オリゴメタ:治癒可能な種類の転移がんか

「治癒」と「転移がん」という言葉が一緒に使われることはほとんどない。それは、体内で発生した場所から他の臓器に転移したがんが、死亡のほとんどの原因となっているからである。

しかし、1995年に論争の的になった概念を2人のがん研究者が発表した。がんの転移には、必ずしも致死的なものではない状態があるという。彼らはそれをオリゴメタと呼び、がんが発生した場所(乳房や大腸など)にとどまっているがんと、全身に広範囲に転移したがんとの間に存在する状態であると説明した。

オリゴメタでは、患者には数個の、通常は小さな転移巣があるだけである(「オリゴ」は少数を意味する)。一部の患者において、転移がんのこのような状態は「治癒的な治療戦略の対象だろう」と、シカゴ大学のRalph Weichselbaum医師とSamuel Hellman医師は約25年前に述べている。

当時、そして今日も、転移がんを有するほとんどの人々は、全身治療として知られる、体内のどこかにあるかもしれないがん細胞を死滅さるための治療のみを受けている。仮説では転移がんのエビデンスがあれば「転移が至る所にあることを意味するというが、それは必ずしも真実ではない」とWeichselbaum医師は述べた。

しかし、この仮説は個々の転移腫瘍に対する直接の治療、すなわち「局所の」治療は無意味であり、患者が不必要な治療を受けることになるだけであるという確信にもつながっている。しかしオリゴメタの場合はそうではないかもしれないとWeichselbaum医師とHellman医師は主張した。このがんは広範囲に転移しているとは考えられないので、手術や放射線治療など、転移腫瘍を直接除去する治療は価値があるのかもしれない。

時間はかかったが、この5年ほどの間に、この2人の仮説は主に小規模な臨床試験で検証されてきた。

重要な問題は、これらのオリゴメタを直接治療することで「患者の寿命を延ばせるのか、それとも生活の質を改善することができるのか」であると、NCIの放射線研究プログラムの副参事であるBhadrasain Vikram医師は述べた。「そのためのデータは今のところ非常に乏しいものです」。

今日までに実施された試験によって、このアプローチが患者の寿命を延ばす可能性が示唆されている。しかし、Vikram医師らは、試験結果の意義を弱めると言われる欠点について言及している。

より決定的な試験、つまり大規模な臨床試験がすでに進行中または計画中である。これらの試験結果は、この概念が患者の治療の前進にどのように影響を及ぼすかを表す一助になるだろうと、デューク大学医学部放射線腫瘍学教授であるJoseph Salama医師は述べた。

オリゴメタの考え方は「まだ比較的新しい」とSalama医師は言う。「患者に有望の可能性があるように見える」が、最善の実践での応用策は「いまだ答えを見つけようとしているところである」と同医師は続けた。

至る所を治療したが…ほかの数か所に

転移したがんに対する積極的で全身的な治療は、年々発展している。何十年もの間、乳がんや前立腺がんなどのがんには、全身治療として主に化学療法とホルモン療法が用いられたが、現在では分子標的治療と免疫療法が増えている。

このような全身療法への依存度の高さは、PETやCTスキャンなどの画像技術を用いた転移腫瘍の特定方法にある程度関係している。

Vikram医師は「転移を正確に画像診断する能力には限界があります」と言い、「年々(技術は)向上しているようです」と続けた。しかし、最先端のアプローチであっても限界があり、肺、脳、骨などに隠れている微小転移と呼ばれる腫瘍細胞のわずかな定着を必ずしも排除することはできない。

その結果、個々の転移巣を治療することは、疼痛管理のために行う場合は別として、通常のがん治療の一部にはなっていない。

転移巣を直接治療することが珍しくない状況の一例として、肝臓に少数転移している大腸がんが挙げられる。実際、米国で実施された1件と欧州で実施された1件を含むいくつかの観察研究では、原発腫瘍と肝臓の転移腫瘍のみを切除する手術による初期治療を受けた患者の約20%が少なくとも10年間生存したと報告されている。

しかし、いずれの研究も前向きの臨床試験ではなく、これらの患者が受けた可能性のある他の治療を包括的に記述したものでもない。

それでも、このアプローチは現在では定期的に行われていると、消化器がんの治療を専門とするウィスコンシン大学CarboneがんセンターのNataliya Uboha医学博士は言う。「原発腫瘍と肝転移腫瘍を外科的に完全に切除すれば、肝臓に遠隔転移を有する(大腸がん)患者のごく一部を治癒させることができます」とUboha博士は述べた。

