明るい展望が期待される小児がん治療の進歩

2021年9月16日 Norman E. Sharpless医師

1982年にNCIの研究者Mariano Barbacid医師らによってNTRKという遺伝子が同定されました。この遺伝子は正常細胞をがん化させる可能性があります。その4年後に彼らはその報告が部分的にしか正しくなかったことを報告しました。Barbacid医師らが発見した遺伝子は、別の遺伝子と結合したときにのみ、正常な細胞をがん化させることがわかったのです。この現象は遺伝子融合と呼ばれます。

何十年にも渡る研究の結果、NTRKが正常な状況においてどのように働き、また、NTRKが異常に活性化することが腫瘍化にどのように関与するのかが明らかにされてきました。これらの発見はNTRK阻害剤の開発の礎となり、その後、NTRKを含む融合遺伝子を有するがんに対して高い効果を示すことが明らかにされてきました。NTRK阻害剤は臨床試験で優れた効果を示したことを受け、最近になって小児および成人に発生したNTRK融合遺伝子を有する悪性腫瘍の治療薬としてFDAに承認されました。

NTRK阻害剤の成功は、基礎科学の重要性を示しただけでなく、小児がん治療における最近の進歩を示す格好の一例なのです。喜ばしいことに他にも多くの例があります。

最もよく知られているのは、非常に進行した小児白血病の一部患者を治癒に導くCAR-T細胞療法の開発です。また、あまり知られていないかもしれませんが、米国小児腫瘍学グループ(COG)主導の臨床試験では、一部の子どもたちのがんを治すための治療法について、さらに安全なものにするための方法を開発しています。具体的には難聴や妊よう性の問題などの短期的・長期的な副作用から子どもたちを守る取り組みをしています。

小児がん啓発月間にちなんで、子どもで発生することが多い悪性腫瘍に関してこれまでの進展を振り返ってみたいと思います。

例えば、急性リンパ性白血病(ALL)は、1950年代までは助かることのない小児科疾患でした。現在の医療水準では、ALL小児患者の90%が治癒します。また小児がん全体をみると、1980年以降の小児がんの死亡率は半数以下となっていて、相当数の小児がん患者が治癒へと導かれていると考えられます。

一方で、進歩を語るためには、進展が遅れている領域があることを認識する必要もあります。軟部腫瘍や脳腫瘍など、小児がんの一部患者においては長期生存率が今もなお低く、治療の進展が十分とは言えません。さらに、がんを克服した小児患者においても、身体に負担の大きい手術手術や放射線療法、化学療法などが原因となって、生涯にわたる健康上の問題を抱えることもあります。

このような長年の問題に対する課題意識を受けて、ひとりでも多くの小児がん患者を治癒に導くための革新的治療方法を開拓し、がんを克服した子どもにおける長期的な副作用を最小限に抑えることを目的とした研究コミュニティが立ち上がりました。私たちはこの目標を達成するために必要な歩みを着実に進めていると考えています。

データ収集の先にあるものとは

私が特に期待しているのは、小児がん患者に関するデータの収集方方法が根本的に変わり、それを研究コミュニティ全体が共有できるようになることです。

データの収集といってもあまりピンとこないかもしれません 小児がんデータ構想(CCDI)の一環として行われている取り組みでは、われわれ研究に携わる者たちが、全ての小児がん患者から学ぶための土台が築かれています。このCCDIは小児がん対策を加速するために、2018年に制定されたSTAR Actによって支えられているNCIの他の活動の上に成り立っているということをお伝えしたいと思います。

私はこれまで小児がんを専門とする全米の研究者たちと会ってきました。研究者たちは皆、データを集積し共有していくという新しいステージに入ったことに対して大きく期待を寄せています。

例として、CCDIに関連したプログラムのひとつである全米小児がんレジストリ(NCCR:National Childhood Cancer Registry)をみてみましょう。このレジストリは、米国内におけるほぼ全ての小児がん患者の診断、治療とその結果、そして長期的に治療の副作用に関するデータを収集し、それをリンクさせています。

もうひとつCCDIの取り組みをご紹介します。分子レベルでの特性化プロトコル(Molecular Characterization Protocol)と言いまして、研究に用いられる小児がん患者の腫瘍組織の収集を促進させるものです。優先されているのは、既存の治療法では十分な効果が認められないがん種です。

