膠芽腫について解き明かす

—NIH神経腫瘍科Mark Gilbert医師とTerri Armstrong医師に聞く—

Mark Gilbert医師は、NCIがん研究センターのNIH神経腫瘍部会(NOB)の上級研究員、同部会チーフ、Terri Armstrong医師は、NOB患者アウトカムプログラムの上級研究員です。NOBは、NCIと米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)の共同プログラムです。

ジョン・マケイン上院議員が膠芽腫と診断されたことが最近ニュースになりましたが、私たちは、膠芽腫について、そしてこのがんの理解と治療の進展に向けてNCI研究者らが進めている研究について、Gilbert医師とArmstrong医師に話を聞きました。

膠芽腫とは?

Gilbert医師: 膠芽腫は、脳腫瘍である星細胞腫の一種です。星細胞腫は、その形状から星状細胞と呼ばれる細胞の腫瘍です。成人の脳腫瘍の中で最も多くみられるもので、悪性脳腫瘍の35~40%を占めます。

米国では毎年約14,000人が膠芽腫と診断されます。それらは原発性腫瘍であり、からだの他の部位のがんが脳に転移するのではなく、脳で発生します。このタイプの脳腫瘍は、一般的に悪性度が高いのですが、脳以外の部位に転移することはほとんどありません。

この疾患は、活動的な人や健康な人に発現し、男性により多くみられる傾向があります。症状としては、頭痛、記憶障害、からだの片側の筋力低下、思考と会話の困難、眠気、吐き気、嘔吐、発作などがあります。症状の発症は突然かつ急性であることがありますが、患者によっては、言語や集中力の障害、からだの片側の協調運動や力などに徐々に変化が現れる場合もあります。

膠芽腫と診断された人々の予後は?

Gilbert医師: 膠芽腫はからだの他の部位には転移しませんが、脳内では急速に増殖する、悪性度が非常に高いグレードIVのがんで、予後は不良です。

私たちは治療法を見いだすに至っていませんが、生存は徐々に向上しています。生存期間の中央値は1990年代半ばではわずか8~10カ月でしたが、現在ではほぼ2倍の15~18カ月にまで延びています。さらに、1990年代半ばには、膠芽腫の診断後5年間生存した患者はほぼゼロでしたが、現在では患者の15%が5年間生存しています。

膠芽腫の危険因子は?

Gilbert医師: 今のところ、膠芽腫の原因は不明で、危険因子もほとんどわかっていません。中枢神経系または頭部に放射線照射を受けたことがあると、膠芽腫の生涯リスクが上昇することだけはわかっています。一方、花粉症などの季節性アレルギーには、予防効果があるかもしれません。その予防効果は免疫系機能の亢進によるのではないかと考えられています。

現在、膠芽腫に有効な治療法にはどのようなものがありますか?

Gilbert医師: 画像診断または症状発現から数日以内の外科手術で腫瘍をできる限り多く切除することが、大半の膠芽腫患者に対する一次治療です。手術で除去できなかった悪性細胞に対して、患者は手術後、通常、6週間で30回に分割した放射線照射を受けるとともに、化学療法薬テモゾロミド(商品名:テモダール)を毎日服用することになります。

残念ながら、たとえ目に見える腫瘍のすべて手術で取り除くことができたとしても、腫瘍の増殖が遅れるだけで、がんが治癒することはほとんどありません。なぜなら、顕微鏡でしか見えない腫瘍が手術後も残っているからです。

Armstrong医師: 70歳以上の膠芽腫患者の治療は、若年患者の治療と比べて標準化が進んでいませんでした。化学療法により重篤な副作用が生じる可能性への懸念から、大抵の場合、手術後の短期間放射線照射が唯一受けられる治療でした。

しかし、昨年、高齢患者(65歳以上)の膠芽腫に関するカナダの極めて重要な研究が、医師から治療困難と思われていた患者さんに新たな希望をもたらしました。この研究では、放射線治療とテモゾロミドの併用療法を受けた高齢患者は、治療に十分に耐えられただけでなく、全生存期間も改善したことが判明しました。この併用療法は現在では、高齢の膠芽腫患者に適用できる可能性のある治療法として認識されています。

なぜ膠芽腫はそれほどまで治療が難しいのですか?

