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2011/07/12号◆スポットライト「癌を対象とした全ゲノム塩基配列決定技術が臨床の現場に登場」

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2011/07/12号◆スポットライト「癌を対象とした全ゲノム塩基配列決定技術が臨床の現場に登場」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2011年7月12日号(Volume 8 / Number 14)

日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~

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◇◆◇ スポットライト ◇◆◇

癌を対象とした全ゲノム塩基配列決定技術が臨床の現場に登場

2003年のヒトゲノム・プロジェクトの完了後、NIHは3カ所の大規模なシーケンシングセンターへの資金助成を継続し、遺伝子の塩基配列決定技術(以下、シーケンシング)のヒトの疾患研究への応用を模索した。その3機関とは、ベイラー医科大学ヒトゲノム・シーケンシングセンター、ハーバード大学とMITのブロード研究所、およびセントルイスのワシントン大学ゲノム研究所である。本記事では、ワシントン大学ゲノム研究所の研究者らが、癌医療における全ゲノムシーケンシングの将来展望について見解を語った。

ヒトゲノム・プロジェクトは1990年に開始して2003年に公式に完了し、ヒトの全ゲノムの最初の大まかな塩基配列(以下、ドラフト配列)決定に10年を要した。

ワシントン大学ゲノム研究所の副所長で、技術開発部長でもあるDr. Elaine Mardis氏によると、現在ではヒトの全ゲノムのドラフト配列は約10日で生成が可能ということである。

研究者らは10年もかけずに技術の「完全な飛躍的進歩」を成し遂げた、とMardis氏は続ける。この飛躍的進歩により、癌に対する臨床現場での日常的な意思決定に全ゲノムシーケンシングを用いるという概念が、SF的な空論から現実になろうとしている。この概念の目標は、個々の患者に個別化されたより良い治療法を提供し、最終的には予後を改善することである。

飛躍的進歩とその将来

ヒトゲノム・プロジェクトではサンガー法と呼ばれるシーケンシング法が用いられたが、これは非常に手間のかかる方法である。サンガー法では、2本鎖DNAを1本鎖DNA、すなわち鋳型DNAに分離し、「プライマー」と呼ばれる短い1本鎖のDNA断片と混合する。プライマーは鋳型DNAの相補的配列に結合する。DNAポリメラーゼと呼ばれる酵素と、放射性物質で標識した遺伝コードの4種のヌクレオチド、すなわちチミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)、アデニン(A)を用いて、鋳型DNAの塩基配列に基づいてヌクレオチドを1個ずつ結合させてプライマーを伸長させる。この過程により、標識されたプライマーの伸長産物が多数生成されるが、これらはヌクレオチド1個分ずつ長さが異なる。

次に、ゲル電気泳動と呼ばれる方法を用いて、標識したDNA産物を長さに基づいて分離する。T、C、G、Aで終わる産物をゲルの別々のレーンで泳動させると、ゲルの中で短い分子は長い分子よりも遠くまで移動する。産物の最終的な順序を用いて、鋳型DNAの塩基配列を再構成または解読できる(原文・上段の画像参照)。ヒトゲノム・プロジェクトの後期には蛍光色素が用いられて、ゲル電気泳動過程が若干簡便化されたが、全ゲノムのシーケンシングが完了するまでの所要時間は実質的には短縮されなかった。

しかし、2005年初め、ゲル電気泳動段階を必要としないシーケンシング技術が登場した。この新技術では、プライマーから伸長するDNA配列にヌクレオチドが付加するときに化学反応が起こり、遺伝コードの4個の各ヌクレオチドに固有の周波数の光が放出される。これらの光のパルスを機械的に記録し、塩基配列を即時に読み取ることができる。このプロセスは「次世代シーケンシング」と呼ばれることがあるが、Mardis氏は、新技術の能力を強調する「大規模並列シーケンシング」という名称の方を好んでいる。

「大規模並列シーケンシングでは、配列決定反応とその検出が厳密な方法で行われます」とMardis氏は説明する。「これにより、ゲル電気泳動による分離過程が完全に必要でなくなるだけでなく、数十万個、数百万個もの反応のそれぞれを同時に調べることができます」。

大規模並列シーケンシングによって可能となる解析力の飛躍的進歩は計り知れない。ゲノム研究所のDr. Cherilynn Shadding氏は地理的な例えを好んで用いる。ワシントン大学の2部屋にある次世代シーケンシング装置(以下、シーケンサー)と同等の能力を得るには、セントラルパーク20個分の広さに敷き詰めた数のサンガー法のシーケンシング装置が必要となる、と見学者に話している。

概念実証から実際の臨床問題へ

2001年に解析中のヒトゲノムのドラフト配列が発表された後、ゲノム研究所所長のDr. Richard Wilson氏は次のように説明した。「参考ゲノム塩基配列とわれわれの開発した各種の技術を利用できるようにして、疾患の原因となるゲノム領域を調べるべきだと考えました。選択する疾患に事欠かないことは明らかですが、最も影響の大きい疾患を研究しようとし、それが癌であると判断しました」。

ワシントン大学医学部とスローンケタリング記念がんセンターの初期の共同研究で、Wilson氏らは、急性骨髄性白血病(AML)および非小細胞肺癌を対象として候補遺伝子の変異を探索する試験的プロジェクトに着手したが、全ゲノムの解析は行われなかった。肺癌の研究では若干の新情報(特定のEGFR遺伝子変異があると、薬剤エルロチニブおよびゲフィチニブに対する癌の感受性が高まるという事実など)が得られたが、AMLに関するゲノム領域を調べたときには「実質的に何も新しい発見はなかった」とWilson氏は語った。

