2010/01/26号◆特集記事「聖ジュード小児研究病院とワシントン大学が小児癌のゲノムプロジェクトを開始」

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年1月26日号(Volume 7 / Number 2)
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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇

聖ジュード小児研究病院とワシントン大学が小児癌のゲノムプロジェクトを開始

聖ジュード小児研究病院とセントルイスにあるワシントン大学医学部が、小児癌患者600人以上のゲノム解読を今後3年間で行うことを目標に『小児癌ゲノムプロジェクト(Pediatric Cancer Genome Project)』を立ち上げた。小児癌を引き起こす遺伝子変異の探索のために、全ゲノム解読法が大規模に利用される予定であり、共同研究として初めての試みである。

「このプロジェクトは聖ジュード小児研究病院50年間の歴史において最も大規模で強力な取り組みです」と同病院の責任者であるDr.William E.Evans氏は昨日、報道への説明会でプロジェクトの発表をした。「DNAはまさに今、こうして説明している間にも解析が進められているところです」と述べている。

聖ジュードには、1970年代以降に同施設で治療してきた子供たちから得られた生物学的サンプルや臨床情報が保存されている。これらは癌に関する貴重な情報源であり、時とともに大幅に下がり続ける低コスト化により、安価に最新のゲノム技術を用いて精査することが可能となっている。

「これは小児癌の新たな時代です。この研究は幼い子供の正常な細胞が癌化する全ての過程を発見する契機となります」とNIH責任者Dr.Francis Collins氏は説明会で述べた。

6,500万ドルの費用が見積もられ、聖ジュードから資金提供を受けたこのプロジェクトは、一方では、小児癌という稀な疾患をもつ若い患者へのケアを改善するために利用できる知識を作り出すこと、他方ではこの疾患の遺伝子レベルの原因を発見することを目標としている。早期の結果から現在利用可能な薬剤の新たな使用方法が明らかとなり、長期的にはこれらの癌に対する標的薬の開発を導く可能性があると研究者らは指摘する。

患者を分類して治療するための遺伝子を利用した新たな識別方法も期待されている。子供が予後の悪い型の腫瘍であることを予め知ることができれば、医師は疾病経過の早期に積極的な治療方法を選択できる。同様に、遺伝子プロファイルをもとに予後が良いと考えられる患者に対しては治療を安全に控えることが可能となるかもしれない。

「これら2つの優れたNCI指定の総括的がんセンターは、小児癌をもつ子供を改善することに力を注ぐと再度宣言しています」とNCI責任者のDr.John Niederhuber氏は述べた。

ワシントン大学医学部長で小児遺伝学者であるDr.Larry J.Shapiro氏は「このプロジェクトにより、癌細胞における変異について詳細かつ完全な模式図を得ることができるでしょう」と説明会で述べた。

ワシントン大学の研究者らは、2008年に白血病の女性患者のゲノム配列を初めて解読したことを発表した。以来彼らは2人目の白血病患者のゲノム配列を発表し、同様の全ゲノムアプローチを用いて数十もの癌のゲノム配列を解読してきた。

白血病や脳腫瘍、肉腫(骨や筋肉、その他結合組織の腫瘍)に焦点を当てた新たな試みが今後行われる予定である。癌に関連した遺伝的変化を同定するために、研究者らは各患者の癌細胞と正常細胞の両方からDNAを抽出し塩基配列を決定する。

当プロジェクトは、成人癌に焦点を当てた癌ゲノムアトラス(TCGA)研究ネットワークの試みをあらゆる点で補完するものであるとCollins氏は指摘した。先週、TCGAの研究者がゲノム解析と臨床データを用いて脳腫瘍の新たなサブタイプを同定したが、同様の知見をこの小児プロジェクトから得られるとCollins氏は期待している。

小児癌におけるもう1つのゲノムプロジェクトは、NCI支援の小児癌TARGETイニシアチブであり、これには聖ジュードの研究者だけでなく他の小児癌研究者も関わっている。このプロジェクトでの初期の発見は、新たなタイプの急性リンパ性白血病のために開発中の臨床試験を通じて臨床現場へと成果が結びつきつつある。

ワシントン大学のゲノムセンター責任者であるDr.Richard Wilson氏によると、過去の試みと新しいプロジェクトの相違点は、今回は「全ゲノムを網羅的に解析する」という点であるという。また、これまでほとんどのゲノム研究では、DNA解析にかかるコストのため、解析対象とする遺伝子群や遺伝的マーカーを限定してきた。現在では、腫瘍細胞と正常細胞の組み合わせ一組の全ゲノムを解読するのにかかるコストは10万ドル以内と低下しており、さらに約1週間で塩基配列の決定が可能であるという。(今週号記事“A Conversation with Dr.Elaine Mardis”(原文)を参照)

「このプロジェクトは、一刻も早く実施されなければならないと考えていましたが、実験にかかる費用が、やっと実現可能な価格まで下がってきました。われわれはこの努力をマラソンとみなしており、最初の3年間は出発段階でしかありません。この期間の終わりに多くの未解決な問題が残されることは確かであり、成すべき仕事はたくさんあるでしょう」とEvans氏は述べた。

彼は100兆もの断片化したデータ(600症例が対象であり、1症例につき2ゲノムで、さらに漏れのないことを確かめるため各ゲノムは30回解析される)を処理し解読する多大な挑戦であることを認識している。この挑戦に応じるためワシントン大学では新たな機器やコンピュータ類を追加し、研究者は準備が整ったと確信している。

「データの貯蔵、管理、および分析に関する問題はかなりの難題ですが、このプロジェクトは、われわれの技術的能力の面からみてちょうどよい時に行われています。われわれのデータ産生技術に関しては、最近6カ月間で本当に大きな進展がみられました」とWilson氏はインタビューで語った。

実際、聖ジュードでは、検体保管施設を作成し前臨床試験を行う能力を発展させることにより、45年間このプロジェクトの準備をしてきた。モデルマウスなどのゲノムデータの検証実験に必要な基盤や資源はすでに聖ジュードに用意してあり、「ゲノムプロジェクトにより、これらのパイプラインは分析すべき新たな情報で満たされることになるでしょう」とワシントン大学ゲノムセンター共同責任者のDr.Elaine Mardis氏は述べた。

将来的には、DNA配列の変異を伴わず遺伝子の活動を変えるRNAやエピジェネティックな変化など、癌における別のタイプの変化をプロジェクトに加えたいと研究者らは述べている。

情報が確証された時点で、ウェブサイトを通じて結果を公表するつもりであると彼らは強調した。他の研究者が自身の専門知識や考えをデータにあてはめることで科学の進歩に貢献すると期待している。

「われわれはこのプロジェクトを自分たちのためだけでなく世界のために資源をつくることであると捉えている」とEvans氏は述べた。彼は聖ジュードの設立者である喜劇俳優Danny Thomasが好んで用いた「メンフィスの子供を1人救うことは世界中の1000人の子供を救うことである」という表現を引用した。

「もしわれわれの発見が増幅され他の場所で活用されれば、良いことです。そしてそうならなければならないのです」とEvans氏は付け加えた。

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北村 裕太 訳
寺島 慶太(小児科医/テキサス小児病院)監修 

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