2011/01/11号〜発行250回記念号〜◆スポットライト「癌治療と生殖機能の温存」 | 海外がん医療情報リファレンス

2011/01/11号〜発行250回記念号〜◆スポットライト「癌治療と生殖機能の温存」

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2011/01/11号〜発行250回記念号〜◆スポットライト「癌治療と生殖機能の温存」

同号原文NCI Cancer Bulletin2011年1月11日号(Volume 8 / Number 1)

日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜

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◇◆◇ スポットライト ◇◆◇

癌治療と生殖機能の温存

Dr. Neeraj Arora氏が非ホジキンリンパ腫(NHL)と診断された時、彼は25歳の大学院生だった。癌専門医は、癌の急速な増殖を食い止めるため、直ちに強力な化学療法と放射線治療の開始を勧めた。

ある日、医院の待合室で化学療法の順番を待つ間、彼はたまたまNHLの治療に関するパンフレットを手に取った。それを読むと、不妊症は彼が受けていた治療によくみられる副作用であった。

「医師たちは、なぜか私にそのことを伝え忘れていました」とArora氏は思い起こして言う。彼は当時独身だったので、父親になることについて深く考えていなかったが、自分が不妊症になるかもしれないリスクについて、誰も重要視していないことにショックを受けた。

これが起こった1994年当時は、癌専門医が患者と話し合うべきリスクのうち、癌治療後の子供を作る能力(妊孕性[にんようせい])は、気に留めるほどのことでもなかった。癌のサバイバーシップ、つまり癌を克服した後の生活という概念はまだ生まれたばかりだった。

対話のためのガイドライン

米国で、生殖可能な年齢にある癌サバイバーは現在約50万人に及ぶと推定されている。癌の治療法は進化し、有害な副作用が低減されつつあるが、生殖機能にダメージを与えうる放射線治療や多種類の化学療法剤が今も存在する(詳細は表を参照)。

男性の癌サバイバーに最も多い生殖障害の原因は、化学療法や放射線治療が誘発する精子の損傷である。女性の癌サバイバーの生殖機能障害は、未成熟卵やホルモンバランス、生殖器官に悪影響を及ぼすような治療によって起こる可能性がある。

2006年に米国臨床腫瘍学会(ASCO)は、生殖能力温存の選択肢と治療による不妊症の可能性について、癌専門医が生殖可能な年齢の患者と話し合うことや、患者を生殖医療専門医へ紹介するよう推奨するガイドラインを発行した。しかし最近の調査によると、このガイドラインに従っている米国の癌専門医は全体の半分以下にとどまり、さらに患者と定期的に不妊症のリスクについて話し合っている癌専門医ですら、患者を生殖医療専門医に紹介することはまれだという。

癌治療が生殖機能に及ぼす潜在的な影響について、「癌専門医は、患者やその家族と真っ先に率直に話し合うべき事項であるとは考えていません」とピッツバーグ小児病院の(思春期と若年成人の腫瘍科プログラム)Adolescent and Young Adult(AYA)Oncology Programの責任者であるDr. Peter H. Shaw氏は言う。「しかし、この問題は癌と診断されたら直ちに議論すべきなのです」。

Elissa Bantug氏は2005年に乳癌と診断された時、23歳であった。すでに子供が一人いたが、もっと子供を欲しいと思っていた。彼女を診察した医師らは、治療が生殖能に及ぼす影響についての彼女の質問には取り合わなかった。「ある癌専門医は“Elissa、あなたは子供が欲しいの?それとも生きたいの?これからやろうとすることはそういうことなのよ。”と言いました」と、彼女は回想する。

Bantug氏の経験は、癌専門医が将来的な不妊のリスクを患者ほど重要視していないという調査結果を反映している。このような調査では、多くの癌専門医が生殖能の温存に関する十分な情報を得られていないと感じており、またこの問題について患者と話し合うことで、癌の診断ですでにストレスを受けている患者にさらなる重荷を負わせてしまうのではないかと心配していると回答した。

