乳癌は「事実上10種類の疾患である」


英国医療サービス(NHS) 
2012年4月19日

Daily Mail紙に「乳癌は事実上10種類に分類できる」という報告が本日付で掲載された。同紙によると、「ランドマーク」研究で英国の最も一般的な癌が再分類された。これは「画期的な研究」であり、乳癌の治療方法が根本的に変わる可能性がある。

本研究中、乳癌と診断された女性から過去10年間に渡って採取した乳癌腫瘍の2,000個の凍結検体について遺伝的特性を分析した。この分析から、共通の遺伝的特性に従って乳癌を10種に分類できることが判明した。これらのサブタイプは、患者の異なる転帰と関連した。

 乳癌には10種類のサブタイプがあることが示唆された

本大規模研究では、乳癌がさまざまな予後を伴う10種の新しいサブタイプに分類できることが示された。この研究は、乳癌の遺伝的基礎を理解するうえで非常に役立ち、また現時点で、ある腫瘍では治療効果が高いけれども他の腫瘍では効果が認められないことを説明する理由となりうる。将来、医師がこの情報を利用して各乳癌患者の予後を予測し、それぞれに治療を調整することが可能となるであろう。しかし、この研究結果が現在の乳癌女性の治療方法に影響を与えないことに留意するべきである。研究者が認識しているように、これらの結果が臨床に影響を与える前にさらなる研究を実施し、各サブタイプに分類された腫瘍がどのように振る舞うのか、またそれらが反応しうる治療は何かについて理解する必要がある。 

キャンサーリサーチUKのCarlos Caldas教授は、「われわれは基本的に、顕微鏡下での乳癌の見え方を知るところから、その分子解剖を示すところまで進歩した。最終的には、いずれの薬剤が有効であるかわかるであろう。」と述べる。

 記事の根拠

本記事は、2,000を超える乳癌腫瘍の遺伝子構造および遺伝的活性を分析した臨床研究に基づいている。腫瘍の遺伝子構造を理解することが重要な理由は、腫瘍が特定の薬剤に対して抵抗性または感受性を示すかについて、また腫瘍の体内挙動について、遺伝的特性が影響するためである。本研究の目的は、腫瘍の遺伝的特性が臨床転帰に従って分類および適合できるかどうかを検証することであった。

この研究は、各新聞に「画期的な」研究として大々的に取り上げられ、本研究の公表に伴うオンライン版の報道発表から見出しが付けられた。Guardian紙の見出し―「乳癌治療の前進」―は誤解を招く。なぜならば、乳癌の治療を新しいサブタイプごとに調整できるかどうか、およびその方法が明らかになるまで数年を要するからである。同様に、Daily Mirror紙の見出しでは、乳癌患者にとっての「新しい希望」と記載されているが、現在乳癌に罹患している女性に対して誤った期待を抱かせる可能性がある。

また、いくつかのマスコミ報道の論調は、効果的な乳癌治療における現在の困難を示唆していることから、乳癌女性を不安にさせるかもしれない。このことは必ずしも問題となるわけではない。なぜならば、全般的に乳癌は最も転帰の良い癌の1つであるためである。乳癌と診断された女性の80%以上が5年後も生存しており、生存率は改善され続けている。もちろん、乳癌との戦いにおいてさらなる研究が必要であるが、近年、乳癌の治療が大幅に改善され、現在診断を受けている女性には長期間生存できる可能性があることを念頭に置くべきである。

 記事の発信源

本研究は、ケンブリッジ大学キャンサーリサーチUK、カナダのコロンビア大学および世界中の他の研究施設の研究員によって実施され、キャンサーリサーチUK、ブリティッシュ・コロンビア州がん基金およびカナディアン乳癌基金による資金提供を受けた。また、研究結果は論文審査のある科学情報誌Natureに掲載された。

研究対象

UKおよびカナダの腫瘍バンクに凍結保存されていた2,000を超える原発性乳癌から検体を採取した(原発性とは、体内の他の部位から転移したものではなく乳房組織から発生したものを示す)。また、これらの腫瘍を有する患者の転帰に関する情報も収集した。最初に、997の腫瘍(「発見群」)の遺伝的特性を分析し、その後、さらに995の腫瘍(「検証群」)を分析した。後者は、最初の結果が再現できるかどうかを検証するために使用した。また、正常な(非癌性)乳房組織の617の検体を分析して腫瘍検体と比較した。

その後、腫瘍におけるDNAの変異に注目し、これらの腫瘍における遺伝子活性と関連づけた。さらに、同様の遺伝子変異および遺伝子活性パターンを共有する腫瘍に基づいてサブタイプに分類できるかどうか、これらのサブタイプには異なる臨床転帰が認められるかどうかを検証した。

研究結果

997の乳癌の「発見」群から得た情報を用いて、共通の遺伝的特性における類似性に基づいて腫瘍を10種のサブタイプに分類できた。異なる種類の腫瘍を有する女性がどの程度乳癌で死亡する可能性が高いかを含め、異なるサブタイプには異なる臨床転帰が伴うことを見出した。995の腫瘍からなる2番目の「検証」群を分析したところ、同様の結果が得られた。

また広範な分析の一部として、腫瘍増殖の促進に関与する可能性のあるいくつかの遺伝子を腫瘍内で特定した。これらの遺伝子の多くは、これまで完全には研究されてはいなかった。

