禁煙は見過ごされがちな「がん治療の第4の柱」
喫煙するがん患者にとって、禁煙は治療成績を大きく左右し得る重要な介入である。がん診断後の禁煙は、治療効果の向上や全生存期間の延長と関連することが示されている。
禁煙の効果は非常に大きく、「同僚の中には、禁煙治療を手術、放射線治療、化学療法・免疫療法に並ぶ『がん治療の第4の柱』と呼ぶ者もいます」と、ウィスコンシン大学マディソン校家庭医学・地域保健学部および同大学タバコ研究・介入センターの助教で、臨床心理学者でもあるJesse Kaye博士は話す。
しかし、長年にわたるエビデンスの蓄積とガイドラインによる推奨にもかかわらず、禁煙治療は十分に活用されていない。大半の患者は禁煙治療を受けておらず、調査では、喫煙者の半数以上ががんと診断された後も喫煙を続けていることが示されている。
この「禁煙の効果は分かっているのに、実際の診療では十分に行われていない」というギャップは、長年続くがん医療における課題である。では、なぜこのようなギャップが生じるのか。そしてこれを埋めるために現実的に何ができるのか。
エビデンスと実臨床のギャップ
禁煙治療を支持するエビデンスは、きわめて一貫している。喫煙の継続は生存率の低下と関連する一方、禁煙はさまざまながん種で治療成績を改善することが示されている。
例えば2025年の解析では、がん診断から6カ月以内に禁煙した患者に比べ、喫煙を続けた患者では全死亡リスクがほぼ2倍であった。診断から2年後の生存率は、禁煙した患者で85%だったのに対し、喫煙を続けた患者では約75%であった。同様の傾向は、頭頸部がん、肺がん、大腸がん、膀胱がんなど、さまざまながんにおける禁煙と生存率の関係を調べた研究でも確認されている。
全米総合がんネットワーク(NCCN)は、がん患者を対象とした禁煙治療ガイドラインを策定している。また、米国臨床腫瘍学会(ASCO)や米国癌学会(AACR)などの主要ながん関連団体も、喫煙状況のスクリーニングと治療を推奨している。米国国立がん研究所(NCI)はさらに、「Cancer Center Cessation Initiative」を立ち上げ、NCI指定がんセンター52施設に禁煙治療プログラム導入のための助成を行った。
それでも、「禁煙治療は日常のがん診療に十分組み込まれていない」と、ワシントン大学医学部精神医学教授で、セントルイスのSiteman Cancer Centerにおける禁煙治療プログラム責任者でもあるLi-Shiun Chen氏(MD, MPH, ScD)は話す。
これほど強いエビデンスがありながら、なぜ禁煙治療は通常のがん診療に定着していないのか。
専門家によれば、問題はエビデンスの不足ではなく、実際の医療現場でどう実施するかにある。
ケンタッキー大学心理学部教授で、がん予防・制御研究プログラムの共同責任者を務めるJessica L. Burris博士らによる最近の調査では、米国外科学会のCommission on Cancerの認定を受けたがん診療プログラムでも、禁煙治療計画の記録、カウンセリング、禁煙補助薬の処方、禁煙治療プログラムへの紹介を日常的に行っていない施設が依然として多いことが明らかになった。
その背景には、主に実務上の問題がある。施設側が挙げた主な障壁は、スタッフの研修不足(68.8%)、禁煙治療の専門家不足(61.9%)、患者が治療に抵抗を示すとの認識(58.3%)、スタッフの時間不足(42.4%)であった。さらに、資金不足(40.6%)や保険償還が不十分であること(31%)も挙げられた。
がんセンターに専門の禁煙プログラムがあっても、対象となる患者を医療者が特定し、紹介につなげなければならない。この過程がボトルネックとなる可能性がある。
「私たちの禁煙治療プログラムで最大の障壁となっているのは、プログラムの存在が十分に周知されていないことです」と、フロリダ州タンパのMoffitt Cancer Centerで禁煙治療を担当するAshley Charles氏は話す。「禁煙治療への紹介は医療者に大きく依存しており、積極的に患者を紹介してくれる医療者もいます」。
今後の道筋
では、こうした実施上の障壁を現実的に乗り越えることはできるのか。
専門家が状況を変えるきっかけとして期待しているのが、Commission on Cancerが今年導入した新たな基準である。現在、同委員会の認定を受けるがん診療プログラムには、新たにがんと診断されたすべての患者に喫煙状況のスクリーニングと禁煙支援を行うことが求められている。現在喫煙していると回答した患者には、30日以内に、エビデンスに基づく禁煙治療を受けられるようにするか、治療へ紹介しなければならない。
ただし、この基準だけで、がんセンターが抱える費用面や診療フロー上の課題まで解決できるわけではない。
Chen氏は、こうした障壁を乗り越えるには、腫瘍医にすべての責任を負わせるのではなく、診療フローそのものを見直す必要があると指摘する。例えばSiteman Cancer Centerでは、禁煙治療を腫瘍医だけに任せず、医療チーム全体で役割を分担している。
また、専門家によれば、単に禁煙を勧めるだけでなく、喫煙ががんの治療成績にどのような影響を及ぼすのかを説明することが、禁煙への強い動機づけになり得る。「担当する医療者から、禁煙によってどれほど大きな効果が期待できるのかを説明されることは、患者にとって非常に大きな意味を持ちます」と、テキサス大学MD Anderson Cancer Centerの禁煙研究・治療プログラムでメディカルディレクターを務める精神科医Maher A. Karam Hage氏は話す。
ただし、再喫煙は珍しくないため、専門家は、禁煙について一度話して終わりにするのではなく、がん診療のたびに喫煙状況を確認するよう勧めている。Moffittで禁煙支援を担当するLisa Sloan氏は、「いったん禁煙した後に再び吸い始めることも、禁煙に至る過程の一部です。そのため、継続的なフォローが必要です」と話す。
Commission on Cancerの新たな基準は、禁煙治療をがん診療に組み込むべきかどうかを議論する段階は、すでに過ぎたことを示している。現在の課題は、喫煙するすべての患者を確実に把握し、エビデンスに基づく治療を提案し、がん治療を通じて継続的に支援することである。
Kaye氏は、「禁煙治療が十分に行われない背景には、医療者の時間不足や非効率な診療フローなど、医療現場全般に共通する課題が数多くあります」「がん診療チームが継続して喫煙状況を確認し、禁煙治療を提供できるよう支援することは、実際の診療現場で治療を届けるうえで極めて重要です」と指摘している。
- 記事担当:平沢沙枝
- 参考記事
- 監修:久保田 馨(呼吸器内科/日本医科大学呼吸ケアクリニック)
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