しかし調査結果によると、癌患者は不妊のリスクについて非常に心配しており、そのリスクを軽減する方法を知りたがっている。 「サバイバーシップ(癌治療後の生活)の質を保障するには、初期治療の計画過程で、患者の不安や将来に対する願望について、十分な情報に基づいた対話をしなければいけません」とNCI癌サバイバーシップ・オフィスの責任者であるDr. Julia Rowland氏は述べた。「それに、癌治療が完了するまでに妊孕性に関する話し合いをしなければ、生殖機能温存を選択するには遅すぎる場合が多いのです」。

情報収集のオプション

生物学上の子供を持つ能力を温存するという癌患者の選択は、患者の性別、年齢、癌の種類、治療の種類など多くの要素に左右される。多くの温存術はまだ試験的なものである。すでに確立されていて有効とされる方法は、男性患者では精子の凍結保存、女性患者では胎芽(受精卵)の凍結保存の2つだけである。

選択肢が既に確立されていようと試験的であろうと、多くの場合費用がかかり、医療保険でカバーされないことが多い。さらに、これらの温存法は癌治療前か治療中に実施されなければならない。癌と診断されたばかりの患者には、生殖機能温存を追及するか、もしそうならどの手段が自分にとって最適かなどを決断するための時間がごくわずかしかないことが多い。

NCIが支援する研究者らは、妊孕性温存の選択肢に迷っている患者を手助けするため、インターネット上での意思決定支援を開発している。ここでは、癌が生殖能力に及ぼす影響についての情報提供や、各種の生殖機能の温存方法についてのメリットとデメリットを説明しており、これによって患者が自分の価値観を明確にし、違和感のない選択ができるようサポートする。

「これは難しい意思決定です」とプロヴィデンスのブラウン大学およびロードアイランド病院で、乳癌の女性のための妊孕性温存の意思決定支援を開発中のDr. Christine M. Duffy氏は言う。「間違いなく最善だと思えるような選択はなかなかできません。これは、患者の価値観や患者にとって子供を持つことがどれほど重要か、あるいは試練を乗り越える意志の強さに左右されるのです」。

これらの要因は、ヒューストンのテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターのDr. Leslie R. Schover氏がパイロットテストを行った精子バンクの意思決定支援ツールに組み込まれている。この意思決定支援ツールは、患者や家族、医療従事者向けの、精子バンクに関する総合的な教育ツールの一環である。

Schover氏によると、一度も子供を持てないことを悲しいと思うかどうか、また精子提供による人工授精で生まれた子供を家族が受け入れられるかどうかなどの質問を通して、患者は過去に考えたことがなかったことを検討することになる。パイロットテストでは、意思決定支援を利用した患者は、利用しなかった患者と比べて精子バンクについて下した決断による葛藤が少なかった。

癌サバイバーの生殖機能温存に関する情報源 癌と生殖コンソーシアム(Oncofertility Consortium) 米国国立衛生研究所(NIH)が支援する学際的リサーチ・コンソーシアム。若年癌患者の保健、疾病、サバイバーシップ、生殖機能温存について研究している。 MyOncofertility.org 上記Oncofertility Consortiumが提供する患者のための学習情報。 Fertile Hope ランス・アームストロング基金と提携している非営利組織。不妊のリスクがある癌患者および癌サバイバーへの情報およびサポート提供を行う。 米国臨床腫瘍学会American Society of Clinical Oncology 癌治療を受けた患者の生殖機能温存における提言を行う。

予想に反する結果

Patrick McArthur氏は、癌発病時に、生殖能に関する情報を得て慎重に考慮した上で意思決定することの利点を証言する。2005年に25歳で局所進行性のリンパ芽球性リンパ腫(NHLの一種)と診断され、治療が生殖能に与えうる影響や、精子の凍結保存という選択肢について看護師から助言を受けた。「私は、すぐにその保険証書が必要だとわかりました」と彼は言った。

テキサス州サンアントニオの弁護士である同氏は現在、2010年に自然妊娠で授かった女児の父親である。「妻と私は、失敗しても精子バンクという後ろ盾があるとわかっていたので、自然妊娠に挑みました」と彼は言う。

