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ナノ粒子で訓練免疫を誘導してがんを攻撃

がん研究者らは、免疫療法(免疫系ががんに対抗するよう促す治療法)について、あらゆる種類の独創的で新たな方法を模索している。その最新方法の1つが、免疫細胞を訓練してがんを攻撃させるナノ粒子である。

人体で発見された物質を主成分とするナノ粒子がマウスの悪性黒色腫の増殖を遅らせることが、米国国立がん研究所(NCI)が資金提供する研究で明らかになった。

ヒトの免疫系は2つに大別される。自然免疫は人体における最初の防御線で、あらゆる種類の病原微生物に対して迅速かつ全般的な反応を開始する。T細胞と抗体などの獲得免疫は、後に病原微生物に対して反撃し、長期間持続するより特異的な反応を示す。

今日使用されているほとんどの免疫療法は獲得免疫系に関与している。新たに開発されたナノ粒子の画期的な点は、このナノ粒子が自然免疫系を改変し、自然免疫系を訓練免疫という状態に一時的に変えることである。

「訓練された自然免疫細胞は警備態勢がより厳重なので、感染症やがんに対して効率良く応答します」と非臨床試験責任研究者であるWillem Mulder博士(マウント・サイナイ・アイカーン医科大学)は解説した。

自然免疫系は数カ月から数年の間この訓練された状態でいることができ、研究者らがナノ粒子の抗がん作用がしばらくの間持続すると確信する理由となっている。本研究の結果はCell誌2020年10月29日号に発表された。

「人体にとって異物である物質から作られたナノ粒子は望ましくない副作用や意図しない蓄積を引き起こし、重要な臓器を損傷する可能性があります。しかし、このナノ粒子は生物学的に安全です」とChristina Liu博士(NCIナノ薬剤送達システム・装置分科、本研究には不参加)は述べた。

Mulder氏らは近い将来、ナノ粒子を検証するための臨床試験に着手したいと考えている。また現在、ヒトでの臨床試験の承認を得るために必要な追跡研究にも取り組んでいる。

ナノ粒子の工学

2016年、Mulder氏はMihai Netea博士(聖ラドバウド大学医療センター、オランダ)の研究室に在籍しており、この着想を得た。

両氏は最近になって、訓練免疫を抑制するナノ粒子治療法を開発した。マウスを用いた研究で、ナノ粒子は臓器移植時の免疫系による拒絶反応を抑制した。

Mulder氏はこう回想した。「今回、Netea氏は私に本質的に逆の研究をするようにと頼んだのです」。そして訓練免疫を引き起こすナノ粒子を設計するに至った。このようなナノ粒子ががん治療に使用される可能性を両氏は推論した。

生物医学工学者であるMulder氏は、閃きを得るために自然界に目を向けた。結核ワクチンであるBCGワクチンが訓練免疫を引き起こせることが分かっている。BCGワクチンは結核菌の弱毒株を原料にしており、膀胱がんの治療薬としても使用されている。

Mulder氏らはBCGワクチンの断片、ならびにヒト細胞由来の脂質とタンパク質を用いてナノ粒子を設計した。ナノ粒子を構成するタンパク質は、自然免疫細胞が形成される骨髄にナノ粒子が到達するよう促す。Mulder氏らは、こうした働きを持つタンパク質と脂質を原料とするナノ粒子を「ナノバイオロジクス」と呼んでいる。

ナノ粒子は極めて小さく、その大きさは細菌1個の10,000~1,000分の1である。「その小ささゆえ、ナノ粒子は人体で化学物質や薬剤とは異なる作用を発揮します」とLiu氏は述べた。

「例えば、ナノ粒子は血液中で長期間存在し、大きさによっては腫瘍や特定の臓器に蓄積します」とLiu氏は解説し、かつ、「生物由来素材の使用により、ナノ粒子は重度の副作用を引き起こしにくくなります」と言い添えた。

一連の研究により、Mulder氏らは人工培養した自然免疫細胞の訓練に最適な特異的なナノ粒子設計を特定した。そのナノ粒子は、骨髄に蓄積するなどの望ましい特性も有していた。

免疫細胞を訓練してがん細胞を殺傷させる

次に、Mulder氏らはこうしたナノ粒子をマウスやサルなどの実験動物で検証した。

目的通り、ナノ粒子はマウスとサルの両方で、骨髄と脾臓の自然免疫細胞によって取り込まれた。自然免疫細胞はその後、訓練免疫の特徴をいくつか現した。例えば、自然免疫細胞は急速に分裂し、脅威に素早く反応し、免疫系を強化する特定の化学物質(サイトカイン)を産生した。

Mulder氏らは悪性黒色腫マウスでもナノ粒子を検証した。悪性黒色腫では通常、がんを殺傷する免疫細胞よりも前がん免疫細胞の方が多く見られ、これは免疫抑制性微小環境として知られている。

しかし、ナノ粒子投与マウスでは、訓練された免疫細胞がこの構図を逆転させ、腫瘍内で、がんを殺傷する免疫細胞が増加し、前がん免疫細胞が減少した。

この治療法は、最終的にマウスの腫瘍の増殖を遅らせることがわかった。しかし、Mulder氏らはナノ粒子と他の免疫療法の併用投与により、さらにその効果を高めることができるのではないかと考えた。

免疫チェックポイント阻害薬は最もよく使用されているがん免疫療法であるが、その投与を受けている人すべてに効果があるわけではない。免疫チェックポイント阻害薬が奏効しない理由の1つが、患者の腫瘍が免疫抑制性微小環境下にある場合だとMulder博士は解説した。

「『訓練免疫を誘導して免疫系のバランスを回復させ、免疫チェックポイント阻害薬に対する免疫系の反応性を高めることができるかどうか確かめてみよう』と考えました」とMulder氏は述べた。

予想どおり、2種類の免疫チェックポイント阻害薬のいずれかを単独で投与しても、マウスの悪性黒色腫腫瘍の増殖にはほとんど効果がなかった。しかし、これらの免疫チェックポイント阻害薬をナノ粒子と併用したところ、2種類の免疫チェックポイント阻害薬のいずれかの単剤投与と比較して、腫瘍の増殖速度が著しく低下した。

また、ナノ粒子は安全であると考えられ、マウスでもサルでも重度の副作用を引き起こさなかった。「サルに対してこの治療が安全であることが分かったので、ヒトの臨床試験に移行しやすくなるでしょう」とMulder氏は述べた。

現在、Mulder氏とNetea氏が設立したバイオテクノロジーのスタートアップ企業では、ヒトでの臨床試験を実現するために必要なナノ粒子の研究をさらに進めている。Mulder氏らは非臨床試験でナノ粒子が他の種類のがんに有効かどうかも調べている。

翻訳渡邊 岳

監修石井一夫(計算機統計学/久留米大学バイオ統計センター)

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