がん臨床試験の変革で、より優れた結果をより早く

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

NCIには、初期段階の臨床試験から大規模な無作為化試験まで、臨床研究を支援する幅広いプログラムがあります。SWOG Cancer Research Networkの分析によると、NCIのNational Clinical Trials Network (NCTN) 内で実施された臨床試験により、米国では2020年までにがん患者の寿命が1420万生命年以上延びたと推定されています。

このQ&Aでは、NCI所長のMonica Bertagnolli医師とClinical and Translational Research副所長のJames H.Doroshow医師が、臨床試験の課題とその効果を高めるためにNCIがとっている重要なステップについて語ります。

なぜ、臨床試験はがん研究に重要なのでしょうか

Bertagnolli医師: 実に単純です。基礎的ながん生物学の試験を行っている研究者が、がん研究の継続によって得られた素晴らしい発見は、臨床試験なしでは患者さんの利益につながることはないでしょう。臨床試験によって、医療のあらゆる側面に関する多くの臨床的疑問に答えます。臨床試験によって、新しい治療方法が安全かどうか、そしてこの治療方法が効果的かどうか判断し、介入によってがんを予防できるかどうか、または進行がん患者さんの寿命を延ばせるか、あるいは患者さんの生活の質を改善できるかどうかを明らかにします。

残念ながら、古いモデルの臨床試験は、われわれの現在のニーズを満たしていません。NCIが2024年度年間計画および2024年度予算案で伝えているように、がんの臨床試験の拡大と近代化に多額の投資を行い、われわれの知るがんを終結させるために、がんの予防、発見、治療の方法を迅速に生み出す必要があります。

現代のがん臨床試験での主な課題は何でしょうか

Bertagnolli医師: 結論から言うと、参加者がまったく足りないのです。現在、臨床試験に参加しているのは、がん患者またはがんリスクをかかえる人のごく一部であるため、われわれが新たな治療を評価する可能性はかなり制限されています。実際、われわれの臨床試験では、2倍の参加者が必要です。このことは、何よりもまず解決しなければならない問題なのです。

Doroshow医師: COVID-19のパンデミックはこの問題を大きく悪化させました。パンデミックが始まった2020年には、臨床試験登録者数が大幅に落ち込みました。幸い、NCTNと企業がスポンサーとなった試験の登録は順調に回復しています。しかし、がんセンターや学外施設での研究者主導の試験では、いまだ登録者数が落ち込んでいます。たとえ、パンデミック前の水準に戻ったとしても、急速な進歩に必要な登録者数の水準には遠く及ばないでしょう。

Bertagnolli医師: 私たちの足かせとなっている最大の問題の一つは、全般的に見て、有色人種や地方に住む人々など、特定の人々を試験に参加させることができなかったことです。臨床試験に参加するために長距離を移動し、仕事を休まなければならない場合、多くの人にとって臨床試験は選択肢にならないでしょう。研究者として、われわれは彼らの地域に行かなければなりません。彼らがわれわれのところに来ることは期待できないのです。

もう一つの大きな問題は、登録基準が過度に制限されていることが多く、介入の有効性が証明された後に利益を得る可能性がある患者さんのうち、実際に組み入れ可能な患者さんはごくわずかです。私たちは、がん患者さんやがんのリスクを抱えるすべての人が、多様な背景を持つ人を含めて、実際に試験に参加する機会を得られるようにする必要があります。その結果、あらゆる集団の人々が利益を得て、より早く結果を得られる最高の科学が生み出されるのです。私たちは、考え方を変えなければなりません。

より多くの人が参加できるために臨床試験にどのような変更を加える必要があるのでしょうか

Doroshow医師: 数十年にわたり、臨床試験の実施には、時間、費用、資源の面でますますコストがかかるようになり、重要な研究課題に答えるために必要に迫られることも少なくありません。

しかし、がん患者さんの助けとなるすべての試験を行う資源は持ち合わせてないのです。より多くの試験に資金を提供し、より早く多くの患者さんの獲得ができるように、できる限り効率的に達成できる方法をみつける必要があります。

