2008/05/13号◆クローズアップ「無増悪生存期間(PFS):患者の利益か、基準の低下か?」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2008年05月13日号(Volume 5 / Number 10)

~日経「癌Experts」にもPDF掲載中~

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クローズアップ

無増悪生存期間(PFS):患者の利益か、基準の低下か?

先日、米国食品医薬品局(FDA)は一部の転移乳癌患者の治療にパクリタキセル(タキソール)と併用でベバシズマブ(アバスチン)を迅速承認した。この承認は、決定の根拠として当局が採用した臨床試験のエンドポイント(評価項目)について少々物議を醸すところとなった。この併用療法は、パクリタキセル単独である対照群と比較して、無増悪生存期間を5カ月改善したが、患者の全生存率(期間)(OS)の有意な改善は認められなかった。

PFSとOSとの違いは何か―PFSとは、患者をいずれかの群に無作為に割り付けた時点から、その患者の癌が再び増大するか、患者が癌によって死亡するまでの期間を測定するのに対し、OSは無作為割り付けの時点から理由を問わず死亡するまでの期間を測定する。

癌の臨床試験におけるエンドポイントとしてPFSを用いたことに対する論議の核心は、癌の治療によって患者の生存を長らえることができない場合、病気の進行を遅らせることに意義があるかどうかという問題である。別の言い方をすれば、余命の長さとQOLのどちらが大事か、である。

FDAは、OSが最も信頼性の高い癌のエンドポイントであるとしている。それは試験的薬剤や療法のベネフィットを直接測定するための世界的に是認された方法で、しかも、明確で、測定が容易である。しかしながら、臨床試験でOSを改善すると示すのは至難の業である。完了までに何年もかかり、数百人の患者を対象とした試験が必要となることも多い。

さらに、癌種の多くは複数の治療選択肢があり、患者は自分たちの参加している臨床試験での治療が有効でなくなると、別の治療に乗り換えることができる。それは患者にとっては良いことであるが、結果を読み取る研究者らにとっては難題となるのである―患者のOSが改善している場合、改善のうちどれだけがその試験の薬剤によるものか、そしてどれだけがその後の治療によるものか。

North Central Cancer Treatment Group(NCIの臨床試験協力団体)の生物統計学者であり、これまで癌関連臨床試験において多くの論文を執筆してきたDr. Daniel J. Sargent氏は、次のように解説する。この点から言えば、PFSはOSにも勝る利益を提供する。なぜならば、PFSでは疾患が進行するまでの期間のみ追跡調査が必要であるためである。したがって、PFSの場合、試験薬の効果だけを測定すればよいのであって、OSのように、その後に受けた治療によって結果が希釈されることはない。

「大半の患者は、自分たちの病気が進行すると試験薬の投与を中止します。その時点でPFSの測定はストップすることになります」と彼は述べる。このことは、PFSにエンドポイントをおいた試験はOSを用いた試験より早期に終了するということであり、一般的に患者の数も少なくて済む。

PFSを臨床試験エンドポイントに採用する重大な利点は「腫瘍縮小効果と腫瘍安定効果の両方を検証することです」とSargent氏は述べる。このことは重要なことである。なぜならば、癌細胞を殺して腫瘍を縮小させるこれまでの薬剤と異なり、多くの新たな標的治療薬(ベバシズマブを含む)は別の機序をもって腫瘍の増殖を止めることがあるが、必ずしも腫瘍縮小がみられるわけではないためである。

Sargent氏によると、試験のエンドポイントとしてPFSが用いられることに対する懸念は、それがOSよりも主観的であり、試験によって異なることの多い病勢進行の定義や測定法などの外部要因に影響される可能性があることである。例えば、病勢進行はX線やCTスキャンによって測定されるが、PFSの判定は、どのくらい頻回に評価が行われたかによって異なりうるのである。

PFSを取り巻くその他の疑問には次のようなものがある。どの程度のPFSの改善が臨床的に有意であるのか?OSの改善があるかどうかに関わらず、PFSの改善は、それ自体で患者にとって有益であるのか?

NCIの癌治療・診断部門、乳癌治療部長Dr. Jo Anne Zujewski氏は、少なくとも進行した乳癌の患者にとってはPFSの改善はそれ自体で有益であると強調する。彼女は、「進行した乳癌では、病勢の進行はしばしば症状を伴い、辛いものであるため、それを遅らせることができれば患者にとって有益です。」と語る。

しかしながら、Zujewski氏は注意を促す。「ベネフィットは、それがバイアスによるものではないと確信できるだけの大きなものでなければなりません。1カ月や2カ月の改善では、おそらく、その確証は得られず、臨床的に有意義であるとは言えないでしょう。また、より長く病勢をコントロールしておくための代償として、患者は多くの毒性を耐えなければなりません。もし、副作用のほとんどない経口の薬剤が病勢進行を4カ月遅らせるのであれば、ほとんどの進行乳癌患者はその治療を受けるでしょう。」

FDA抗腫瘍薬製品室(Office of Oncology Drug Products)のDr. Richard Pazdur氏は同意する。「転移癌のような生命に関わる疾患の場合、十分なベネフィットがあり、副作用プロファイルが認容可能であれば、病勢進行を遅らせることはそれ自体で臨床的に有益であると、私は異論なく受け入れます。」

FDAは最近になって、PFSの改善に基づいて、他にもいくつかの抗癌新薬、たとえば腎臓癌にソラフェニブ(ネクサバール)、卵巣癌にゲムシタビン(ジェムザール)、乳癌にイクサベピロン(イグゼンプラ)などを承認した。

当局は、引き続き、臨床試験の依頼主に対してOSにおける有効性を調査するに足る人数の患者を登録するように要請していると、Pazdur氏は言う。「われわれは、常にその薬剤がOSを低下させないという確証を得たいと思います。しかし、薬剤の承認にOSの改善のみしか受け入れないといった独断的姿勢では、すべての人々、ことに癌患者の方々に対して充実したサービスであるとは言えないでしょう」と彼は説明する。「PFSの改善に基づく薬剤承認は基準の低下であると非難する人々がいるのは承知しています。しかし、私はこれを柔軟性の向上であると考えています。」

—Eleanor Mayfield

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野中 希 訳
林 正樹(血液・腫瘍医)監修 

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