脂肪肝が肝臓がん転移を促す仕組み

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

大腸がんは肝臓に転移することが多く、いったん肝転移すると治療が非常に難しくなる。脂肪性肝疾患がある場合、がんは肝臓に転移しやすくなるが、その理由は十分には解明されていない。今回、新たな研究で、転移性大腸がんの肝臓での増殖に最適な環境が、脂肪性肝疾患によって作り出されているであろうという見解が示された。

脂肪性肝疾患は、肝臓に過剰な脂肪が蓄積することにより生じる。米国成人の約25%が非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ばれる最も一般的なタイプの脂肪性肝疾患を患っており、その数は増加傾向にある。大腸がん転移との関連に加えて、NAFLDは、肝臓がんを含む、複数のがんのリスク増加とも関連している。

NCIが資金提供した本研究は、主にマウスで行われ、脂肪肝から、脂肪でコーティングされた 「メッセージ・バブル」が大腸がん細胞に送られることが判明した。細胞外小胞(EV)と呼ばれるメッセージバブルは、肝臓での大腸がんの成長を促し、免疫細胞が肝臓の転移腫瘍を攻撃するのを妨げた。本研究結果は、5月9日付のCell Metabolism誌に掲載された。

今回の研究に一部資金提供をしたNCI細胞生物学部門のJoanna Watson博士は、「この研究は、非アルコール性脂肪性肝疾患が、転移性がん、特に肝臓に転移する大腸がんの悪性度に影響を及ぼす可能性があることを示しています」と言う。

本研究責任者であるEkihiro Seki医学博士(シダーズ・サイナイ・メディカル・センター、ロサンゼルス)によれば、この研究結果は、大腸がんと脂肪性肝疾患を併発している人は、大腸がんで肝臓が正常な人とは異なる治療が必要となる可能性も提起している。

脂肪肝からの細胞外小胞

私たちの体内の細胞は、コミュニケーションが必要なときにポケットから携帯電話を取り出してメールを送り合うことはできない。しかし、細胞は細胞外小胞(EV)を送り出すことができ、細胞外小胞は血液の流れに乗って体内の他の部分の細胞にメッセージを届けることができる。メッセージは通常、小胞内にあるタンパク質やRNAによってコード化されている。

数多くの研究によって、がん細胞は細胞外小胞を利用して他の細胞を操っていることが明らかになっている。とりわけ、腫瘍由来の細胞外小胞は、肝臓のような遠く離れた臓器に、がんの受け入れ準備をするよう伝えていることが判明している。

しかし、Seki博士によれば、肝臓自体で産生される細胞外小胞や、がんが転移する時に細胞外小胞とがんが相互に作用するかどうかについては、ほとんど注目されてこなかった。研究チームは、脂肪性肝疾患からの細胞外小胞が大腸がんの肝臓への転移を促進するかどうかについて関心を抱いた。

まず、研究チームは脂肪肝のマウスを研究した。脾臓に注入された大腸がん細胞は、脂肪肝マウスでは、脂肪肝ではないマウスに比べて、より多くの転移性腫瘍が肝臓に形成されることを発見した。

また、脂肪肝マウスは、脂肪肝ではないマウスに比べて、血液中の細胞外小胞量が多いこともわかった。同様に、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)患者は、NAFLDでない人に比べて、血液中の細胞外小胞のレベルが高かった。

脂肪肝マウスやNAFLD患者から採取した細胞外小胞は、大腸がん細胞の増殖や転移を促進するようにみられた。例として、研究者が実験室の培養皿で脂肪肝マウスやNAFLD患者から採取した細胞外小胞を大腸がん細胞と混ぜ合わせたところ、がん細胞は活発に成長した。

しかし、遺伝子操作により肝臓で細胞外小胞を作る能力を失わせたマウスでは、大腸がん細胞が転移性肝腫瘍を形成する数は、細胞外小胞を作れる肝臓を持つマウスに比べてはるかに少なかった。

