自己増殖型mRNAがん治療ワクチンはHPV関連がんの治療に有望
米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ
10年以上にわたり、研究者らは、伝令RNA(mRNA)を利用するがん治療ワクチンを開発している。これらの治験ワクチンの一部はがん患者を対象に検証されているとはいえ、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けたものは未だ存在しない。
研究が進展するにつれて、mRNAの組成の変更などのこうしたワクチンの開発に向けた様々な手法が検証されている。しかし、異なる技術で製造されたmRNAがんワクチンを直接比較する研究はほとんど存在しない。
マウスを用いる新規研究(以下本研究)で、異なる技術で製造されたmRNAがんワクチンを直接比較した。研究者らは、子宮頸がんや一部の頭頸部がんなどのヒトパピローマウイルス(HPV)感染が引き起こすがんを治療するために設計された3種類のmRNAワクチン製剤を開発・比較した。
直接比較試験で、3種類の治験ワクチンはいずれもマウスのHPV関連がんを消失させることがわかった。
事実、3種類のワクチンのいずれかの1回接種により、マウスの腫瘍が消失したことをJamile Ramos da Silva博士(サン・パウロ大学)らはScience Translational Medicine誌3月3日号に発表した。ほとんどのマウスで、がんは再発しなかった。
HPV感染とその結果生じるがんを予防するワクチンは存在するが、こうしたワクチンは、既存のHPV感染が引き起こすがんを治療するものではない。また、HPV関連がんを発症した人には、より多くの治療選択肢が必要である。
これまでの研究で、mRNAワクチンがHPV関連がんに有効である可能性が示唆されている。また、こうしたワクチンの一部は、HPV関連がん患者を対象として評価を行っているところである。
こうした取り組みを基に、本研究では非複製型mRNAの配合が異なる2種類のワクチン(修飾mRNAを使用したものと、未修飾mRNAを使用したもの)を比較した。本研究における3つ目のワクチンは、自己増殖型mRNAワクチンであった。
各ワクチンは、gDE7という人工タンパク質を作るためのmRNAを供給する。こうしたワクチンを取り込む細胞は、このタンパク質を産生し、HPV-16由来タンパク質であるE7タンパク質を有する細胞を認識・攻撃するよう免疫系を訓練する。E7タンパク質は細胞内の他のタンパク質と相互作用して、がんの進行を促進する。
mRNAワクチンの種類 本研究では、以下の3種類の異なるmRNAワクチンを検証した。 ・「未修飾」非増殖型mRNAワクチン:gDE7タンパク質を産生するためのmRNAを含む。 ・「ヌクレオシド修飾」非増殖型mRNAワクチン:gDE7タンパク質を産生するためのmRNAを含むが、大量に翻訳され、免疫系から隠れる能力を向上させるよう改変されている。 ・「自己増殖型」mRNAワクチン:gDE7タンパク質を産生するためのmRNAを含み、細胞内で酵素(レプリカーゼ)を産生し、細胞にmRNAのコピーを多数産生させる。 |
gDE7タンパク質は、E7タンパク質と単純ヘルペス ウイルス1のタンパク質(糖タンパク質D)の複合体である。糖タンパク質DはE7タンパク質に対する免疫応答の増強を促す。
これら3種類のワクチンは、いずれも有効であっただけでなく、同じマウス モデルにおいて、DNAベースのgDE7ワクチンとgDE7タンパク質ベースのワクチンという他の2種類の治療ワクチンよりも優れていたと発表された。
「本研究から、3種類のmRNAワクチンすべてが、ヒトを対象とする将来の研究に使用できる可能性があることがわかりました」と本研究の共同筆頭研究者であるNorbert Pardi博士(ペンシルベニア大学ペレルマン医学大学院、mRNAワクチン研究者)は述べた。
mRNAワクチン戦略を比較する利点
COVID-19重症化予防にmRNAワクチンが有効であることから、研究者らや企業の間では、様々な種類のがん治療mRNAワクチンの開発に関心が高まっている。しかし、現在mRNAがん治療ワクチンの作製に用いられている主な手法を比較する研究は不十分であるとPardi氏は述べた。
John Schiller博士(NCIがん研究センター)は、本研究の研究者らを称賛した。Schiller氏の研究は予防用HPVワクチンの開発に貢献している。
「異なる戦略を正面から比較することは、常に素晴らしいことです。多くの研究者らは自分達の研究に集中しがちで、彼らの戦略が他の戦略ほど優れていないことを知りたくないのです」とSchiller氏は述べた。同氏は本研究には参加していない。
未修飾非増殖型mRNAワクチンでは、mRNAの構成単位であるヌクレオシドは改変されていない。修飾ヌクレオシド非増殖型mRNAワクチンでは、天然由来のヌクレオシドであるN1-メチルシュードウリジンにウリジンが置換されることで、mRNAが免疫系から逃れるのに役立つ。
