2011/09/06号◆クローズアップ「医療の技:物語と人文学を取り入れた医学教育」 | 海外がん医療情報リファレンス

2011/09/06号◆クローズアップ「医療の技:物語と人文学を取り入れた医学教育」

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2011/09/06号◆クローズアップ「医療の技:物語と人文学を取り入れた医学教育」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2011年9月06日号(Volume 8 / Number 17)

日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~

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◇◆◇ クローズアップ ◇◆◇
(「Cancer Communication」シリーズ)

医療の技:物語と人文学を取り入れた医学教育

「医師として、われわれは患者さんの人生のストーリーに関わっており、ある時にはカルテを通じて証人として物語を語り、またある時には物語の登場人物となります」 - Dr. Abraham Verghese氏(著者、医師、および教授)

ワシントン市の国立子ども医療センターの色鮮やかな熱気球の模型で飾られているアトリウムから離れた場所にある教室では、医学部3年生のグループが教授2人による1時間の授業を受けるために集まっている。この会合の目的は最新の小児医療を学ぶことではなく、家庭医で短編小説、エッセイ、詩の著者であったウイリアム・カーロス・ウイリアムズ氏の短編小説について論じるためである。

小説『The Use of Force(※邦訳『力づく』)』は、ある医師と、ことさらに扱いにくい青年患者との出会いについて綴られた逸話であるが、ジョージ・ワシントン大学(GWU)では医療人文学のプログラムの一環としてこの小説についてのディスカッションが行われている。広義では、医療人文学には、人文科学、社会科学、および医学教育や医療業務に適用される芸術が含まれる。物語に基づく医療(※narrative-based medicine(NBM):患者との対話や人生に基づく全人的医療アプローチ))として知られている関連のある学問分野では、医療を背景においた内省的記述や、詩、フィクション、エッセーや体験記など、いわゆる’物語’の精読にとりわけ重点を置く。

人文学や物語に基づいた医学教育へのアプローチの提案者は、文学や芸術を学ぶことで、さらに人間性豊かな医療ケア(最終的にはより効果的な医療ケア)にとって不可欠な観察、分析、情緒共有や内省のスキルが磨かれ育成されると主張している。

ここ20年以上の間に、米国や他国の多くのメディカルスクールでは医療人文学プログラム(医療人文学とは呼ばれていない場合もある)が設立されてきている。人文学および物語に基づいた教育は、いくつかのレジデンシーのプログラムや少なくとも1つは腫瘍科フェローの過程にも導入されている。このような取り組みは、個人不在で非人間的になりうるテクノロジー主導傾向の医療と対位法的関係にある。

”物語”の力

古くから人間は、経験してきたことを伝達し理解するために物語を用いてきた。物語に基づいた医療教育では、人間のありようや人間関係を理解する上での手掛かりとして患者の物語を用いている。この場合の物語とは、医師および患者の体験記録、フィクション、および映画などである。

医学生の誰もが同様の症例に携わることはありえないことから、「これらの物語は人々が共通して保持することができるテキストとなり、それにより他の方法では得ることのできない対話が生まれます」とGWUのNarrative Medicine/Medical Humanities(物語に基づく医療および医療人文学)プログラムの指導者であるDr. Linda Raphael氏は説明した。そのような対話によって「非常に前向きな意味での割り切れなさ(曖昧さ)を受け入れるようになります。そこには異なった物の見方が存在しており、そのすべてあるいはいくつかに価値があり絶対的な答えは存在しません」とRaphael氏は続けた。そのような曖昧さは医療現場において頻繁にみられるものだが、実証的な知識および技術的専門知識が強調されている従来の医学教育あるいは臨床実習では取り上げられることは少ない。

物語はまた、人間の痛みや苦しみ、死と臨終、さらに医師が臨床の場で経験することもある精神的苦痛や燃え尽き症候群などの困難な問題について論じる機会も与えてくれる。

「医療文化は、臨床の先端にいくほど、医師-患者関係はエビデンスに基づいた技術論、科学論に焦点を当てています」と、ロチェスター大学で腫瘍学研修医を対象に「腫瘍学における物語」(Narratives in Oncology)研修を共同で開設したDr. Alok Khorana氏は述べた。「10~11人のフェローをテーブルの周りに座らせて、お互いの感情を共有するよう求めることは困難です。人文学の観点からわれわれが行うことができるのは、まず第一歩として物語を使用することです」。

国立小児医療センターの教室では、Raphael氏とGWUのPediatric Medical Student Educationの指導者であるDr. Terry Kind氏により、ウイリアム著の『The Use of Force』についての討論が展開されている。『The Use of Force』は、医師による咽頭培養を拒む子供が主人公の小説である。物語を語っている医師は、気づけば診断目的だけでなく、相手に負けまいとしてその子供を説き伏せていた自分を恥ずかしく思った。Raphael氏は、同様の場面に遭遇したことがあるか生徒に質問し、医師と患者の力関係、さらに話者である医師が経験したような葛藤を省察することの重要さについての討論へと生徒を導く。

Raphael氏は、医学部3年生が7つの医学専門分野において臨床ローテーションを行っている時に、彼ら全員を対象に定期的な物語に基づく授業を提供している。同氏の指示の下に、GWUでは医学部1, 2および4年生を対象とした医療人文学における選択科目も提供している。Raphael氏は選択科目においては特に「医師による物語」には該当しない小説、詩、および映画を使用しているが、ローテーション期間に行われる授業では、各専門分野に特定した医師と患者のフィクションおよびノンフィクションにこだわっている。

