KRAS変異標的療法は、免疫療法薬との併用で二重の効果を発揮するか?

一部の致命的ながんでは、KRASと呼ばれる遺伝子に変異がある。最近、こうした変異があるがん細胞を死滅させる薬が開発され、躍進的な進歩として期待されている。しかし、ほとんどすべての患者において、腫瘍はいずれはこれらの薬剤に対して耐性を獲得し、薬剤が効かなくなる。

このたび、2つの研究チームがこの耐性を克服する方法を開発し、KRAS標的薬、そしてがん細胞内の他の変異型発がん性タンパク質を標的とする薬剤が、標的療法に加えて免疫療法としても効果を発揮できるようになる可能性が示された。

この新たなアプローチは、細胞がタンパク質をペプチドという断片に分解する自然な過程を利用するものである。この過程の結果、KRAS標的薬が変異型KRASタンパク質と結合してできた分子の断片は細胞表面に移動することを両チームが発見した。細胞の表面では、免疫系による細胞破壊の目印(フラグ)となる可能性があるのである。

そこで両チームは、免疫系がこのフラグを認識し反応しやすいように、がん細胞表面の断片にロックオンする抗体薬を作製した。この抗体薬は、がん細胞表面に結合すると、免疫系に働きかけてがん細胞を死滅させる。

2つの研究のうちの一つはカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究者らが主導し、9月12日付のCancer Cell誌に掲載された。もう一つの研究は、NYU ランゴーン医療センターのPerlmutter がんセンターの研究者らが主導し、10月17日にCancer Discovery誌に掲載された。

UCSFの研究では、KRAS標的実験的薬剤ARS1620に耐性をもつがん細胞を殺すのを助ける抗体が作製された。

この研究の共同責任者であるUCSFのKevan Shokat博士は、このアプローチの優れた点は、「標的療法と免疫療法を組み合わせたことです」と述べている。「通常、この2つが一緒になることはありません」。

NYUランゴーン医療センターの研究では、最近承認されたKRAS標的薬ソトラシブ(販売名:ルマケラス)に耐性を示すがん細胞を殺すのを助ける抗体が作製された。

「遺伝子変化やその他の変化のせいで標的療法薬がうまく奏効しない場合でも、それらの標的療法薬ががん細胞の標的タンパク質に結合することはよくあり、この結合のおかげでがん細胞に目印がついて免疫療法薬が攻撃しやすくなります」と、この研究の共同主導者であるNYUランゴーン医療センターの小出昌平博士はニュースリリースで述べている。

NCIがん研究センターのJi Luo博士は、どちらの研究にも関与していないが、この新たな新しいアプローチを「非常に賢い」と評価した。その一方でLuo博士は、これらは原理証明研究であり、この方法をヒトで試験する前にもっと研究が必要であると注意を促した。

とはいえ、このような併用療法はKRAS標的薬に対する耐性を回避する上で有望であるとLuo博士は述べている。「標的療法と免疫療法のしくみはまったく異なるため、腫瘍細胞が2つの治療メカニズムから同時に逃れるのは非常に困難です」。

変異型KRASタンパク質をもつ腫瘍を免疫系が認識しやすくする

KRAS遺伝子変異は、全がんのおよそ3分の1の原因となっている。一般的なKRAS変異であるG12Cは、非小細胞肺がん患者の約13%、大腸がん患者の3%、その他の固形がん患者の1~3%に認められる。

KRASは、細胞の成長具合と生存能力の制御に関与している。通常、KRASは必要に応じてオフとオンの状態を繰り返しているが、G12C変異によってKRASはオン状態に保たれ、細胞増殖が制御不能となる。長年、研究者たちは、異常なKRASタンパク質が成長シグナルを送らないようにブロックする薬剤の開発を試みてきたが、なかなか成功には至らなかった。

そして遂に10年近く前、Shokat博士らは、KRAS G12Cタンパク質に結合してそれを無効化する薬剤の開発が可能であることを初めて明らかにした。

昨年、FDAは最初のKRAS阻害薬ソトラシブを、この特定のKRAS変異を有する非小細胞肺がん患者の治療薬として承認した。その他にもいくつかのKRAS G12C阻害薬が後期臨床試験で検証されている。

しかし、KRAS G12C変異を有するすべての腫瘍にこれらの薬剤が奏効するわけではない。また、奏効した場合するでもほどなく耐性を獲得する傾向がある。

この耐性を克服する方法として、免疫系を利用してがんと闘う「免疫療法」が提案されている。しかし、免疫療法の一種であるチェックポイント阻害薬とソトラシブとを併用した研究では、この併用療法で重篤な副作用が起きる可能性があることが判明している。

今回の2つの研究では、免疫療法を別の方法で活用することにより腫瘍細胞を特異的に攻撃することができるかを検討した。特に、両チームは、変異型KRASを標的とする薬剤がハプテンとして作用するかどうかを確かめようとした。ハプテンとは、タンパク質などの大きな分子に結合すると免疫反応を引き起こす低分子化合物である。

「もし、この薬剤がタンパク質の一部となり、そのタンパク質が細胞表面に現れれば、免疫系に見つかりやすくなるだろうと考えたのです」とShokat博士は述べた。

類似の戦略、異なるアプローチ

UCSFの研究では、ARS1620が使用された。ARS1620は研究開始時点で、KRAS G12C阻害薬の中で最も試験が進んでいた。ARS1620ががん細胞内の変異型KRASタンパク質と結合すると、薬物-タンパク質分子(複合体)が分解され、できた構造の断片(ハプテン化ペプチド)ががん細胞の表面に現れることが判明した。そして、がん細胞の表面に現れたペプチドは、免疫系にとっての標識の役割を果たす。

