コロナで低迷していたがん研究が勢いを取り戻すーコロナ回復後のがん患者には注意が必要

【欧州臨床腫瘍学会(ESMO) 2021 プレスリリース】

・ESMO Congress 2021では診療を一変するような研究結果が発表される予定であり、腫瘍学界がパンデミック(世界的流行)による後退期を脱し、その歩みを再開したことを証明する

・これまで以上にがんの発生率・死亡率の上昇が予想されており、がん患者の治療を今後も優先すべきであることが研究から見受けられる

・ESMOは世界中の患者に最良のがん治療を届けることを目的としたInternational Cancer Foundationを設立する

ESMO Congress 2021冒頭の記者会見にて、本会の理事長であるSolange Peters氏は、腫瘍内科学の専門家学会を代表する欧州臨床腫瘍学会(ESMO)がInternational Cancer Foundation(ICF)を設立する旨を発表した。ICFは、必要とされるすべての国でがんの予防、診断、治療、経過観察を強化する活動に対し支援を行うことを使命とし、世界中のがん患者一人ひとりに最良の治療を届けることで患者の命を救うことを究極の目標に掲げる。

Peters氏は「免疫療法は多くの疾患に有効であることが示されており、がんゲノム医療の分野では新薬が登場しつつあります。その一方で、ESMOに会す私たちは国際機関として、世界的な観点から突破口であるこうした治療を果たしてどれだけの患者さんが受けられるのかについて、現実的にならざるを得ません。そうでなければ、がん研究や治療の最前線で活躍できるよう、私たちが専門家の皆さんに絶えず学ぶ機会を提供したところで、一部の患者さんが置き去りにされてしまうことになります」と話したうえで、新設する財団では、アフリカ、アジア、ラテンアメリカの資源の乏しい地域において、腫瘍専門医のトレーニングを実践的に支援するとともに、フェローシップ、各国の研究プロジェクト、患者のためのリソース、予防キャンペーン、がんに関する一般教育などを資金面で援助する予定だと述べる。

このことは、公式開催を1週間後に控え、世界中からの参加者がすでに1万9000人を超えるESMO Congressのなかで発表される。「がんに関心のある人々を結び、つながりを深める(Connecting and engaging those who care about cancer)」という本会のキャッチフレーズは、2年連続バーチャル開催となる年一度の待ちに待った行事にふさわしく、すべてのがん治療に携わる人々にとって見逃せないものである。と同時に、今年ESMO CongressはCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)パンデミック下で2度目の開催を迎える。

ESMO Congress 2021には、乳がん、子宮頸がん、悪性黒色腫、前立腺がん、大腸がん、食道がん、内分泌がん、肺がんに関する画期的な研究が相次いで寄せられ、COVID-19の集団感染のため、一時その歩みを止めざるを得なかったがん研究が勢いを取り戻したことをはっきりと証明してみせる。「人々や医療制度のみならず、がん研究もまたパンデミックの影響を驚くほど受けました」とESMOの広報担当者であるAntonio Passaro博士は話す。「それでも今年は、抄録数や診療を変えるような研究結果の応募数が増えており、がん研究は再び盛り上がりをみせています。最終的に今年は70件近いLate Breaking Abstract最新研究の抄録)を含む2000件以上の試験が発表されました」。

同氏はまた「パンデミックは研究のみならず、患者さんの治療計画にも混乱を来たしています」と話す。「健康がこうして危機にさらされるなか、この分野においても、腫瘍学界ががん患者さんを守るという正しい方向に向かい取り組んできたこと、そしてこれからもその取り組みを継続していくことが新しいデータからみてとれます」。

まもなく始まるCongressで発表されるある研究 (1) では、COVID-19感染を生き延びたがん患者のうち感染による後遺症を有する割合、および、COVID-19回復後のがん治療再開までの影響を調査している。この研究では、OnCOVIDレジストリを用いて、欧州にある医療機関35施設の2020年2月から2021年2月までに登録された患者約2795人のデータを収集した。解析には、そのデータに基づき、COVID-19回復後に臨床評価を再度実施した1557人が含まれる。SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)感染を生き延びたがん患者の15%以上が感染による後遺症を経験しており、息切れや慢性咳嗽などの呼吸器症状(50%)および慢性疲労(41%)が最も多くみられた。男性の方が女性よりも後遺症を来す可能性が有意に高く、また65歳以上、複数の併存疾患がある、喫煙歴のある患者でもそれぞれ高かった。