Gilbert医師: 概して脳腫瘍の治療には課題が数多くあります。血液脳関門が、治療に立ちはだかる最大の難関です。薬剤送達という課題に直結するためです。通常、この血液脳関門は、からだの設計において優れた特徴であり、血流中を循環する可能性のあるウイルスや毒素などの脅威から脳を保護する「セキュリティシステム」です。

不都合な点として、それは脳腫瘍へのがん治療薬送達も妨げることがあるため、脳腫瘍に対して有効な治療の選択肢が限定されてしまうのです。分子量が非常に小さいか脂溶性の薬剤、あるいは、脳の血管壁にあるタンパク質に結合して運ばれる薬剤だけが、血液脳関門を通過して脳に到達することができます。この関門を通過し、脳内の特定の標的に到達させる方法の発見に向けて研究が進行中です。

私たちが直面しているもう一つの治療上の課題は、膠芽腫細胞の顕微鏡レベル、遺伝子レベルの異質性です。目に見える腫瘍細胞を標的として死滅させることは可能かもしれませんが、腫瘍内にある他の種類の細胞集団は治療に抵抗性があり、増殖し続けます。このため、治療は概して長期的成果を上げることがありません。

Armstrong医師: 膠芽腫は、増殖が非常に速い脳腫瘍です。進行するにつれて、原発部位からクモの巣状に広がる浸潤性腫瘍になります。

腫瘍の部位によっては、必ずしも手術で完全に除去できるわけではありません。脳手術の場合、他の固形腫瘍のように組織を余分に切除するということは許されません。それによって患者の神経機能や認知機能に弊害が出るおそれがあるからです。患者に害を及ぼしたり、重大な症状を引き起こしたりしない範囲で、できるだけ多くの腫瘍を除去するという最も安全な切除が、しばしば目標とされます。その結果、外科手術で膠芽腫が治癒することはめったにありません。

Gilbert医師: 頭蓋骨が固定された殻であることも、膠芽腫を治療する上で問題となります。がん治療薬は細胞組織を膨張させる可能性があります。たとえば、肝臓がんの治療では、肝臓が腹腔内で膨張することがあります。しかし、脳の場合、硬い頭蓋骨があるため、脳が膨張する余地はありません。脳の腫れを引き起こす可能性のある治療薬の使用は慎重を期さなければならないため、私たちが随意に使える治療法は限られてきます。

最先端の免疫療法は、いくつかのがん種において有望であることがわかっていますが、膠芽腫についてはまだ評価の途中です。脳は、部分的に免疫特権と呼ばれる部位です。なぜなら、からだの他の部分ほど強力な免疫システムがないからです。脳腫瘍に対する免疫反応は概して弱く、脳腫瘍は免疫システムを阻害するタンパク質を生成したり、免疫システムを抑制する細胞を刺激することによって、すでに限定的な免疫反応を回避する傾向があります。

それでも、いくつかの研究では、からだの他の部位からの免疫細胞が招集されて脳腫瘍を撃退することがあるとの結果が示されています。ただし、その過程はまだ十分には解明されていません。膠芽腫の免疫療法がいずれは可能になると思いますが、すぐに利用可能な治療法とはならないでしょう。

適切な免疫療法を開発するには、脳の免疫系メカニズムの理解を深めるとともに、実証済みの免疫療法の最適化に関する研究を広範囲にわたって進めることが必要でしょう。

膠芽腫に対して、どんな新規治療法の研究が進められていますか?

Gilbert医師: 臨床試験で研究が進められている膠芽腫の治療法は主に2種類で、一つは免疫療法、もう一つは、がん細胞の増殖を制御すると考えられる特定のシグナル伝達経路を標的とする薬剤です。

研究中の免疫療法の中には、樹状細胞ワクチンがあります。これらの治療薬は、患者自身の未熟免疫細胞から作られます。患者から採取した未熟な免疫細胞を樹状細胞に成熟させるのですが、樹状細胞とは体内の免疫反応を促進する細胞です。

