ボラシデニブは一部の低悪性度神経膠腫に有望

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

脳腫瘍患者のために特別に開発された初の標的薬が、低悪性度神経膠腫と呼ばれる腫瘍の治療薬として有望であることが示された。

大規模臨床試験において、IDH1あるいはIDH2遺伝子に変異を伴う低悪性度神経膠腫の一部の患者で、被験薬ボラシデニブ[Vorasidenib]での治療により腫瘍の進行の遅延が示された。

神経膠腫は、成人の原発性悪性脳腫瘍の中で最も多くみられる。神経膠腫と診断された場合、グレード1~4に分類され、数字が大きいほど予後が悪いことを示す。

低悪性度神経膠腫の患者の多くは30~40歳代で、神経膠腫であること以外は健康である。低悪性度神経膠腫は、初めはゆっくりと進行する傾向があり、手術による治療が検討される。しかし、この神経膠腫は最終的に悪性度の高い腫瘍に成長し、その場合放射線療法または化学療法が必要となる。

今回の新たな研究は、ボラシデニブが一部のIDH1またはIDH2変異を伴う低悪性度神経膠腫の進行を遅らせ、追加治療の必要性を延長できる可能性を示唆している。

INDIGOと呼ばれる国際臨床試験において、ボラシデニブを投与したIDH1またはIDH2遺伝子変異を伴うグレード2神経膠腫の患者は、プラセボを投与した患者よりも病状が悪化することなくより長期に生存したことが、6月4日にシカゴで開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会で報告された。

病勢悪化または何らかの原因で死亡するまでの期間の中央値(無増悪生存期間と呼ばれる指標)は、ボラシデニブ群で27.7カ月、プラセボ群では11.1カ月と推定された。

ASCO総会で研究結果を発表した、スローンケタリング記念がんセンターの共同責任者であるIngo Mellinghoff 医師は、「この標的薬は、この疾患の患者にとって、既存の治療法に加え新たな選択肢となる可能性があります」と述べた。この結果は同時にNew England Journal of Medicine誌に掲載された。

ボラシデニブの製造元であるServier社が第3相INDIGO試験の資金提供者となった。

ボラシデニブは、患者が経口服用する錠剤で、がん細胞内の異常なIDH1およびIDH2タンパク質の活性を阻害し、健康な細胞にはほとんど影響を与えない。変異型IDHタンパク質を標的とする他の薬剤とは異なり、本薬剤は血液脳関門を通過する。 

Mellinghoff 医師は、新型コロナウイルス感染拡大のピーク時に10カ国から300人以上の患者を登録できたことは、低悪性度神経膠腫患者への新たな治療に対するニーズが満たされていないことを示すものだと指摘した。

彼は、「われわれはこういった腫瘍を "低悪性度 "神経膠腫と呼んでいますが、これらの腫瘍は重大な障害や死亡を引き起こします。現在の治療法では、この病気を治癒させることはできません」と述べている。

必発である腫瘍の進行を遅らせる試み

脳腫瘍の手術後、グレード2神経膠腫患者の中には、がんが進行するまで追加治療を延期する方針とする人もいる。これは経過観察または積極的サーベイランスとして知られるアプローチである。

UCLA神経腫瘍学プログラムを指揮する共同責任者であるTimothy Cloughesy医師は、「このような腫瘍の患者はすべて、最終的には放射線療法と化学療法が必要になりますが、経過観察は放射線療法を先送りする方法です」と言う。

放射線療法の延期は患者のQOLにとって重要なことになり得る、とCloughesy医師は説明する。放射線療法や化学療法によって生じる認知機能の変化、たとえば集中力の低下、学習能力の低下、新しい物事に対する記憶の低下などは、患者を衰弱させる可能性がある。 

「こうした腫瘍の患者は年齢が若く、病気とともに何年も生存する可能性があります。人生のこの段階では、彼らは現役で仕事に励み、家庭を築いているかもしれません」と言う。

INDIGO試験では、脳腫瘍手術を受けた12歳以上の患者において、ボラシデニブが低悪性度神経膠腫の避け得ない進行を遅延させられるかどうかを調べようとした。試験参加者331人の年齢中央値は約40歳であった。

