がんのイヌと人を救う― NCIの比較腫瘍学研究

イヌは、疑いなく、人間にとって最良の友達である。だから人々が自分のイヌに何でもしたいと思うのは驚くことではない。もし自分のイヌが深刻ながんの診断を受けたとしたら、飼い主は何ができるだろうか。

1つの選択肢は、NCIが支援する、新しいがん治療の臨床試験にイヌを登録することである。米国内の獣医大学が提供するこれらの試験は、新しい治療法を発見しイヌの生活の質(QOL)を保ち、家族との時間を最大限に伸ばすことを目的にしている。

「これらのイヌは、実験動物ではなく、私たちの患者なのです」と、イヌに関する研究を統括するNCIがん治療・診断部門副部長 のToby Hecht博士は話した。

試験は飼い主が期待していなかった別の利益をもたらした。イヌで試験された治療やアプローチの方法が、がん患者を救うためにどのように転換できるかについての洞察を提供している。

ヒトやイヌの生物学、ならびに双方で増殖する腫瘍が多くの点で類似していることが理由である。さらにイヌに安全で効果的であるがん治療は、ヒトでもしばしば有効性がみられる。

2003年以来、NCIはイヌのがん研究の情報を利用し、ヒトのがん研究や、その逆の研究を導く手助けをしてきた。比較腫瘍学といわれる分野である。NCIの2つの成果である比較腫瘍学プログラム (COP:Comparative Oncology Program)とイヌのための前臨床がん免疫療法試験ネットワーク(PRECINCT)は、イヌのがんの基本についてさらに学ぶための実験室での研究と共に、異なる種類のがんに対する新しい治療の試験を促進している。                       

「ペットであるイヌは、私たちがイヌのがんについて学ぶことで利益を得て、最終的にイヌでのより良い治療法を特定することに貢献します」と、NCIがん研究センター比較腫瘍学プログラム部長のAmy LeBlanc獣医師は述べた。「私たちはイヌおよび人の両者を助ける機会となる仕事だと気付きました」。

飼い主とペットのイヌは似ている
古いジョークに、しばらく時間が経つと人間はペットに似始めるというものがある。残念ながら、その例えはがんにも及ぶようだ。イヌも脳、肺、皮膚、骨といったヒトと同様の多くの種類のがんを発症する可能性がある。

飼い主とペットであるイヌは同じ生活空間を共有しており、そのため両者はがんの原因となる何らかの同じ環境因子に曝されているといえる。さらに両者でのがんは発症までに時間がかかり、多くの例で似通った遺伝子変異により操作されて増殖している可能性がある。

がんはヒトやイヌの、ある部分から他へ拡大、つまり転移するだけでなく、通常は肺や肝臓のように同じ器官に広がる。さらにわれわれの免疫系(がんの増殖を助けたり妨げたりする)がイヌと似た働きをする。 

このように重要な類似性があるため、イヌでの自然発生のがんの研究をすることで、ヒトのがんについての有益な手がかりを得られるとLeBlanc博士は述べた。比較腫瘍学研究は、マウスやラットのような実験動物で人工的に作られたがんでの研究とは異なる知見を提供すると同博士は付け加えた。

しかしながら「がんを知るための完璧なモデルは1つもない」COPおよびPRECINCTのメンバーであるタフツ大学の獣医師であるCheryl London博士は述べた。「われわれが持つ多くのモデルで、がん治療や予防に対するアプローチを確定し、最適化できるだろう」。

なぜ、飼っているイヌを臨床試験に登録するのか
最愛の家族に対する実験的治療の選択は、ちょっと恐いかもしれないが、NCIが支援する臨床試験にイヌを登録することには、いくつものメリットがある。

1つの利点は、臨床試験でなければ利用できない最先端の治療法を受けられることである。

時に通常の治療後に再びがんになった患者(再発がん)が条件になるヒトでの臨床試験とは異なり、イヌは標準的治療をほとんど、あるいはまったく受けていなくても、がんの診断後いつでも登録が可能である。試験へ参加しても、試験終了後に従来の治療を受けるイヌも除外していないとLondon博士は述べた。

治療費用にも別のメリットがある。正規の動物病院で受けた治療が一般に実費払いである一方、NCIが支援する試験では一般的に実際の治療を提供し、もしも完了しない場合は治療費用を保険で補助するとLeBlanc博士は指摘した。一部のNCI試験は、動物の健康の研究に対する慈善財団であるMorris Animal Foundationからの資金提供を受けている。

