白血病のFTOタンパク阻害剤として2薬剤が再評価

今では使われなくなった古い薬剤2種が、血液腫瘍の一種である急性骨髄性白血病(AML)の治療薬として有望であることを研究者らが発見した。再評価されたbisantrene(ビサントレン)、 brequinar(ブレキナル)という2薬剤は、マウスにおいてAMLの増殖を大幅に遅らせた。

この研究には米国国立がん研究所(NCI)が一部資金を提供しており、両薬剤が白血病に対して2つの重要な角度から打撃を与えることがわかった。一つは、治療後に腫瘍の再発を促すとされる細胞の一種である腫瘍幹細胞を壊滅させること、もう一つは、免疫系が腫瘍をより効果的に攻撃できるよう助けることである。

どちらの薬剤もFTOと呼ばれるタンパク質の活性を阻害する。AMLおよび他の一部のがん種のがん細胞には健康な細胞よりもFTOが多く含まれ、先行研究からFTO阻害によりこれらのがんの増殖を遅らせる可能性があることがわかっている。

しかし、FTOを標的とする既存の薬剤は、FTOをあまり効果的に阻害できなかったり、大量に投与する必要がある。そこで、City of Hopeがんセンター(カリフォルニア州ドゥアルテ)のJianjun Chen医師らは、より優れたFTO標的薬を探したのである。彼らは6月11日、その知見をCancer Cell誌で発表した。

ビサントレンとブレキナルは他の薬剤と比べてFTOを阻害する「効果が有意に高い」と、ダナファーバーがん研究所のSarah Naomi Olsen医師とボストン小児病院のScott Armstrong医師はこの新規研究の解説に記している。

数十年前、AMLを含むがん患者を対象とした複数の研究で、2つの薬剤の試験が行われた。しかしさまざまな理由から、どちらの薬剤も大規模研究には至らなかった。今再び関心が高まっている。AML患者にブレキナルを投与する試験が進行中であり、白血病患者に対するビサントレンの研究は準備段階である。

より優れたFTO標的薬の探求

研究者たちはより優れたFTO標的薬をみつけるために、NCIのDevelopmental Therapeutics Program(DTP:治療法開発プログラム)が所蔵する26万種類の化学物質に着目した。

NCIではこの膨大な化学物質「ライブラリー」をNCI内外の研究者が利用できるようにしている、とDTPの医薬品合成・化学部門長であるJoel Morris博士は言う。このライブラリーは、新規抗がん剤、あるいは既存の抗がん剤の新規用途を探求する研究者にとって重要な資源である。

「昨年、ライブラリーから約1万点の化学物質サンプルを発送しました。また、DTPは、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた抗がん剤一式など、種類を特定した医薬品セットも提供します」とMorris氏は話す。

Chen氏のチームはDTPライブラリーを利用して、FTOと相互作用するとコンピュータプログラムで予測された化学物質をコンピュータ上で探した。その結果、370種類の候補薬がみつかった。試験を行うことができた213種類の化学物質の中で、ビサントレンとブレキナルが実験室での実験でFTOを阻害する効果が最も高かった。

がんとがん幹細胞を止める

上位2薬剤を突き止めた研究者たちは、次にFTOレベルが高いがん細胞でのそれらの効果を調べた。

両薬剤ともに実験室での実験では、比較的低用量でもAML細胞を死滅させた。AML細胞を移植したマウスでは、どちらの薬剤を投与しても腫瘍が縮小し、重大な副作用は生じなかった。いずれかの薬剤を投与したマウスは、プラセボを投与したマウスよりも生存期間が有意に長かった。

また、両薬剤ともに、FTOレベルが正常より高い乳がん、脳腫瘍、膵臓がんの細胞増殖を遅らせた。このことから、「FTO阻害は、さまざまながん種の治療で幅広い可能性があると言えます」とChen氏は述べている。

