循環無細胞DNA検査の普及―治療方針決定からがんの早期発見まで

血液から採取した血漿/血清中の循環無細胞DNA(cell-free DNA, 以降 cfDNA)の検査により、非侵襲的に腫瘍の遺伝子型を判定して治療方針決定を支援し、将来的には治療効果のモニタリング、再発の予測、がんのスクリーニングができる可能性がある。cfDNAはがん患者の正常細胞やがん細胞の細胞死に伴い血中に放出され、がん患者では、血中腫瘍DNA(ctDNA)が生検で得られるがん組織と同一のがん関連変異やその他の遺伝子変異を有することがわかってきた。

6月2日に行われた教育講演「リキッドバイオプシー:現状と将来の展望」では、腫瘍組織の分析と比較したcfDNAの利点と限界、および開発中の新技術が紹介された。

「この分野の興味深い点の一つは、患者の治療経過の全過程(限局的ながんから転移、再発まで)のあらゆる段階でこの測定法の使用を想定できることです」。セッションの開会にあたりStanford Cancer InstituteのMaximilian Diehn医学博士は述べた。臨床現場では現在、生検ができないか、または生検を拒否した進行がん患者の遺伝子型を調べ、治療効果のモニタリングや抵抗性の遺伝子型を検出する目的でcfDNA測定が使用されている。

ただし、cfDNA測定には、ctDNAの検出が困難な場合があるという技術的な限界がある。ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いた測定法では、1種類の変異または変異群のパネルを検出し、臨床では治療方針決定に使用されることが多く、1回の採血が10 mLの場合の検出感度は0.05~0.1%である。ただ、この測定法では臨床的に重要な変異を見つけられないことがある。

全ゲノム解析や全エクソーム解析などの次世代の測定法には、広範囲に検査できるという利点があるが、この技術はいまだ法外に高コストであるため、高い検出感度を得るために十分な深度(訳注:ゲノム上の同じ位置を読む繰り返し数)を得ることができず、検出感度は約1.0%と低い、とDiehn医学博士は説明する。

新たな臨床応用

cfDNA測定の新たな臨床応用の多くは、がんの発見、放射線照射などの局所治療の効果判定、微小残存病変(MRD)の検出、サーベイランスなど、早期がんの患者の治療に注力しているとDiehn医学博士は述べる。微小残存病変を検出する測定は、補助療法をモニタリングして補助療法を避けるか漸増するかの判断において特に臨床有用性が高いという。今のところ、固形がんに対する微小残存病変の測定法はない。

この目標のため、Diehn医学博士のチームはCAPP-Seq(Cancer Personalized Profiling by Deep Sequencing)と呼ばれる次世代配列解析法を開発した。この測定法は、特定の遺伝子配列を標的として捕捉する方法であり、よく知られている約300種類のがん遺伝子を検査し、主要な変異を検出する。CAPP-Seqは、予備情報がない場合の検出法としても、または既にがん生検を行いがん組織で見つかったものと同一の変異をcfDNA検体検査のプローブに使用できる、特定のがんの情報に基づく検出法としても使用できる。

Diehn医学博士のチームの研究の一例では、ステージI~IIIの限局型肺がん患者から、治癒を目指した治療を開始する前と初回治療後に前向き研究のための血漿を採取した。この研究の結果、治療後もctDNAが検出された患者ではその後再発した一方で、ctDNAが検出されなかった患者では再発は1人のみであり、ctDNAの有無が疾患特異的生存率と相関した。このコホートのctDNA量は0.003~0.2%と極めて低く、したがって高い検出感度の測定系およびがんの予備情報に基づく方法が必要であるという。

Diehn医学博士の講演で他に紹介された研究では、限局型膀胱がんの治療後の再発を検出する目的で、尿を用いたcfDNA測定系を開発が進行しているという。現在、限局型膀胱がん患者のサーベイランスには尿細胞診と膀胱鏡検査を繰り返す必要があり、この方法には検出感度が低く費用が高いという限界がある。 Diehn 医学博士のチームは、CAPP-Seq測定法を改良して尿検体の無細胞分画からctDNAを検出できるようにした。

早期膀胱がん患者64人のコホートで、治療後に再発した患者の尿からは再発の臨床診断の数カ月前にctDNAが検出できた一方で、再発しなかった患者でctDNAが検出されたのは1人のみであった。尿細胞診と膀胱鏡検査の診断感度が40%であったのに対し、がんの予備情報に基づく尿中cfDNA検出の診断感度及び特異度はそれぞれ91%および100%であった。