NCI支援の臨床試験は動物福祉や科学的メリットの標準に達していると保証するために厳密に評価される。また飼い主たちは、長い間ペットが家を離れることを心配する必要がない。試験に参加したイヌは一般に、試験実施施設に外来で訪問して治療を受けるか、または短期入院治療とフォローアップに通うだけである。

イヌの試験結果はどのようにヒトに役立つか
比較腫瘍学(COP)試験が、がん患者に役立つ主な方法の1つは、高価で長期にわたる薬品開発のペースを速めることである。

ヒトで治験薬の臨床試験をする前に、通常はマウスなどの動物で安全性および有効性を評価する必要がある。しかしながら、マウスでの知見はヒトに対して、どのように働くかを常に反映するとは限らない。その結果として、実験室での研究では効果があった治験薬の一部のみが臨床試験を実施してFDAの承認へと進むことになる。

正確に医薬品がヒトでどう作用するか、完璧なモデルとなる動物はないが、研究者の中には、他の動物よりもイヌでの研究がヒトに対する医薬品の有効性の良い指標になると信じている者もいる。

「イヌは、ヒトの多くの疾患を代表する有効なモデル動物になります」とPRECINCTメンバーであるバーミンガムに在るアラバマ大学のM. Renee Chambers医師・獣医師は述べた。

イヌの試験では、医薬品の安全性および有効性の知見を得られるだけでなく、医薬品の至適用量および投与回数に関する疑問に答える根拠になるとLeBlanc博士は説明した。この情報を得ることで、ヒトでの臨床試験の情報が得られる根拠となると同医師は付け加えた。

例を挙げれば、2015年にNCIが支援した臨床試験は、NHS-IL12という試験薬を悪性黒色腫のイヌで試験した。試験では至適用量、副作用、吸収や代謝、作用機序を確認した。さらに本剤投与による腫瘍の縮小が2匹のイヌに認められた。

この知見の結果、NCIがん研究センターのJames Gulley医師・博士らにより主導された、進行固形がん患者でのNHS-IL12の人に初めて投与する臨床試験を開始した。治療により効果が示され、速やかに消失する軽度の副作用のみがみられた。

イヌにおける試験は、「人工的な動物モデルよりも、自然発生の腫瘍に対する薬の臨床効果について、主要な薬効を証明します」Gulley博士は述べた。「そのことがヒトでの最初の臨床試験の実施を可能にする根拠となりました」。

Gulley博士は現在、進行固形がん患者を対象に、NHS-IL12とアベルマブ(バベンチオ)との併用療法の多施設共同試験を主導している。

小児の骨腫瘍に対する活動
COPは米国およびカナダの24の獣医大学のネットワークで成り立っている。連携して実施されている3件の臨床試験は骨肉腫に焦点を当てている。骨肉腫は骨がんの1種で、低年齢小児や大型犬種で発症するものである。

骨肉腫は小児では比較的まれのため、臨床試験への十分な参加者を集めるのに長い時間を要し、研究者らの新しい治療法を開発する能力を妨げる可能性がある。しかしながら、数年前NCI支援の研究で、イヌとヒトの骨肉腫の遺伝子の特徴は非常に似ており、区別するのが難しいことが示されたとLeBlanc博士は述べた。

COPの研究者らは、骨肉腫のイヌで実施する最初の試験が、同じ骨肉腫の患児に対する新しい治療法の開発期間を短縮することに役立つよう期待している。この目標をさらに進めるために、COP筆頭研究者はNCI研究者と密接に連携して小児期の骨肉腫を研究し、イヌの研究が患児のケアに有効な根拠となる可能性があることを保証しようとしている。

イヌでの骨肉腫の試験の1つは免疫細胞に、がん細胞を攻撃するよう情報を提供するワクチンを試験している。そのワクチンは、イヌの患肢を外科的に切除した後に投与する(アジュバント療法)。

研究者らはNIHクリニカルセンターで、今現在、イヌの骨肉腫がどのような栄養素を吸収しているのかを明らかにするツールを開発している(身体の他の部分と同様に、腫瘍は増殖を刺激するために定期的な養分の供給が必要である)。研究者らはがん細胞が依存する栄養素を確認し、がん細胞を消滅できる治療法の開発を望んでいる。 

研究者らは本研究や他の分子研究の結果を得て、「骨肉腫の患児のコミュニティに情報を提供し、これらのアプローチが患児に適応できるのかを明らかにする手助けをしようと計画している」とLeBlanc博士は述べた。

併用免疫療法の開発
免疫療法が一部の種類のがんに高い効果を上げる一方、まだ改善の余地はある。研究者らは、免疫療法の併用がそれらのギャップを埋めてくれると期待している。しかしながら、可能性のある組み合わせは驚異的に多く、ヒトでの臨床試験ですべてを確かめることはほぼ不可能である。そこで、再びペットであるイヌが手助けすることになった。