通常、免疫系が正常な細胞とがん細胞を区別するのは難しい。なぜなら、細胞をがん化させる変化は細胞内に隠されているからである。

「(今回の方法によって)免疫系に『eat-me(私を食べて)』シグナルが送られます」と、同じくUSCFで本研究を主導するCharles Craik博士は述べる。

研究者らは次に、何十億というヒトの抗体を調べ、細胞表面のハプテン化ペプチドに結合する抗体を発見した。この抗体を用いて、二重特異性T細胞誘導抗体(抗体の一種)を作製し、がん細胞上の複合体を腫瘍近傍のT細胞(免疫細胞の一種)と結合させることに成功した。

実験では、この抗体によって、T細胞はARS1620投与を受けたKRAS G12C変異がん細胞を見つけ、殺すことができた。この方法は、細胞が薬剤に耐性があろうとなかろうと有効であった。

NYUの研究でも、UCSFの研究と同様に、KRAS G12C変異がん細胞にソトラシブを投与すると、変異型KRASとソトラシブの複合体の断片が細胞表面に移動した。一方、小出博士とBenjamin G. Neel医学博士が率いるNYU研究チームが彼らの人工抗体薬でとったアプローチはやや異なるもので、この人工抗体薬をHapImmune抗体と名付けた。

彼らの抗体は、細胞表面のソトラシブ-KRAS G12Cタンパク質複合体が、主要組織適合性複合体(MHC)と呼ばれる別の特殊な複合体の一部である場合にのみ結合する。細胞はMHCを用いて、自分が見せているものが危険であり、排除する必要があることを免疫系に伝える。

実験室での研究では、この抗体は、ソトラシブに耐性をもつG12C KRAS変異肺がん細胞を殺すことに成功した。

他のKRAS標的薬への展開

Luo博士は、この種の抗体療法を臨床試験で試す前に動物実験だけでなく、さらなる研究でいくつかの問題を解決する必要があると指摘した。

その一つとして、UCSFの研究で使用された人工抗体は、タンパク質-薬物複合体にあまり強く結合しないという問題がある、と博士は述べている。この抗体が効果を発揮するためには、より強固に結合することが必要である。また、Luo博士によれば、実験室での研究では、抗体は複合体だけでなく、血液中に浮遊している薬物にも結合することが確認された。浮遊薬物への結合は、抗体ががん細胞上のタンパク質-薬物複合体に結合する能力を妨げる可能性がある。

NYUランゴーン医療センターの小出博士とNeel博士は、彼らのアプローチでこの課題を克服できる可能性を示した。HapImmune抗体は、薬物-KRAS G12C複合体がMHCの一部である場合にのみ結合するため、がん細胞のみを攻撃し、遊離薬物には結合しなかった。この研究において、ソトラシブの血中濃度が患者で想定される濃度と同様であっても、抗体はソトラシブ耐性がん細胞を死滅させた。

UCSFの研究チームは、結合の問題を克服する方法にも取り組んでおり、変異型KRASを標的とするソトラシブや他の薬剤を用いて、彼らのアプローチを試しているところである。例えば、ソトラシブで変性したタンパク質複合体を認識する抗体を同定しており、その中には、薬剤-タンパク質複合体に結合するが薬剤単体には結合しない抗体もある。

これらの抗体では、「遊離薬物への結合については約350倍の差がある」とCraik博士は述べた。

しかし、このアプローチは、例えば、遺伝子にある別の変異によって薬剤の変異タンパク質への結合が妨げられた結果、「eat-me(私を食べて)」シグナルを出す複合体を形成する能力を薬剤が発揮できない場合には、うまくいかないと博士は指摘している。

UCSFの研究に関する論説において、ダナファーバーがん研究所のWilliam A. Freed-Pastor医学博士とAndrew J. Aguirre医学博士は、この抗体が重篤な副作用を起こさずにKRAS標的薬と併用できるかを検証することが重要であろうと述べている。

また、他の遺伝子の変異を標的とするような抗体薬を開発する可能性も考えられ、それらは「創薬のための刺激的な新領域を開く」ものであると述べている。

NYUの研究が示したように、それは既に起こっている。標的療法の治療歴があるKRAS変異がん細胞を殺す抗体の開発に加え、NYUチームは、他のがんの増殖を促進する変異タンパク質に対する標的療法の治療歴があるがん細胞を殺す抗体も開発している。その中には、EGFRタンパク質の変異型を標的とし、肺がんの治療によく用いられるオシメルチニブ(タグリッソ)や、正常なBTKタンパク質を標的とし、白血病やリンパ腫の治療に用いられるイブルチニブ(イムブルビカ)などが含まれる。

Neel博士によれば、この新しい免疫療法アプローチでは、標的薬にがん細胞を殺す能力は必要ではなく、その標的に結合できるだけでよいことになる可能性もある。

「ある薬物は、がん細胞を完全に阻害するのではなく、がん細胞にフラグを立てるだけでよいのです。それによって、『より少ない用量で薬を使える可能性』が生まれ、副作用のリスクや重篤度を下げることになります」とNeel博士は言う。

監訳:田中謙太郎(呼吸器内科、腫瘍内科、免疫/九州大学病院 呼吸器科)

翻訳担当者 山田登志子

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