デクスラゾキサンは、がん治療中の子どもの心臓を長期的に保護する

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

今日、がんと診断された小児の80%以上が、治療後5年の時点で生存している。これは、過去50年間における小児医療の最大の成果の一つである。しかし、治療の進歩には代償が伴うこともある。一部の小児がんサバイバーは、当初、命を救ってくれた化学療法が原因で、後年、生命に危険が及ぶ心臓疾患を発症する場合がある。

このような心臓に有害な薬剤の一つが、多くの小児および成人のがんの治療に使用されるドキソルビシン(Adriamycin[アドリアマイシン])である。新たな試験の結果では、ドキソルビシンの各投与前にデクスラゾキサン(Zinecard[ジネカード])という薬剤を投与すると、小児がんサバイバーが成人後に、治療に関連した心臓疾患を抱えるリスクが大幅に減少することが示されている。

本試験のリーダーの一人であるフレッドハッチンソンがんセンターのEric Chow医師は、「若い患者にとって、治療に関連した心臓障害は、何十年にもわたる人生に影響を与える可能性があるため、人生を変える重要な問題です」と述べている。本試験結果は、現在がんの治療を受けている小児および10代の若者に直ちに影響を与えるものであることを同氏は付け加えた。

本試験では、小児期にがんと診断された195人の心血管の健康状態を評価したが、約半数が数年前の臨床試験でドキソルビシンの前にデクスラゾキサンを投与されていた。

がんと診断されてから約20年後、デクスラゾキサンを投与された試験参加者は、投与されなかった参加者と比較し心臓の健康状態が良好であった。

デクスラゾキサンが長期的に心臓の問題を防止するというより決定的なエビデンスがない限り、デクスラゾキサンの使用をためらう医師もいると指摘し、「この試験結果は日常診療を変える可能性があります」と Chow 氏は述べた。

NCIが資金を提供した本試験の結果は、1月20日にJournal of Clinical Oncology誌に掲載された。

「これは非常に重要な試験です」と、本試験に関与していないNCIのがん治療・診断部門の小児腫瘍専門医Nita Seibel医師は述べている。「われわれは、小児がんサバイバーが最良のQOLを得られるようにしたい…そして、心疾患を予防するためにできることはどんなことでも有益です」。

デクスラゾキサンにより20年後も心臓を持続的に保護

心疾患は、ドキソルビシン療法による長期的な副作用の中で最も懸念されるものの一つである。小児がんの治療でこの薬剤を高用量投与された人の10%以上が40歳までに心不全を発症する。

成人のがん患者もドキソルビシンによる心毒性のリスクがある。1995年、デクスラゾキサンは、乳がん治療中の女性におけるドキソルビシンによる心臓障害のリスクを低減する目的で、米国食品医薬品局(FDA)から承認された。

1990年代初頭、バッファロー大学ジェイコブス校、医学・生体科学部の小児科部長であるSteven Lipshultz医師は、本試験の共同リーダーで、白血病の小児における化学療法による心臓障害を、デクスラゾキサンにより短期間で予防できることを示す研究の陣頭指揮を執った。しかし、長期的なリスクと利益が不明確なため、長年にわたり、がんの治療を受けている小児にこの薬剤が広く使用されてこなかったとChow氏は述べた。

HEARTと名付けられたこの新しい試験では、米国とカナダの病院が参加し、それぞれの施設で小児がんの治療を受けたことのある患者を募集した。この試験に参加した患者の平均年齢は29歳であった。全員が、約20年前にNCIが支援する米国小児腫瘍学グループまたはダナファーバーがん研究所小児急性リンパ性白血病コンソーシアムのいずれかの臨床試験に参加し、デクスラゾキサンを試験していた。

試験参加者が最初に治療を受けた病院の臨床医が、各参加者の心臓の健康状態を一度だけ評価した。本評価では、心臓の左心室の構造とポンプ強度の測定、心臓障害とストレスの血液ベースのマーカーのスクリーニングなどを実施した。

ドキソルビシン投与前にデクスラゾキサンの静脈内投与を受けなかった参加者と比較して、投与を受けた参加者は、心臓の心室構造に有意な差は認められなかったものの、心臓のポンプ強度は有意に良好であった。また、心筋のストレスマーカーもより正常であった。

この保護作用は、250mg/m2を超えるドキソルビシンの累積投与を受けていた患者で最も顕著であった。この用量は、最近掲載された国際的なガイドラインによると、心疾患のリスクが高くなると考えられている。しかし、Lipshultz氏は、ドキソルビシンによる治療を受けた小児は、累積投与量にかかわらず、将来的に心臓疾患を発症するリスクがあることを強調した。

「18年後も心臓の保護が持続していることがわかりました」と、Lipshultz氏は述べている。

重要なことは、デクスラゾキサンを投与しても、ドキソルビシンによる治療効果が低下したり、一部の医師が提唱しているような、サバイバーが第2の原発がんを発症する可能性が高くなったりしないことを示す同じ試験の既報に、今回の結果が加わったことである、と同氏は続けた。

