分子標的薬による脳腫瘍小児の認知障害は回復可能か

米国がん学会(AACR)

ヒト脳腫瘍患者の治療に使用する分子標的薬を幼若マウスに投与すると、認知及び行動の障害が持続するが、その障害の多くは環境刺激や運動で可逆的となることが、米国がん学会の雑誌に掲載された研究で報告された。

この実験により、小児脳腫瘍患者への分子標的薬投与で同様の副作用が発現する可能性と、認知障害の改善に取り組むことで治療できる可能性があることが示唆された、と研究の筆頭著者であるワシントンD.Cにある Children’s National Health System新生児神経医のJoseph Scafidi氏(DO, MS)は述べる。

「多くの小児がんでは、著しい進歩が遂げられてきており、その多くは有効性が高い新規の薬剤に負っています」Scafidi医師は述べる。「現在脳腫瘍の治療に使用されている分子標的薬は、癌の特定の伝達経路を標的として効果を発揮しています。ただし、これらの伝達経路は脳の発達に重要であるため、分子標的薬が正常な発達途上の脳に及ぼす細胞、行動上の影響の評価を開始しました」。

「原発性の中枢神経系腫瘍は、小児がんの患者の中で依然として最も多い固形がん種です」。Scafidi医師の説明によると、ゲフィチニブ(イレッサ)、スニチニブ(スーテント)、ラパマイシン(シロリムス)などの分子標的薬が脳腫瘍の治療に使用されており、この種の薬剤の処方への関心は伸びている。ただし、これらの薬剤では、臨床試験や前臨床試験が主に成人や成熟動物で実施されており、そのため小児患者への影響は十分に知られていない。

本研究で、Scafidi医師のチームはマウスにゲフィチニブ、スニチニブリンゴ酸塩、ラパマイシン、又はプラセボのいずれかを注射した。1群目のマウスには12~17日齢(ヒトの幼児期に相当)、2群目のマウスには17~22日齢(ヒトの青年期に相当)で薬剤又はプラセボを投与した。別の実験では、12~14週齢(ヒトの成人に相当)のマウスに薬剤又はプラセボを投与した。

薬剤が脳白質の細胞である乏突起膠細胞に及ぼす影響を評価した結果、日齢が低い時期に薬剤を投与されたマウスで乏突起膠細胞数の減少が最大であり、成熟してから薬剤を投与されたマウスでは大きな変化がないことが判明した。また、ミエリンタンパク質の発現量の解析でも、幼若期に薬剤を投与されたマウスで変化が最大となることが判明した。

他の種類の細胞数の測定結果には大きな変化がなかったことから、分子標的治療は乏突起膠細胞を特異的に標的としていることが示唆されるとScafidi医師は述べる。

薬剤が行動に影響を及ぼすかどうか調べるために、マウスにビームテスト(訳注:棒の上を歩かせるテスト)、新規物体認知テスト、迷路走行テストからなる一連の課題を課した。幼若期に3種のいずれかの薬剤を投与されたマウスは行動障害の程度が最も高く、成熟してから投与を受けたマウスでは認知力の変化は認められなかった。

最後に、マウスを通常の飼育環境、または走行輪や遊具セットなどの「刺激が豊かな環境」のいずれかに無作為化して飼育した。この豊かな環境で約2週間飼育したマウスは、ビームテストと物体認識テストの成績が大きく改善することが判明した。

マウスの成績が改善したことから、脳は可塑的であり、幼若期の脳腫瘍治療から生じた認知障害は可逆的である可能性があるという考え方が裏付けられるとScafidi医師は述べる。Scafidi医師の職場を含め、多くのがんセンターでは患者にさまざまな認知療法や理学療法を行っており、さらに研究が進んでこの研究結果が確認されれば、この治療を臨床で広く実施できる礎となるという。

「これらの薬剤には発達中の脳への副作用があることが判りました。認知刺激や身体刺激がある環境に置かれることで、これらの影響が軽減できることはよい知らせです」Scafidi医師は言う。

この研究はマウスでの実験であるため、ヒトの小児にも同様な効果があるかどうかを判断するにはさらに検討を進める必要がある。それがこの研究の主な限界であるとScafidi医師は述べる。また、マウスはそれぞれ単独の薬剤を投与されたが、実際の小児医療では標的治療と他の治療を併用する場合が多い。

この研究は、小児脳腫瘍基金(Childhood Brain Tumor Foundation)、米国脳腫瘍学会(National Brain Tumor Society)及び米国国立衛生研究所(National Institutes of Health)の助成を受けた。Scafidi医師は、利益相反がないことを宣言している。

翻訳担当者 石岡優子

監修 西川亮(脳腫瘍/埼玉医科大学国際医療センター)

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