乳がんのモニタリングと管理

臨床医の間では、転移性乳がん患者のがんの大きさを監視するためにcfDNA測定法が広がりつつあり、cfDNA測定法が治療の優先順位付け、薬剤耐性に関連する変異の特定、転移におけるがんの不均一性検出に使用できるエビデンスがある。ただし、ctDNAががんの診断に前向きに使用できるかどうかには疑問は残ると英国ケンブリッジ大学のCarlos Caldas医師(FRCP, FRCPath, FMedSci)は講演の中で述べた。

Caldas医師のチームは、2013年に特定のゲノム領域を標的とした標的捕捉配列解析(ターゲットキャプチャー・シーケンシング)または全ゲノム配列解析を用いて、ctDNA量が治療の奏効に伴い低下し、進行に伴い上昇することを示した。つまり、ctDNAは血中がん細胞やCA15-3よりも有用なバイオマーカーとなる。今や、がんの遺伝子変異に関する知識がなくても血漿検体の超ローパス全ゲノムシーケンス(訳注:ローパスフィルターを適用してノイズを除去し、精度を上げた深度が低い方法)を使用できるとCaldas医師は述べる。

Caldas医師のチームの別の応用例では、proof-of-principle試験を行った結果、転移乳がん患者において、全ゲノム配列解析を用いての耐性に関連する変異を特定できることが示唆された。彼らは、エクソームと標的を絞ったアンプリコンシーケンシングにより、転移不均一性や転移巣間における変異の発生経緯を捉えることもでき、「ひとつの転移だけでなくすべての転移を表すリキッドバイオプシーの可能性を切り開いた」とCaldas医師は述べる。

Caldas医師のチームは現在、点突然変異でなく転座などの構造的多様体を検査する全ゲノム配列解析法を研究している。この方法ではPCRを使用せず、配列解析のノイズとなる外部からのPCR増幅産物の混入が生じないため、cfDNAに構造多型が1コピー検出されただけでも腫瘍細胞の存在が示される。そのため、高感度で微小残存病変が検出でき、再発を追跡できるという利点があると Caldas医師は述べる。「あと12~18カ月以内に確かなデータが得られると願っています」。

現在、診断方法としてのcfDNA測定法開発に話題が集まっている。この領域では、cfDNAコピー数の増減で症状が表れる前にがんを診断できることを示唆する興味深い研究が行われてきているとCaldas医師は述べる。

臨床へのcfDNA測定の応用

スローンケタリング記念がんセンターのDavid B. Solit医師の講演では、進行したがんの患者の治療において、他の検査との併用またはがん組織のゲノムプロフィール検査の代わりとして、どのようにcfDNAを使用できるかが説明された。

同がんセンターのイニシアチブは4年前に、すべてのがん患者について腫瘍組織の分子プロフィール分析を行い、実用可能な変異を特定して患者に適切な治療を適合させる検査に着手した。分子プロフィールにはMSK-IMPACT と呼ばれるがん遺伝子測定法を用い、ビオチンを結合したDNAプローブで対象とする468種類のがん遺伝子領域を捉え、その領域に変異がないか塩基配列解析を実施している。

これまでに約24,000人の患者がMSK-IMPACT検査を受けた。現在イニシアチブ内には、治癒できる見込みが高い治療法を適合させることができ、治療中の致死率が低い早期段階で分子プロフィール分析を行う取り組みがあるとSolit医師は述べる。

Solit医師のチームは、血漿検体にMSK-IMPACT測定法を応用して、cfDNA 測定で468種類のがん遺伝子を分析できるか試みてきた。約3分の2の症例でcfDNAに変異を検出できた一方で、残りの症例では変異は検出されず、この方法ではcfDNA検出感度が十分でないことを示唆するという。

それでもなお、Solit医師は患者の症例を挙げて早急にcfDNAを開発する必要性を説明した。若年がん患者では、肺生検から採取した組織が分析に不十分であったため腫瘍プロフィールが得られなかった。このような例が5~10%あるという。cfDNA検査で実用的なEML4-ALK融合を検出できたが、その時には患者はすでにがんで死亡した後であった。「その時点では、個々の患者の発病を駆動させる重要な分子を特定する技術がありませんでした」とSolit医師は述べる。

「今後cfDNAを最初に使用すべきなのは、がんゲノム検査に適した腫瘍組織がどうしても得られない集団だと私は思います。無細胞DNAがその選択肢になり得る可能性があります」とSolit医師は言う。「我が国では、このような患者が(特に転移前立腺がんで)おそらく数百から数千人亡くなっています」。

翻訳担当者 石岡優子

監修 石井一夫(計算機統計学/久留米大学バイオ統計センター)

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