しかし、これらの患者のほぼ全員が治療中に3カ月から6カ月間の全身療法も受けることになるだろう、と同博士は注意を促した。

オリゴメタを理解する

Weichselbaum医師は、がん研究者の間でさえ、オリゴメタの概念が必ずしも十分に理解されているとは限らないと指摘した。腫瘍の数と転移するスピードの両方で、「最も重要なのは、転移はスペクトラム(あいまいな境界を持ち連続した概念)であるということです」と同博士は述べた。

混乱の原因の一つは、オリゴメタの正確な定義がないことであると同博士は認めた。

実際Salama医師が指摘したように、オリゴメタをより広範囲に転移したがんと明確に区別するための合意のある転移巣の数は存在しない。多くの研究では5カ所という線引きがなされているが、その数は「任意に決めたもの」であると同医師は説明した。

しかし、転移腫瘍の数は、各患者の状況に応じて決定されなければならない。例えば、転移腫瘍はどこにあり、安全に切除できるのか。また、時期の問題もある。その患者は最初にオリゴメタと診断されたのか、それとも限局性がんと診断され、全身治療を数サイクル行った後、数カ月経ってから画像検査で1カ所か2カ所への転移が明らかになったのか。

患者ごとのがんの生物学的特性を反映すると考えられるため、このような区別は重要であるとUboha博士は述べた。博士は、広範囲に転移したがんと初期診断された患者が化学療法に奏効し、一定期間経過した後に腫瘍が1〜2カ所しか残っていないという例を挙げた。

「私の考えでは、化学療法で進行が抑えられた広範囲に転移したがんは、やはり広範囲に転移したがんのままなのです」とUboha博士は言った。「CTスキャンで確認できないからといって、完全に無くなったとはいえません」。このような形態のオリゴメタは、少数の転移巣が確認されているだけの他の状況とは「全く異なる実体を表している」と博士は考えている。

数だけでは不十分

その点についてWeichselbaum医師は、利用可能なデータから、重要なのは小さな転移腫瘍の数だけではないことが示唆されていると言う。また「腫瘍の生物学的特徴を明らかにする必要があります」と述べた。 

このような情報は、研究者が特定の分子的特徴、すなわち「バイオマーカー」を特定するのに役立つと期待されており、バイオマーカーによって、患者のがんの悪性度について見通しが立てられ、治療へのアプローチの方向付けができると同医師は続けた。

バイオマーカーは切実に必要とされていると、Uboha博士は同意した。「今はCTスキャンを見て転移巣を数えるだけです。それだけで十分ですか?いいえ、絶対に足りません」。

このような観点から、Weichselbaum医師とHellman医師は、シカゴ大学などの研究者と共同で、オリゴメタの分子シグネチャの特定を試みてきた。 

その研究の一部では、遺伝子の活動を停止させることが主な機能であるmicroRNAと呼ばれる分子に着目している。彼らの研究では、転移腫瘍細胞が制御不能な転移を続けられるかどうかに影響を与えるとみられる特定のmicroRNAを特定している。 

ある研究では、異なる種類のがん患者から採取した転移腫瘍検体中に、ある特定のmicroRNAの小集団を特定したが、この小集団はがん転移の抑制に直接関連していた。さらに、マウス乳がんモデルを用いた実験では、これらのmicroRNAががん細胞の組織への移動能や浸潤能を阻害し、転移巣を形成する能力を阻害することが明らかになった。

ごく最近の研究では、オリゴメタを有する大腸がん患者の肝転移巣の詳細な分子解析に焦点を当てている。その研究では、転移巣の特異的な分子的特徴、および免疫系の応答に関連する分子的特徴を発見し、それが患者の生存期間を予測する可能性があることを明らかにした。研究チームは、このような分子パターンにより比較的悪性度が低いがんの患者を特定できるため、そのような患者が転移腫瘍の直接治療に適した候補となる可能性があると結論付けた。

これらの結果は有望なものであるが、日常の患者治療の指針として用いられるようになるには、このようなバイオマーカーを特定し、検証する研究がもっと必要であると、Weichselbaum医師は警鐘を鳴らした。 

臨床試験で概念を検証

がん治療に具体的な変化をもたらす研究の標準基準は、臨床試験である。特に参加者を1つか2つ(またはそれ以上)のグループのいずれかに無作為に割り付け、それぞれが異なる治療を受ける大規模な試験である。

特にオリゴメタを有する患者を登録し、転移腫瘍の直接治療を検討したランダム化臨床試験はほんの一握りであり、そのほとんどは比較的小規模なものである。 

SABR-COMETと呼ばれるそのような試験の1つには、転移巣が5カ所以下であれば種類は問わず、固形がんを有する患者約100人が登録された。参加者は、自身のがんに対する標準治療(対照群)か、標準治療と転移巣の治療のために放射線を標的に集中させる定位放射線療法(SBRT、別名SABR)と呼ばれる治療(SBRT群)に無作為に割り付けられた。