ボラシデニブ投与群とプラセボ投与群に無作為に割り付け、定期的な画像検査を行い、がんが悪化している徴候がないか確認した。

プラセボ群の参加者は、試験中に画像検査でがんの悪化が認められた場合、ボラシデニブへの切り替えが認められた。

ボラシデニブは、無増悪生存期間の改善に加えて、患者の次のがん治療までの期間を延長した。プラセボを投与された参加者では、次のがん治療までの期間の中央値は17.4カ月であったのに対し、ボラシデニブを投与された参加者では、次の治療までの期間の中央値を決定するためには、より長い追跡調査が必要である。

Mellinghoff医師は、「この治療法は一般的に患者の忍容性が非常に高い」と述べた。最もよく見られる副作用は疲労、頭痛、下痢などである。肝障害の徴候である肝酵素値が上昇する患者もいるが、その変化は可逆的である。

低悪性度神経膠腫への新たな標準治療となる可能性

研究者らはまた、2年後に別のがん治療を必要としない可能性は、ボラシデニブ群の方がプラセボ群よりもはるかに高いことも明らかにした(83%対27%)。

当初から計画された結果解析により、ボラシデニブ群における有益性を示すという試験目標が達成されたため、試験は早期に中止された。プラセボ群の全参加者にボラシデニブの使用が提示された。

もし米国食品医薬品局(FDA)がボラシデニブを承認すれば、この疾患に対する新たな治療選択肢となるだろう、とMellinghoff 医師は予測した。ASCO総会に参加した専門家もこれに賛同した。

ノースウェスタン大学フェインバーグ医学院 の ロバート・H・ルリー総合がんセンターで脳腫瘍の治療を専門とするRimas Lukas 医師は、ASCO総会で「低悪性度神経膠腫患者に対する新たな標準治療が確立された」と述べた。

米国国立がん研究所(NCI)の神経腫瘍学部門長のMark Gilbert 医師も、この新しい知見ががん治療を変えることを期待している。Gilbert医師はINDIGO試験には参加していないが、本試験は「低悪性度神経膠腫患者の管理と神経腫瘍学の分野に変革をもたらす」可能性があると言う。

脳腫瘍の研究で良好な結果が得られたことで、新たな研究に拍車がかかるとみられる。研究を進めて、この治療法に関するさまざまな疑問点を探求することができるとLukas医師は言う。例えば、どのような患者にこの治療薬が最も有効であるか、また神経膠腫がこの治療薬に対して耐性を獲得するかどうかなどである。

ボラシデニブはまた、IDH1またはIDH2変異を伴う高悪性度神経膠腫に対して、他の治療法との併用も含め試験される可能性がある。ボラシデニブは現在、一部の神経膠腫に対して、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)との併用療法が試験されている。

FDAは3月にボラシデニブのファストトラック指定を行った。Servier社は、FDAへの承認申請提出スケジュールの確立に取り組んでいるとニュースリリースで述べている。

「歴史が刻まれる瞬間!」

良いニュースはすぐに伝わるものだが、それが脳腫瘍の治療に関するものであればなおさらである。シカゴでボラシデニブの結果が発表されるやいなや、低悪性度神経膠腫と共に生きる人々がオンラインで、あるいは主治医とこの結果について議論し始めた。

「INDIGOの臨床試験は、私たちのコミュニティで大いに話題となり、大きな希望と興奮をもたらしました」と、Nestelynn Gay氏は言う。会員数約4000人までに成長した、低悪性度神経膠腫患者のFacebookグループ創設者である彼女は、10年前、37歳のときに低悪性度神経膠腫と診断された。

Gay氏は、「低悪性度神経膠腫に焦点を当てた新しい研究が行われることは、私たちのコミュニティにとって非常に大きなことです。というのも、私たちに特化した製薬研究はほとんど行われてこなかったからです」と言う。彼女は、NCIが支援する低悪性度神経膠腫研究の研究諮問グループであるOPTIMUMに参加し、この状況を変えようとしている。

ノースカロライナ州のレバインがん研究所で神経膠腫の患者を治療しているAshley Sumrall医師は、シカゴで開催されたINDIGO試験の結果発表に出席した。Mellinghoff 医師が発表を終えると、彼女は 「歴史が刻まれる瞬間!」とツイートした。