Bantug氏は乳癌の早期診断の4年後(2007年の乳癌再発の治療後)、夫と不妊治療専門医を訪ね、妊娠が可能かどうか聞いた。「医師には、妊娠は非常に難しいと言われました」と彼女は回想する。しかし、予想に反して彼女はすぐに妊娠した。2010年10月、彼女の娘は1歳になった。Bantug氏は現在、ボルティモアのジョンズホプキンス大学シドニー・キンメル総合がんセンターで、乳癌サバイバーシッププログラムのプロジェクト・コーディネーターをしている。

NCIの癌制御・人口学部門のプログラム責任者のArora氏は現在、来月6歳になる女児の父親である。「集中的化学療法の毒性に関する私の知識からすると、娘が生まれたのは奇跡だと思います」と彼は言う。

生殖機能温存の意思決定や、若年サバイバーに関する他の分野における課題を取り上げられるようにするため、NCIはランス・アームストロング基金の支援を受けてAdolescent and Young Adult Health Outcomes and Patient Experience (思春期および若年成人の健康アウトカムと患者の体験:AYA HOPE) 研究を後援している。SEER癌登録によって特定された若年サバイバーの集団ベースのコホート研究で得られたデータが、近く公開される予定である。

癌サバイバーの子供たちの生存転帰 癌サバイバーは子供を持つことを強く望むかもしれないが、それと同時に、癌の治療により次世代に出生異常や遺伝的異常などの健康問題が表れるのではないかという不安も抱えている。 しかしこれまでの調査結果では、小児癌のサバイバーから生まれた乳児は早産や低出生体重のリスクがより高いとされるが、出生異常や遺伝性疾患、染色体異常を発現する可能性は他の子供と変わらない。

— Eleanor Mayfield

子供たちのための生殖能温存の新しい選択肢
思春期に達する前に癌と診断された子供たちは、現在、癌を克服できる確率が非常に高い。しかし子供たちの命を救う癌治療が、彼ら自身が子供を持つ能力を損なう可能性もある。今、このような子供たちのための標準的な生殖能温存のための選択肢はない。 青年期の少年や若い男性は、精子バンクに精子を凍結保存するという選択ができる。しかし、もっと幼い少年らは、精巣組織にいずれ精子を形成する未熟細胞がある段階で、まだ精子を形成できない。 思春期前の少女の卵巣にあるのはまだ受精できない未成熟卵、あるいは卵胞であるため、卵子凍結(急速に発展しているがまだ試験的な、思春期の少女や若年女性のための生殖能温存の選択肢)は、それより年少の少女には実施することができない。Dr. Jill Ginsberg氏率いるフィラデルフィア小児病院の研究者らは、思春期前の少年のための妊孕性温存の選択肢としての精巣組織バンクについて研究している。彼らは患者の片方の精巣から組織の小片を取り出し、生検を行った。標本の半分は患者が将来使えるように凍結された。残りの半分は、ペンシルバニア大学獣医学部のDr. Ralph Brinster氏の研究室へ送られた。Brinster氏は、培養した精子幹細胞を雄ラットに再移植し、その生殖機能を回復する技術の開発に成功している。Brinster氏は現在、この技術をヒトの精子幹細胞に応用しようと試みている。 これまで23人の少年に対して生検が実施されており、「ほとんどの場合、思春期前の少年の両親は、保存された組織が将来息子のために確実に役立つかかどうかわからないにもかかわらず、この手順に同意しチャンスを与えられたことに感謝しています」とGinsberg氏は言う。 NIHが資金援助する Oncofertility Consortiumに参加している9施設は、実験プロトコルで思春期前の少女たちに卵巣組織バンクのサービスを提供している。患者の片方の卵巣(卵巣切片)を取り出し、精巣組織バンクの研究と同様に、将来患者が使う可能性に備えて標本の大半を凍結した。一方、残りの部分は、移植やin vitroでの卵胞成熟に備えて、卵巣組織を凍結・解凍する技術を最適化するための研究で使用された。 「in vitroでの 卵胞成熟の技術はまだ試験段階ですが、癌を発病した若年女性や少女たちの妊孕性温存における重要な新しい選択肢となるかもしれません」とOncofertility Consortiumの責任者であるDr. Teresa Woodruff氏は述べた。

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山本 容子 訳
井上 進常(小児腫瘍科/首都医校教員)監修
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