ゾウが、がんになりにくいのはなぜか、それを人間に活用する方法について

英国医療サービス(NHS)

2015年10月9日金曜日

「ゾウは腫瘍形成に対する防御力を高めている可能性がある」とBBCニュースが報じた。

ゾウは長年、進化生物学者達にとって謎であった。体が大きいことはがん化する可能性のある細胞も多いということであり、先週の記事「背の高い人について」にも見られるように、ゾウのがんによる死亡率は平均を超えているに違いないと予想される。

しかし、ゾウの場合には当てはまらない。がんで死亡するゾウは20頭に1頭に過ぎない。これに比べてヒトでは5人に1人である。本研究の意図は、その理由を解き明かし、ヒトへの応用の可能性を探ることであった。

研究者は、アフリカゾウおよびアジアゾウから白血球を採取し、ゾウがTP53遺伝子を少なくとも20コピー持っていることを見出した。TP53遺伝子はDNAが損傷したとき細胞の「自殺」を促進し、その後のがんを発現する可能性を残さないことで知られている。これに対して、ヒトはTP53遺伝子のコピーを1つしか持っていないと考えられている。

当然出てくる重大な疑問は、言うなれば室内のゾウである私たち人間は、どうすればTP53遺伝子の活性を高めて、同様の防御作用を刺激することが可能かということである。その答えは単純で、分からないのである。研究者の間では、TP53遺伝子の作用は1979年から知られているが、現在のところ、その作用の活用についての喜ばしい報告はほとんどない。

今の段階では、予防は治療よりも有効である。既に立証されている、がんのリスクを減らす方法には、禁煙する、野菜や果物の多い健康的な食事を摂る、健康体重を維持する、定期的に運動する、日焼けを避ける、アルコール摂取は適度にすることなどが含まれている。

研究の出典

本研究は、ユタ大学、ペンシルベニア大学、リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・ゾウ保護センター、アリゾナ州立大学、およびカリフォルニア大学の研究者によって実施された。

米国エネルギー省、米国国立衛生研究所(NIH)、乳がん研究プログラム、ハンツマンがん研究所(HCI)核コントロールプログラムなど米国の複数の機関による研究助成を受けている。

本研究は査読誌であるJournal of the American Medical Associationで公表された。

全般的に、英国メディアで広く取り上げられ、正確かつ責任ある報道がなされた。しかし、研究の限界の一部はあまり明確に説明されていない。

研究の種類

本研究は主として実験室内で実施され、様々な動物種におけるがん発生率を比較し、一部の動物が他の動物よりも「がんに対して抵抗性を示す」理由を明らかにすることが目的であった。

ゾウやライオンなどの大型動物は、がん化するおそれのある細胞をより多く持っているため、小型動物よりもがんになる確率が高いであろうと予想される。しかし通常はそうではなく、これはペトのパラドックスといわれている。

本研究は、ゾウががんに抵抗性を示す理由を明らかにすることに重点を置き、ゾウ、健康な人、がんになりやすい患者の細胞がDNAの損傷に対し、どのように反応するかを比較した。DNAの損傷は、細胞をがん化させる原因となる可能性がある。がんにかかりやすい患者は、特に子供および若年成人でいくつかの種類のがんを発現するリスクが増加する、まれな疾患であるリー・フラウメニ症候群(LFS)であった。

インビトロ、すなわち実験室における研究では、各細胞がさまざまな曝露にどのように反応するかを理解することを特徴としている。しかしながら、管理された環境下で単一の細胞についてのみ評価するため、結果が生体内と異なる可能性がある。これは、一つの生体内でも多くの異なる細胞が複雑に、相互に作用し合うためである。

研究内容

研究者は最初に、サンディエゴ動物園の動物の14年間のデータを収集し、がんの発生率が体の大きさ、あるいは寿命に関係するかどうかを調査した。

また、エレファント・エンサイクロペディアのデータを収集し、アフリカゾウおよびアジアゾウの死因を分析した。研究者は本データを、がんの生涯リスクと様々な動物種のがんによる死亡リスクの算出に用いた。