さらに、この2薬剤はAML幹細胞に対しても作用すると考えられ、このことは多くの研究者が考えるようにがん排除の鍵である。健康な細胞もがん細胞も、限られた回数しか分裂できない。一方、がん幹細胞は無限に分裂することができる。がん治療が成功したと思われた後で、なぜがんが再発することがあるのかという疑問は、がん幹細胞で説明がつくのではないかと研究者たちは考えている。

AML幹細胞はAML細胞よりFTOが多いことが本研究で判明した。さらに、ビサントレンとブレキナルは、実験室での研究とAML細胞移植マウスでAML幹細胞を死滅させた。

FTOによるがんのRNA修飾

では、なぜFTOはがん細胞にとってそれほど重要なのか。FTOは、RNAの化学タグ(メチル化)を外す(脱メチル化)。細胞はDNAをRNAにコピーした後、RNAを使ってタンパク質を作る。化学タグは、1個のRNA分子から作られるタンパク質の量に影響を及ぼす。タンパク質は細胞の機能を制御しているので、RNAのタグは細胞に多大な影響を及ぼす可能性がある。

RNAに化学タグがあることを研究者が発見したのは1970年代のことである。しかし、比較的最近になるまで「化学タグが機能的に重要なものであるとの認識はなかった」とChen氏は言う。 

新しいツールの開発により、研究者たちはRNAタグをより詳細に研究できるようになり、エピトランスクリプトームと呼ばれるまったく新しい分野へとつながったと、NCIのがん生物学部門のMargaret Klauzinska博士は言う。「それは新たに出現し急速に進展している、非常にエキサイティングな分野です」とも言う。

DNAとタンパク質の両方にある化学タグが遺伝子の活性を制御していることは研究者の間でかなり以前から知られている。「エピトランスクリプトームの発見により、遺伝子発現制御の別の階層と新たな次元が明らかになりました。最近の研究では、RNAの化学タグのパターンが変化しているがんがあることも明らかになっています」とKlauzinska氏は述べる

本研究チームは、ビサントレンとブレキナルがともに、AML細胞の特定のRNA上の化学タグの量を増加させることを発見した。その結果、数千もの遺伝子の発現が上昇または低下した。

そうした遺伝子の中に、がん細胞が免疫系の攻撃から逃れるのを助ける一握りの遺伝子が含まれていた。AML細胞にいずれかの薬剤を投与すると、これらの「免疫チェックポイント」遺伝子のタンパク質レベルが低下した。その結果、免疫細胞がAML細胞を攻撃する力が向上した。さらに、マウスにいずれかの薬剤を投与するとともに活性化させた免疫細胞を加えると、いずれかの薬剤を投与しただけの場合と比べてAMLの増殖が一層抑制された。

ビサントレンとブレキナルのさらなる開発

Chen氏とそのチームは、有望ながん治療薬としてビサントレンとブレキナルの研究を続けている。彼らは現在、これらの薬剤のがん殺傷効果を高め、特定の化学的特性(特に薬剤の薬物動態)を改善すべく、2薬剤の構造を微調整している。

また、いずれは患者治療も視野に入れている。Chen氏は、「数多くの種類のがんを殺すには、単一の薬剤だけでは十分ではないかもしれません。私たちは、化学療法薬、分子標的薬、免疫療法薬など、他の治療薬とFTO阻害剤を組み合わせた試験も行っています」と述べている。

同研究チームは、近いうちに臨床試験を開始できるかもしれないと期待している。Chen氏によると、その試験はがんのFTOレベルが高い患者を中心に実施することになるという。

ビサントレンやブレキナルのように、RNAの化学タグを追加したり外したりするタンパク質を標的とした薬剤は、「近い将来、がんに対する有望かつ予想外の新規治療戦略につながる可能性があります」とKlauzinska氏は述べる。そうした薬剤の多くが現在研究中であると同氏は付け加えた。

翻訳担当者 山田登志子

監修 吉原 哲(血液内科・細胞治療/兵庫医科大学)

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