われわれが大きな違いを生み出せると考えていることは、臨床試験データです。研究者らは臨床試験で膨大な数のデータを収集します。私たちは、重要な知見を明らかにする可能性のあるデータをすべて手に入れたいと思う傾向があります。残念ながら、すべてのデータを得る代償として時間と費用がかかります。しかし、私たちが収集したデータの多くは、実際には結果に影響を与えず、不要であり、使用されないことがわかっています。

その例として、すでに典型的な副作用がわかっている何年も前の薬を使った後期臨床試験で、治療の副作用に関するデータを集めることが挙げられます。また、最終的には使用されない画像データを収集することもあります。患者さんの役に立つ結果を得るために必要とは思えないようなデータも、これほど多く集めているのは異常です。実際に使用しないデータの収集をやめれば、時間とコストの実質的な節約につながります。

Bertagnolli医師: まったく同感です。患者さんが試験に参加しやすくするために使えるお金と時間が、誰の役にも立たないデータの収集に使われていては、患者さんの利益にはなりません。

しかし、データコストの方程式にはもう一つの側面があります。なくても困らないデータもあるかもしれませんが、それでも必要なデータはたくさんあり、特に少数派や小児のデータが必要です。そのデータをどこかに保存し、研究団体がアクセスできるようにしなければなりません。必要なデータを必要な人に届けるには、計算能力だけでなく、非常に高いコストがかかるのです。適切なデータを収集するための強力な投資が必要なのです。

NCIは、Childhood Cancer Data Initiative(小児がんデータ構想)のような重要な新しいデータリソースを通じて、必要なデータを研究者の手に届けるために大きく前進しており、これはデータの共有と協力の大きな力を示しているのです。しかし、NCIだけでは、がんに直面するすべての患者さんのために進歩を遂げるのに必要な、すべてのデータ費用をまかなうことはできません。私たちは、他の組織と協力して資源を活用し共有する必要があります。

近年、NCIはがん研究の労働力強化に注力しています。がん臨床試験では、どのような労働力の懸念に対処する必要があるのでしょうか

Doroshow医師: がん臨床試験における労働力、すなわち試験を計画し実施する人々の状況は、今、間違いなく大きな関心事となっています。私たちは、パンデミック時の臨床試験実施数の減少を理解するために、NCI指定がんセンターを対象に調査を実施しました。その結果、労働力の問題が臨床試験の処理能力に明らかに影響を及ぼしていることがわかりました。スタッフの不足により、開設できる臨床試験の数が制限され、開設された臨床試験の多くは保留されることになりました。

この人材不足の最大の理由は、人々がより高い給与やキャリアアップを求めて退職したことです。次に多い理由として、リモートで仕事ができる可能性を求め、多くの人が他の仕事でそれを見つけたのです。そして、人手不足のために燃え尽き症候群になり、日々の業務に支障をきたすようになりました。つまり、パンデミックは明らかに臨床試験の資源に打撃を与え、残った人たちはさらに大きな負担を強いられているのです。

Bertagnolli医師: 私は、試験を行うために必要な人材を確保できるかどうか非常に心配しています。このような減少傾向が続けば、私たちの進歩のスピードに長期的に深刻な影響を及ぼす可能性があります。臨床研究にとどまる人にますます負担がかかり、臨床試験の立ち上げが増々困難になる可能性があります。

もうひとつ、私たちが絶対に取り組まなければならない問題は、臨床試験やその他の多くの分野で、私たちがサービスを提供する多様なコミュニティを反映した労働力がまだ存在しないということです。生物医学研究に対する信頼の欠如が、研究参加への大きな障壁となりうることは、私たちも知っています。コミュニティを反映した労働力を確保することは、信頼を築き、最高の科学を生み出すのに役立つ視点をもたらす素晴らしい方法となり得ます。

