T細胞の「幹細胞性」を活用し、がんの免疫療法を強化する

米国国立がん研究所(NCI)のがん研究センター(CCR)の研究者らが率いる新しい試験は、がん細胞を殺傷する免疫細胞が存在するにもかかわらず、腫瘍が増殖し続ける道筋を明らかにしている。2019年3月29日付Science誌で発表されたこの知見は、がん治療に対する免疫療法の有効性を高める方法を示唆している。NCIは米国国立衛生研究所の一部門である。

死にゆくがん細胞はカリウムを放出し、このカリウムが腫瘍によっては高濃度に達することがある。研究チームは、カリウム濃度の上昇により、T細胞が免疫療法中にがんを除去する能力と密接に関係する幹細胞様の性質、すなわち「幹細胞性」を維持するようになることを報告した。これらの知見は、T細胞のカリウムへの曝露を増加させる(または高濃度カリウムの効果を模倣する)ことが、がん免疫療法をより効果的にできることを示唆している。

「この試験は、なぜがん免疫療法がそのように機能するのかをよく理解するのに役立つ」と、NCI・CCRのNicholas Restifo医師は語った。「また、これらの治療法に対して、更に良好で長期持続的な反応をもたらす方法を見い出せるかもしれない」。

免疫療法は、一部の患者のがんに対し顕効を示し、治療困難ながんを根絶し、場合によっては疾患の完全寛解を引き起こす。しかし、多くの患者において腫瘍は免疫療法に反応しないため、研究者らはその理由を明らかにしようとしている。

加えて、CAR-T細胞や免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法においては、T細胞の寿命によって制限を受ける。腫瘍組織内部のがん細胞と闘うT細胞は「消耗」して死滅する。そこで、免疫療法に用いられるT細胞の寿命を延ばすだけでなく、T細胞の複製や増殖を助ける方法が研究されている。

Restifo医師らは、死にゆくがん細胞が放出する腫瘍内のカリウム濃度が高いと、腫瘍に浸潤したがん細胞を殺すT細胞が遮断されることを以前に立証した。今回の新しい研究では、カリウム濃度が高い状態でT細胞を増殖させると、T細胞の「幹細胞性」も保たれることが明らかになった。これは腫瘍内では幹細胞様T細胞が自己複製能力はあるが、キラー免疫細胞に分化できないことを意味している。T細胞をこの状態に保つことで、がんは攻撃を回避し、増殖を続けることができるのである。このことから、見たところがんと戦うことができるT細胞が存在するにもかかわらず、がんが増殖できる機序を説明できる。

しかし、幹細胞様T細胞を腫瘍から取り出し、研究室で大量に増殖させ、その後、養子細胞移植と呼ばれる初期の頃から行われている免疫療法戦略で患者に戻すと、幹細胞様T細胞はがんを攻撃できるキラー細胞に成長できる。保存されたT細胞の幹細胞性、すなわち、無制限に自己複製し、がんと闘う細胞になる刺激に反応する能力は、養子細胞移植療法を成功させるかもしれない、とRestifo医師は説明した。

研究者らは次に、治療の際に高濃度のカリウムの状態でT細胞の幹細胞性を保持することついて検討した。同医師らは、過剰なカリウム濃度の存在下で増殖させたT細胞をマウスに移植すると、正常濃度のカリウムで増殖させたT細胞よりも、原発性および転移性の悪性黒色腫(メラノーマ)が縮小することを発見した。また、高濃度のカリウムに曝露した場合、患者がんから単離されたT細胞と遺伝子操作された抗がんT細胞の両方が、持続的増殖および免疫療法の転帰の改善に関連するより高いレベルのマーカーを有することを発見した。

最後に、マウスのT細胞に対するカリウムの作用を模倣するために特定の薬剤を使用したところ、T細胞は増殖し続け、がんを排除する能力が向上することを実証した。これは、そのような薬物が、がん免疫療法を増強するための戦略として、T細胞の幹細胞性を誘導するために潜在的に使用可能であることを意味する。

Restifo医師は、次のステップは「この知見をより良い治療に活用する」臨床試験になるだろうと述べつつも、今回の知見が免疫療法の現在の理解に追加されることに興奮もしている。

「われわれが行ったことは、がんの治療にT細胞の幹細胞性能力を活用することだ」と同氏は述べた。「私たちにとって、それは非常に大きなことだ。ある種の免疫療法がどのように作用するかを説明し、それらをどのように改善できるかを示唆している」と述べている。

今回のプレスリリースでは、基礎研究の成果について説明している。基礎研究は人間の行動と生物学の理解を深めるもので、疾患の予防、診断、治療のための新しいより良い方法に進歩させる基礎となっている。科学とは予測不可能で漸進的なプロセスであり、それぞれの研究の進歩は、しばしば予期せぬ方法で、過去の発見に基づいている。主要な基礎研究の知識がなければ、ほとんどの臨床的進歩は不可能であろう。

翻訳担当者 三宅民子

監修 大野 智(補完代替医療、免疫療法/島根大学・臨床研究センター)

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