自己増殖型mRNAワクチンには、gDE7を産生するためのmRNA、および、細胞小器官と相互作用してmRNAのオリジナル鎖のコピーを多数産生する細胞内酵素を産生するためのmRNAが含まれる。
「研究者らが自己増殖型mRNAワクチンを使い始めた理由は、少なくとも小規模動物実験では、極小用量のワクチン接種で非常に強力な免疫応答が誘導されることに気付いたためです」とPardi氏は述べた。
HPV関連がんには新規治療法が必要
Pardi氏は本研究を進めるにあたり、Luis Carlos Ferreira博士(サン・パウロ大学生物科学研究所所長)と連携した。同氏は、HPV関連がんマウスモデル研究において精通している。
Ramos Da Silva氏は、Pardi氏の研究室で1年間過ごし、3種類のmRNAワクチンの開発・作製に協力した。
研究者らが一部のHPV関連がんに注目した理由は、こうしたがんに対する現行の治療法が最適ではないためである。例えば、多くの子宮頸がんは、最初は標準治療に反応するが、ある時点で治療に反応しなくなることがよくあり、また、頻繁に再発する。また、多くの場合、HPVが原因で引き起こされる頭頸部がんでは、治療により外観が損なわれたり、衰弱してしまう可能性がある。
さらに、今後数十年の間にHPV関連がんと診断される人の多くは、予防ワクチンが利用可能になった時点でワクチン接種の推奨年齢を過ぎていた 、または、ワクチン接種を受ける機会がなかった可能性がある。
ワクチンによる免疫系に対する作用機序の研究
3種類のワクチンすべてでmRNAは脂質ナノ粒子に封入されるが、脂質ナノ粒子は保護膜を形成して、mRNAの細胞内への取り込みを促す。保護が必要な理由は、そうしないと、細胞外リボヌクレアーゼ(RNA分解酵素)がmRNA分子を分解してしまうためである。
本研究では、マウスにE7発現がん細胞を移植し、腫瘍を発生させた。次に、3種類のmRNAワクチンのいずれかを接種した。「どのワクチンも、マウスの初期および末期の腫瘍を消失させました」とPardi氏は述べた。
「3種類の新型ワクチンの1回接種の結果はめざましいものです。しかし、このマウス腫瘍モデルで有効だった他の手法がその後の臨床試験では同じように成功しなかったという事実により、私の希望的観測は弱まっています」とSchiller氏は述べた。
研究者らは、ワクチンがどのように免疫系を活性化させるかを解析した。3種類とも抗原特異的な免疫細胞であるCD8陽性T細胞を活性化して、腫瘍細胞を攻撃させた。CD8陽性T細胞は、感染細胞や異常細胞を殺傷する役割を担う主要な免疫細胞である。
腫瘍に対する免疫応答を活性化するワクチンの能力には「わずかな違い」が存在したと研究者らは指摘した。しかし、こうした違いがあっても、各ワクチンは奏効し、ほとんどのマウスでがん再発を防いだ。
「mRNAワクチンに対する免疫応答を捉えたからといって、そのワクチンがどの程度腫瘍を消失したかを推測できるわけではありません。腫瘍の消失につながる複雑な免疫応答の構成要素のすべてをまだ理解していません」とSchiller氏は警告した。
mRNAワクチンの臨床試験が現在進行中で、今後さらに増える見込み
本研究はHPV関連がんに対する治療戦略候補を正面から比較する価値を強調するものであるとSchiller氏は言い添えた。
Pardi氏は賛同した。Pardi氏らが2019年に研究に着手したときは、どの種類のmRNA治療ワクチンを追求すべきかは明確ではなかった。現在、Pardi氏らは3種類のmRNAワクチンすべてをヒトで検証することを望んでおり、現在臨床試験を計画中である。
一方、mRNAワクチンはHPV関連がん患者を対象として評価を行っているところである。例えば、1つ目の臨床試験は、進行した頭頸部がん患者を対象に、個別化mRNAワクチン+免疫チェックポイント阻害薬の併用療法を検証しているものである。このワクチンはmRNA-4157で、 Moderna社が製造している。
2つ目の臨床試験はHPV関連頭頸部がんに対する別のmRNAワクチンを評価しているもので、ワクチン製剤BNT113+免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブ(キイトルーダ)の併用療法を実施する予定である。BioNTech社は、この試験の実施責任組織である。
- 監訳 高光恵美(生化学、遺伝子解析)
- 翻訳担当者 渡邊 岳
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- 原文掲載日 2023年4月26日
【この翻訳は、米国国立がん研究所 (NCI) が正式に認めたものではなく、またNCI は翻訳に対していかなる承認も行いません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】"
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