ベムラフェニブとコビメチニブの併用は稀少な頭蓋咽頭腫の治療に有効

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

稀少であるが致命的な、乳頭型頭蓋咽頭腫と呼ばれる脳腫瘍の患者の有効な新治療の選択肢が、小規模な臨床試験の結果を受けて間もなく登場する可能性がある。

 このがんでは、病勢の進行を食い止めるために手術、放射線治療、またはその両方がしばしば必要とされる。しかし、NCIが資金提供した試験の結果から、分子標的薬のベムラフェニブ(ゼルボラフ)とコビメチニブ(cobimetinib、販売名:Cotellic)の併用治療によって、多くの患者で追加治療が必要になるまでの期間が大幅に延長されるか、または追加治療が不要になる可能性が示されている。

 早期相の試験では、両剤の併用治療によって参加者16人中15人で腫瘍が大幅に縮小した。併用療法の完了後、参加者16人のうち約半数が追加の手術または放射線治療を行わないことを選択した。参加者の多くの腫瘍が追跡期間中央値の22カ月にわたって持続的に治療に反応したという試験結果が、7月13日にNew England Journal of Medicine誌で発表された。

参加者は全員、BRAF遺伝子の変異により発生した腫瘍を有していた。試験で使用した薬剤は、このBRAF V600E変異と呼ばれる変化によって生じる細胞活性を特異的に遮断するものである。

 この薬剤の組み合わせは、頭蓋咽頭腫の治療の適応では、まだ食品医薬品局(FDA)の承認を受けていない。しかし、この試験の早期報告に基づき、患者の日常診療に向けて既に前進している。
 
「この試験のデータは、新たに乳頭型頭蓋咽頭腫と診断された患者に対する[この薬物併用]治療を支持するものです」と、メイヨークリニックのEvanthia Galanis医師は述べている。同医師は、マサチューセッツ総合病院がんセンターおよびハーバード大学医学部のPriscilla Brastianos医師とともにこの試験を牽引した。

「試験の結果は、この疾患の患者の治療方法を劇的に変えることでしょう」とBrastianos医師は言う。
 NCIの神経腫瘍部門のMark Gilbert医師はこの試験に関与していないが、この試験から多くの新たな疑問が生じたと言う。たとえば、患者に分子標的薬治療をどのくらいの期間続けるか、同じ標的に作用する他の薬剤にも同程度、あるいはそれ以上の効果があるか、長期間の使用でどのような副作用が生じるかなどの疑問である。
 
それでも、現在までの結果には期待が持てるとGilbert医師は言う。

「大手術の回避や放射線治療の回避または延期が可能となれば、[患者の]生活の質が損なわれないようにできる可能性もあります」。

頭蓋咽頭腫:限局性だが危険も

頭蓋咽頭腫は、通常は下垂体や視床下部の近くに発生する脳腫瘍である。成人でも小児でも発生する可能性がある。腫瘍が発生する脳組織によって、エナメル上皮腫型と乳頭型の2種類のサブタイプに分類される。乳頭型の頭蓋咽頭腫は成人に発生することが多い。
 
これらの腫瘍は極めて稀少であり、米国全土で頭蓋咽頭腫と診断される患者は年間に約600人程度である。
 
頭蓋咽頭腫は、身体の他部位に播種(転移)することはない。しかし、局所での活発な増殖と、脳の精緻な構造近くという部位のため、破壊的な神経症状を引き起こす可能性がある。また、生命維持に必要な腺や脳構造、血管に接着するという性質から、手術で腫瘍を完全に取り除くのは容易ではない*。(* 監訳者注: 「容易ではない」について
原文では、difficult「難しい」と言い切っていますが、術後、無治療あるいはわずかな照射で再発なく元気な患者さんも少なくないので、ニュアンスを変えました。)

手術後に残った頭蓋咽頭腫の組織はほぼ確実に再増殖を始めるため、深刻な問題である。手術で取り除けない腫瘍細胞を死滅させるために、しばしば放射線治療が用いられる。しかし、この治療も健康な脳組織を損傷する可能性がある。
 
頭蓋咽頭腫の増殖と治療はどちらも、生活を一変させるような健康上の問題を引き起こすことが多い。たとえば、ホルモンバランスの失調や視覚の障害、認知的困難、尿崩症などである。

治療の副作用を減らす可能性を視野に入れて、研究者たちは既存の薬物で標的にすることができる頭蓋咽頭腫に特異的な遺伝学的脆弱性を探索してきた。2014年に、Brastianos医師とブリガム&ウィメンズ病院のSandro Santagata医師の率いるチームは、乳頭型頭蓋咽頭腫のほぼすべてがBRAF変異を有しており、増殖はこの遺伝子変異に依存するように見えることを発見した。
 
これは朗報だった。2011年以降、変異BRAFタンパク質を阻害する薬剤と、BRAFと協調してはたらく他のタンパク質を阻害する薬剤が、悪性黒色腫(メラノーマ)を皮切りにして、肺がん、直腸がん、甲状腺がんなど、多くのがん種に承認されている。

