれらのゲノム検査の結果から、個人に最も適切な治療法を選択します。これは高精度医療として知られているアプローチです。

しかし、個人のゲノムデータ使用の拡大により、以下のような疑問が生じています。どの患者がゲノム検査を受けるべきか。誰が個人のゲノムデータを管理するか。研究者や家族とゲノムデータを共有する際の、利点とリスクの可能性は何か。

このような疑問について探るため、NCIは9月にメリーランド州ベセスダの米国衛生研究所(NIH)キャンパスでゲノムデータワークショップを開催しました。この会議には、研究者や臨床医だけでなく、がん患者やサバイバー、患者の支援者も参加しました。

この会議の目的の1つは、個人のゲノムデータに関連する法的、倫理的、およびセキュリティの問題に関する対話において患者に強い発言権を与えることでした、とワークショップの計画を支援したNCIがん研究センターのSean Davis医学博士は述べました。

「自分自身のゲノムデータを受け取った人々から印象的な話を聞いた後、患者自身の治療法を改善し同じ病気を持つ他の人々に利益をもたらすことを期待して、結果を研究者と共有する方法について検討しました」と続けました。

しかし、他の演者であるDavis医師は、「ゲノムデータの共有に関連するリスクの可能性について、現実的な見方を伝えました」と続けました。

ゲノムデータを共有するリスクとして、個人の身元や病気の状態が誤って公開される可能性や、それらの情報が家族にも影響を与える可能性のあることを、数名の演者が述べていました。

しかし彼らは、生存を続けようとしている進行がん患者にとって、ゲノムデータを臨床医や研究者と共有することによる特定のリスクは許容される可能性があることを述べました。

「私にとって喫緊の質問は次のとおりです。どうすれば死を避けることができますか」 とジェイスさんは発言しました。「そして、死を回避する過程でプライバシーが失われる可能性がある場合、そのリスクを受け入れることはできるはずです」。

彼の母親は、「私たちにとって、そして希少疾患を持つほとんどの子供たちの親にとっての懸念は、子供たちが死に直面しているということです」と付け加えました。

「ゲノムデータを共有するリスクの可能性よりも、なぜ子供の死について心配しないのでしょうか」と続けました。

ゲノムデータと臨床ケア

ワークショップから発信された主なメッセージの1つは、「患者は自分自身の個人のゲノムデータに関して意思決定を行えるようにしたい」というものであったと、NCI生物医学情報センターのElizabeth Hsu博士は会議後に述べました。

「最終的に、データの所有者は患者自身です」と続けました。「がん研究において、私たちは単にデータの管理者です」。

Hsu博士によると、本ワークショップのタイミングは、がんの生物学的研究のために研究室で長年使用されてきたゲノムアプローチが、臨床ケアでますます重要な役割を果たしているという事実を反映しているとのことでした。

「現在多くの患者が自分たちは治療に生かすための生物学的情報やゲノム情報を保有しており、それが自分たちができることだと感じ始めています」と、がん研究を加速することを目的とする非営利団体Dragon Master Foundationの代表であるAmanda Haddock氏は本ワークショップ内で述べました。

同氏は、がん患者が腫瘍のゲノム配列を決定することがまだ日常的ではないことを指摘し、これがすぐにでも日常的になることを望んでいると付け加えました。

医師はリスクの可能性がベネフィットを上回ると考えているため、何十年もの間、脳の特に敏感な領域にあるDIPGや他の腫瘍の患者のほとんどが生検を受けていないとHaddock氏は説明しました。

しかし、ジェイスさんの話にあったように、臨床試験では腫瘍の特定の遺伝子変異を標的とした新しい治療法について研究されています。また、これらの試験の参加には、腫瘍が特定の変異を持つか調べるため、患者は生検を受ける必要があります。