次に、この樹状細胞を人工的に改変して、特異的抗原、すなわち、正常な星状細胞ではなく膠芽腫腫瘍細胞が産生するタンパク質を標的とするようにします。樹状細胞は患者に投与されると、インフルエンザワクチンを接種したときと同様に、体内で腫瘍特異的免疫反応を引き起こします。こうしたワクチンの臨床試験でこれまで対象となった患者数はごく少数でしたが、いくつかの研究では、ワクチンによって進行膠芽腫の生存期間を改善できる可能性が示唆されています。ただし、これらの結果は予備段階であり、さらなる試験が必要です。

CAR‐T細胞療法は、膠芽腫に適用可能な治療として試験が行われているもう一つの免疫療法です。CAR‐T細胞療法でも患者の免疫細胞(この場合、T細胞)を取り出し、膠芽腫細胞によって過剰発現する特定のタンパク質に結合するように人工的に改変してから、このT細胞を患者の体内に戻します。これは、メラノーマ(悪性黒色腫)や白血病の一部の患者において治療の成功が証明されている方法です。

別の免疫系アプローチでは、腫瘍が免疫反応を弱めるのを防ぐよう開発されたチェックポイント阻害剤を使用します。現在、膠芽腫患者を対象とした臨床試験で多数のチェックポイント阻害剤が検討されています。

膠芽腫の臨床試験の中には、他の療法と併用するチェックポイント阻害剤を検討しているものもあります。例えば、私たちがNCIで行っている臨床試験では、放射線治療、テモゾロミド、患者自身の腫瘍細胞から作成した個別化治療ワクチンと、チェックポイント阻害剤ペムブロリズマブ(商品名:キートルーダ)との併用を検討しています。ワクチン注射後にがんに対する免疫反応が起こることが期待されます。ペムブロリズマブの同時投与は、理論的には、がんが免疫反応を鈍らせるのを防ぐはずです。

また、新技術として、脳腫瘍細胞の分子特性解析の進展と、脳腫瘍細胞増殖のモニター化に向けて開発が進められており、どちらも医師によるがんの診断と治療法の特定の改善に役立ちます。実現の兆しがある新技術としては、腫瘍の増殖と代謝に関連するバイオマーカーの特定と視覚化を可能にする新規画像技術があります。このようなツールがあれば、治療が奏効しているかどうかを迅速に評価できるようになるため、非常に有益です。

一層の進展が求められている最重要分野として、他にはどんな分野がありますか?

Armstrong医師: もちろん、研究の最重点事項は、より正確にがんに的を絞ることでした。しかし、患者と介護者が歩む道のりは十分に重視されていなかったと私たちは考えます。

膠芽腫は、家族全員に影響を及ぼすことが多い疾患です。診断を受けた人の80%から90%は、病気がもたらす神経的・認知的影響のために仕事や日常生活への復帰が難しく、家族や親しい友人の助けに大きく頼らなければなりません。

患者が臨床試験に登録された場合、腫瘍に対する治療の有効性を評価するだけでなく、病気や治療が患者と家族に与える影響を全体的に把握することも非常に重要です。生存は時間の長さだけではなく、生活の質も大切です。

私たちの研究において患者の転帰を重視する傾向が高まっています。つまり、私たちが研究対象とするのは、患者の気持ちや身体的機能、症状や副作用、それらに対処する最良の方法、患者の家族が直面する問題です。

Gilbert医師: 私たちは研究において患者、家族、医療従事者とのパートナーシップを深めることによって、この病気に対処する患者にとって最良の生活の質を保証できるようになることを目指しています。

膠芽腫の研究において、どんなことが将来有望ですか?

Gilbert医師: このタイプの脳腫瘍に対する新規治療法の開発に向けて世界中が取り組んでいるにもかかわらず、これまでのところ生存について評価できるほどの進展はありません。これは明らかに、必要性が満たされていない分野であり、膠芽腫患者のために一層努力しなければなりません。

私たちは、最も効果的で毒性の少ない治療法を追究して、さまざまな選択肢とその組み合わせを検討しており、そのうちのいくつかは有望であることがわかっています。しかし、私たちがより迅速に解答を見つけられるためには、より多くの膠芽腫患者の試験参加を促すことが重要です。

これまでの転帰の改善はわずかでゆっくりでしたが、研究努力を継続してゆけば、より効果的で毒性の低い治療法を発見し、この病気に対して前進するであろうと前向きに捉えています。

翻訳担当者 山田登志子

監修 西川 亮(脳腫瘍/埼玉医科大学国際医療センター)

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