「過去30年間、脳腫瘍患者に対する有効性が検証された臨床試験はほとんどありませんでした。しかし、ようやく脳腫瘍患者にとって勇気づけられるニュースが出てきました」とSumrall 医師は語った。

最近の研究で、一部の神経膠腫は標的薬の併用に反応する可能性があることがわかった。「ボラシデニブにより、忍容性の高い標的治療が可能となり、何千人もの患者に使用できる可能性があります」と彼女は述べた。

ASCO会議を終えてオフィスに戻った初日、Sumrall 医師は、ボラシデニブに関する報道を読んでもっと詳しく知りたいと思った患者や同僚からの電話やメールに次々と対応した。

「新薬について患者さんと話し合えることは、胸が躍るものです。たとえ、この治療の対象でなくても、多くの人がこのニュースに感激しています。脳腫瘍の患者はお互いに応援し合っているのです」とSumrall医師は言った。

将来の脳腫瘍研究のモデルとなる可能性

研究者らは2008年に初めて神経膠腫におけるIDH1IDH2の変異を同定した。それから15年後、これらの変異は低悪性度神経膠腫の約80%にみられることが知られている。神経膠腫の変異IDH1およびIDH2タンパク質は、遺伝子の挙動を変化させるなど、細胞にさまざまな影響を与える2-HGと呼ばれる分子を産生する。

ボラシデニブを開発した研究チームは、第3相試験が良好な結果をもたらす可能性を高めるための措置を講じた。研究チームはまず、IDH1とIDH2が有望な創薬標的であることを実験室で確認することから始めた。

そして、血液脳関門を通過し、変異型IDHタンパク質を不活性化する可能性の高い薬剤を設計した。そして、大規模ランダム化比較試験を開始する前に、その薬剤が実際に脳に浸透し、変異型IDH1およびIDH2に影響を及ぼす能力があることを確認するための試験を行った。

「このアプローチが、膠芽腫や他の脳腫瘍の治療薬を開発する方法について、他の人々が考える助けになることを期待しています。この発見は始まりに過ぎません。この薬剤は病気を治すものではありませんので、研究を前進させる必要があります」とCloughesy医師は語った。

低悪性度神経膠腫を患う人々は、この経過を見守ることになるだろう。「この研究は私たちにとってとても重要です。治療選択肢が増えることは、希望につながります」とGay氏は述べた。

低悪性度神経膠腫の治療法について学ぶ

「低悪性度神経膠腫を治療する最良の方法を学ぶことは、神経腫瘍学の分野にとって優先事項となっています」と、イェール大学公衆衛生大学院教授でブリガム・アンド・ウィメンズ病院の脳神経外科医であるElizabeth Claus医学博士(M.D.、Ph.D.)は述べた。「過去において、成人の低悪性度神経膠腫が注目されることはほとんどありませんでした」。

Claus 博士は、2016年に国際低悪性度神経膠腫レジストリを開始し、この疾患の遺伝的・環境的危険因子や、利用可能な治療法が患者の転帰やQOLにどのような影響を及ぼすかを学んでいる。

「高悪性度神経膠腫の患者とは異なり、低悪性度神経膠腫の患者は比較的若く、何年も、あるいは何十年も元気でいます。ほとんどの人は働き盛りで、仕事、家族、生活全般に積極的に取り組んでいます」と、Claus 博士は言う。

この病気の最良の管理方法を学ぶ目的は、「単に生き延びることではなく、彼らが高いQOLを保ちながら生き延び、やりたいことをできるようにすることです」と彼女は続けた。

Claus博士はまた、低悪性度神経膠腫患者をゲノム研究に参加させる方法を学ぶためのNCI支援研究であるOPTIMUMの指導者でもある。研究参加者と協力して、研究者は関心のある研究領域を定め、これらの腫瘍の分子変異における進化について記録していく。

「この腫瘍のゲノムの特性解析への患者の関与を高めることが、低悪性度神経膠腫患者の臨床的利益につながることを期待しています」と彼女は語った。

  • 監訳 永根基雄(脳神経外科/杏林大学医学部 )
  • 翻訳担当者 佐々木亜衣子
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  • 原文掲載日 2023年06月27日

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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