Cancer Moonshotプログラムの一部である PRECINCTは、ヒトに対するがん免疫療法の開発を援助する可能性がある、イヌの研究を促進するために構成された。ネットワークでは、現在異なる種類の免疫療法と、それらの併用療法をペットのイヌでの神経膠腫、骨腫瘍、リンパ腫、および皮膚がんで試験を行っている。

研究者らは、試験的な治療が分子レベルでがん細胞や免疫細胞に与える影響を実験室で研究し、治療の効果のバイオマーカーを探している、とネットワークのNCIプログラム責任者であるConnie Sommers博士は説明した。

例として、Chambers博士らは、神経膠腫のイヌで、免疫チェックポイント阻害薬を腫瘍細胞崩壊性のウイルスと組み合わせている。ウイルスが感染し、がん細胞を死滅させると、その細胞から放出される残屑が、がんに対抗する免疫細胞を引き寄せる助けになる可能性がある。

また同時にChambers博士とアラバマ大学の研究者らは、神経膠腫の成人患者に腫瘍細胞崩壊性のウイルスの試験を、さらに小児の神経膠腫患者で類似したウイルスを試験している。

「私たちはヒトとペットのイヌに同時に発生する治療成績を比較できますが、最も重要なことは腫瘍のゲノミクスを比較して、共有する変異を探すことが可能となるということです」。「それが橋渡し研究の究極の例です」と同博士は述べた。

別の試験では、マサチューセッツ州のタフツ大学カミングス獣医学部の研究者らは、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)と呼ばれる血液がんのイヌで、異なる種類の免疫療法の併用療法について検証中である。

DLBCLに対する通常の初回治療は極めて効果的であるが、その治療は結局患者の約40%で効果がなくなる。さらに治癒した患者に対しても慢性の副作用を引き起こす可能性があると、試験の筆頭研究者であるLondon博士は説明した。しかしながら、有望な新しい治療法を、がんと診断されたばかりの患者で試験することは難しい。というのは、非常に効果的な通常の治療法を彼らに提案しないのは、非倫理的だからである。その代わりに新しい治療法は、いくつかの治療法を受けた後に、DLBCLを再発した患者に通常は試験していると、同博士は述べた。

DLBCLのイヌの標準治療は、ヒトの場合と同様である。しかしながら、治療はイヌの場合でも同様に奏効しないが、「私たちは最前線で新しいレジメンを検討する能力を持っています」と同博士は説明した。目標は有望な免疫療法の可能な組み合わせを見つけ、標準治療と一対一で突き合わせて試験することである。

さらに劇的に、長期に続く効果(いわゆる例外的奏効例)を示す、がんを発症しているイヌを徹底的に分析し、治療に対する良い反応が予測できる分子的特徴を確認しようと計画している。

がん研究者同士の集結
もう一つのNCIの比較腫瘍学プログラムの優れたところは、医学と獣医学のがん研究者同士を一緒に招集していることであるとLondon博士は述べた。獣医腫瘍学コミュニティは比較的狭く「孤立」していた。しかしながら、これらのプログラムは研究者をつなげ、研究者が情報交換し、協力することを可能にしたと同博士は述べた。

本プログラムはペットのイヌのがん研究者とヒトの疾患の医学研究者を結びつけた、とHecht博士は述べた。「たぶん初めて獣医腫瘍学者たちをより規模の大きな、がんリサーチコミュニティに引き入れるよう、一致協力したものです」と同博士は付け加えた。

Hecht博士は、イヌの全ての種類のがん研究により発生する様々な種類の情報のデータベースを構築する計画での共同研究を、さらに促進したいと希望している。同博士らは、最近統合イヌデータ(Integrated Canine Data Commons)というデータベースのプロトタイプの作成を開始した。

彼らの最終的目標は、NCIのヒトのがんデータの主要保管場所であるキャンサーリサーチデータコモンズ(CRDC)内に中核としてイヌのデータベースを作り、研究者らがヒトとイヌのがんをより容易に比較できるようにすることである。

「そのデータベースは公開して使用可能にする予定で、研究者はこのデータを調べ、新しく仮説をたてて試験を行うことができます」Hecht博士は述べた。

新しい仮説は新しい治療法のアプロ―チに繋がる可能性があり、イヌは飼い主と遊ぶ時間をより長く持てるようになり、飼い主はイヌを抱きしめる時間をさらに長く持つことができるようになる可能性があります。

翻訳担当者 白鳥理枝

監修 辻村信一(獣医学・農学博士、メディカルライター) 

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