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「がん代謝物」が腫瘍近傍の免疫細胞を無力化する

特定の遺伝子に変異が生じると正常細胞ががん化し、腫瘍形成能力がさらに強化されることはよく知られている。

ハーバード大学医学大学院の研究者らによる新たな研究(以下本研究)から、IDH1遺伝子におけるこうした変異の1つが、細胞内にがん化以上の変化をもたらす可能性が示唆される。D-2-ヒドロキシグルタル酸(D-2-hydroxyglutarate:D-2HG)という分子はIDH1 変異を有するがん細胞により大量に放出されるが、これが近傍の免疫細胞を無力化することで、一種の力場として作用することがわかった。

細胞は機能するために必要なエネルギーを産生する(代謝という過程)にあたり、代謝物という分子産物を生成する。D-2HGは、IDH1やIDH2などのIDH遺伝子に変異を有する細胞でのみ産生される代謝物である。正常細胞よりもがん細胞で多量に見つかり、何らかの形でがんの燃料となると推定されるD-2HGなどの代謝物は、がん代謝物と呼ばれることが多い。

本研究は主に培養細胞を用いて実施され、D-2HGはがん細胞によって周囲の環境に放出された後、かなりの活性を有することが示された。まず、D-2HGは免疫細胞の一種であるT細胞に容易に取り込まれる。そして、いったん取り込まれると、T細胞によるがん細胞の殺傷を阻害する。

NCIが資金提供した本研究結果は、Science誌9月29日号に掲載された。

IDH遺伝子に変異を有する腫瘍がある患者において、D-2HGのこうした作用がどの程度認められるかを確認するために、さらなる研究が必要であると本研究の主任研究者であるMarcia Haigis博士(ハーバード大学医学大学院細胞生物学教授)は述べ、さらに研究を進めることで、D-2HGの活性の阻害が、これらのがんに対する新規治療法になりうるかどうかを確認できるようにもなると続けた。

本研究結果はがん細胞の代謝と免疫系に関するより普遍的な考え方を明確にするものであるとHaigis氏は述べた。

「腫瘍内には何千もの代謝物が存在することがわかっています。腫瘍内やその周辺に存在する他の代謝物がT細胞に影響を与えるだけでなく、腫瘍を抑制する免疫系の能力に影響を与える可能性は十分にあります」とHaigis氏は述べた。

腫瘍微小環境における代謝物

IDH遺伝子は、細胞のエネルギー産生に重要な酵素の産生を担っている。また、これらの遺伝子変異はがんの4%未満にしか認められないが、一部の脳腫瘍(最も致命的ながんの1つである膠芽腫など)では高頻度で認められ、かつ、侵襲性が高い血液腫瘍である急性骨髄性白血病でも高頻度で認められる。

D-2HGはすでに、IDH変異を有するがん細胞がD-2HGを過剰に産生することを示した研究から、がん代謝物と考えられていた。こうした研究の多くは、大量のD-2HGにより、DNAのエピジェネティックな変化(DNA配列を変えずに遺伝子の活性を変化させること)が生じ、正常細胞をがん細胞に変化させるというものであった。

しかし、これがD-2HGだけの作用であるとすべての研究者らが納得しているわけではない。

「これをIDH1変異によるがんの『唯一のモデル』とすることに対して、非常に満足しているわけではありません」とKristine Willis博士(NCIがん生物学部門)は述べた。

その理由の大部分は、こうした研究の多くが、D-2HGががんに関連した遺伝子活性の変化をもたらす正確な経路を納得のいく形で確立していないためであるとWillis氏は解説した。

Haigis氏らは本研究を始めるにあたり、これまでの研究で得られた知見を基にしようと考えた。例えば、一部の研究から、腫瘍微小環境において、D-2HGが腫瘍内や周囲にかなり大量に蓄積されていることが示されている。

