2011/04/05号◆スポットライト「稀な皮膚癌症候群患者に新薬がもたらす救いと希望」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2011年4月5日号(Volume 8 / Number 7)
~日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
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◇◆◇ スポットライト ◇◆◇
稀な皮膚癌症候群患者に新薬がもたらす救いと希望
折にふれ、Julie Breneiserさんは鏡を見るのを一切やめてしまうことがあった。 皮膚の病変やおびただしい手術痕を見たくなかったからだ。 2年前、当時53歳のBreneiserさんは6カ月にわたり毎月、病巣を取り除くために手術を受けた。 「治療を受けるたびに私は欠勤を余儀なくされ、自分の外見についていちいち他人に説明しなければなりませんでした」と彼女は振り返る。
ペンシルベニア州東部に住むBreneiserさんと10代の子ども2人は、基底細胞癌(BCC)という病変を生じやすい稀な疾病である基底細胞母斑症候群(BCNS)を患っている。 この遺伝病の患者は、何百何千というBCCが発生することがあり、他の健康問題が生じることもある。
つい最近までは、手術だけが唯一の治療法であった。しかし、昨年、BreneiserさんはGDC-0449という経口の治験薬を用いる臨床試験に参加していた。同遺伝性症候群を引き起こす遺伝子変異がある場合、ヘッジホッグ経路に異常な活性化が生じるが、この薬は、ヘッジホッグシグナル伝達経路経由の癌の増殖指令を阻害する。
この治療はBreneiserさんに劇的な成果をもたらした。「おかげで私の人生が一変しました。この臨床試験は、いつか、私の子どもたちや何千人もの基底細胞母斑症候群患者の人生を見ちがえるものにしてくれるかも知れません。この臨床試験に参加することによって、圧倒的に力づけられました」と彼女は語る。
Breneiserさんが2010年1月にこの薬の服用を始めて以来、臨床試験開始時にあったBCCの60%が消失した。掌にはBCNS患者によくみられる小陥凹があったが、それも消失した。
41人が登録したこの臨床試験の参加者は、彼女以外にも、同様の奏効がみられた。昨年12月、この臨床試験のモニタリング委員会は、この薬には明らかな有用性があると結論づけ、臨床試験のランダム化部分の簡略化を認めた。
”目を見はる”中間結果
小児病院オークランド研究所のDr. Ervin Epstein, Jr.氏は4月3日、米国癌学会(AACR)年次総会のプレナリーセッションのオープニングでGDC-0449臨床試験の早期結果を発表した。GDC-0449は新たな腫瘍の増殖を阻害し、既存の腫瘍を縮小して、手術が検討されるような大きな病変の数を著しく減らしました、と同氏は報告した。
「この薬は欠損した遺伝子の機能を代替し、その役割をしっかり果たします」とBCNSを25年間研究してきたEpstein氏は述べた。「基本的に腫瘍は溶け去ってしまうのです」。
これは「目を見はる」結果だ、とトランスレーショナル・ゲノム学研究所のDr. Daniel Von Hoff氏はプレナリーセッションで述べた。 同氏は、2009年AACR年次総会において、進行性BCC患者を対象とするGDC-0449の初の臨床試験の有望な結果を発表した。
自らのBCNS治療経験にもとづき、同氏は同症候群が患者をひどく苦しめると強調した。 患者は、人前に出ることを避けて引きこもりがちである。 この新薬は「正真正銘の画期的新薬」であるとも同氏は述べている。
本剤の副作用は、脱毛、味覚障害、筋けいれん等であった。 これらの副作用のために1年以内に服用の中断を選択する患者もいた。 服用を中断すると、数カ所の病変が再発・再燃した。
「まだ完成にはほど遠いですが、これは進捗の素晴らしい一里塚です」と Epstein氏は述べた。 Julie Breneiserさんをはじめ臨床試験登録患者の約半数の治療に当たった、コロンビア大学医療センターのDr. David Bickers氏は、共同研究者のひとりである。
基礎的知見から臨床的可能性へ
今後の研究においては、さまざまな投与量・投与計画によって、本剤の副作用を軽減しつつ同様の効果を得ることができないか試すことになると本研究の筆頭著者であるスタンフォード大学医学部のDr. Jean Tang氏は指摘した。
長年、手術適応である稀少疾患に対する標的治療薬の開発に投資する意欲をみせる製薬会社はなかった。
しかし、2004年にいくつかの罹患率の高い癌にヘッジホッグ経路が関連するという研究が出され、一夜にして多数の製薬会社がヘッジホッグ経路阻害剤の開発に乗り出した。 現在、それらの新薬の臨床試験が少なくとも20数件進行中である。 なかでもジェネンテック社のGDC-0449(別名Vismodegib)は、もっとも開発が進んでいる。
Epstein氏は、10年におよぶ研究を経て1996年にBCNSを引き起こす遺伝子変異を同定した2つの研究チームのうち一方を率いる。 長年にわたるモデル生物のヘッジホッグ経路研究によって、新治療の開発を進めるために必要な基礎的知見がもたらされた。
「これは、分子生物学の基礎的知見にもとづいて臨床的有用性が得られた素晴らしい一例です」とEpstein氏は言う。 「このきわめて稀な疾病における遺伝子特定の試みが、のちに、患者数の多い癌の臨床試験につながるなどとは思いもよりませんでした」。
今日の研究が可能になったのは「いくつかの並外れた考察と新薬開発」のおかげだが、臨床科学もまた重要な役割を果たした、とVon Hoff氏は言う。
「(研究においては)、新薬が有用である見込みがもっとも高い患者を見いだすことが必要でした」と同氏は指摘した。
BCCを発症する遺伝的傾向が強い患者において、GDC-0449の予防効果は1年以内に明らかとなった。「本研究は、腫瘍負荷の高い患者や遺伝的傾向の強い患者に焦点を合わせた予防医学研究を実施する、これまでにない方法を示唆しています」とTang氏は述べた。
「われわれはある支援団体から多大な援助を得ています」と彼女は続けた。 家族内に複数の患者がいる575家族が参加する「基底細胞癌母斑症候群ライフサポート・ネットワーク」は、この疾患に関する情報提供と合わせて、臨床試験参加者募集を援助してきた。
「ひとりぼっちじゃない、というのが私達のメッセージです」と同ネットワーク理事長のKristi Burr氏は言う。 同ネットワークは、臨床試験参加者を支援し、フェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアを通じて、遠方に住む人や引きこもりがちな人の輪を拡げている。
「今日も明日も、あなたはあなたの人生を生きるべきだ、と私達は伝えています」とBurr氏は言う。 「この病気に縛られているわけにはゆきません。そして、新治療は束縛から解放してくれるのです」。
Julie Breneiserさんは、ヘッジホッグ経路阻害剤の治療によって、過去の手術痕がきれいになり、目立たなくなった。 定期的に繰り返し手術を受ける必要が無くなり、家族とともに過ごしたり、障害児支援に携わる仕事をしたりする時間的ゆとりができた。 「しかも、鏡に映る自分の姿が好ましく思えてきました!」と彼女は語った。
— Edward R. Winstead
関連記事: 「癌標的治療―ヘッジホッグと呼ばれる標的を撃つ」
【原文中段画像下キャプション訳】多数の基底細胞癌のある患者のGDC-0449治療前(左)と治療後(右)の画像。(画像提供:小児病院オークランド研究所Dr.Ervin Epstein, Jr.氏) [画像原文参照]
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盛井 有美子 訳
小宮 武文(呼吸器内科/NCI Medical Oncology Branch) 監修
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