2年前に初期の結果が発表されたとき、SBRT群の患者は対照群よりも1年以上長生きしたと報告された。 

しかし、この試験はいくつか批判を受けている。その批判の中には、SBRT群の前立腺がん患者の数が対照群よりも多かったというものがある。転移を有する前立腺がん患者は、他の転移がん(肺がんなど)の患者よりも長生きであり、この「不均衡」が前立腺がんの治療成績の向上に寄与している可能性が高いと、Vikram医師は述べている。

さらに、SBRT群では3人の患者に治療関連死が認められた。SBRTのような腫瘍指向性の治療であっても、「失敗しても仕方がない」というものではないとVikram医師は述べた。「リスクのない治療ではありません」。

他の試験では、特定のがんの患者のみが対象とされており、特に肺がんに重点が置かれている。これまでのところ、小規模な臨床試験とはいえ、良好な結果が得られている。

例えば、あるランダム化比較試験では、一次治療として化学療法を受けた後に転移がわずかにあった非小細胞肺がん患者29人を登録した。その後、オリゴメタをSBRTと追加の化学療法で治療した患者は、追加の化学療法のみを受けた患者と比較して、がん進行のエビデンスなくほぼ3倍長生きした。若干大規模な試験(対象患者49人)でも同様の結果が得られた。

Vikram医師によれば、これまでに実施されたすべての試験には、参加者が受けた治療法の違いなど、顕著な限界があったという。今、「そのような試験を経てより大規模な試験に移行し、この(アプローチ)は本当に効果があるのかを示す」時が来ていると、同医師は続けた。

そして、実際その通りになってきている。例えば、SABR-COMET試験と類似しているが、はるかに大規模なSABR-COMET-3試験と呼ばれる試験が現在進行中であり、あらゆる固形腫瘍の患者が登録されている。また、SABR-COMET-10試験もあり、4~10カ所の転移のある患者が登録されている。

Uboha博士はNCIが資金を提供している第3相臨床試験を主導しており、その試験ではオリゴメタを有する食道がんと胃がんの患者を登録している。参加には、患者の転移腫瘍が3カ所以下でなければならない。患者は、標準化学療法、または標準療法に加えて全病変部位へ追加の放射線療法のいずれかを受けるように無作為に割り付けられる。

NCIが支援する、がんはあるが転移が少ない患者を対象とした他の2つの試験には、非小細胞肺がん患者を対象としたものと、トリプルネガティブ乳がん患者を対象としたものがある。

研究者たちは、オリゴメタの直接治療と免疫療法の併用の可能性に特に期待を寄せている。このアイデアは、アブスコパル効果と呼ばれるがんにおける概念に基づいている。アブスコパル効果とは、患者にまれにしか起こらないと考えられているが、1カ所の腫瘍に照射された放射線が、全身のがんに対する免疫応答を始動させる状況を言う。

Vikram医師は、局所放射線療法と免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法を組み合わせた研究に注意深く取り組んでいるという。

転移腫瘍を「一度に1カ所、少なくとも目視できるものを」治療しようとするのではなく、「全身の転移巣を攻撃する助けとなるように」放射線を使用していると、同医師は述べた。そのため、広範な転移がんを有する患者にも意味のある治療となるかもしれないと続けた。

いくつかの小規模な臨床試験では、転移がわずかな非小細胞肺がん患者を対象にこの方法が検討されている。そのうちの1つの試験では、オリゴメタと初期診断された患者を登録した。すべての患者において、個々の転移巣の治療にSBRTを用い、その後チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブ(キイトルーダ)による治療を行った。

2つの治療法を併用しても重篤な副作用のリスクは増加せず、この結果は、ペムブロリズマブの追加により、がんが悪化することなく余命を延ばすことができる可能性を示唆している。

Salama医師は、SBRTのような局所治療と免疫療法の併用は有望のようだと同意した。「しかし、これらの試験結果を確認する必要があります」と同医師は述べた。

オリゴメタの概念については、まだ多くの疑問があり、答えを出す必要があるとSalama医師は付け加えた。

局所治療と免疫療法の併用は、治療法を改善することで最終的には「多くの患者を救う」だろうとSalama医師は考えるが、日常のがん医療を大きく変えるのは、「これらの(大規模試験の)結果を見る」まで待つべきであると述べた。

*「National Cancer Institute(NCI)は「海外がん医療情報リファレンス」翻訳記事と関連はなく、この翻訳はNCIにより認可されたものではありません」

翻訳担当者 坂下美保子

監修 高濱 隆幸(腫瘍内科・呼吸器内科/近畿大学奈良病院)

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