研究者によると、今回の結果によって遺伝的特性に基づいて乳癌をサブタイプに分類する新しい方法が示される。代表著者の1人であるキャンサーリサーチUKのCaldas教授は付随の報道発表にて以下のように述べている。

「われわれの結果によって、現在考えられるよりもはるかに正確な方法で、女性の罹患している乳癌の種類、効果のある薬剤の種類、効果のない薬剤の種類を医師が今後判断するうえで道が開かれるであろう。このことは、現在ではかなり画一的に診断および治療がなされているものの、将来は腫瘍の遺伝的特性を標的とした治療が受けられることを意味する。」

Caldas教授はまた、腫瘍遺伝子に種々の変異がみられることは乳癌を種々の疾患の包括的用語と考えるべきであることを意味していると述べる。

本研究に基づいて乳癌の治療方法が変わる可能性

新しい本研究では、乳癌の遺伝的挙動について大幅かつ完全な知見が得られ、異なる長期的転帰を伴う癌のサブタイプを特定した。この新しい知見は、乳癌の遺伝的基礎および治療効果が患者ごとに異なる理由を理解するうえで非常に役立つ。

しかし、本研究の結果は乳癌研究にとって非常に役立つものの、現在通常の乳癌治療を受けている女性の治療方針に影響を与えない。この理由は、過去の癌検体において遺伝子が腫瘍のサブタイプをどのように統制するかについて、その表面のみが明らかになっただけであるからである。どのような種類の遺伝子の組み合わせが生きているヒトの腫瘍に存在するか、またどのように治療に反応するかなどについて研究する必要がある。

将来、医師がこの情報を臨床で使用して癌治療を個別化することが可能となり、その際、腫瘍の遺伝子型を判定してそれに従って治療を調整できるようになるであろう。しかし、これが現実となるにはさらなる研究が必要である。研究者が認識しているように、さらに研究を行って、各サブタイプに分類された腫瘍がどのように挙動するか、またそれらの腫瘍は異なる治療に対してどのように反応するかについて理解する必要がある。BBCが伝えているように、キャンサーリサーチUKは乳癌治療の臨床試験において新しいサブタイプを適用しようとしている。

 ———–[囲み記事]————
癌治療の個別化 癌研究の最先端の1分野は「個別化治療」への進展であり、その際医師は腫瘍の特徴的な遺伝子に着目し、腫瘍の脆弱性を利点に取ることを目的とした個別化した治療計画を作成する。例えば、乳癌が第一選択薬に抵抗性を示しうる遺伝子を有する場合、その腫瘍が遺伝子的に抵抗性を示さない薬剤を医師は代わりに選択するであろう。
  研究者がこの問題を探求しているのは乳癌の分野に限らない。あらゆる種類の癌がこの方法で分析されている。今年の3月、癌遺伝子に着目してそれらがどのように薬剤への反応を統括するかを検証した大規模な試験の結果が公表された。現在、この結果は患者の治療ではなく研究目的に使用されているが、大きな前進であることを示している。
—————————————

Links to the headlines
Breast cancer rules rewritten in ‘landmark’ study. BBC News, April 19 2012
Scientists hail revolutionary breast cancer breakthrough. The Independent, April 19 2012
Breast cancer treatment gets boost. The Guardian, April 19 2012
Landmark British study that could revolutionise breast cancer treatment: It turns out it’s actually TEN different diseases. Daily Mail, April 19 2012
New breast cancer findings could help doctors provide better treatment. Metro, April 19 2012
New hope for breast cancer patients as new studies show there are TEN types of the disease. Daily Mirror, April 19 2012
Breakthrough in breast cancer screening. The Daily Telegraph, April 19 2012

Links to the science
Curtis C, Shah SP, Chin SF et al. The genomic and transcriptomic architecture of 2,000 breast tumours reveals novel subgroups. Nature, Published online April 18 2012

翻訳担当者 仲里芳子

監修 原 文堅 (乳癌/四国がんセンター)

原文を見る

原文掲載日 

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

乳がんに関連する記事

HER2陰性進行乳がんにエンチノスタット+免疫療法薬が有望の画像

HER2陰性進行乳がんにエンチノスタット+免疫療法薬が有望

ジョンズホプキンス大学ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターの研究者らによる新たな研究によると、新規の3剤併用療法がHER2陰性進行乳がん患者において顕著な奏効を示した。この治療で...
英国、BRCA陽性の進行乳がんに初の標的薬タラゾパリブの画像

英国、BRCA陽性の進行乳がんに初の標的薬タラゾパリブ

キャンサーリサーチUKタラゾパリブ(販売名:ターゼナ(Talzenna))が、英国国立医療技術評価機構(NICE)による推奨を受け、国民保健サービス(NHS)がBRCA遺伝子変異による...
乳がん術後3年以降にマンモグラフィの頻度を減らせる可能性の画像

乳がん術後3年以降にマンモグラフィの頻度を減らせる可能性

米国がん学会(AACR)  サンアントニオ乳癌シンポジウム(SABCS)50歳以上で、初期乳がんの根治手術から3年経過後マンモグラフィを受ける頻度を段階的に減らした女性が、毎年マンモグ...
早期乳がんにリボシクリブとホルモン療法の併用は転帰を改善:SABCSの画像

早期乳がんにリボシクリブとホルモン療法の併用は転帰を改善:SABCS

MDアンダーソンがんセンターアブストラクト:GA03-03

Ribociclib[リボシクリブ](販売名:Kisqali[キスカリ])とホルモン療法の併用による標的治療は、再発リスクのあ...