また、他の研究から、代謝物が「他の種類の細胞の阻害物質として作用する可能性がある」ことが示唆されているとHaigis氏は述べた。実際、別のある研究では、IDH1変異を有する細胞が放出するD-2HGがT細胞のがん殺傷能力を阻害する可能性が示唆された。

そこで、Haigis氏らは、D-2HGが特に免疫細胞に何か作用して、IDH変異を有する腫瘍の生存と増殖を促している可能性を調べようと考えた。

D-2HGはT細胞を無力化する

大学院生のGiulia Notarangelo氏が率いる研究チームは、D-2HGが腫瘍微小環境に到達した直後の活性を追跡することに焦点を当てた。

最初に、がん細胞の殺傷を主な役割とするT細胞は、D-2HGを容易に取り込むことがわかった。D-2HGは細胞内に入ると、大混乱を引き起こした。

例えば、腫瘍細胞を攻撃するように仕向けられたT細胞においてD-2HGの濃度が高いと、T細胞が異常細胞を殺傷するために使う分子を放出する能力、および他の免疫細胞に支援を求めるシグナル分子を送る能力が阻害される、という二面的な作用が認められるように思われた。

しかし、D-2HGはT細胞の内部でどのような働きをして、このようにT細胞の挙動を狂わせているのだろうか。

その答えは、D-2HGが乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase:LDH、T細胞の代謝に極めて重要な役割を果たす酵素)を阻害するらしいというものだった。この酵素の阻害がT細胞を無力化する一連の事象を引き起こすと結論づけられた。

実際、LDHを阻害する治験薬でT細胞を処理すると、大量のD-2HGで処理する場合とほぼ同じ作用が認められた。

マウスを用いた研究でも、D-2HGがT細胞に作用することが確認されたようだ。例えば、IDH1変異を有する腫瘍があるマウスでは、腫瘍の周囲に大量のD-2HGが検出された。さらに、この腫瘍微小環境下にあるT細胞では、培養細胞を用いた研究で認められた生物学的変化の多くが観察された。

最後に、IDH1変異を有する膠芽腫患者の腫瘍検体の解析から、さらにいくつかの確証が得られた。例えば、D-2HG量が多い検体領域では、T細胞が少なかった。しかし、近傍の正常組織検体にはD-2HGの徴候は認められなかった。

また、これらの腫瘍検体で認められたT細胞は、細胞を殺傷する分子を放出し、他の免疫細胞にシグナル分子を送る能力が損なわれている徴候も認められた。

T細胞代謝の再配線

本研究に付随するScience誌の論説で、James Nathan博士(ケンブリッジ大学医学部)博士は、本研究結果は、D-2HGがT細胞の代謝を「再配線」できることを強く立証するものであると記した。

しかし、その方法は容易ではないようだとNathan氏は続け、さまざまな要因が、再配線の影響や、再配列が起こるかどうかにまで影響を及ぼす可能性があると解説した。こうした要因には腫瘍内や腫瘍周辺の酸素や他の栄養素の利用可能性が含まれ、細胞がエネルギーを獲得するために使用する過程を決定する可能性がある。

本研究結果は、D-2HGがエピジェネティックな変化の結果として、細胞内のがん関連活性も促すことを「除外」するものでもないとWillis氏は述べた。しかし、全体としては、腫瘍における「IDH変異の作用を理解するための新規で、優れた方法を提供するものである」とWillis氏は考えた。

本研究結果がIDH変異を有するがん患者に対する新規治療法の可能性を開くかどうかを判断するためには、さらなる研究が必要であるとWillis氏は続けた。

Haigis氏は、同氏らの研究に基づく他の研究が重ねられ、D-2HG阻害薬が「腫瘍微小環境における免疫細胞の活性化や再活性化のための新たな手段となり」得るかどうかを確かめることを期待していると述べた。

 

監訳:石井一夫(計算機統計学/公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科)

 

翻訳担当者渡邊 岳

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