ともにより良い治療を築く:脳腫瘍治療の向上

テモゾロミド(販売名:テモダール)は、当研究所の科学者が発見し開発した化学療法薬で、脳腫瘍の治療を一変させた。

これは決して大げさな表現ではなく、テモゾロミドは、成人の脳腫瘍の中でも最も発生頻度が高く、悪性度が高い膠芽腫の患者の生存率を改善した最初の薬剤である。

アストン大学のMalcolm Stevens教授らの研究チームは、テモゾロミドにつながる研究を、さかのぼること1970年代に開始した。1997年の臨床試験の結果では、膠芽腫の患者の寿命を延長し、健康を維持し得ることが示された。放射線療法との併用は、現在では膠芽腫に対する国際的な標準治療となっている。

しかしそれ以上に、テモゾロミドは膠芽腫の治療を前進させたことを世界に示した。不可能と思われていたことが可能となり始め、研究者に希望を与えた。

「長い期間、何も効果が出ないという虚無感がありました」と、グラスゴー大学のAnthony Chalmers教授は述べる。「そのため、医師や科学者はこの分野で働きたいとは思わなくなり、製薬会社も投資をしたいと思わなくなりました。しかしテモゾロミドはこの状況を一変させました。初めて、一部の患者で明らかな薬の効果があらわれたのです」。

その変化の原動力となったのは、我々の支援者である皆さんのような人々であった。

Chalmers氏は脳腫瘍の治療を専門とする医師であり研究者でもある。テモゾロミドは彼の職務内容の大部分を占めている。我々の資金提供により、彼らのチームは、テモゾロミドを他の薬剤と組み合わせて、膠芽腫の患者により効果的なものにしようとしている。

しかし、これらは他の薬剤であれば何でもよいというものではない。テモゾロミドとの併用で、さらに多くの中間目標を達成する必要がある。Chalmers氏 のチームは、私たちの資金と皆さんの支援のおかげで発見され開発された別の革新的な薬と一緒にそれをもたらすであろう。

20周年を迎えるにあたり、彼らの取り組みに注目したいと思う。多くの点で、Chalmers氏 の新しい治療技術の話は、英国キャンサーリサーチUKの話でもある。


BRCA遺伝子から脳腫瘍まで

話は2002 年に戻る。この年に、Cancer Research Campaign (テモゾロミドの早期開発を支援した)とインペリアルがん研究基金が協力して、世界最大の独立したがん研究慈善団体である英国キャンサーリサーチUKを設立した。

私たちが達成できることを示すのに、それほど時間はかからなかった。ちょうど 1 年後、私たちはPARP 阻害薬と呼ばれる新しい種類の薬剤を対象とした最初の臨床試験に資金を提供した。

これらの標的治療薬は、がん細胞がDNAを損傷したときにその修復を止めるものである。PARP(ポリアデノシン二リン酸リボースポリメラーゼ)タンパクを阻害することによるものである。

今日では、BRCA遺伝子の遺伝的欠損または変異によって引き起こされるがんの治療にPARP阻害薬が使用されている。なぜなら、BRCA欠損は一部の人のがんリスクを高めるだけでなく、がん細胞の自己修復を困難にするからである。PARP阻害薬で治療すると、BRCA変異を持つがん細胞はDNAを修復する手段がほとんどない。損傷は細胞が死ぬまで蓄積される。

BRCAは乳がんの遺伝型を表すが、BRCA欠損は卵巣がんや前立腺がんなど、類似した細胞型から発生するがんとも関連している。しかし残念なことに、脳腫瘍細胞はまったく異なり、PARP阻害薬では死滅させることはできない。

少なくとも単独では。しかし、治療方法は組み合わせることもできる。

「私の研究は、膠芽腫の標準的な治療をより効果的に行うことを目指しています」 とChalmers氏は述べる。「そして放射線療法とテモゾロミドの共通点は、DNAに損傷を与えて腫瘍細胞を殺すことです」。

Chalmers氏のような研究者にとって、これは好機と捉えている。

「そのような状況では、PARP阻害薬は、BRCA欠損がなくても効果を発揮するのです。併用される治療法では、非常に高いレベルのDNA損傷が引き起こされます。PARP阻害薬は、その損傷が修復されるのを遮断し、細胞死を増加させるのです」。

血液脳関門通過

Chalmers氏は、これについて実際よりもずっと簡単なことのように述べている。抗がん剤は血液中を移動することで効果を発揮するが、血液は他の臓器ほど簡単に脳内に物を運ぶことができない。

これは、血液脳関門(BBB)と呼ばれる脳細胞の特別な構造のためである。BBBは、潜在的に有害な物質が侵入して、生命を脅かす問題となることを阻止するために存在している。頭蓋骨に例えると、脳とその周囲を分離しているようなものである。このシールドは、物理的な衝撃ではなく、有害な化学物質から保護するためである。

