肝臓がん患者の肝移植に関する最新エビデンス

肝臓がんの中でも最も多い肝細胞がん(HCC)の患者の一部にとって、治癒のためには肝移植が唯一の望みである。しかし、移植用の臓器が提供される機会は非常に限られている。そのため、ドナー肝臓が入手可能になった場合、医師と公衆衛生の専門家は、誰が最も恩恵を受ける可能性が高いかを判断しなければならない。

最新の研究によって、肝移植を受けられる肝臓がん患者を決定するための米国ガイドラインを支持するエビデンスとして、これまでで最も強力なものが示されたと、この研究の研究者らは述べる。米国ガイドラインは、移植に関して最も厳格で確立された基準の上を行くもので、患者が診断された時点で肝臓に存在するがんの程度(腫瘍の大きさと数)を重視する。

このガイドラインでは、治療によって腫瘍が縮小し、この基準(一般にミラノ基準と呼ばれる)を満たすようになれば、その患者は移植適格候補者にもなり得るとしている。

今回の研究では、治療後に肝移植に関するミラノ基準内まで腫瘍が縮小した肝細胞がん患者の52%が、提供された肝臓の移植から10年後も生存していることが明らかになった。これに対して、診断時にミラノ基準内であった肝細胞がん患者のほうが若干良好な結果で、肝臓移植から10年後に約61%が生存していたと、研究チームはJAMA Surgery誌7月20日号に報告した。

手術前に腫瘍の大きさと数を抑える治療は、ダウンステージングと呼ばれる。

今回の知見は、ミラノ基準を満たすまでにダウンステージした肝細胞がん患者に肝移植を行う「治療法を検討するための確かなデータを提供している」と、シティ・オブ・ホープ・メディカルセンターの移植外科医Yuman Fong医師 は、研究に付随する論説で書いている。

この知見は重要であると複数の肝がん専門医が述べている。というのも、これまでこのガイドラインを支持するエビデンスは限られており、同ガイドラインは世界的に採用されていなかったのである。

50%を超える10年生存率は、「肝臓がんの治癒率としては素晴らしい数字とみなされます」と、ノースウェスタン記念病院(シカゴ)のLaura Kulik医師は述べる。同医師は今回の研究には関与していない。

「これらの[ダウンステージ]患者における移植後の腫瘍再発リスクについて、私たちはいつも神経をとがらせていました」。患者の移植前後の評価と管理に携わる肝臓疾患専門医であるKulik医師は述べる。「今回の研究は、私たちが提供された臓器を無駄にしているわけではなく、利益を受ける可能性がより高い他の人々から臓器を取り上げているわけでもないことを示しています」。

2,600人以上の患者を対象とした本研究は、「これほど長い期間をかけて追跡し、これほど多くの人々を対象としているので、非常に堅実なものです」と、Tim Greten医師は言う。NCIがん研究センターの消化器悪性腫瘍部門長を務める同医師も、この研究には関与していない。

肝移植の選択基準を考える

がん死亡原因の第3位である肝細胞がんの発生率は米国などで上昇しており、肝移植の需要が高まっている。移植される肝臓の多くは、亡くなって間もない臓器提供者からのものである。

肝臓移植の候補者には、B型肝炎やC型肝炎など、がん以外の重篤な肝疾患の患者も含まれる。残念ながら、肝移植を受ける条件を満たす人々は、限られたドナー臓器を求めて競り合う状況であるとGreten医師は言う。

20年以上にわたって、肝移植に適した肝細胞がん患者の決定は、1996年にイタリアで行われた小規模研究を根拠としてきた。この研究によって、腫瘍径は小さいが手術できない肝腫瘍の患者は、がん以外の肝疾患の患者と同程度に肝移植後の経過が良好であることが示されたと、Parissa Tabrizian医師は述べる。マウントサイナイ大学アイカーン医科大学の外科医である同医師は、今回の最新研究の責任者である。

1996年の研究はミラノの一病院で行われ、肝臓に限局した肝細胞がん患者に肝移植への道を開き、「肝がん患者の生存に多大な影響を与えた」とTabrizian医師は述べる。ミラノ基準によって、移植で利益の恩恵を受ける可能性が最も高い患者を選択するためのシンプルな基準が確立されたのである。

ミラノ基準によると、移植を受ける患者は、診断時に肝細胞腫瘍が単発では腫瘍径5cm以下、多発では2〜3個で腫瘍径3cm以下であることが条件とされている。

腫瘍のサイズが小さく数が少ないほど、がんが肝臓の血管に浸潤している可能性は低いため、移植後に肝臓を越えて広がったり再発する可能性は低いと、Kulik医師は説明する。「再発が移植後の死因の第1位です」。

Tabrizian医師は、「ミラノ基準は厳格すぎると繰り返し批判されてきました」と述べる。

専門家の中には、ミラノ基準内まで腫瘍をダウンステージできる人は、診断時にミラノ基準内であった人と同程度に移植後に良好な経過をたどるのではないか、と考える人もいたとGreten医師は言う。

