高精度医療(Precision Medicine)をがん検診に役立てる

高精度医療(Precision Medicine:プレシジョン・メディシン)で最も議論されるのは治療についてであるが、がん対策・予防の研究者らは、この考え方をがんの検診に応用しようとしている。それは即ち、定期検査の最大の受益者を正確に特定する方法を見つけることを意味する。

米国国立がん研究所(NCI)は、9月29日に第一線の検診・がん対策研究者を集め、前立腺がん、乳がん、大腸がん、子宮頸がん、肺がんの5つのがんに対する高精度検診の最先端科学について話し合う会議を開催した。

座長であるNCI疫学・ゲノム研究プログラムのPam Marcus博士は、「本会議の目的は、高精度検診をより良く理解し実施するための研究議題をもとに、前進のための最善の方法を研究者らが議論できるようにすることでした」と説明した。

Marcus医師は、「会議では驚くようなテーマが浮上してきました。これら5つのがんの高精度検診には、共通する課題や障壁がいくつかあるのですが、多くの場合、それらは極めて臓器特有のものであったということです」と述べた。

利益と不利益

近年、特に、乳がんや前立腺がんなどのがんの検診においては、過剰診断や過剰治療へのリスク監視が厳しくなっている。今回の会議でも、このようなリスクの軽減の必要性は、終始その底流をなしていた。

University College LondonのNora Pashayan医学博士は、基調講演で次のように述べている。「どんな検診にも不利益はありますが、有益なものもあります。予測される利益と不利益のバランスが大事なのです」。

また、カイザー・パーマネンテ南カリフォルニアのMichael Gould医師は、肺がんの検査が提示する課題を強調した。National Lung Screening trial(NLST)では、現在および過去のヘビースモーカーは、低用量ヘリカルCT検査を受けていた場合、標準的な胸部レントゲン検査の場合よりも肺がんで亡くなる可能性が20%低いことが示されており、同医師は、この結果から生じた変化について指摘した。

同時に、Gould医師は、「本試験は偽陽性率(実際にはがんでないのにがんと判定される割合)が非常に高く、試験参加者の2%が、実際には良性であった肺結節に対して生検や手術などの侵襲性の高い処置を受けたことになります」とも話している。

NLSTで得られた結果に基づき、メディケア(米国の高齢者向け医療保険制度)や他の多くの保険会社が、現在または過去のヘビースモーカーを対象にCT検査費を補償するようになった。しかし、何の問題もなくこのような変化がもたらされたわけではない。

Gould医師は、「NLSTのケースと同様、検診に訪れる現在および過去のヘビースモーカーの多くが偽陽性となり、侵襲的なものを含めた追加検査を受け、それらの検査に特有の、そして時には重篤な合併症を引き起こすことがあります」と述べた。

研究者は、このような人々をがんのリスク別にもっと適切に層別化する方法を検討しており、Gould医師は、そのいくつかを説明した。しかし、喫煙歴以外により信頼できるリスク情報がないこともあり、同医師は「私が所属する機関では、検診を実臨床にどう導入するか、まだ試行錯誤しています」と認めた。

 リスクに合わせた検診への前進

 Pashayan医師は、「乳がんでは、リスク最小化検査とも呼ばれる高精度検診について、かなりの研究がなされてきました」と説明した。しかし、会議当日に終始聞かれた言葉を繰り返すように、同医師は、「この分野では答えよりも疑問のほうが多いのです」とも話した。

乳がんや他のがんでは、家族歴、年齢、臨床歴などが、がんに罹るかどうかのリスク予測でしばしば考慮され、スクリーニング法の決定にも役立てられている。

Pashayan医師や他の研究者らは、ゲノムワイド関連解析により同定される一塩基多型 (SNP)で知られる遺伝子変異パネルなどの追加情報が、リスク層別化の改善に役立つかどうかを検討している。

Pashayan医師は、最近のある大規模研究についても言及した。本研究では、一人の女性の乳がんにいくつのリスク変異型が関連するかに基づく「多遺伝子リスクスコア」により乳がんリスクの高い女性を特定できることが示されており、例えば、多遺伝子リスクスコアが最も高い女性は、低スコアの女性よりも乳がんリスクが3倍高かった。

Pashayan医師は、次のようにも述べている。「この種の遺伝子情報を最大限に活かした検診には、明るい見通しがいくらかあることをこれらの結果は示しています。しかし、乳がんや他のがんでのこのような研究の多くはまだ予備的な段階であり、精緻化と検証が必要です。また、高精度医療による検診を裏づけるための確固たるエビデンスも必要になるでしょう」。

さらなる高精度化に向けたいくつかの動き

「米国の子宮頸がん検診は、すでにリスクを考慮した検査法に向かっています」とNCIのがん疫学遺伝学部門(DCEG)のMark Schiffman医師(M.P.H.)は述べている。

Schiffman医師は、「このような変化は、さまざまな研究により生じたものです。これらの研究では、ほぼすべての子宮頸がん患者にハイリスクヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染が認められることを立証し、前がん病変が浸潤がんへと進行するプロセスを解明しました。私たちは子宮頸がんの原因経路について多くを理解しています」と述べた。

また、Schiffman医師は、「子宮頸がんについては、定期検診で依然としてPAPテストが実施されていますが、臨床医は、意思決定の際に患者のHPV検査の結果も考慮しています」と話した。主要な医学会が推奨している通り、DNAベースの検査で特定されるハイリスクタイプのHPVの存在は、最も適切なスクリーニング検査間隔といった課題への決定指針としても役立つはずである。

Schiffman医師は次のように説明を続けた。「とは言うものの、これは確定された方法ではありません。HPVの予防接種率が上昇するにしたがい、子宮頸がんの検診方法も影響を受けることになるでしょう」。

 挑戦は依然として

スクリーニング検査を変更するにあたり、観察研究や集団ベースの研究で得られた主要データや、ランダム化比較試験のデータ等、どのようなエビデンスが必要かも活発に話し合われた。

これに対してMarcus医師は、「がんの種別と入手可能なデータの範囲や強度により、いずれの見解も支持するエビデンスはあります」と述べる。また、同医師は、「このような疑問を解決していくことは、高精度医療にもとづく検診の実施に向けた一つの大きな挑戦になるでしょう」とも付け加えた。

これらのがんで高精度検診が一般化するにはまだかなり時間がかかるが、Gould医師は、「この方向性を維持することは重要です」と強調している。

Gould医師は、「検診は健康な人々が対象ですが、私たちはそのような人々を患者にしてしまっています。安全で不利益を最小限にするスクリーニング検査のために、私たちはできることは何でもすべきです」と話した。

翻訳担当者 宮武 洋子 

監修 斎藤 博(検診研究部/国立がん研究センタ−)

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