私たちは、あらゆる背景を持つ人々が労働力として十分に存在し、包括的な職場文化に迎え入れられるようにするために、全員が役割を担っています。

がん臨床試験を改善するために、NCIはどのような手段を講じているのでしょうか

Doroshow医師: 私たちは、臨床試験をどのように改善するかという問題に取り組んできました。4つの主要な領域に焦点を当てることで、柔軟で、より速く、よりシンプルで、より安価で、より影響力のある臨床試験を開発できると判断しました。それは、試験の設計と実施のプロセスを合理化すること、重要なエンドポイントに焦点を当てること、参加者のアクセスを制限するのではなく、より広範な方法で試験を設定すること、データ収集の効率を高めることです。

これらの推奨事項は、NCIのClinical Trials andTranslational Research Advisory Committee (CTAC: 臨床試験およびトランスレーショナル・リサーチ諮問委員会) の戦略計画ワーキンググループが発表した報告書に基づいています。私たちが現在行っていることの多くは、これらの推奨事項に従っていることがわかります。

これらの見識を実行に移す方法の完璧な例は、NCTNを通じて最近立ち上げたS 2302 Pragmatica-Lung Studyです。本試験では、 「一部の非小細胞肺がん患者にとって、標的療法であるラムシルマブ (サイラムザ) と免疫療法薬であるペムブロリズマブ (キイトルーダ) との併用療法は、現在の標準治療よりも延命効果が高いか」 という直接的な疑問に答えるために絶対に必要なデータのみを収集することを目的としています。

これらの薬剤がそれぞれどのように作用するかについてはすでに多くのことがわかっているため、現在では生存率に対する併用効果のみに注目しています。適格基準は非常に広く、幅広い参加者を確保し、迅速に登録を完了できるようにするのに役立ちます。我々は単に患者さんにとってより効果的な治療法を求めているのではなく、この試験から得られる知見が、同様のアプローチを採用する可能性のある多くのNCI試験で、より広範な改善への道を開くと考えています。

Bertagnolli医師: 特に感激したことは、Pragmatica-Lung Studyのまとまりの速さです。政府、産業界、学術界の協力者、すべての関係者が協力し、複数のグループが試験に関与する場合に通常発生する遅延をなくそうとしたことが、すべての違いを生んだのです。

そして今、このシンプルでありながら非常に重要な試験を全米で開始しています。特に臨床試験から取り残されがちな集団の人々である患者さんを迅速に参加させることに焦点を当てています。より大きな社会的障壁に直面する傾向のある人々は、そもそも非小細胞肺がんのリスクが最も高い人々でもあるのです。

Doroshow医師: 臨床試験の実施方法を変革するためには、すでに実施されている臨床試験を中断させることなく、何が有効かを理解するための新しいアプローチを特定し、試験をする方法が実際に必要です。そのために、私たちはClinical Trials Innovation Unit(CTIU:臨床試験改革ユニット)を立ち上げているところです。このユニットでは、根本的に新しい試験デザインや操作手順で実施可能な優先度の高い試験をいくつか選び、必要なパートナーと協力して、NCTNを通じてその試験を進める予定です。

Bertagnolli医師: 臨床試験のあらゆる側面が議論の対象となります。試験の適格性、比較対照群、エンドポイント、診断法、試験データの収集手順、参加者の参加戦略などです。患者さんにとってより早く、より多くの利益を得るために適応できるものはすべて、イノベーションの対象となります。われわれの目標は、CTIUによる試験の促進であり、試験デザインの新しいモデル、データ収集、および協力を含む、特定の試験課題への取り組み方について新たな基準を設定することで、試験の結果をより早く、より効果的に得られるようになります。

Doroshow医師: ただし、私たちが学んだことは、将来のいくつかの試験では意味をなすかもしれないが、すべてではないことに注意することが重要です。​どのようなアプローチも 「万能」 であるとは考えられません。​また、新しいアプローチには品質保持期間がある可能性が高いため、イノベーションの必要性は常に継続することを念頭に置くことが不可欠です。

Bertagnolli医師: その通りであり、イノベーションは継続的なものであると考えなければならず、今日投資してそれを完了と呼べるものではありません。

組織的には、CTIUをSheila Prindiville医師が率いるCoordinating Center for Clinical Trials(CCCT: 臨床試験コーディネーティングセンター)の中に置きました。CCCTとCTACは、CTIUで試験されたイノベーションの幅広い採用を促進するのに適した位置にあるため、これは重要なことです。