追跡期間が短い複数の先行小規模研究に基づいて、米国肝臓学会によるガイドラインなど、いくつかのガイドラインは現在、がんをミラノ基準内までダウンステージできる患者を肝移植の対象として検討することを推奨している。しかし、これらの先行研究のエビデンスは強力ではないとガイドラインに記されている。

移植を受けた患者の10年生存率

Tabrizian医師らは、ダウンステージした患者が移植後にたどる長期的経過についてより多くのエビデンスを求めて、2001年から2015年までに米国の5カ所の移植センターで肝移植を受けた肝細胞がん成人患者2,645人のデータを解析した。

そのうち2,122人(80%)は診断時にミラノ基準内であり、移植時までその範囲内にあった(ミラノ基準内群)。341人(13%)は移植時には肝細胞がんのミラノ基準内へのダウンステージングに成功していた(ダウンステージ群)。

残りの182人(7%)は、肝細胞がんをダウンステージできなかったか、がんが進行してミラノ基準を超えたが、最終的には移植を受けた(ミラノ基準超過群)。

ミラノ基準内群では移植から5年後、10年後も生存していた人がダウンステージ群より多かった(表参照)。ミラノ基準超過群では、移植後の生存率がダウンステージ群と統計学的に同等であった。しかし、移植後にがんが再発する確率は著しく高かった。

ダウンステージ群では、ミラノ基準内群よりも移植後の生存率が低く、再発率も高かったが、「それでもダウンステージングの成功によって有意義な長期転帰を達成することができた」と研究チームは記している。

Tabrizian医師は、「これらの患者は、移植以外の治療法では根治的な治療は考えられず、そこまで長く生きられなかったであろう」と述べた。

一方、腫瘍のダウンステージジングが不可能な患者は、おそらく移植の対象にすべきではないだろう、と彼女は言う。

「患者の予後を予測する上で重要なのは、腫瘍の大きさや数だけではないことが、ますます明らかになってきています」とTabrizian医師は続けた。

例えば、ミラノ基準内まで腫瘍を縮小できるということは、治療にうまく反応しない腫瘍に比べて、がんの悪性度が低いと考えられると同医師は説明する。

Tabrizian医師のチームはまた、ダウンステージングを目的とした治療がうまく奏効しない可能性と関連する患者因子として、診断時の肝腫瘍が3個以上あることなど複数の因子を特定した。これらの因子は、「判断を下す時やリスク・ベネフィット評価に役立つ可能性がある」と研究チームは記述している。

また、研究チームは、一部の人々の選択肢である生体ドナーからの肝臓移植を受けた患者も、死亡ドナーからの肝臓移植を受けた患者と同様の経過であったことを明らかにした。

生体肝移植では、健康な人の肝臓の一部分を取り出して、患者の病気の肝臓の代わりとする。提供者、移植を受けた人の両方で肝臓が素早く再成長できるために実施可能な手法である。しかし、この手術にはドナーにとって多少のリスクがある。

臓器提供は肝臓がん患者にとって人生の新たなチャンス

今回の研究結果は、肝細胞がんやその他の肝疾患の患者への臓器提供について、より適切な判断を可能にするデータを提供していると、Fong医師は論説で述べている。

肝細胞腫瘍が診断時にミラノ基準を超えている場合、α-フェトプロテインなどの腫瘍マーカーを追加して、どの患者が移植に最も適しているかを予測するパネルを開発すれば、「臓器活用の最適化に役立つだろう」と、同医師は書いている。

Tabrizian医師は、「このダウンステージング指針を世界的に受け入れられるようにするためには、より確固とした研究がまだ必要です。うまくいけば、(これらの患者にとって)素晴らしい結果を示し続け、これを世界的な標準治療とすることができます」と言う。

「そして、腫瘍生物学とこの病気に対する理解が深まるにつれて、移植適格性の基準が拡大し、治癒率が高まればよいと思います」と、彼女は続けた。

健康な臓器提供者の不足は依然として課題であるが、認識を高めて臓器提供を増やすことで、この問題が解決されることを望むと言う。

最後に、Kulik医師は次のように述べている。「今回の研究は、肝臓がん患者が肝臓がん治療と移植の専門医に診てもらい、命を救う可能性のある移植を受けられる機会を増やすことの重要性を強調しています。さらに、遠隔医療やオンライン診察の普及により、こうしたことはさらに容易になってきています。

移植を受けて、人生で新たなチャンスを得た人たちの素晴らしい変貌を私たちは目の当たりにしています」。

日本語記事監訳:加藤恭郎(緩和医療、消化器外科、栄養管理、医療用手袋アレルギー/天理よろづ相談所病院 緩和ケア科)

翻訳担当者 山田登志子

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原文掲載日 

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