極めて稀少な腫瘍に対する柔軟な臨床試験の実施

その種の薬物の組み合わせの1つであるベムラフェニブ(ゼルボラフ)とcobimetinib(Cotellic)の併用療法が、新たに診断された頭蓋咽頭腫患者に対して有効かどうかを試すために、Brastianos医師とGalanis医師とその同僚は、米国全土でこの稀少な腫瘍の患者を探すために、NCIが資金提供する臨床試験グループAlliance for Clinical Trials in Oncologyを立ち上げた。
 
2018年~2020年に、試験責任医師はAllianceに参加する医療機関9施設から16人の参加者を登録した。試験デザインの原型は、参加者に2種類の薬剤を経口投与する28日サイクルの治療を4回実施し、その後、必要に応じて放射線治療または手術を実施するというものだった。

 1人を除く全参加者の腫瘍が縮小した。そして腫瘍径は大幅に縮小した。治療に反応した参加者15人の腫瘍縮小率は中央値で90%を上回った。そのうち7人は、腫瘍が拡大するまで以降の治療を受けないことを選択した。
 
その患者のうち6人には、中央値で約2年が経過した時点で腫瘍増殖の証拠は確認されなかった。何人かの参加者は、予定された4サイクルの治療後にさらに抗BRAF薬の投与を継続することを選択した。

「この劇的な反応を目にして、治療を担当した医師が私たちの所に来て、『手術を延期しても問題ないか? 放射線治療を延期しても問題ないか?』と尋ねるようになりました」Galanis医師は述べた。「そのため、反応が目覚ましく、薬剤の忍容性が良好である場合には、患者が薬物併用療法を継続するのを許容するよう試験を変更することになりました」。

 研究者らは、参加者16人中60%程度は治療後少なくとも2年間はがんが進行しないだろうと推測していた。

薬物併用療法で腫瘍が十分に縮小すると、後続の放射線治療によって受ける、視覚などの重要な機能を司る脳領域への損傷が限定される可能性があるという証拠も挙がっている。このようなデータの詳細な解析を現在進めているとGalanis医師は説明した。必要な放射線照射が減るということは、「長期の副作用が減ることを意味します」と同医師は言う。
 
ベムラフェニブとcobimetinibにそれ自体の副作用がないわけではない。参加者16人中14人が重篤な副作用を経験した。最も頻度が高かったのは重度の発疹である。副作用のために、3人が早期の治療中止を余儀なくされた。薬剤に反応しなかった1人は、副作用のために8日後に治療を中止した。
 
将来は、各患者の腫瘍の特性と健康全般を考慮して、分子標的薬治療と手術または放射線治療の長所と短所を比較検討することが、最初にどの治療を試みるかを判断する上で重要になるとBrastianos医師は述べている。

生検も回避できるか?

試験に参加した患者は全員、2種類の薬物併用療法を受ける前に、所定のBRAF変異があることを確認するための腫瘍の生検を受けた。

 しかし、新たな研究の一環として、BRAF V600E変異の検出にリキッドバイオプシーと呼ばれる高度な血液検査が利用できるかどうかも検討された。少なくとも一部の参加者には、この検査が利用できた。
 
さらに研究を進めてこの種の血液検査の精度を高めることができれば、一部の患者で外科生検を回避できるかもしれないという魅力的な可能性が出てくるが、それには固有のリスクもあると、Gilbert医師は指摘する。

 「[画像検査で]頭蓋咽頭腫の可能性が高いと思われる腫瘍のある患者さんがいて、血液検査でこの変異が陽性だった場合、生検を[省略]して、この[薬物]併用療法だけで治療するかもしれません」と同医師は言う。

しかし、この試験で明らかなように、頭蓋咽頭腫の患者が全員、血液検査でBRAF陽性になるわけではないため、現在のところ依然として多くの患者に腫瘍生検が必要となると、Gilbert医師は注意を促す。
 
別の未解決の問題として、既に頭蓋咽頭腫に対して手術、放射線治療、またはその両方を受けている患者には、どのようにこの種の薬剤を使用すべきかということがある。「過去に他の種類の治療を受けており、現在は腫瘍の再発に直面している患者をどのように治療したらよいでしょう?」と、Brastianos医師は問いかける。この臨床疑問に答えるために、同医師らの試験の一部が継続中であり、現在、全国の70以上の施設で参加者を募集している。

Galanis医師とBrastianos医師によると、将来は、成人よりも小児に好発するエナメル上皮腫型の頭蓋咽頭腫に対して、手術と放射線治療以外の治療法を開発したいと研究者らは考えている。
 
乳頭型の腫瘍と同様に、エナメル上皮腫型の頭蓋咽頭腫のほぼ全例が、その生存と増殖をCTNNB1(βカテニンとも呼ばれる)という単一の遺伝子変異に依存している。Brastianos医師によると、現在までのところ、この経路を標的とする副作用を考えると、この変異を標的とした薬物の開発は困難であることが明らかである。
 
「挑むのが難しい標的ではありますが、攻略しがいがありますね」とGalanis医師は語った。

  • 監訳 西川 亮(脳腫瘍/埼玉医科大学国際医療センター)
  • 翻訳担当者 佐復純子
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  • 原文掲載日 2023/08/10

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

 

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