「自分が何を治療しているのかわからなければ、プレシジョン医療(高精度)医療を実践することはできません」とHaddock氏は述べました。

「DIPGは待ってくれない」

DIPG患者の生存期間中央値は1年未満です。ジェイスさんは自分の治療について決断を下すとき、時間の余裕がなかったと述べました。

「DIPGは待ってくれない」と述べ,「僕の声を聞くのを待たずに、僕の命を奪っていきます」。 

ジェイスさんが述べたことの緊急性は、「進行がんの患者からいつも耳にするものです」と、シティオブホープ病院のStacy Gray医師は会議後に述べました。

このような患者にとって、データを共有し有意義な結果を得るまでの期間は「これまで臨床医学や学術研究で従来行われてきたのとはまったく異なります」と続けました。

ジェイスさんには、若い世代(AYA)のがんであるという追加の課題がありました。正確には小児患者ではなく、成人患者でもないという意味です。

「19歳の若者にとっては険しい道のりです」と母親は述べました。「私たちはしばしば、大きな失望を感じました」。

ジェイスさんもまた、時々「失望」を感じたと言い、彼の言葉はワークショップで共鳴したようでした。

別の演者であるフィラデルフィア小児病院のAdam Resnick博士は、ツイッターに「ジェイス・ウォードさんは、聴衆の中で私たち全員を驚かせ、感動させ、刺激を与えました」と書きました。

ゲノムデータに関する患者への教育

ワークショップの過程で、患者がゲノムデータを使用して自分自身の治療を強化しようとする一方で、自分のデータが適切に使用されることでがん研究に貢献できるという将来のビジョンも浮かび上がってきたようです。

ジェイスさんを含む数人の患者は、彼ら自身が利益を得ていなくても、ゲノムデータを研究者と共有することで同じ病気を持つ他の人々に利益をもたらすだろうという希望を表明しました。

非営利の研究技術開発組織であるSage BionetworksのJohn Wilbanks氏は、個人のゲノムデータの共有に関連する問題に最適に対処するための万能なアプローチがないのではないかと指摘しました。

肺がん患者であるジャネット・フリーマン-デイリーさんは、患者の間でもデータ共有についてはさまざまな考え方がありそうだと指摘しました。同氏は、ROS1遺伝子の変化によって引き起こされる腫瘍の研究者と提携している患者グループであるROS1dersの共同設立者です。

「進行がんの人々は、多くの場合、研究者とデータを共有して発見を促進しようとしています」とフリーマン-デイリーさんは述べました。ただし、個人の遺伝情報を共有することで、家族に影響を与える可能性があることを知っておく必要があると付け加えました。

さらに、生涯の間に獲得した遺伝子変化に起因するがんは、遺伝による変異に起因するがんとはプライバシーの面で異なる意味を持つ可能性があると指摘しています。

同氏やワークショップの他の参加者は、臨床上の決定において、がんに関するゲノム情報をどのように使用できるかについて、患者を教育する必要があると強調しました。

「研究者は患者と関わり、彼らのゲノムデータについて十分な情報に基づいた決定を下せるよう、力を与える必要があります」と、NCIのがん対策・人口統計学部門のLeah Mechanic博士はワークショップで述べました。

同様のメッセージは一般の人々にも当てはまると続け、DNAシーケンシングサービスを消費者に直接販売している企業もあると述べました。

「消費者向けゲノミクス企業が提供するものと提供しないもの、また提供するものにも限界があることを理解する必要があります」と述べました。

新技術の必要性

ジェイスさんの経験は、ゲノムデータに関するいくつかの実質的な課題を浮き彫りにしました。さまざまな病院の医師とデータを共有するために、彼は自身の検査結果を含むコンピュータディスクを取り出し、自分でメール送信するか、必要な場所に物理的に持ち込む必要がありました。

研究コミュニティに対する喫緊のニーズは「ゲノムデータを共有しやすくする方法を見つけることです。特に希少な疾患の場合、科学者が多くの患者からデータを集め、こういった疾患に関する洞察を得る必要があるためです。」とMechanic博士は述べました。