このプロトコルの一環として、研究者らは腫瘍組織を全ゲノムシーケンスやRNAシーケンスなどを用いて徹底的に解析し、分子レベルでの特徴を割り出します。ここで得られたデータは、小児がん患者を担当するがん専門医に共有することができ、高精度医療(precision medicine)を実践するための臨床試験への登録や治療の方針決定に役立ちます。また、ゲノムデータコモンズ (Genomic Data Commons) などのツールを利用することで、小児がん研究者もこういったデータを利用することができます。

患者の臨床データ(治療歴やがんのステージなど)が紐づいた包括的な分子情報にアクセスすることができるようになれば、小児がん発症の原因や治療抵抗性になるメカニズム、あるいは、治療関連の副作用に関連したリスクなど、これまでにはない知見が得られるでしょう。それに加えて、治療成績を向上させるために重要となるより効果の高い標的治療薬の組み合わせが分かるでしょう。

このようなデータやリソースを利用することで、臨床試験では必ずしも解決できない問題を打開することにもなります。可能な限り多くの小児患者に関する包括的なデータを収集することで、研究者たちは「リアルワールド(現実世界)」の患者の中で治療がどの程度有効なのかをより深く理解することができます。またこれらのデータは、小児がんサバイバーの健康状態を生涯にわたってモニタリングする上でも役立つもので、がんとその治療がもたらす影響に関してさらなる知見が得られることにもつながります。

小児がんにおけるプレシジョン医療の推進

臨床腫瘍学で問題となることの一つに、どのような治療が患者にとって最善なのかを見極めることがあります。がんを治療するための薬剤は数多くあり、それらを手術や放射線と組み合わせることで多様で複合的な治療方法を選択することができます。しかし、このような治療法の選択肢の中で、目の前の患者にとって何が最適な治療方法なのか、はっきりとしないことがあるというのはまれなことではありません。

現在小児がんの専門医は、これまでの臨床試験で得られた最良のエビデンスに基づいて患者の治療方法を選択しています。患者である子どもさんやそのご家族にとっては、治療を開始して選択された治療法が効果的だったかどうかを待つことになります。

多くの子どもたちにとって、数カ月間治療を受け、その後腫瘍が小さくなっているかを確認するために画像検査を受けることを意味するかもしれません。しかしその期間とは、がんが悪化する可能性のある数カ月間でもあり、副作用が出る可能性のある数カ月間でもあります。それに、治療費がかかる数カ月間でもあるでしょう。お子さんと愛する人たちが不安と苦痛にさいなまれる数カ月間でもあります。

診断時にどの治療法が最も効果的であるかを知ることができれば、それに越したことはありません。最良の治療法を決定するためには、過去の臨床試験の結果だけでなく、患者固有情報や罹患しているがんの特性に関する情報が必要です。しかし、このような分子レベルの情報を統一的に収集される仕組みがあるわけではありません。また情報を収集できたとしても、それをどのように解釈して治療法を決定すればよいのか、小児の場合はよく分かっていません。

そこで、CCDIで展開しているような取り組みが重要になります。また、NCI-COGの小児MATCH試験(および成人を対象とした関連試験であるNCI-MATCH試験)のような高精度医療試験が非常に重要である理由もそこにあります。小児MATCH試験や、ヨーロッパやオーストラリアで実施されている同様の試験は、DNA、RNA、タンパク質のデータを用いて、個々の子どものがんに最も効果的な治療法を特定する方法を知らせてくれるのです。

時間が経てば分かることになりますが、今回の研究が、がんをより効果的に治療するための重要な答えを導き出し、新しい標的療法や小児に効果の高い治療法の組み合わせを特定するのに役立つことを期待しています。

いつか明らかになると思いますが、このような研究によって、より有効ながん治療という重要な答えまでの道のりが示され、小児に極めて有効な新しい分子標的療法や治療の組合せが特定されることを期待しています。

小児がんに対する免疫療法の推進

ここ10年の免疫療法によって、がん治療の考え方にパラダイムシフトが起きているのは間違いありません。その影響が最も大きいのは成人患者ですが、免疫療法の登場により、一部の小児がんでも治療法が変わりつつあります。

例えば、いくつかのCAR-T細胞療法は小児と青年の白血病治療として承認されています。非常に進行した白血病であっても、CAR-T細胞療法により治癒する患者が一定数いることが分かってきました。

NCIは引き続き、小児がんに対するCAR-T細胞療法を推進するリーダーとして、新しいタイプのCAR-T細胞療法の早期臨床試験をリードしていきます。また、米国内の複数施設で行われている臨床試験に使用するCAR-T細胞の製造する取り組みも開始しました。この取り組みにより、CAR-T細胞療法の臨床試験に参加できる小児患者が増え、これらの新しい治療法がこれまで以上に早く患者の治療に導入されることを期待しています。