残念なことに、BBBは抗がん剤の侵入を妨げるという点でも非常に優れている。

テモゾロミドが脳腫瘍治療に画期的な効果をもたらした理由の1つは、BBBを通過できるためである。2011年、Chalmers氏はPARP阻害薬であるオラパリブもBBBを通過できるかどうかを調べるため、OPARATICと呼ばれる試験を開始した。

チームが作業を始める前は、良い兆しはみられなかった。オラパリブは主に卵巣がんの治療に使われている。私たちは開発者に資金提供をしたが、彼らはこれを脳内へ到達させることについて考えていなかった。

しかし驚くべきことに、実際には膠芽腫はオラパリブが通過するための必要な分だけBBBを破壊することが判明した。そこから、オラパリブはテモゾロミドや放射線療法に対する腫瘍の感受性を高めることができる。

「PARP阻害薬が放射線療法とテモゾロミドの両方の有効性を高めるという点が、この研究の興味深いところです」 とChalmers氏は述べている。「この3つを併用すれば腫瘍に対し、かなり強力な効果があると期待しています」。

以上が、同氏らが現在行っている試験である。

PARP阻害薬による脳腫瘍の治療

OPARATIC以降、Chalmers氏らは、新たに膠芽腫と診断された患者に対する治療法として、オラパリブ、テモゾロミド、および放射線療法の併用を検証する臨床試験をさらに2件開始した。

この2つの試験はPARADIGMとPARADIGM-2と呼ばれるもので、どちらも現在、第1相の段階であり、医師が患者に投与できる安全な最高用量を算出する段階にある。PARADIGMは65歳以上の患者を対象としているが、PARADIGM-2は70歳以下の患者であれば対象となり得る。

両試験とも、患者はテモゾロミドの効果が期待できるかどうかで、異なるグループに分けられる。これは、腫瘍がMGMTと呼ばれるタンパク質の産生を抑制しているかどうかによって決定される。MGMTは、薬物によって引き起こされたDNA損傷を修復することができる。

MGMTは、膠芽腫患者の約半数でのみ抑制(またはメチル化)される。オラパリブは、MGMTがメチル化されていない患者にとって、初めての有効な脳腫瘍治療薬となる可能性がある。また、オラパリブとテモゾロミドの併用は、もう一方のグループにとって強力な組み合わせのように見えるが、両方を投与すると副作用のリスクも高まるため、投与量は極めて慎重に検討する必要がある。

「どちらの患者群も、最終投与量と予想される量に近づいています」とChalmers氏は述べる。「また、患者の生存率もかなり良好なようです。決定的なデータはありませんが、我々が目にしているものは励みになります」。

脳腫瘍治療の未来

PARADIGM試験が後期に入ると、オラパリブの追加によって膠芽腫の治療法がどのように改善されるかについて、決定的なデータが出始めるであろう。脳腫瘍は、がん研究において最も困難な課題の1つであることから、その兆候は特に待ち望まれていた。テモゾロミドなどの進歩により、脳腫瘍の生存率は過去40年間で2倍になったが、それでも他のどの種類のがんよりも低い。

そのため、私たちは2014年に脳腫瘍を「依然として研究開発の余地がある需要の高いがん」として取り上げた。それ以来、私たちはこの分野での資金を倍増し、進展を加速させるために必要な、慈善団体、大学、製薬会社、研究機関との間での協力関係を構築してきた。これらはすべて、脳に発生するがんがもたらす特有な課題に取り組むために計画されたものである。

「極めて特殊な環境なのです」とChalmers氏は強く述べる。まず血液脳関門が存在し、次には周囲の健康な細胞を傷つけずにがん細胞を殺すことは難しいことである。健康な脳細胞のおかげで我々は考え、行動し、共有し、学習することができる。

「そして、脳の免疫システムは、体の他の部位とは全く異なっています」とChalmers氏は付け加える。「免疫系に腫瘍を攻撃させることができれば、治療に対してより良い反応を得ることができることが分かっています。しかし、脳ではそのようなことは起こっていないようです」。

これらの問題を解決するには、専門知識と注力することが必要である。もしテモゾロミドが無かったら、利用できるものはそれほど多く存在しないであろう。

Chalmers氏と同僚の研究者たちは、命を救う研究に資金を提供してきた私たちの行動が、未来の進歩のためにどのような力を発揮しているかを示している。私たちは、彼らを、そして彼らのような多くの人たちを、継続して支援していく。



監訳 野長瀬祥兼(腫瘍内科/市立岸和田病院)

翻訳担当者 三宅久美子

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原文掲載日 2023/02/13

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