Watson博士は、これらの知見について「転移を促進するニッチ(転移性がんの増殖を促進する準備ができている遠隔臓器の領域)が形成されるにあたって、がん細胞で作られた細胞外小胞ではなく、肝臓が産生する細胞外小胞に着目した」という点で、斬新なものであると言う。

がん細胞と免疫細胞へのメッセージ

研究チームの次の疑問は、 脂肪肝から分泌される細胞外小胞はどんなメッセージを伝達しているかであった。

研究チームは、そのメッセージは、マイクロRNA(細胞内で特定のタンパク質の産生を抑制または停止させる小さなRNA)という形でもたらされることを発見した。研究チームにより、大腸がん細胞において、最終的に肝臓での腫瘍形成を促進するカスケード(連鎖反応)を開始する3つのマイクロRNAが同定された。大腸がん細胞のこのカスケードをオフにすることで、脂肪肝マウスでの腫瘍の成長が減速した。

しかし、YAPと呼ばれるタンパク質によって制御されるこのカスケードの役割は、これだけではないようである。YAPはまた、大腸がん細胞に肝臓の免疫細胞を変化させるよう促した、と研究者らは報告した。より具体的には、がん細胞は、近くにある免疫細胞に働きかけて、肝臓の転移腫瘍を攻撃しないようにさせたというのである。

例えば、脂肪肝マウスでは、大腸がん細胞により、マクロファージと呼ばれる免疫細胞を肝臓に移動させるタンパク質が放出された。次に、このマクロファージから、がん細胞の増殖を促し、がんを殺傷するT細胞を撤退させるというシグナルが送信されたのだ。

非アルコール性脂肪性肝疾患とがん

大腸がんとNAFLDを併発する患者の肝臓から放出された細胞外小胞も、同じことをしているのだろうか。その答えを得るために、研究者らは、NAFLD患者16人とNAFLDではない患者18人で肝転移した大腸がん腫瘍を調べた。

NAFLD患者では、転移性肝腫瘍でYAPシグナル伝達カスケードがオンになっていた。また、NAFLD患者の転移性肝腫瘍では、がんにとって好都合なマクロファージとT細胞がより多く見られた。

一般的に、NAFLDは症状が出ないため、「他の健康上の問題に対する検査結果で偶然診断される傾向がある」とWatson博士は指摘する。

医師は、肝硬変のような重篤な脂肪性肝疾患に用心しがちだが、最も軽度な単純性脂肪肝にはあまり注意を払わないともSeki博士は言う。

「臨床医に言いたいのは、いかに単純な脂肪肝であっても無視しないでほしいということです。単純な脂肪肝も(特定の)がんやがん転移のリスクを高める可能性があります」と強調した。

それだけでなく、この研究は、脂肪性肝疾患が特定のがんに対する治療効果にも影響を及ぼす可能性を示している、とSeki博士は言う。観察された免疫細胞の変化から、脂肪性肝疾患の患者では、免疫療法があまり効かないのではないかと「強く予想」されるとSeki博士は説明した。

脂肪性肝疾患は、体重を減らし、低脂肪食に切り替え、運動することで改善する可能性があることは朗報である。そして、研究者らは、NAFLDに対して治療効果の可能性がある薬物治療の試験を行っている。

この研究は、がん研究のあり方を変える必要性をも指摘している、とWatson博士は言う。

科学者は「がん自体の内部で起こる変化」と「腫瘍近辺の微小環境」について、非常に多くのことを知っている、とWatson博士は指摘する。しかし、科学者は全身の "マクロ環境 "についてや、複数の臓器や系統が腫瘍とどのようにコミュニケーションを取り合っているかを考える必要がある、とも強調した。

  • 監訳 泉谷昌志(消化器内科、がん生物学/東京大学医学部附属病院)
  • 翻訳担当者 佐々木亜衣子
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  • 原文掲載日 2023年07月06日

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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