このことは、特にドキソルビシンによる治療を受ける小児の家族にとって「心強いこと」であると、Seibel氏は述べている。「以前は、長期的なデータが限られていると言わざるを得ませんでしたが、長期的なデータがあることは間違いなく良いことです」。

小児期のがん治癒と数十年にわたる成人期の活動とのバランス

ドキソルビシンは、アントラサイクリン系の薬剤の一種である。このクラスの薬剤には、小児がんに対する最も効果的な化学療法薬が多くあり、小児がんの50%以上がアントラサイクリン系薬剤で治療されている。しかし、この薬剤は心筋を含む健康な細胞にも害を及ぼす。

Lipshultz氏は、この問題を最初に認識した心臓専門医の一人である。1980年代、同氏は、小児がんサバイバーががんの診断から10年以上経って心不全を発症した症例を複数診察した。

当時の一般的な考え方は、治療中に心不全の徴候を示さなかった小児は、将来的に心臓の問題を抱える可能性は低いというものだったと、同氏は振り返る。しかし、ドキソルビシンによる治療を受けた小児がんのサバイバー100人以上を評価した結果、60%以上のサバイバーの心臓が病気の徴候を示していたことが判明した。この割合は、このグループの心臓疾患の重症度と同様、時間の経過とともに増加した。

Lipshultz氏は、「他の試験でも示されているように、アントラサイクリン系薬剤のまったく初めての投与でもダメージが生じます」と述べ、すべての投与前に心臓を保護する必要があると考えている。

Lipshultz氏は30年来、小児がん治療の成功のためには、がんサバイバーとその家族の生涯にわたるQOLを考慮する必要があるとし、がん治療の一環としてドキソルビシンを投与する小児の治療パラダイムを変える必要があると主張してきた。

その意味で、今回の結果は「とてもエキサイティング」だとLipshultz氏は述べている。なぜなら、アントラサイクリンという小児がん治療に有効でありながら、残念な副作用がある薬剤による心臓へのダメージを長期的に防ぐことができることを示したからだ。

アントラサイクリンは、細胞内に入ると鉄と結合する、と同氏は説明する。これにより、心筋細胞に「穴を開ける」フリーラジカルが発生し、心筋を力強く絞るためのエネルギー工場であるミトコンドリアに不可逆的なダメージを与えると、Lipshultz氏は述べている。この幼少期の細胞死やミトコンドリアの損傷が、成人の心臓の筋力低下につながり、心臓に負担をかけることになる。

デクスラゾキサンは、ドキソルビシン点滴の直前に投与すると、血液中の鉄と結合することでこの効果に対抗する、と同氏は続けた。

その際、ドキソルビシンが利用できる鉄が少なくなるため、フリーラジカルの生成が減少する。

Chow氏は、小児がん患者にデクスラゾキサンを使用する場合、すでに病気にかかりやすい小児の血液細胞の産生が減少する可能性があるなど、考慮すべき要素があることを指摘した。しかし、「デクスラゾキサンを過去にさかのぼって投与することはできない」と同氏は述べている。

最近の国際機関のガイドラインでは、一定量のアントラサイクリン系薬剤を投与する小児にはデクスラゾキサンを投与することが推奨されている。すでに米国では、近日発表される特定のがんに対する治療ガイドラインで、アントラサイクリン系薬剤の投与量にかかわらずデクスラゾキサンを投与することが推奨されている、とSeibel氏は指摘している。

今後の課題

試験チームは、参加者の平均年齢が29歳と若く、小児がんの治療後の臨床的な心不全は後になってから現れる可能性があることを認めた。このような患者を追跡し、心臓疾患のリスクの低下がさらに長期にわたって顕著になるかどうかを確認することが重要である、と試験チームは述べている。

Chow氏は、今日の小児がんサバイバーのほとんどは、アントラサイクリン系薬剤による治療の前にデクスラゾキサンを投与されていないことを指摘した。「しかし、小児がんサバイバーにとって最も重要なことは、その事実に絶望するのではなく、心疾患の修正可能なリスク因子をコントロールすることです」と、同氏は強調している。これには、健康的な体重や血圧を維持すること、糖尿病やコレステロール値をコントロールすることなどが含まれる。

今のところ、小児がん患者に対して使用できる心臓保護薬はデクスラゾキサンのみである。

しかし、いくつかのグループは、特別な脂肪コーティングを施したアントラサイクリンの一種を試験して、心臓にダメージを与えるのを止められるかどうかを確認するなど、追加の保護手段を模索していると、Chow氏は述べている。他の共同研究では、心臓細胞の死滅に必要なタンパク質を阻害することで、心臓障害を防ごうと試みている。

この試験は、将来に向け、腫瘍専門医と心臓専門医の両者が参加する共同研究の力を示すものである、とChow氏は述べている。心臓専門医であるLipshultz氏は、「小児がんの長期サバイバーであるこの世代について試験できることを光栄に思う」と同意した。

  • 監訳 佐々木裕哉(血液内科/筑波大学血液内科)
  • 翻訳担当者 生田亜以子
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  • 原文掲載日 2023年3月16日

【この翻訳は、米国国立がん研究所 (NCI) が正式に認めたものではなく、またNCI は翻訳に対していかなる承認も行いません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】"

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