本研究の著者であるAlessio Cortellini博士(Hammersmith Hospital and Imperial College London、英国)は「がん患者さんのなかで後遺症の発症頻度が最も高いのは、COVID-19の重症化を経験した患者さんであることから、この点でもCOVID-19に対するワクチン接種キャンペーンの効果が期待できます」と言う。

また、同氏はCOVID-19がもたらす後遺症を予防、早期発見、治療することは、がん治療を今後も支障なく継続していくための重要な行程になるとも話す。

Passaro氏は「この結果から、がん患者さんの治療を今後も優先することが必要であると確認することができました。これはCOVID-19集団感染の発生以来、ESMOが掲げる最重要目標のひとつです」と強調する。「パンデミックとの闘いに各種医療体制から策が投じられるなか、なにより大切なのは、将来に向けてしかるべき医療政策を策定するため、がんの発生率と死亡率の推移について研究や理解を怠らないことです」。

これに関しては、別の研究 (2) で説明されている。この研究では、EUおよびEFTA加盟国 (3) を対象としたがん疾病負担の最新推定値とEurostat(EU統計局)発表の今後数十年間の最新の人口推計値を併せて用い、欧州全体の長期的ながん発生率と死亡率を年齢、性別、国、がんの部位別に予測している。結果として、2040年には、新たながん発生数は5分の1(21%)以上増加し340万例に、がんによる死亡数は130万例(2020年)から170万例に達する可能性が示されている。

本研究の著者であるManola Bettio博士(European Commission, Join Research Centre、イタリア)は「私たちは、出生率、死亡率、移動率でみた人口動態の変化が、時間の経過とともに年齢別人口ピラミッドにどのように影響し、また同様に2040年のがん発生数にどのような影響を及ぼすかを評価しました」と話す。「この研究で得られた結果は国際的に比較が可能です。比較することで差が浮き彫りになり、国内外での不均衡を埋める手段をみつけることができます。欧州全体のがんによる将来の疾病負担を軽減するために、まず行うことができる最も簡単な方法は予防です。社会的・経済的発展に伴い生じる環境や生活習慣上の危険因子になるべく曝露しないようにすることで、がんの約40%が予防できるのですから、これは喜ばしいことです」。

5日間にわたるこのESMO Congressで明らかになる研究結果は、がん研究の成果を示す証拠であり、ESMO 2021学術共同 の議長であるPasi Jänne教授は、このことが、現在がんを患う人々または今後がんに向き合わざるを得ない人々にとって明るい見通しを示すものだとする。また同氏は「今年発表される研究の多くは、現在の臨床診療に今後、変化と影響をもたらすことになるでしょう」と述べ、プレシジョン医療の急速な進歩について強調する。「最適な患者に最適な時期に最適な治療を提供すること。これは、今後もがん治療を進展させ、患者さんの転帰改善につなげるため、がん治療に携わる者として私たちが世界中で行う重要な戦略です」。

参考文献

  1. Abstract 1560O_PR ‘Prevalence and impact of COVID-19 sequelae on treatment pathways and survival of cancer patients who recovered from SARS-COV-2 infection’ will be presented by Alessio Cortellini during the Proffered Paper Session ‘SARS-CoV-2 and cancer’ on Tuesday 21 September 2021, 13:30 to 14:50 (CEST) on Channel 5. Annals of Oncology, Volume 32, 2021 Supplement 5
  2. Abstract 1501O_PR ‘Long-term estimates of cancer incidence and mortality for the EU and EFTA countries according to different demographic scenarios’ will be presented by Tadeusz Dyba during the Proffered Paper Session ‘Public policy’ on Monday 20 September 2021, 13:30 to 14:50 (CEST) on Channel 5. Annals of Oncology, Volume 32, 2021 Supplement 5
  3. European Free Trade Association (EFTA) member states: Iceland, Liechtenstein, Norway and Switzerland

翻訳担当者 伊藤美奈子

監修 野長瀬祥兼(腫瘍内科/市立岸和田市民病院)

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原文掲載日 

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