脂肪細胞が化学療法の効果を妨げる

よく用いられる2種類の化学療法薬を脂肪細胞が吸収し、毒性が低い形に分解して薬剤の効果を減弱させる可能性が新たな研究で示された。

また別の1種類の化学療法薬に対しては、脂肪細胞は吸収するが分解しないことも見出した。この研究はNCIから一部援助を受けている。

骨髄や他の身体部位に豊富に存在する脂肪細胞は、薬物を吸収および分解することより、腫瘍細胞の周囲の環境から薬物を除去している可能性がある。

この発見は、数種類のがんにおいて、肥満が不良な転帰と関連する理由を説明するのに役立つかもしれないと、筆者は11月8日付 Molecular Cancer Research誌に書いている。

「これは、肥満と脂肪細胞が一部のがんの予後を悪化させるメカニズムに新たな光をあてる重要な研究です」と、ケース・ウェスタン・リザーブ大学、ケース総合がんセンターのNathan Berger医師は述べた。彼は研究には参加していない。

新しい研究は「脂肪細胞があらゆる治療薬を代謝し不活化するエビデンスも提示しましたが、これは私の知る限りで初めてです」と、UCLAマテル小児病院、小児内分泌専門医で筆頭研究者であるSteven Mittelman医学博士は述べた。

肥満児の急性リンパ性白血病再発率の基礎研究

「この研究は、急性リンパ性白血病(ALL)の診断時に肥満であった患児は肥満でない患児よりも再発率が約50%高いという観察結果からすべてが始まりました」と、Mittelman医師は述べた。さらに肥満は、乳がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がんの不良な転帰と関連している。

「脂肪細胞が多い部位に多くのがんが発生します。骨髄は、白血病の好発部位ですが、内部に多くの脂肪細胞があります。大腸の周囲には多くの内臓脂肪があり、乳がんは乳房内の脂肪組織に囲まれています」と、同医師は指摘した。

Mittelman医師らによる以前の研究は、脂肪細胞が、ダウノルビシンなどのいくつかの化学療法薬に対する白血病細胞の反応を、細胞同士の接触に依存しないかたちで低下させることを示した。

最新の研究では、脂肪細胞が化学療法薬の効果をどのように減弱させるのかをさらに理解するために、一連の実験を実施した。

まずヒトALL細胞株を脂肪細胞あるいは繊維芽細胞(支持細胞の一種)いずれかと共に増殖させ、ダウノルビシンで細胞を処理した。その結果、脂肪細胞の存在下では白血病細胞内のダウノルビシンの蓄積が著しく低下するが、繊維芽細胞存在下ではそのような低下は認められないことが判明した。

さらなる実験では、脂肪細胞がダウノルビシンを吸収し、毒性の低い形に分解することが明らかになった。そして脂肪細胞と共に予備培養した細胞培養液(細胞の増殖に使用される液体)で増殖させたALL細胞は、繊維芽細胞と共に、あるいは他の細胞種を用いずに予備培養した培養液で増殖させたALL細胞と比べてより長く生存し、増殖した。

また研究チームは、がん患者から採取した無傷の脂肪組織はダウノルビシンを吸収して不活性化できることを示した。また、マウスを用いた予備試験で、生きている動物でも脂肪組織が薬物に対して同じ作用を示すエビデンスを見出した。

さらに脂肪細胞は、化学的にダウノルビシンと類似する化学療法薬ドキソルビシンや別の化学療法薬であるミトキサントロンも吸収した。脂肪細胞はドキソルビシンの一部も活性の低い形に分解したが、その程度はダウノルビシンより低く、ミトキサントロンは全く分解しなかった。

最終的に研究チームは、ヒト脂肪細胞が、幅広いがん種の治療に使われているダウノルビシンやドキソルビシンなどのアントラサイクリン系抗がん剤を分解する作用がある数種の酵素を高レベルで産生するエビデンスを発見した。実際にALL治療中の患児の骨髄から採取した脂肪細胞内にこれらの酵素の一部が検出された。

微小環境からの化学療法薬の除去

これまでの研究では通常、ダウノルビシンのような薬の体内での処理に関して、標準的な体重の人と肥満の人との間に違いは見られなかったとBerger医師とMittelman医師は指摘した。しかしそれらの研究では、血液中の薬物濃度を調べていたにすぎないとMittelman医師は説明した。

「Mittelman医師のチームが示したのは、腫瘍の微小環境における脂肪細胞の数が、違いをもたらす可能性があるということです」と、Berger医師は述べた。

研究筆者が書いているように、脂肪細胞が持つ、ある種のがん治療薬を吸収して分解もできる能力は、脂肪細胞が豊富な、腫瘍の微小環境において有効な薬剤濃度を低減させ、薬剤抵抗性腫瘍細胞の出現に寄与している可能性がある。

NCIの資金提供を受け、Mittelman医師らはこれらの初期発見を支持し、広めるため研究を行う予定である。彼らは生存しているヒトあるいはマウスの腫瘍微小環境内の薬物濃度を測定する方法を開発し、隣接する脂肪細胞の作用を検討できるようにすることを計画しているとMittelman医師は述べた。「その結果ようやく私たちは、薬剤に対する脂肪細胞の作用を克服するための戦略を試験することができるのです」。

「私たちは、肥満患児や、一般的な肥満患者に対して化学療法薬を提供する最適な方法を知る必要があります」。それは、薬物をより頻回にあるいはより高用量で投与すること、脂肪細胞内の酵素に抵抗性の薬剤をデザインすること、それらの酵素を阻害する治療法を開発することを意味すると同医師は述べた。

「実際、これらの結果を臨床上どのように使用するかを見極めることは、次のハードルの1つであり、今後の研究の重要な分野です」と、Berger医師は述べた。

他の種類の化学療法薬が本研究で検討した薬物と同じ結果に至るかどうかは不明であるとMittelman医師は述べたが、「他に知られている化学療法薬、あるいは間もなく見出されるであろう化学療法薬が、脂肪細胞に取り込まれ、あるいは分解もされる可能性は大いにあり得ます」と同医師は話した。

翻訳担当者 白鳥 理枝

監修 野﨑健司(血液・腫瘍内科/大阪大学大学院医学系研究科 )

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