腫瘍学における物語

2009年に正式なカリキュラムに追加されたロチェスター大学の腫瘍学研修医を対象としたコースでは、Khorana氏と同僚のDr. Michelle Shayne氏およびDr. David Korones氏は、医師と患者によって執筆された物語に重点を置いている。この3名の医師は最近、そのコースの指導経験についてJournal of Clinical Oncology誌に論文を発表した。論文の付録には注釈付きでコースのカリキュラムが掲載されている。

「腫瘍学は非常に難解な臨床科学である。なぜなら医学的な意思決定のみを取り扱っているわけではなく、特に終末期医療の問題など多くの難しい問題を扱っているからです」とKhorana氏は語った。それらの困難な問題は、患者やその家族だけではなく医療提供者にも同様に負担を課します。しかも、「研修者がこのような類の話し合いに向き合える機会はないのです」と同氏は述べた。

「このコースで幅広いテーマを取り上げることで、医師と患者のコミュニケーションにおける医師の表現の仕方やトレーニングが可能になります。なぜならそれらが行き着くところは、患者さんには医師に語ろうとしているストーリーがあり、医師にはそれを聞く特権が与えられていることを理解することだからです」とKhorana氏は述べた。

開業腫瘍医でアリゾナ州チャンドラーの病院で担当医を務めるDr. Rohit Sud氏は、月例1時間の「物語に基づく授業」に最初に参加した一人である。「物語から得た大切なことは、患者さんが癌と診断されてそれを受け入れる段階において、彼らが実際に感じていることがわかるようになったことです」とSud氏は語った。また同氏は、患者との対話において、常に相手の思いを共感しておくことの大切さを強調した。

「医療カリキュラムには、生徒が疾患や治療に特に重点的に取り組むように差し向けているところがあり、患者さんや思いやりに対しては途中半端な対応になってしまいます。医師として成功するころには機械的に物事を処理するようになってしまいます。物事を行う時には感情を持つことが大切であり、それが欠けていることだと私は考えます」とSud氏は述べた。

そういう理由から、「人文学に基づいた教育が」多くの教育機関のメディカルスクールのみで行われるよりも、「フェローシップの段階あるいは研修医期間であればなおさら、カリキュラムとして組み込まれることは非常に素晴らしいことです」と同氏は続けた。

ロチェスター大学の教員に最近就任した腫瘍医のDr. David Dougherty氏も、「腫瘍学における物語」コースの卒業生である。Dougherty氏にとって印象に残る話の1つに『The Median Isn’t the Message(※邦訳『平均中央値は神のお告げじゃない』)』があるが、著者のスティーブン・ジェイ・グールド氏はその本の中で、彼の医学経験を彼自身の中皮腫の診断に反映させ、生存データや予後に関するデータがどういった形で患者に提供され、そして患者はその情報をどのように受け入れているのかについて記している。

「その内容は興味深いものでした」とDougherty氏は語った。「なぜならこの情報こそが患者さんがいつも医師に求めてくるものであり、われわれがその情報をどのように提供しているのか、あるいはそれが一人一人の患者さんにとってどのような意味があるのか、われわれは気づいていない場合が多いからです」。

Dougherty氏は、自身の経験と関連する経験をもつ他の生徒と話し合うことができることに慰めを見出した。同氏はまた、そのコースでは、フェローが幅広い層の人々の視点から学べる定期フォーラムに参加でき、また腫瘍学の他の下位専門分野に属するフェローもその対象となっていることに魅力を感じた。

懐疑論者への対応

Sud氏およびDougherty氏によると、両氏は彼らのクラスメートと同様に当初、「腫瘍学における物語」授業について懐疑的な態度を取っていたという。彼らはそのコースが取り上げる内容について先入観を持っていて、より重要な研修経験として得てきたものから離れてしまうのでないか懸念していた。つまり、多くの医学生らがしばしばもつ感情を抱いていたのである。

腫瘍学の教育において人文学に基づいたアプローチを使用することにいまだ懐疑的な思いを抱いている人に対し、「正直、そのアプローチは、われわれの心に宿る、腫瘍学や癌治療に興味を覚えるきっかけとなった心情に関わるものだと思います。このような経験をすることで日常的な患者さんとの意思疎通が改善されます。なぜなら腫瘍学は科学的な分野であり、それゆえにわれわれはデータに重点を置いていますが、われわれが関わっているのは非常に厳しい環境下で多種多様な感情を持ち合わせている患者さんであり、われわれがその状況に対するさまざまな感情を引き起こしているからです」とDougherty 氏は述べた。

しかし医療人文学の分野は共感などといった主観的概念と大きく関わっているため、このアプローチの価値を評価することは、医学的知識を評価する通常の客観的な方法には適さない可能性もある。

Raphael氏に対して、「このアプローチを実際に行うなら、そのような疑問は大した問題ではないでしょう。その一方で、どのような読み物や映画、内省的記述や討論が本当に有効で、どれが長期的に影響をもたらすのでしょうか」。

Raphael氏らにとって、物語に基づいた医学教育の価値は明らかである。「感情のニュアンスや道徳的問題に対して見識を持つことは重要なことだと考えております。職業倫理または患者さんや医療者間の関係、さまざまな状況への個人的な対応の仕方など、医療現場に関わる多くの人道的問題について語ったことがない人は、これらの内容に抵抗を感じるかもしれません。このような教育を受けることで、人道的問題について心を開き、その理解を深め、さらにそれらに心を閉ざすことがなくなります」と同氏は語った。

—Elia Ben-Ari

【中段画像下キャプション訳】 著者で医師を兼ねたウイリアム・カーロス・ウイリアムズ氏の文筆のような文学作品は、現在の医学教育の場で教材として用いられている。(写真提供:ペンシルベニア大学アーカイブス)≪画像原文参照≫

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栃木 和美 訳
大渕 俊朗(呼吸器・乳腺分泌・小児外科/福岡大学医学部) 監修
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