「2005年、これらの各種次世代シーケンシング技術が登場し、癌の遺伝学的研究の正攻法は、候補遺伝子をリスト化し、これらに集中する方法ではなく、各患者の腫瘍組織と正常組織の両方を用いて全ゲノムのシーケンシングを行いすべての変異を見出す方法であると判断しました」とWilson氏は続けた。

2008年、ワシントン大学の研究者らは、1人のAML患者のゲノムを用いてシーケンシングした最初の癌のゲノム解析による知見を発表した。この研究の追加実験で、DNMT3Aという遺伝子において見つかった新たな変異の1つが、再発リスクの高いAML患者の特定に役立つ可能性があることが明らかになった。2009年に同チームは別のAML患者で2つ目の全ゲノムシーケンシングを行い、2010年には浸潤性乳癌の女性患者で最初のゲノムシーケンシングを行った。

1回の全ゲノムシーケンシングの費用はこの3年間で急速に減少した。2008年のAMLの研究は1500万ドルを超える費用がかかった。そのうち腫瘍ゲノムと正常ゲノムの比較に必要なバイオインフォマティクスの開発だけで、50万ドルを超える費用を要した。それは、「史上初のことであったため」であり、現在では、同様のシーケンシングの費用はわずか1万ドルであるとMardis氏は言う。

この費用低減に加えて分析速度が向上し続けたことにより、研究者らを、概念実証を目的とした研究から、まれな遺伝子変異の治療に対する反応や予後に与える影響を解明する、より大規模なプロジェクトへと移行させている。ワシントン大学の研究者らは、癌ゲノムイニシアチブで、患者150人の腫瘍ゲノムと正常ゲノムの完全シーケンシングを行った。

これらの患者のうち50人から得られた結果が今年の米国癌学会総会で発表された。アロマターゼ阻害薬に反応した腫瘍を有する女性患者と、同治療に抵抗性を示した腫瘍を有する女性患者で、遺伝的変異が比較された。治療開始前に治療抵抗性を特定する遺伝的な手掛かりについて結果を解析中である。

聖ジュード小児研究病院と共同の別のプロジェクトでは、治療の新たな遺伝的標的の発見を目標に、小児癌患者600人以上のゲノムシーケンシングを行っている。

未来は今

これらの研究は、将来の臨床試験における検査に関して問題提起することになるであろう。癌を対象とした全ゲノムシーケンシングに関して将来的に問題となるのは、各患者の治療決定に影響を与える可能性があるということであるが、これは何十年も先の将来ではなく、現在の課題である。

今年5月、ワシントン大学の研究者らは、特定の標的療法に良好な反応を示す稀な亜種のAML女性患者の治療指針決定に全ゲノムシーケンシングを用い、より侵襲性の高い幹細胞移植を回避した症例報告を発表した。この女性の症例では、全ゲノムシーケンシングを通じてのみこの疾患の亜種を確実に識別することが可能であった。

全ゲノムシーケンシングを行えば、従来のAML診断に使用される病理学的・細胞遺伝学的技術と同じ費用と期間で、臨床的な意思決定に重要な情報が得られることが分析結果から明らかになった、とMardis氏は説明した。

「現在、細胞遺伝学や限られた分子的検査を用いて、AML患者の予後情報を得ますが、現行の検査では全患者のリスクを正確に分類することはできません。さらに、現在あるすべての検査を実施するには患者1人当たり最大10,000ドルの費用がかかり、新たな予後遺伝子が発見されると、その費用はさらに増加するでしょう」とゲノム研究所の副部長のDr. Timothy Ley氏は言う。

治療計画改善のため、Ley氏らはサイトマン癌センターに通院している中等度のリスクのAML患者全員を対象として今年末から全ゲノムシーケンシングを開始することを計画している。これらの患者は、従来の診断技術のみでは、化学療法とより高侵襲性の幹細胞移植のいずれかの治療法に振り分けることは困難である。

「200人以上のAML患者のエキソン(タンパク質をコードする遺伝子を含むゲノム領域)または全ゲノムのシーケンシングがすでに終了しており、年末までにはどの変異が予後に対して重要であるかに関しもっと多くのことがわかるでしょう」とLey氏は説明する。「シーケンシングをする患者全員を追跡し、シーケンシングデータに基づく治療決定が生存率上昇に結びつくかを明らかにします」。

癌を対象に全ゲノムを調べる上での主な問題点は、これまでに発見された多くの変異が、同じ型の癌患者で共通していないことや、機能が不明なゲノム領域にあることである。

Wilson氏は次のように考える。現在までに明らかになった癌の遺伝的多様性は「われわれを意気消沈させるどころか、実際には研究に邁進させます。われわれ自ら研究対象に決めた癌という病気は、決して容易な疾患ではないということを再認識しています」とWilson氏は述べた。「容易に解明できるのであれば、全ゲノムシーケンシングは必要ではないでしょう」。

— Sharon Reynolds

【上段画像下キャプション訳】

遺伝子の4個のヌクレオチドの頻度を示すDNAシーケンシング用ゲル電気泳動(画像提供:John Schmidt氏)[画像原文参照

【中段画像下キャプション訳】

キャプション:次世代DNAシーケンシング装置の横に立つ、ワシントン大学ゲノム研究所(セントルイス)副所長、Elaine Mardis氏(写真提供:ワシントン大学)。[画像原文参照

【下段画像下キャプション訳】

キャプション:Timothy Ley氏(左)とRichard Wilson氏は癌ゲノムシーケンシング分野における先導的存在である(写真提供:セントルイス、ワシントン大学Robert Boston氏)。[画像原文参照

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川瀬 真紀 訳
石井 一夫(ゲノム科学/東京農工大学農学系ゲノム科学人材育成プログラム) 監修
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