ワークショップでは、患者や研究者が安全にゲノムデータを収集、保存、共有できる技術やプラットフォームを開発している研究者によるプレゼンテーションが行われました。

たとえば、Broad InstituteのCorrie Painter博士は、患者と協力してがん研究を進める非営利団体であるCount Me Inについて説明しました。

この団体では、さまざまな種類のがん患者約8,000人から腫瘍サンプルと医療情報を収集しています。Count Me Inは、患者データから識別情報を削除した後、cBioPortalなどのオープンアクセスデータベースを通じて研究者が結果を利用できるようにしています。

Count Me Inの目標は、患者データの収集と共有に加えて、がん研究に参加している患者から、経験を改善する方法を学ぶことです。研究者は、オンライングループや調査、1対1のコミュニケーションを通じて患者とつながりますと、Painter博士は強調しました。

がんサバイバーでもあるPainter博士は、「プロセス全体を通して、私たちは支援しようとしている患者らと協力して仕事をしています」と述べました。「私たちは彼らから学んだのと同じくらい、彼らは私たちから学んでいます」。

同博士は患者として、「私たちは皆、自分たちが貢献していることは有意義で役立つことだと感じたい」と付け加えました。

ゲノム検査結果を理解する

この会議は、個人が管理し、自分の利益のために活用できる共有可能な遺伝子解析結果の開発について考える議論を最後に閉会しました。この取り組みの一環として、患者がゲノム情報を受け取る際の最適な方法を研究する必要があります。

ジェイスさんの場合は、医師との連絡手段であるポータルから、自分のオンライン医療情報が更新されたことを知らせる自動メールを受信しました。彼はゲノムデータへのリンクをたどった後、「圧倒され、孤独になった」と感じました。

「自分が何を見ているのか、さっぱりわかりませんでした」と付け加えました。

ゲノム検査の結果が意味するものについてさらに学ぶため、彼の両親は、ヨーロッパのチームを含む、ジェイスさんの治療チームとは別の小児および成人の脳腫瘍の専門家に助けを求めました。

ジェイスさんと彼の家族がゲノム検査の結果を理解した後も、彼の治療チームは可能な選択肢を提案することができなかったため、臨床試験を見つける助けを必要としていた、とジェイスさんは説明しました。

NCIのSmall Business Innovation Researchプログラムによって、一部資金提供されたONC201の研究に精通しているDIPG患者の子をもつ母親らから助けが得られ、ジェイスさんが参加できる可能性のある臨床試験が見つかりました。Wordさんは、Facebookのグループを通じて、これらの母親とつながりを持ちました。

研究パートナーとしての患者

何十年もの間、がん研究において、患者は本質的に「受動的な参加者」であったと、Painter医師は言及しました。

「しかし、私たちはターニングポイントにおり、患者が有益なものを提供できるという価値を、研究コミュニティは受け入れています」と続け、患者は副作用や治療計画など、自身の経験に関連するさまざまな問いに意見を述べることができると強調しました。

Davis医師は同意し、ワークショップは患者を専門家とするこの考えを支持すると述べました。彼は、患者同士の信頼関係や患者のオンラインコミュニティなど医療チームの外部にあるサポートシステムが、患者のよりどころであるという話に感銘を受けました。

Davis博士は概して研究者は、患者と患者支援者とがより強いつながりを構築する必要があると指摘しました。「患者には非常に重要な視点があり、研究の計画から結果の提供まで、研究のすべての段階に参加する必要があります」と述べました。

「研究事業に、患者や患者支援者が参加することは、価値があるだけでなく期待されています」と付け加えました。「2019年、彼らは自分に影響を与えることについて話し合う場につくことを期待しています」。

翻訳河合加奈

監修高濱隆幸(腫瘍内科/近畿大学奈良病院)

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