次に、8頭のアフリカゾウとアジアゾウ、LFS患者10名、および、がんの家族歴のない人11名(健康な対照群)から血液を採取し、白血球を分離した。特に異なる動物の細胞が持つTP53遺伝子のコピーの数を重点的に調べた。TP53遺伝子は、ヒトと動物のどちらにもみられる腫瘍を抑制するタンパク質を産生する。

さらに、細胞中のDNAに損傷を与えるような条件に曝露された場合の細胞の反応を調べた。このような状況では、細胞は分裂を停止しない場合、DNAの損傷を正しく修復するか、細胞の「自殺」によって死ななければ、がん化する可能性がある。

結果

バッタネズミなど極小型から非常に大型(ゾウ)の動物まで、ヒトを含む合計36種類の哺乳類が分析対象となった。主な結果は次の通りである。

・動物の体の大きさや寿命によるがんのリスクの変化はなかった。
・エレファント・エンサイクロペディアの644頭のゾウのうち約3%が生涯でがんを発現した。
・ゾウの白血球にはTP53腫瘍抑制遺伝子が少なくとも20コピーあった。一方、ヒトの細胞にはこの遺伝子のコピーが1つしかなかった。
・これらの余分の遺伝子のコピーには活性があるという科学的根拠があった。
・ゾウにおけるDNA損傷に対する細胞の反応性は、ヒトに比べ有意に上昇していた。
・ゾウにおけるDNA損傷後の細胞の自殺は、健康なヒトの細胞よりも起こりやすく、一方、LFS患者の細胞ではDNA損傷後の細胞の自殺はほとんど起こらなかった。

結果の解釈

研究者たちは、ゾウは、他の種の哺乳類に比べてがんの発症率が予想より低く、これにはTP53遺伝子の複数のコピーが関係している可能性があると結論した。

ゾウの細胞ではヒトの細胞と比較して、DNA損傷後の「細胞の自殺」が多く示された。

「これらの結果は、再現されれば、がんの抑制に関わる機序を理解するための進化論ベースのアプローチとなり得るであろう。」

結論

本研究では、36種の哺乳類のがんのリスクを評価し、がんの発症率は動物の体の大きさや寿命とは関連していないことが確認された。したがって、研究ではゾウが体の大きさから予想される以上に、がんに抵抗性を示す理由を探ることに重点が置かれた。

研究者は、ゾウがTP53遺伝子を20コピー持っていることを見出した。TP53遺伝子は腫瘍を抑制する働きがあり、ヒトにはこのコピーが1つしかない。

実験室内での研究では、ゾウの細胞はヒトの細胞よりもDNAが損傷した時の細胞の自殺を多く起こし、細胞をがんの原因となり得る変異から保護していた。

この研究の結果は興味深く、ゾウのがん発症率が予想より低い理由の一つを明らかにした可能性がある。


ペトのパラドックスに根拠を与える事実を調査することによって、将来人間のための新治療法の発見に至る可能性が期待される。

しかしながら、がんの発現には多くの遺伝子、さらに環境因子も関与しているとみられる一方、この研究では1つの遺伝子しか調査されなかった。

生まれ持った遺伝子に対してできることは少ないが、がんのリスクを減らすために実践できる方法は複数ある。

ハダカデバネズミ

30年の寿命があるにもかかわらず、めったにがんを発現しないと考えられている動物に、アフリカのサバンナ原産で穴を掘って住んでいるげっ歯類に属するハダカデバネズミがある。

この事実から、「柔軟な皮膚ががんを防ぐ可能性がある」という気の早い主張や、さらに、動物が「がんの万能治療法」へのカギを握っているという主張まで出ている。

ハダカデバネズミの分野では真に興味深い結果が出ている一方、このような主張に根拠はない。

翻訳担当者 鴨田弘子

監修 辻村信一(獣医学・農学博士、メディカルライター/メディア総合研究所) 

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原文掲載日 

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