また、Prindiville医師とともに、CTIUの共同責任者として、スローンケタリング記念がんセンターの腫瘍内科医であるMichael Morris医師を迎えることになりました。Morris医師は、学外研究者、産業界、地域腫瘍学ネットワーク、FDA、NCIと密接に連携してきた臨床試験の統括リーダーですから、この分野に最適です。彼は、臨床試験を実施するために適切なパートナーを集めるために何が必要かを知っています。このユニットはNCI、FDA、およびNCTNの学外メンバーとの間の共同作業であるため、この点は重要です。

私たちは、試験で到達すべきところに到達するには、より多くの投資が必要であり、真のパートナーシップが必要であることを認識しています。NCI単独ではできません。そこで、臨床試験の変革に取り組むとともに、私たちが目にする機会を最大限に活用するために、産業界、ネットワークグループ、学術界、その他とのさらなるパートナーシップを模索しています

これが、私たちが新たに発表したNational Cancer Planの背景にある考え方です。私たちが知る限り、がんを撲滅しようとするならば、私たちの活動を導き、がんコミュニティ全体の活動を調整し、より早く結果を出すための計画が必要であり、この計画はそれを提供します。臨床試験の改善は計画のいくつかの目標を前進させるための基礎であるため、計画には臨床試験に関する明確な目標はありません。

私たちが知っているように、がんを終わらせるために、つまり、私たちがここで提起したような差し迫った課題に対処するために私たちがしなければならないことはすべて、計画の中にあります。

この恐ろしい病気を克服するためにたゆまぬ努力をしているすべての人は、自分が果たす役割と、この大きな社会的努力にどのように適合するかを、この計画で確認すべきです。すべての人々ががんの有害な影響なしに生活できるように、新しい発見を効果的に医療につなげる包括的な臨床研究事業を立ち上げ、私たち全員がエネルギーと資源を集中させれば何が達成できるかを考えてみてください。

  • 監訳 高濱隆幸(腫瘍内科・呼吸器内科/近畿大学病院 ゲノム医療センター)
  • 翻訳担当者 三宅久美子
  • 原文を見る
  • 原文掲載日 2023年4月14日

【この翻訳は、米国国立がん研究所 (NCI) が正式に認めたものではなく、またNCI は翻訳に対していかなる承認も行いません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】"

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

がん研究に関連する記事

プロトコル例外適用で標的治療試験に参加した患者の転帰は適格参加者と同様の画像

プロトコル例外適用で標的治療試験に参加した患者の転帰は適格参加者と同様

臨床試験の適格基準拡大がもたらす利点に注目した研究 大規模ながんバスケット試験/アンブレラ試験において、適格基準(参加要件)免除および検査免除により試験に参加した、治療抵抗性を...
臨床試験における全生存期間(OS)解析の考察:米国AACR、ASA、FDAによる概説の画像

臨床試験における全生存期間(OS)解析の考察:米国AACR、ASA、FDAによる概説

ベネフィット・リスク評価改善のためのベストプラクティス、新たな統計的手法、提言をClinical Cancer Research誌に掲載米国癌学会(AACR)の学術誌Clini...
遺伝的要因から高齢女性のX染色体喪失パターンを予測できる可能性の画像

遺伝的要因から高齢女性のX染色体喪失パターンを予測できる可能性

概要研究者らは、女性の2本のX染色体のうち1本が加齢とともに失われること( X染色体のモザイク欠損(mLOX))を予測する遺伝的変異を同定した。これらの遺伝子変異は、異常な血液...
がん性T細胞から得た戦略でCAR-T細胞療法が強化される可能性の画像

がん性T細胞から得た戦略でCAR-T細胞療法が強化される可能性

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ白血病やリンパ腫のような血液腫瘍患者の一部では、CAR-T細胞療法が画期的な治療法であることが証明されてきた。しかし、がん患者の約90%を占...