他にもNCIは、ジヌツキシマブ(販売名:ユニツキシン)が小児神経芽腫患者に対する標準的な免疫療法となることを推進する上で重要な役割を果たしました。ジヌツキシマブの分子標的であるGD2とよばれる標的分子は、腫瘍細胞において発現するタンパク質で、CAR-T細胞療法の有望な標的でもあります。NCIは、骨肉腫、神経芽腫、メラノーマなど数種類の固形腫瘍の小児患者を対象としたGD2 CAR-T細胞療法の早期臨床試験を支援しています。スタンフォード大学で実施されている別の試験では、致死的疾患として認識されているDIPGという脳腫瘍に罹患する小児に対してGD2 CAR-T細胞の試験がすでに開始されています。

Cancer MoonshotSMが支援する小児免疫療法開発ネットワーク (Pediatric Immunotherapy Discovery and Development Network) 構想により、小児がんの子どもたちに免免疫療法をベースとした治療法を拡大していく道が急速に開かれつつあります。これにはCAR-T細胞療法の改良や、それ以外の細胞療法・免疫療法の開発支援、さらに多くの種類の小児がんへの適応拡大のための研究が含まれています。

小児がんの格差問題への取り組みの必要性

小児がんの格差問題への取り組みの必要性化学療法や放射線療法などによる標準的な治療法により生存率の向上や二重特異性抗体のような新規の治療法など、小児がんに対する進歩は励みになる一方で、明確にしておく必要があるのは、すべての小児・青年がん患者がこの進歩の恩恵を平等に受けられるようにしなければならないということです。

事実、これまでの研究によって、がん発症率と生存率に人種や民族で大きな格差があることが報告されています。そして残念なことに、私たちの子どもたちもこの厳しい現実から逃れることはできません。治癒率の高いがんであっても、黒人とヒスパニック系の子どもたちは白人の子どもたちに比べて死亡率が低いことが分かっています

健康格差は様々な社会的・制度的要因によってもたらされています。例えば、十分なケアを受けられない人々、低所得層や農村部における医療施設の不足、社会経済的地位の低下に伴う教育水準の低下、環境汚染物質への曝露機会の増加、その他の健康問題の発生率の上昇などが挙げられます。健康格差の原因が構造的・制度的なものであることを考えると、これらの社会的問題を直接解決することは、NCIのような研究機関の範疇を超えてしまいます。

それでも、NCIは、政策や臨床実践に情報を提供し、格差の科学を進歩させるためのエビデンスを提供する研究を支援することができるし、実際に支援しています。このような研究には、組織や地域レベルの格差を是正するための方法を検証する研究が含まれています。

また、格差の原因となる生物学的要因を特定するための研究を支援することも重要です。例えば、ヒスパニック系・ラテン系の子どもたちは、小児白血病の中で最も一般的なB-ALLと診断されるリスクが白人の子どもたちに比べて高いだけでなく、医療へのアクセスや家族の収入などの要因を考慮しても、この病気で死亡するリスクが高いと言われています。

最近に発表されたNCIの資金提供を受けた研究では、この格差に寄与する可能性のある原因が特定されました。それは融合遺伝子を含む特定の遺伝子変化が、B-ALLを発症したヒスパニック系・ラテン系の子どもたちに非常に多く認められるというものでした。

なぜ、ヒスパニック系・ラテン系のB-ALL患者にこのような変化が多く認められるのか、また、どのように予後を悪化させるのかについては未だ不明です。しかしこのような研究は、標準的な治療では十分な効果が得られない小児患者を特定し、それぞれのがん患者さんに適した、より効果的な新しい治療法を提案するものなのです。

子どもたちのためにより希望に満ちた未来を

ここで挙げた研究は、現在、有効な治療が殆どない小児がんも含め、治癒する子どもたちの数を増やすことができると私が信じている研究の一部にすぎません。

例えば、Cancer Moonshotが支援するフュージョン・オンコプロテイン小児がんネットワーク(Fusion Oncoproteins in Childhood Cancer Consortiumからもたらされることもあれば、小児がんサバイバーを対象とした研究、または、新たな様式の細胞療法開発に取組む全米中の多くの研究所からもたらされるでしょう。

そして、Barbacid医師らが数年前に行なった基礎科学研究のように、特に小児がんの治療を目的としたものではなくても、最終的には小児の命を救うことになるような研究からも進展はみられるでしょう。

翻訳担当者 錦織大介

監修 佐々木裕哉(白血病/MDアンダーソンがんセンター)

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